素晴らしき結婚
ささやか
第1話「運命こそが結婚を決定づける全てなのです」
独身であり、周囲が続々と結婚し、両親からのプレッシャーを受けた
さて。
結婚するにはどうすればよいだろうか。水子は考えてみた。結婚には結婚相手が必要だ。これは真理だった。殺人と同じように結婚には他者が必要なのだ。世の中というものは実に上手くできている。水子は立ちあがった。握った拳で天を衝いた。嘘だ。天井にすら届かなかった。
古来から相手がいなければハンティングだと相場が決まっているので、水子は結婚相手をハントするため久しぶりに外出することにした。
さて。
世間は壊滅的だった。子どもセンター虐待問題やらチョコレート・テロリズムやら南京玉すだれ通商条約やらなんやらで実にスポポビッチだった。太陽は己の罪を一顧だにせず燦燦と輝いていた。暑かった。陽光は情け容赦なく水子を苛んだ。その黄色人種にしては白い肌にじわと汗がにじむ。
あまりの暑さにたえかねて水子は3.1415926535897932384626433832795と円周率を唱えた。特に何も変わらなかった。道端で子猫が死んでいた。特に何も変わらなかった。
水子が向かったのは、メメント・森(仔狗川店)、近所にある大きな葬儀屋だった。それなりに全国展開していた。
メメント・森は葬儀屋らしくまっくろくろすけなビルで、その周囲をこれでもかとばかりに鴉が飛び回り鳴いていた。水子は少し憂鬱になった。
「いらっさいませえええ」
中に入ると、満面の笑みをはりつけたバーコード禿オヤジがもみ手をしながらすり寄ってきた。ネームプレートには「浅墓」とあった。葬儀屋にぴったしな名字だ。
「本日はどのようなご用件でございましょうか。自殺ですか自殺ですか自殺ですか」
「いえ、結婚しようと思って」
「結婚!」
浅墓は大きく見開いて叫ぶ。それを聞いて受付にいる冴えないデブ女がちらりとこちらに視線を向けた。そしてにやりと笑ったかと思うと左手を掲げてみせた。その薬指にはきらりん☆レボリューションと指輪が輝いていた。どちゃくそむかついた。人生は不公平だ。
「結婚、結婚はいいですよ、結婚は素晴らしいですよ、人生を豊かにしますよ、幸福の象徴ですよ、社会的人間の要件ですよ、人生の墓場ですよ、結婚はいいですよ」
「はい、なので私も結婚しようと思って来ました」
「ありがとうございます。実はちょうどこの店には人生墓場アドバイザーとして社内で表彰された者がおりまして。お客様のお力になれるかと思います」
「ほんとですか、運がいいですね」
「ええ、スエズ運河です」
浅墓は満面の笑みをはりつけたまま、水子を受付に案内し座らせる。水子は前を見た。そこには冴えないデブ女がいた。まさか、と水子は戦慄した。そしてデブ女は言った。
「はじめまして。私が人生墓場アドバイザーのゲリラ豪雨と申します。よろしくお願いいたします」
「変わった名前ですね」
「夫が信州の出なんで」
ゲリラ豪雨は笑って左手で書類とボールペンを渡し、水子に対して記入をお願いした。水子はむかつくやつだと思いながらも正直に個人情報を漏洩した。
そしてゲリラ豪雨はその個人情報を一読した後、鼻で笑った。水子はこいつの贅肉を削り取って脂肪から食用油作ったろかと怒りを覚えたが、待て待てやるのは有益な情報を搾り取ってからでも遅くはなかろうという理性的合理的判断のもと、怒りをこらえた。
「合格です」
ゲリラ豪雨は穏やかな笑みを浮かべた。
「貴女を試させてもらいました。貴女には結婚に足る婚姻力があるかどうかをね」
「そうだったのですか。意図はわかりましたが、どちゃくそ不愉快なので二度としない方がいいと思います。接客という言葉を理解しているのか知性を疑うレベルですよ」
「貴重なお客様のご意見誠にありがとうございます。お寄せいただいた貴重なご意見を真摯に受け止め、今後ともより一層お客様にご満足いただけるサービスの提供を心掛け、さらなる品質向上に努めてまいります」
ゲリラ豪雨は礼儀正しく頭を下げた。
「さて、結婚相手を見つけるにあたって一番大切なことはなんだと思いますか?」
「自分の理想に執着しすぎないことでしょうか」
「いえ、運命です」
「運命」
水子は
「運命こそが結婚を決定づける全てなのです。運命があれば結婚でき、運命がなければ結婚できない。すなわち、結婚を望む者は適切な運命を己の手元に手繰り寄せなければなりません。私も素晴らしい運命を手繰り寄せた結果、年下で年収1億円のイケメンで性格も最高な夫と結婚することができたのです。運命こそ全て! さあ復唱してください。運命こそ全て!」
「運命こそ全て!」
水子は鸚鵡した。新興宗教みたいだなと思った。
「よろしい。それでは私が数々の事象から導き出した婚姻運命の手繰り寄せ方を伝授いたしましょう。耳を皿して聞いてください」
★☆★
さて。
あくる朝、水子は「遅刻遅刻~!」と駆け足で家を飛び出した。無論、食パンをくわえてである。水子は駆ける。駆けるったら駆ける。そして運命の曲がり角を勢いよく曲がったところで、衝突した。水子の全身に衝撃が走った。くわえていた食パンが口からこぼれる。見る。若干オラオラ系だったがイケメンだった。
そう、水子は自家用普通二輪自動車と衝突したのであった。右腕骨折。全治1か月の重傷だった。
「左利きでよかったじゃないですか」
お見舞いに来たゲリラ豪雨が慰める。見舞いの品はシュールストレミングだった。
「うるさい、そんな問題じゃない。だいたい話が違うじゃないか」
「どうやら手繰り寄せるべき運命を間違えてしまったようですね。この食パンタックル法はかなりの高確率で成果をあげているのですが、年齢と成功率が反比例する傾向にあるのです」
「それを早く言え」
「大海原様は童顔で低身長なのでいけると思ったのですが。あと貧乳ですし」
水子は必ずやこやつから食用油を搾り取ってやることを決意した。
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