クラス適性(前半)


 それから数時間後。夕食を済ませた一行はアンドレーフから指示があった部屋へと移動し、そこで話の始まりを待った。

 朝晩の境が非常に曖昧な帝国で何度目となる夜を過ごし、ステータスの恩恵で身体に異常は無いものの精神的影響が顕著に出るこの時間帯。昼間と異なり一人の時間が多くなることで無気力に苛まれる者もいる中、今日はそうした面々含めピリリとした緊張感が辺りを満たす。


「それでは先程もお話ししたように、検査の結果から皆さんの適性クラスを此方で判断いたしました。今後はこれらの内容を基に陣形を組み、各自決められた課題を熟してもらうことになります」


 手に持った書類から目を離し、一度全員の表情を確かめる。


 自分には一体どんな役割が与えられるのか、出来るだけカッコよくて目立つポジションが良い。人によっては冒険を好まず、敵に近い前衛職よりも後方で安全な道を望むなどの想いがアンドレーフには透けて見えた。伊達に今日まで宰相という地位に就いておらず、そんな勇者らの気持ちを酌むのも彼の役目である。


「あの~、一ついいですか~?」

「はい。何でもどうぞ」


 そんな中、唯一と言って良いほど調子が変わらない者が一人。相変わらずぼーっとした様子のみくるが、やけに間延びした声で質問を呈する。


「今から言う職業クラスって、後から変更とか出来るんですか~? 例えば私の適性が剣士だったとして~、その後発現した特殊能力やその他能力が魔法系に偏ってた場合全部無駄になるじゃないですか……ふわぁ、眠ぅ…」


 どうやら眠たいだけのようだ。長距離走や他にも検査を遂げ、日常的に運動を行ってこなかったツケが出たらしい。とは言えそれは彼女だけではないのだが、この状況で普段通りを維持できる太ましさをアンドレーフは貴重だと感じた。そして質問の内容についても十分的を射ている。


「いい質問ですね。結論から言ってしまえばクラスチェンジ自体は可能です。ただしみくる殿が仰る剣士から魔法使いへの変更についてはお勧めしません。抑々ユニークスキル自体使用者の性格や能力に合わせて発現するので、余程適性から外れたものでもない限りそれまで培ってきた経験や技術が無駄になることも無いでしょう」


 特殊能力ユニークスキルとは謂わば個人の概念を具現化したもの。足の速い人が陸上やサッカーを選ぶように、もっと言えば野球の上手い者が自然と野球というスポーツに入れ込むと同じようにシステムは出来てる。好きこそものの上手なれと言うが、本人の資質と能力が乖離するケースなど殆どない。有るとしたら使用者が求める以上に他の素質が圧倒してしまい、本来望む道から外れるというもの。そういう場合は特に才能の方が突き抜けて秀でているので、誰が何かしなくとも勝手に伸びていくが。


「わたくし共の目的はあくまで傾向を掴むこと。検査の結果からどの職業に適性があるか見極め、その後実践を経て分析し、より具体的な目標を立てて強くする。それが勇者を預かる国の使命です。剣士から重剣士ぐらいの違いはあっても、それ以上の変更など起きませんし、起こさせません。なので我々に判断を委ねてもらって構わないと具申します」


 剣士として育ってきた者が魔法を主軸に扱う魔導士なんかに手を付けたところで大した功績は得られないだろう。間違っても勇者にそんな失敗談を押し付ける訳には行かず、慎重かつ丁寧に事を運ぶ必要があった。


「如何でしょうみくる殿。納得いただけましたか?」

「要するに転職はするかもだけど引継可能な範囲でってことですよね。それなら良かったです心配しないで…ふわぁ~」


 聞いているんだかいないんだかよく分からない返事を返されるが、本人が納得したという事で取り敢えずこの話題は解決という形に収まった。


「他に質問等ある方はいますか? 無ければこのまま発表に移りますが」

「いえ特に何も…」

「ワタシも今聞いときたいのは無いかな」

「某も特には」


 特に反対意見も無いようなので、いよいよ本題へと入る。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「それでは先ずどなたから参りましょう。此方の資料につきましては後程皆様に配布しますが、この場での共有も必要でしょう」

「ハイっ! 拙者、拙者からお願いしますぞ!」

「うわ、必死ね。キモっ」


 斜め前から容赦ない言葉の矢が飛んでくるが、期待値がピークに達した今の和人に並の口撃は効かない。彼より冷静であった他の面々も、一体どういう話が訊けるのかと最初は様子見に回った。


「では先ずカズト殿から伝えさせて戴きます」

「お、お願いします!」


 緊張で声が上擦るが、それを気に留める者はいない。


「カズト殿は典型的な大盾タンク役です。「俊敏値」が今のところ・・・・・全員の中で最低である代わりに、元来きっての打たれ強さと継続的な耐久力は一番です。特に盾を扱った際の堅実性と一所ひとところに留まる堅牢さには目を見張るものがありました。今後はこれらを更に伸ばす訓練をしていくべきでしょう」

「あ~、やはりそうなりますか。拙者も自分でしっくりくるな~とは思ってたし」


 薄々勘付いてはいたようで、出来ればアタッカーが良かったなと思いながらも先程の説明がある以上文句は言えなかった。


「また、『土属性』を介した大地への干渉も見事です。今はまだ魔力量の関係で大したことは事は出来ませんが、覚醒して上位属性を得る頃には心強い戦力となっている筈です。そうですね、例えば地面を隆起させて本物の壁を作ったり、それで敵を分断させてみるとか。もしくは落とし穴を作ったりなど、複数の魔物に襲われた時に有利な状況を作り出せます」

「え…? そ、そうですか? いやあ~、期待されると照れますなあ~!」


 単純なんだか調子が良いのかは判らぬが、そう言われて悪い気はしない。すっかり気分を持ち直し未来で活躍している自分に想いを馳せた。


「では続いて某の戦闘スタイルをお聞かせ願いますかな!」

「分かりました。ユウト殿の数値はカズト殿と比較的似た傾向にあります。違うのは扱う魔法の種類。カズト殿が大地を経由して魔法を行使する干渉型なのに対し、ユウト殿は武器や装備品に魔法を纏わせる所謂いわゆる付与型。放出系の魔法を苦手とするせいで射程距離は長くありませんが、武器の性能と使い手の技量、これらが上手くかみ合えば並みの相手では歯が立ちません」


 以前にも話したように、魔法は属性スキルを有するかで全てが決まる。ではどんな系統の魔法を得意とするのかは各属性の特徴、あとは本人の性格と資質で決まる。それぞれ一長一短がありどれが優れているなど一概には言えないが、魔法を扱う者達の中でこの付与型は特に多い。アルシェが湊に使った身体強化も付与魔法の一種である。


「肝心の武器を何にするか迷いましたが、重量武器が適切かと。具体的にはハンマーが良いですかね。重く破壊力のある一撃は劣勢でも状況をひっくり返す力が有りますし、何より「火」と「土」を有するユウト殿との相性もいい。カズト殿が形成した壁を砕ければ地形整理のための余分な魔力を使わずに済みますし、何よりそれ自体攻撃にも為り得ます。ウエイトリフティングの結果も案外悪くないですからね」

「まあ某にMr.爽弥のような立ち回りを期待されても酷ですし、それが無難でしょうかねえ」


 此方も特に異議申し立ては無いようで、素直にアンドレーフの言葉を聞き入れる。


「一応他にも武器は見繕ってあるので、後で確かめてみて下さい」


 さて次は――と視線をスライドし、目的の人物に照準を合わせる。この流れで来ると、候補は一人しかいない。短い付き合いだが各々の性格は熟知しており、此方から当てなければ彼の場合言い出さないだろう。


「ナオヤ殿。お次は貴方でよろしいですね」

「は、はい…ッ、大丈夫です」


 和人同様声が引っ掛かり、盛大に顔を赤らめる。和人と悠斗の三人で喋る時は流暢なのに、人前で話すとなると支障が出る。そんな上がり症な性格を今後どうするのかも考えなくてはいけない。


「ナオヤ殿は後方を担当してもらいます。身体的数値が軒並み平均以下ですが、魔力の内容量が高くまさに適任と言えるでしょう。また魔法の発生・発射速度が群を抜いていますが、練度を高めながら維持し続けるのが苦手ということも踏まえた結果、低~中級魔法を連続的に撃ち込むスタイルが合っていると思われます」

「え…それってアリなんですか? 魔法って何かもっとこう…切り札みたいな感じのを想像していたんですけど…」

「何も問題ありません。むしろただ撃ち出すのと違って牽制や目眩ましの意味もある分役割が多いくらいです」


 数とはそれだけで力である。現在ミロス地方では魔法の区分を低い順に低級、中級、上級、超級と定めており、その上に更に神級なんてものも存在するが、魔法使いが一人で発現できる限界は上級までと言われている。つまり上級魔法を一発ぶち込もうが、中級魔法で数を落とそうが脅威としては変わらないのである。そこら辺の認識に齟齬があり、アンドレーフが言った戦術を直哉が正しく理解出来ないのも仕方ない。


「今後は魔力変換効率の最適化や補助スキルの獲得が必須になるでしょう。書物庫に保管してある魔法書を端から読み進めてもらい、使える魔法を増やしつつそれらを併行して行ってもらいます」

「何だか自分だけ、その…やることが違うんですね」

「魔導士とその他の職業では根本的に違いますから。技能力アップや身体作りなど、あらゆることに手を付けないといけない武人と違って魔法を専門とする者は経験とセンスが物を言います。極端な言い方をすると、それさえあれば他が御座なりでも全然構いません」


 魔法とはそういうモノだと認識を改め、これからの生活が自分にとって未知であるという事実に微かな期待を膨らませた。


「あ、あの! この流れで聞いていいか分からないんですが、私も後衛ですよね。もっと言うと弓使いですよね!?」


 と、ここで茜が横から割り込んでくる。命を懸けた闘いそのものに乗り気でない彼女は、何としても安全な後方に位置付けたかった。前衛で接敵するなど真っ平御免だ。自分は冒険なんて望まず、五体満足のまま地球へ帰りたかった。


「うちなんてそのッ…前にいても皆に迷惑かけるだけやと思うし、検査でも弓以外平均的で他に使いどころなんてあらへんし、だからその…どうかお願いします!」

「そういえば茜は弓道部だったな」

「というか喋り方変わってますけど。あれって関西弁ですか?」

「テンパると素が出る、みたいな」


 必死に訴えかけるばかりに地の口調が表に出てしまう。クラスでこんな喋り方をしては目立ってしまうからと普段は抑えているが、この時ばかりは誤魔化す時間も、ましてそれに気付く余裕すら無かった。


「落ち着いてくださいアカネ殿。心配しなくても貴方は後衛で、弓兵アーチャーです。既に弓の技能スキルを獲得していますし、魔法も弓で射ることを前提とした付与型なのでそれ以外をやらせるつもりはありません」

「そ、そうなんですか。良かった…」

「あ、戻った」


 彼方の世界で部活としてだが弓を嗜んでいた茜は、このダリミルでも弓の適性があったということだ。そこは冒頭でも述べた資質と能力に関連した話になるので、ここでは割愛する。


「ただ静止している的になら当たるのですが、それが動いた状態だとスコアが落ちています。戦場が敵味方入り乱れての乱戦になることを考慮し、そこを重点的に伸ばしてもらう他ありません。今のままでは皆さんにも危険が及ぶと思うので」

「あはは…まあ弓道って別に戦を想定している訳じゃないですもんね。射撃なら実践的で良かったんだけど」


 苦笑をたたえ、どうしてこうなったんだと皮肉気に愚痴を漏らした。


「同じく後衛にはユノ殿、そしてルルカ殿も就いてもらいます」


 この流れで残りの後方枠も言ってしまうと、名前を呼ばれた二人が対照的な反応をして見せた。


「ルルカ殿は個人の才能を測る全てのテストで高順位を叩き出しました。特に武器を扱う器用さにおいては見事なもので、経験者のアカネ殿と遜色ない位です。これはソウヤ殿に次ぐ記録であり、男女の視点を取り払えばそれすら上回る――」

「もういいよアンさん。包み隠さずリアリーな結果を訊かせて」


 彼女にしては珍しい、まるで諭しているかのような落ち着いた声音でアンドレーフの言葉を遮った。


 意外に思われるだろうが、この適性検査の結果を誰よりも真剣に受け止めようとしたのが彼女である。そもそもルルカと他の面々とでは根底の事情からして違い、皆が戦える力を保証されている中彼女だけがそれを危ぶまれていた。つまりルルカを除いた全員にとって、この結果を訊きだす作業は謂わば自分の役割を確かめるためのもの。立場こそ異なれど当面先行きに不安などなく、勇者としての地位を確立する舞台場でしかなかった。

 それに対しその辺の一般人と大差ないルルカにとっては、此処が皆と肩を並べるかどうかのターニングポイントである。これで駄目ならこの先自分は勇者のレールから外れ、周りから不出来の烙印を押されるだろう。アンドレーフの性格上帰還までの生活は保障されるだろうが、皆が命を懸けてまで戦って得た権利を果たして自分なんかが享受して良いのか。喩えそれをしたとして、この先の人生自分は胸を張って生きたと言えるのか疑問に思う。故に下手な誤魔化しや慰めの言葉など要らず、ただ真実のみを知りたかった。


「……才覚について申し分ないのは本当です。しかし世界のバックアップによる属性スキルの獲得とアビリティ強化、これらの恩恵を受けられなかったのが本当に痛かった。身体能力は多少上方修正されていますがそれでは足りず、魔法も出来ないとあらば役割としては皆無と言わざるを得ません。本当なら戦闘に参加すること自体危険ですが、もしかしたら今後伸びることを期待しパーティーから外すことを見合わせました」


 しかし現実はどこまでも非情。分かっていた事とはいえ、こうして面と向かって言われ改めて自分の無力さを呪った。


職業クラスはアカネ殿と同じく弓兵。魔法を付与する練習は行わなくていいので、とにかく数を射ち腕を上げてもらいます。能力に頼り過ぎると魔力が尽きた時戦えなくなるので、弓術系のスキルを得ても鍛錬を除いていざという時以外は使わないでください」

「そう、まだチャンスをくれるんだね。Youはとってもいい人よ、アンさん」

「此方こそ。大したお役に立てず申し訳ありません」


 どれだけ腕を上げようが、魔力が高い人間はそれすら凌駕してしまう。武術系のスキルを使えば素人でも武器を扱うことができ、能力を磨けば達人クラスにまで上り詰めることが出来る。つまり個人の技量はあくまで魔力消費を抑えるためのファクターでしかなく、それを理解しながら腕を磨けというのはある意味残酷な仕打ちだった。


「さっ、次は柚乃の番ネ! アンさん、柚乃は一体どんなタイプでっかぁ?」


 にも関わらず自分が落とした雰囲気を盛り上げようとする様は見てて痛々しく、しかしそれを突っ込んでは増々彼女に悪いと敢えてその事には触れずに、ルルカが生み出したこの流れに便乗する形で次の話題へと乗りかかる。


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