第2話 中編


ボスの正体は長らく秘匿されている。

マフィアのボスが正体を明かさないのは

ごく一般的なケースではあるが、

ボスの場合はより徹底されていた。


組織の規模はマフィアの常識を超え

国全体にまで影響を及ぼす程だった。

それほど迄の力を有し

尚且つボスの正体は完璧に守られている。

当然娘の情報も同じように堅固な物だ。


だが俺は知り得た。


ボスの娘は8才の少女だった。


8才ともあれば、

学校に通っているのが普通だが、

少女は通ってはいなかった。


少女はボスの管理する

別荘地で暮らしており

生まれてから一度も外出を許されてはいない


別荘地には、雑務を任せられたボスの部下が数名おり

更にそれを補助する若衆もいる。

この雑務を任せられるのは

よほどボスに信頼された者に限る。


俺はまだ、ボスに会った事はない。

どんな顔なのかも知らない。

幹部の身ではあるが、

ghetto出身の新参であるが故

仕方がないだろう。


ボスの信頼を勝ち取るにはまだまだ掛かると思っていた。


だが、俺は

ボスから信頼を寄せられている更に位の高い幹部とコンタクトを取ることに成功した。

その幹部から俺は娘の存在を知った。


俺はまず

その男の弱みをチームの仲間に調べさせた。

皆ghettoの頃からの仲間だ。


弱みを調べた後

俺はその男がどういった人間で、

何を尊重する人間かという事を把握し

率先してその男の指示をこなし

俺は気に入られる事に成功した。

やがて男は俺に自分の後見人を任せるようになった。



俺は時期を待った。


そしてついに

念願の指示を受ける

自分の代わりに何日か

ボスの娘を世話するようにと。


俺はそれを承諾し

娘のいる別荘地に招かれる事に成功した。


そこは都市部から遠く離れた場所の

海沿いに位置し、

別荘の大きさは5000坪にも及ぶ豪邸で

外装、内装共に真っ白に手入れされていた。

別荘から見える景色は

真っ白な砂浜に

海が辺り一面広がる絶景。


別荘と景色の壮観さに一瞬俺は目的を忘れるほどだった。


別荘の門から中へと若衆に案内され

俺は中庭を歩いていた。


中庭には簡易版の線路が敷かれており

そこにはミニチュア版の汽車が走っていた。

ゆったりと走る汽車の中に人は乗っていなかった。

鑑賞用に走らせているのだろうか

俺は屋敷に入る前にそれをぼんやり眺めていた。




カラフルなのじゃ



背後から声がした。

俺は振り返って声の主を確認した。


真っ白な豪邸に色を合わせてるかのように

白くてちっこいガキが俺の後ろに立っていた。


ボスの娘だ。


俺はボスの娘に挨拶をした。

ガキはずっと俺の事を見ていた。

俺の装いが気になっているようだ。



汽車に乗りたいのじゃ?



子供らしい質問が飛んで来た。

俺が汽車を眺めていたからだろう

というかなんだその喋り方は

かなり浮世離れしている。

生まれてからずっと閉じ込められているようだが、この喋り方は何かコミックの影響だろうか。そんな事を思ったが、野暮な事は聞かないでおこう。


ボスの娘はいつの間にやら姿を消していた。

どこに行ったと確認しようとしたら、

線路を走っていた汽車が止まった。


少し離れた所から

ガキが小走りで俺の所に戻り

これで乗れるのじゃ

と俺の手を引っ張って汽車に乗せた。

俺とガキは汽車に乗るとガキは操縦桿を握り

俺は後ろに座らせられる。

汽車はガキの操縦によって再び走り出した。


広い屋敷の中庭をゆっくり回り続ける。


俺はボスの娘に質問をしてみた。


ボスは会いに来るのか?


たまに会いに来るのじゃ



汽車は同じ線路内を回り続ける。



少しの沈黙の後。

俺は母親の事を聞いた。

俺はボスの奥方に挨拶がしたいからと


ガキは答えなかった。

無言で汽車を走らせ続けた。


やがて汽車はゆっくり止まり



飽きたのじゃ



ガキは汽車から降り

屋敷内へと戻っていった。


どうやら聞いてはまずかったか。


それから俺は屋敷に従事している若衆に

母親の事を聞いたが、ここ何年も見かけてはいないと聞かされる。


何かが引っかかる俺は

その後仲間に母親の事を探らせた。

わかった事

それはボスの妻はある日突然失踪したという事だ。


ボスの妻を尋問すれば何か情報が掴めると思ったが、それは出来なさそうだ。


初めてボスの娘に会った日から

三カ月間

俺は屋敷に何度となく通った。

上の幹部によると俺は

ボスの娘に気に入られたらしい。

何がきっかけでそう思われたのか。

全く見当がつかなかったが、どちらにせよ

俺にとって好都合だ。


屋敷に向かうたび

俺はいつもボスの娘と話をした。

好きな物や趣味など他愛の無い情報をだが

お互いに共有した。


意外に共通していた事だが、

娘はhip-hopの文化に憧れを持っていた。

きっかけは若衆が普段聴いている音楽を聴かせてもらった所

娘もハマったようだ。

俺もhip-hopは好きだが、

それほど詳しくはなかった。

娘は面白い特技を見せてくれた。

気に入ったrapperの声質を真似て

喋ってみせるという物だ。

かなりのクオリティを見せたので俺はとても面白がった。


可愛らしい姿で披露するので

とても面白かった。

この屋敷に初めて来た時と同じように、

その瞬間だけは俺は自分の目的を忘れていた


娘は自分の事を話す時が何度かあった。

外に出てみたいと何度か言っていた。

若衆から外の話を聞こうとしたらしいが、

それはいつも断られている。

俺も上の幹部からは常に言われていた。


ボスの娘に外の情報は一切伝えてはならないと。


娘が何かを欲すれば、ボスは何でも与えていたらしいが、外の世界の事は隠していた。

ボスの娘は自分の父親がマフィアのボスである事を知らない。

俺達の事も父親の友人くらいに思っているようだった。


ボスは娘を世界から遮断し

この屋敷内で全てを完結させていた。

大掛かりに作られた汽車のミニチュアや

大きなプール、沢山の玩具が娘の部屋には置いてあったが、尚更娘は外への興味を示していた。


この娘と真逆ではあるが、

俺の環境と少し似ているような気がした。

ghettoの中で全てが完結していた俺も外の世界を知らず同じように生きてきた。

ギャングになるしか俺の道は無かった。

大人になり

外の世界に触れて生きるようにはなったが、目に移る景色や人々の生活は俺にとっては

どれもファンタジーのように思えた。


ただ漠然と憧れを持つだけで、

俺にとって空想の世界だ。


それはこの娘にとっても同じかもしれない。


娘は俺と仲良くなれたと思い

何度か俺に外の事を聞いてくるようになった

俺ならきっと答えてくれるのではないかと

少し悩んだが、俺は知る限り娘に外の事を教えてやる事にした。


沢山の人々が同じ街で暮らしていたり

皆それぞれに人生がある事

子供達は学校に行き友達を作ったり

将来の為に勉強をしている事


そんな事を教えはしたが、娘はあまり

関心は示さなかった。


面白い話は何かないかなと思った俺は

自分の街の話をしてみた。

すると娘はとても関心を示していた。

街全体がカラフルに彩られそこに住む人間も色々な奴がいる。

過酷な街だが、興味津々な娘は

いつか俺の街に行ってみたいと言った。


流石にこの話は良くなかったな

金持ちの娘が行くには危険過ぎる。

話を変えて子供が喜びそうな話をした。

遊園地やテーマパークの話を聞かせてみた

汽車より早くスリルあるジェットコースターが存在したりと。

するとそちらに興味を移してくれたので、助かった。

子供らしい子には変わりないようだ。


ひとしきり話終えると娘は尚更外に行ってみたいという思いを強くしていた。



いつか連れて行ってくれなのじゃ!


それが口癖になる程に。


俺は話半分ではあるが、

いつか連れていく約束を娘にした。


守れるかどうかは分からないが。




ボスの娘と会話をしに屋敷に行く以外の時は

俺は自分の管理するシマを仕切っていた。


それと同時に仲間にある指示を出していた。

ボスの隠し財産を仲間に探らせていた。

恐らくそれを知っているのが

普段世話になっている上の幹部である事が分かった。


俺はすぐに行動に移った。


会合の終わりに

その人物を食事に誘った後

護衛を殺害しその人物を拉致監禁した。


男は中々口を割らなかったが、

俺達は以前より調べの終えていた弱みとなる部分を突き付けた。


この男は古くからボスの友人で、

彼の弱みとなる部分も俺が持っている日誌に仄めかされていたのだ。

彼の故郷に繋がる場所が、記載され

そこから生家を特定するまでは訳なかった。


家族の写真を彼に見せると俺に向け毅然に振舞っていた態度は崩壊していた。


そこで俺は取引を持ちかけた。

隠し財産を手に入れた後

その何割かはお前に渡すと。


その金を持って家族と新しい生活を送って

俺達を見逃せば俺達もお前の家族に危害は加えないと伝えた。


だが、提案は断られた。

家族にマフィアからの逃亡生活を送らせる訳には行かないと言う。

隠し財産の場所は教える。


その後俺を殺せ


彼はそう言った。

俺達はそれを了承した。


隠し財産の在り処を男から聞いた後

男を射殺した。


俺は組織を裏切った。

もう後には戻れない。


俺はその後仲間と共に

ボスの娘が住む屋敷に向かった。


屋敷の前まで車をつけると

俺は車から降りた。

いつも通り門番に確認を取らせ

仲間を外で待たせておく


俺だけ屋敷の中に入った。


その日はとても晴れて青空が綺麗だった。

心地の良い波の音が屋敷内にも聴こえてくる。


テラスに向かい中庭を歩いていると、

ボスの娘が俺を見つけて駆け寄ってきた。


娘は今日も俺と外の話が出来ると期待した

眼差しを俺に向けてくる。


話があるんだ。


そう言って俺は少女を海辺の見える

屋敷の端に連れ出した。


どうしたのじゃ?


少女は俺に言ってくるので、

俺は少女の為に持ってきた音楽プレイヤーとヘッドホンを渡した。


それはプレゼントだと言って。


少女は喜んでいた。


早速聴いてみてもいいのじゃ?


尋ねてきたので俺はもちろんだと応える。


嬉しそうにヘッドホンを装着する少女に俺は言った。


それが終わったら

今日は外に遊びに行こう


少女は目を丸くして驚いていた。

と同時に飛び跳ねてもう一度喜び始める。

期待に胸を膨らませヘッドホンを装着し

少女はそこから見える海を眺めながら

楽しそうに音楽を聴き始めた。


その少女の様子を確認した後。

俺は外で待っている仲間に携帯で電話をかけた。




始めてくれ




そう一言。

仲間に伝えた。


俺の前で少女は音楽を聴いている。

時折顔をこちらに向け笑顔を見せてくるので

俺は

もう一度海辺の方へ少女を向かせる。


俺と少女の背後に位置する屋敷内の方角から

けたたましい銃声が鳴り始める。


仲間が屋敷に侵入し

中の者達を殺して回っている。


銃声が鳴り響く中俺は

少女の肩に手を置いて一緒に海を眺めていた。


俺の事を信頼した小さな背中は無垢だった。

そんな少女を

いや、妹を見ながら俺は考えていた。

俺に家族は存在しないとずっと生きてきたが、何の因果か。

死体となった母を見つけ、正体の知れぬ父の存在を知った。

路傍で死ぬか。一生を刑務所で終えるのが俺の人生だと思っていた。


だがあの時

俺は知ってしまった。

恋をした母は

男と結ばれ

その末俺が生まれた。


普通の人生を送れる未来がその時にはあったのだ。

そう思った時俺の中で何かが壊れてしまった。


厳密には既に壊れていたのかもしれないが、

押し殺していた憧れが俺の中でもう一度芽生えてしまった。


俺は何も知らないままでいたならば、

何も考えず路傍のギャングとして生き

仲間と共に路傍で死ねたかもしれない。


出来ればそうしたかった。


一度狂った歯車を俺はもう一度狂わせた。

何の為に狂ったのかは今更なんでも良かった。

引き返せない所まで来たから

狂い続けているだけだ。

結局俺は昔のままだ。


銃声はもう止んでいた。


携帯の着信を受け

電話に出た俺は仲間から

全て終わったと知らせを受けた。


死体の全てを海に捨てるよう指示し

終わったら合流しようと伝え電話を切った。



楽しそうに音楽を聴いている妹を

こちらに向かせた後

そろそろ行こうと口で伝えた。

妹は俺の声が聴こえていないようだが、

口の動きで伝わったようだ。

笑顔を俺に向けてくれる。


海辺の近くに仲間の一人が

車で迎えに来てくれたので、

俺と妹は車に乗った。


入り口の方には門番や若衆の死体がある筈なのでそれは見せないようにした。


仲間の運転で俺達は

都市の方へ向かっていた。

座席の後ろで俺と妹は座っている。

妹は車の窓から外の景色を楽しんでいた。


まだ海岸から遠く離れてはいないが、

自分が外にいる事を実感するのが楽しいようだ。

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