クラス適性(後半)


 ルルカが話の進行を促したことで、それまでの流れが途切れることなく残りの役職が開示される。彼女に引き続いて後衛最後ということもあり、次は柚乃にスポットが当てられた。


「はい。ユノ殿にはナオヤ殿と同じく魔導士適性がありました。ただしナオヤ殿が数で押し切る物量型なのに対し、ユノ殿は皆さまが思う典型的な威力重視の魔法使いです」


 柚乃は職業クラスこそ直哉と同じ魔法を生業とするタイプだが、その性質は両者まるで異なる。魔力を練り込んでから発生させるまでの時間が総じて遅く、また詠唱を唱えながらの移動も完成の妨げになるので今の段階だと難しい。その代わり魔法を発現してから消失するまでの維持操作には相当長けており、その状態で練度を高める技量も持ち合わせているので仲間に時間を稼いでもらっての一発逆転が彼女にとっての最適スタイルとなるだろう。


「しかしこの結果はわたくし個人としましては一番予想外だったと言うか…。ユノ殿の保有属性は「水」と「木」、ステータスを最初に見た時はてっきり回復役ヒーラーになるとばかり思っていました」


 一概に全ての魔法使いがそうとは限らないが、各属性ごと扱う魔法の種類にも傾向というのがある。今回であれば《水属性》と《木属性》は対象の怪我を治す回復魔法の習得に向いており、その他使い手こそ限られるが「光」、そしてそれらの上位属性と極稀に「火」系統の魔法で回復効果を持つ者も存在する。

 だからその2つの属性を有していながら回復適性が無いと分かった時には普通に驚いたものだ。


「一体何が原因なのでしょう。魔力量…質……いや、もっと根本部分の筈。そうすると性格? であれば献身さ…ですかね。他者に対する思いやりが足りない?」

「ぶフッ…!!」


 呟いた本人にしてみれば独り言だったかもしれないが、それが全員に届く声で言ってしまったらそれは独り言の定義から外れる。

 バッチリ聞こえてしまった内容に何人かが口を押さえ、しかし伊織だけは誤魔化す素振りすら見せず盛大に吹き出した。


「伊織ちゃん…?」

「ぷッ、くくッ…! ごめん柚乃、ちょっとツボに入っちゃって!」


 嫋やかに語り掛けるが、その実眼が笑っていない。ともすれば人を殺めそうな雰囲すら漂わせるも、爽弥の前ということもあり早々に怒気を抑える。その代わり事の発端となったアンドレーフには心の中でしっかり悪態を吐く。


「それで、それって不味い事なんですか? 今からでも遅くないなら私頑張って習得しますけど」

「いえいえ。回復魔法は確かに貴重ですが当てがない訳ではないですから。それより適性がない魔法を使われた方が損失としては大きいので今の話は忘れてもらって結構です」


 しかし多少露骨な態度を取った程度で一国の宰相は動じない。詫びを入れるどころか、最後遠回しに自らの失言を無かったことにしようとする。勇者とはいえ一々過剰に反応してたら足元を見られるので、冗談で流せるところは曖昧に濁すか、緘黙を突き通す。


「イオリ殿もユノ殿と同じく召喚当初に予想を述べましたが、此方は特に変更等ありません。概ねどのアビリティを伸ばせば良いかこれで判断できますし、肝心の拳闘士になるための素質も備わってます」

「ちょっとぉ、ワタシだけ他に比べて説明が雑じゃない? まるで最初から役職が決まってたみたいに」

「確かに、そう捉えられても否定できませんね。イオリ殿は最初の開示の時点で既に武術系の技能を会得してましたから、そこで大体の方針が決まるのは致し方ないかと。聞けばこれまで特に武芸の類いは嗜まれてこなかったご様子。にも関わらず召喚当初から『拳術』スキルを所持していたとなると、かなり高い確率でこのクラスが最適と判断できます」


 他に武術系スキルを最初から習得していたのだと爽弥と茜がそれぞれ『剣術』と『大弓術』を授かっており、既に特殊保持者の称号を得ている爽弥、この中で唯一職業と関係のある部活動に所属していた茜の二人と状況が一緒なことを考えれば、彼女がそこに任ぜられるのはある意味当然と言えた。


「ワタシってそんなに適性あるかな。他にもっと適任そうな奴がいるじゃん」

「私は良いと思いますよ? 言葉より先に手が出てしまう伊織ちゃんにピッタリです」

「…へえ柚乃、アンタ何時からそんなに強く出れるようになったのよ」

「嫌ですねぇそんなに敵意を向けられると。か弱い私は爽弥君の陰に隠れるしかありません」

「ちょっ…、何そんな当たり前みたいにくっついてんのよ離れなさい!」


 先程のお返しとばかりに毒を吐く柚乃。二人に挟まれてのこの状況にさしもの爽弥も居心地の悪さを感じたのか、半ば強引に話を進ませる。

 

「そうなると僕も剣士で決まりですか。というか僕の検査だけ明らかに皆と違ってましたよね」

「ソウヤ殿は典型的な武具顕現型ですから。むしろそれ以外選択肢にないといった感じです。強制しているようで大変心苦しいですが、何卒ご理解ください」


 未だ特殊能力ユニークスキルを保持していない他のメンバーにとってこれは適性を図るための検査だが、既に自分だけの力を発現している彼だけはそれを行う意味が無い。


 そもそも今回の目的は能力未所持の勇者たちがいざ能力を授かった時に、それまでの経験やら努力が無駄にならないよう当人の性格や才能からある程度の傾向を掴んでおくことにある。剣士寄りのステをしている人がそれに見合った恩恵を得るように、このテストではそんな当たり前の事を勇者に実感させる意図があった。

 だから他の面々より一歩先のステージに進んでいる爽弥が、皆と同じ過程を辿ることの意味は薄い。何せ多少適性から外れたとして、それが問題にならない程の力を秘めているのがユニークスキルだ。個人が持つ資質より後天的に授かる能力が優先されるのはこのダリミルにおいて当然の思想であり、それを蔑ろにする湊の方がここでは異端とされる。


 能力が人に適合し、人が能力に合わせるのだ。


 故に自身の存在を至上とする湊とで考えが合致しないのはある意味当然と言える。


「はい、いいえ。それを訊いてむしろ安心しました。自分でもこれが一番合っていると思ったのでその決定にはむしろ賛成です」


 とは言え通常能力ノーマルなら未だしも特殊能力ユニークスキルなどは個人そのものの概念を具現化する。なので個人の適性から外れるといった事態もそうそう起こらないが。


「…そうですか。ソウヤ殿に無理を強いないようで此方の不安も一つ解消されました」


 そう言ってほっと息を吐き、残る最後の一人に眼を向けたところで…僅かに瞠目する。


「それで最後はみくる殿ですが…発表の順番を間違いましたかね」

「あ…えっと、すみません。起きる努力はしてたみたいなんですが限界が近かったようで」

「Zzz…」


 身長も小さく高校生にしては幼い印象を受けるくだんの少女は、赤べこのように首を揺らしながら船を漕いでいた。肩口に揃えられた黒髪が振り乱れ、事情を知らない人が見れば出来の悪いヘッドバンキングをしているようにしか見えない。

 それだけの抵抗を見せられたら睡魔と格闘していた事実にも頷けるが、如何せん動きが奇怪すぎて首に掛かる負荷が心配される。


「どうするのよこれ。起きる?」

「さあ…でも早く起こした方が良いんじゃないか」


 などと周りが一歩引いた所からそれを見守る中、左隣に座っていたルルカがみくるの頭をガシッと掴んでそこから耳元で何かを囁く。


「みくる、クエスチョンです。頭を働かせてアンサーを聞かせてくだサイ」

「う…ん? なに…」

「猫に真珠、豚箱に小判。ではミツクリエナガチョウチンアンコウには?」

「ポン酢とレモン汁」

「その心は?」

「未知の食材、未知なる味覚だったとしても唐揚げにしちゃえば大体全部食べれる説。付け合わせのチョイスはアンコウを疑似的に試食した上で導き出したみくるクオリティー」

「う~ん、75点。ルゥは唐揚げには普段おろし醤油を付けて食べてるんだ~」

「むっ、それは試したことない。今度やってみるね」

「ベリーデリシャスだから是非。それと最後Youの発表ね」

「ん、分かったありがとう」


…………


(何ですか今の色気もへったくれも無い会話は!?)


 偶然話の内容が聞こえてきた和人が頭に大量の疑問符を浮かべるが、残念ながら常人に理解出来る内容でないのは確かだ。傍から見ればうら若き少女二人の秘密の関係を思わせるが、その実会話の中身は色気よりも謎と食い気に満ちていた。


「あ、起きました」

「ルルカが起こしてくれたんだね。助かったよ」


 当然そのことを知らぬ者達は見たままを認識し…


「和人さん、あの二人は何を話してたの!?」

「あいや待たれよ同志直哉! それはあの二人の隣を獲得したMr.和人だけが得る恩賞。席選びに失敗した我々にそれを知る権利は有りませぬ」


 志を同じくする仲間には羨ましがられたりもしたが、真実を知る当人が複雑な心境を浮かべているのに気付かない。


(ま、まあ現実を知るのは拙者だけで十分ですな。同志諸君には夢を見たままでいて欲しいですぞ)


 そう何処かの青年漫画よろしくカッコよく? 秘密を抱えることを決めると、意味深な笑みと共にアンドレーフに進行を促した。


「さあ帝国の宰相殿、最後の勇者が再び眠りに就かない内に話をどうぞ」

「はあ、宜しいのですか? …いえ、目覚められたのでしたら早めに用事を済ませておいた方が良さそうですね」


 後日改めて伝えるという方法もあったが、どっちにしろ全員の前で伝えないといけない。なら時間短縮の意味を込めて素直に乗った方が良いと自らの発言を翻す。


「ではみくる殿が起きたということで最後の発表に移りましょう。みくる殿の役職はずばり中衛の投擲士です。前衛後衛どちらにも属さず、その中間にて攻守を受け持つと共に周囲の状況を見て報告、場合によっては全体の指揮を執ってもらうことになります」


 それはつまりこのパーティーの司令塔は貴女ですと言っているようなものだった。仮に数で上回るモンスターの集団や単独で脅威とされる相手と接敵した際に、無策に突っ込んでいては話にならない。

 そうならないように全体に指示を送る者がいるのは至極当然だが、だからといって誰彼構わず据えて良いという訳でもない。指揮系統の乱れは致命的な隙を生むこととなり、それが最悪全滅を招く事に繋がり兼ねないからだ。だから指揮官を設けるにしても適性の有無は重要になる。


「ちょっと待ってよッ、司令塔を立てるのは良いにしてもそれが何で爽弥じゃないのよ!? その子なんか声が小さい上に何考えてるか分かんないし、このパーティーの中核を担う素質がどちらにあるかは明らかじゃない。何より重要な話し合いでガチ寝するような奴に手綱なんか握られたくないって!」


 しかしその決定に異議を申し立てる者がいた。――伊織だ。


 反対する理由の大部分は彼女が語った通りだろうが、その他競争意識が働いた事も少なからず起因するだろう。

 仮にみくるの能力を認めたとして、それが爽弥の興味を引かないとも限らない。ただでさえ身近に柚乃という強敵がいるというのにこれ以上の危険因子は即刻排除すべきだ。故に勇者パーティーの中の一人でしかない自分が他の連中(特に女)の下に甘んじるというのは看過できない事態だった。


「確かに普段の様子からしてイオリ殿が不安に感じるのも仕方無いことでしょう。ここ1週間の付き合いしかないワタクシと以前からみくる殿を知っている皆さんとで理解度に差があるのは事実です。戦場に身を置いた経験からしましても性格上向いているとは決して言えません」

「なら――ッ」

「しかしそれはあくまで性格に限ればの話です。元々の能力を加味すればこれほどの適任者そうはいません」


 きっぱり断言し、二の句を告げる余裕すらない。伊織以外のアンドレーフの采配に不安を抱いていた者達も、二人の様子から傍観を決め込むことにしたようだ。


「生まれ持った視野の広さ、一瞬の情景から判断される読みの深さはルルカ殿と並んでトップの成績を叩き出しています。彼女の方は残念ながら防衛手段を持たないので生き残ることを優先してもらいますが、みくる殿は勇者の素質を十分に兼ね備えているので大きな問題はありません。声量に関しても思念伝達スキルを習得すれば差し支えないでしょうし、前衛の要であるソウヤ殿の負担が減ることは結果的に皆様の生存率を上げることにも繋がりますから」


 更に付け加えるとマイペースとは言い換えると状況に左右されないということ。そういう意味では冷静な視点からものを視る彼女の性格はプラスとも取れる。


「で、でもそれなら何で態々わざわざ中衛になんか…」

「中衛職は他と比べて数が少ないですが全体を見回せるので居ると便利なんですよ。陣の中央にいれば全体に手が届きますし、奇襲対策用のスキルとの相性も良いですから」


 反論に困ったのか微妙に内容が噛み合わないが、それでも勇者を支援する立場としてきっちり役割をこなす。


「如何でしょう。総合的に判断した結果このように思いつきましたが、ご不満等あれば再考を重ねますが」

「くっ…」

「僕は良いと思います。正直モンスターと戦っている最中に周りを気にする余裕があるか分からないですし、それが皆の危機に繋がるなら無理を言うつもりはありません」


 片方は悔しそうに、もう片方は頬を掻いて困ったような笑みを浮かべている。それで趨勢が決したのか、以降反対意見は上がらなくなった。その代わりみくる本人から手が上がり、当課題の責任者に純粋な質問を投げかけてみる。


「役職が投擲士っていうのは私を中衛に置きたかったから? それとも皆と同じくテストの結果に応じて?」

「両方とも正解ですが強いて言えばやはり後者です。流石に適性の無いクラスに就かすことは出来ませんが、みくる殿の場合他にも候補はありました。ですが色々なことに手を伸ばして器用貧乏になってしまわれては本末転倒なので一つに絞ることにしたのです。ご理解いただけましたか?」

「ん、大丈夫問題ない…です」


 眠気眼を擦りながら気の抜けた返事を返す。


 ともあれこれで全員が自分と他のメンバーの役職を共有したことになる。同時にアンドレーフが互いの長所と弱点を分析したお陰で明後日からの訓練で何を意識すべきなのかもハッキリした。後は求められるがまま順当に強くなれば善いだけだ。


 そう思っていたところアンドレーフが徐に机の下から何かを取り出し、それを全員の見える位置に置いた。


「アンドレーフさん、それは?」

「迷宮から出土される古代級魔道具アーティファクトの一つ、授継水晶ラクマリアです。今からこれを通じてソウヤ殿に称号スキルを授けます」

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