異世界からの来訪者達④


「それじゃあッ、この走り込みも、さっきからやっている体力テストみたいなのもッ…ハァハァ、各々の適性を図るため…ということですか!?」

「おー、その通りだ。太っていても流石勇者だな、意外に体力あるじゃねえか。そんな貴様らに5週追加のプレゼントだ、しっかり走れや」

「ちょ――! 嘘でしょ…!?」

「ぬおお鬼畜! この皇帝見た目に違わず鬼畜ですぞ!?」


 一年を通して陽の差す時間帯が僅かなことで知られるガルシア帝国。この日も既に正午をとっくに過ぎたというのに、備え付けの照明から発せられる光以外届かない。本来大地を平等に照らすはずの天の光源は、両者の間にまさしく天を衝くほどの巨木があるために空を多少明るくする程度の効果を発揮するばかりだ。

 そんな暗翳とした雰囲気が感じられる中、それとは似つかわしくない、何処か気の抜ける訴えと共に切羽詰まるような悲鳴がこの国の皇帝が住む城から聞こえてきた。


「ゼエー、ゼハー、もう駄目~」

「この学校の敷地面積ぐらいある訓練場を50周なんか、今の強化された身体でもキツイって…」

「はあ…はあ…、てかさ、体力に関わる数値はアビリティにあるわけじゃない。それを最初に見せたんだから、別に走る意味も無くない?」

「それ…今……言う…?」


 全員が完走し肺を休めている間にも不満はあるようで、肩を上下させながら誰に悪態を吐く。


「あのな、体力ってのは別に持久力を指す言葉と違うのだぞ。頑丈さや打たれ強さを意味する忍耐力、スキルとは別に麻痺や火傷などと言った状態異常に関連する耐性、命の根源たる生命力は被回復効果や瀕死時に生き永える確率なんかを総合して出た数値が「体力」だ。仮にそれが高いからといって必ずしも長距離走れるとは限らん」


 これと同じく「俊敏性」も純粋な素早さアジリティを数値化しただけで、その他の機動性や順応力などは本人の資質に委ねられる。湊などは平均的な身体能力も馬鹿みたいに高いが、それ以上に他が突出しているお陰で本来勝負すら成り立たないはずのオルガと半ば互角に闘えたのだ。そうでなければ今頃湊とアルシェは揃ってルドリヒトの家に幽閉されていた筈である。


身体能力値アビリティで10や100違っても誤差と捉えるのはそれが原因だ。ステータスでどう表記してようがそれだけで個人の優劣は決まらない。と言っても、魔力量だけはそれに該当しないがな」

「I see, ちゅー事は数値が低いルルカも十分伸びしろが――」

「いや、お前に関しては見込みすら無いぞ」

「Shit! こん畜生めー!」


 因みに今唸った外見だけは美少女のルルカも、ステータス上では最弱だがゴールした順番は上から4番目にあたる。この事から今の一連の発言にも信憑性が増す。と言っても、近い将来それは覆るだろうが。


「成程ね。アビリティは大雑把に数値化してあるだけだからどんな配分になってるか分からないんだ。今までの適性検査はそれを正確に把握し、その結果で各個人の訓練プログラムを立案する訳か」

「みくる殿の仰る通りです。そして勇者様方、検査は以上にて終了です。お疲れ様でした」

「あ、アンドレーフさん」


 みくるが話を総括し、その上で推測を語ると横から肯定の言葉が飛んでくる。全員が其方に目を向けると、相も変わらず無表情の宰相がそこに佇んでいた。


「げえッ! レムリア、何時からそこに!?」

「5分ほど前からです陛下。陛下が遊び惚けて居る間にわたくしは書類の整理を済ませていました。にも関わらずその反応というのは些か心外かと。就きましては後日行われる会食後の仕事量を倍に…」

「待て、待つんだレムリア。このヒヨッコ共には余の指導とサポートが必要であろう? 世の中には適材適所という言葉がある。其方が立派に職務を務めている間に余も自分の役割を果たしていたという事だ」


 罰を回避するべく、頭を働かせ必死に言い繕う。


「それは詭弁というものにございます。この検査はあくまでも適性を図るためのもの。後に控える職業訓練ならまだしも、ここに陛下が介在する意味は然してございません」

「指導といったであろう。彼方の世界から来たばかりのわっぱ共に魔法の顕現はまだ早い。故にそれを口添えすべく余が居るのだ」

「なら尚更陛下が居る意味もありませんね。その程度でしたら魔導士を遣わすだけで済みますので」

「……」

「……」


 元より望みの薄い逃げ道である。退路を塞がれたばかりか、無言の圧力を掛けられ、とうとうこのインテリ眼鏡に屈するのであった。

 

「陛下、まだ仕事が残っておいでです。これ以上の職務放棄はあまりお勧めしませんが」

「……うむ」


 そうしてすごすご去っていく皇帝の後ろ姿を、何人かが微妙な顔をして見送った。


「さて、改めてお疲れさまでした。この後の予定ですが夕食までの時間を自由時間とし、その後ここで得たデータをお伝えするため全員に集まってもらいます。会場については後程、担当の者に話が行くでしょう。身体を洗いたい方はその前に済ませておいて下さい」

「た、助かりました~。流石にもうヘトヘトでござるよ。バタンキュー」

「きゃあ! ここで寝ないで下さい!」

「夕食までというのは有難い。その間に僕も身体を休めてさせてもらうよ」


 無類の戦闘好きを訓練場から追い出した宰相は労いの言葉を皆に送った。そして追加で何かやらされるのではと身構えていた者達から安堵の声が漏れ、運動が得意でない面々はその場で大の字に寝転がりそれを茜に注意される。


「さあ、部屋に戻ろう。伊織、柚乃――ってどうしたの二人とも?」

「駄目ッ、今だけは近寄らないでください爽弥君」

「ええっ! どうしたの柚乃」


 何時もだったら何か言う前に傍に来てくれるというのに、今回ばかりは爽弥から近づいても何故か拒絶されてしまう。それを不思議に思っていると、伊織が恥ずかし気に理由を説明する。


「あんな走った後で汗臭いと思われるのが嫌なの! 気付きなさいよね幼馴染なんだから」

「伊織ちゃん、そんなにハッキリ言われると私まで恥ずかしいよ」

「直接言わないと分からないでしょ爽弥なんだから。それでこの年になっても恋人になれていない訳だし……ま、まぁそれが爽弥の良い所でもあるんだけどね//」

「典型的なツンデレですな。爆発しろ」


 小言で囁いたところ近くで寝そべっていた大山和人に訊かれてしまい、反射的にツッコんだところ思いっきり睨まれた。

 同時に一緒にいた谷繁悠斗と海原直哉の二人まで巻き込んでしまい、揃って伊織の怒気と柚乃の冷たい視線を浴びる事となる。


「何だそうだったのか。でもこの国のお風呂って身体を洗えれば良いって感じで、日本みたいに湯に浸かる習慣が無いんだもんな」

「あ、それ私も思いました。魔石が貴重だとかでシャワーしかありませんし、入った後の満足感がイマイチなんですよね」


 そんな事になっているとは露ほども気付いていない爽弥は、会話の流れに乗っかったついでに最近の…というよりは帝国のお風呂事情における不満を吐露する。


「そうそう。アンドレーフさんはそれでも贅沢な方だって言うんだけど、生まれた時からお湯に浸かってる身としては物足りないかなって」


 魔石とは電気やガスに代わりこの世界で普及している、魔素を含有した結晶体資源のことを指す。一部の魔物から取れるその石を魔法適性がない者でも扱えるよう加工し、それを魔導器具に嵌め込むことで人々の生活を支える基盤となっている。

 こうして作られた魔道具はその特性上魔力さえ込めれば誰にでも使用でき、故にいつの時代、平民貴族問わずあらゆる層の者達から絶えず受給されてきた。シャワー以外にも「火属性」の魔石を使ってコンロが出来たり、日常生活の様々な場面で用途に応じた活躍を見せている。


「日本を基準にした場合インフラが整備されている国は元の世界でも僅かですからね。魔石という便利なものがある以上、そっちに頼っちゃうのは仕方無いと思います」


 しかし人々の求める需要に対して供給が追いつかないのは世の常。しかも先述したように全ての魔物から魔石が取れるという訳でもなく、息吹ブレスやその他の属性攻撃を使う上位個体からしか剥ぎ取る事は出来ない。そもそも人類のように発達した発声器官を持たぬ魔物は魔法を行使できず、それ故独自の進化を経て魔石を生成し、魔法と同等の力を持つようになった。

 つまり魔物だから魔石を持つという考え方はそもそも成り立たず、実際はその逆で人類と同じように適正のあった魔物が生存競争を生き抜くために魔石をその身に宿したのだ。属性保持の割合が人より高いとはいえ種によって千差万別だし、それをミロス地方全土に供給するのは実質不可能だった。


「申し訳ありません。皆様が快適な生活を送れるよう努めてはいるのですが、他国との貿易で我が国の魔石資源は最低限しか残らないのです。帝国は光が差さないせいで作物が育たず、国益に繋がるような工芸品や特産物もありませんから」


 横からアンドレーフが声を掛けてきたが、常に無表情の彼には珍しくその顔には申し訳ないような、それでいて忸怩たる面持ちを覗かせている。


「現在ミロス地方の魔石のおよそ3割が帝国から出回っている物ですが、それでも他国からの輸入品に当てるのが精々です。我が国は迷宮の戦利品で成り上がった所謂叩き上げ。五大国の一つに数えられていても、その実内情は一部の州にも及びません」


 迷宮が有るから国が安定しないというのに、その迷宮で得られた利益で国が大きくなるとは何とも皮肉な話だ。周辺国への襲撃と領土拡大の歴史も、その辺の理由から作られた。


「す、すみません。そんな事情があったとは露知らず…」

「いえいえ。此方こそ愚痴のような話になってしまいました。お風呂の事でしたね。一緒かどうかは判りませんが、隣国フィリアムの王族貴族は皆さまが言うようにお湯を張ってそれに浸かるようです。私も一度訪れた際に試しましたが、確かにあれは得も言われぬ心地良さでした」

「ーーッ、それって本当ですか!!」

「湯船に浸かれるの、マジ!?」


 感慨深げにそのことを語ると、それまでの聞く姿勢から一転。身を乗り出し話の真偽を問うてきた。


「ええ。何でもかけ流しとやらを売りにしているそうで、少し熱めですが快適な時間を過ごせました」

「しかも温泉!? いいな~それ、絶対癖になるやつじゃん」


 DNAに刻まれたさがなのか、日本人はお風呂の事になると途端に積極的になる。あの趣味が一切無さそうな湊ですら、中学の時は学校をサボって秘湯巡りしていた程だ。やはり日本人にとってお風呂は魔法と同義である。


 そして温泉と聞くと、我関せずといった感じの女子3人も話に加わってくる。


「O☆N☆SE☆N!? やったー! ルルカも入る~!」

「効能は? ここから何日、いえ何時間掛かりますか! 美肌効果はあるんですか!?」

「すぐ行こう今行こ~」

「いえあの…そういうのが有るというだけで実際に訪れたりは――」


 そこまで口にして、ああこれは一回訪れなきゃ駄目だと察した。何せレムリアが否定の言葉を上げた途端、まるでそれまでの熱気が嘘のように引いていったからだ。皆絶望に満ちた顔をして一国の宰相を見上げている。


「――しないつもりでしたが、そういえば聖女様にご協力を仰ぐのがまだでしたね。迷宮攻略が先の事とはいえ、顔見せしないというのも心証悪いでしょう。もし宜しければわたくしと共に王国まで付いて来てくれますか?」

『行く!!』


 すぐさま予定を変更し、大人の対応で相手を立てる。ここで余計な禍根など残して後の協力関係に響けば元も子もない。多少の出費には目を瞑るとして、この場をやり過ごす。

 彼の誤算は日本人のお風呂好きを正確に図れなかったことだろう。普段聴き分けの良い彼らが露骨に残念そうな顔をして見せれば、流石の鉄仮面と言えど折れるしかない。そもそも彼は表情に乏しいだけで感情に疎いわけではない。いきなり拉致同然にこの世界に喚んだことを思えば、これで彼の良心も幾らか和らぐ。


(仕方ありませんね。陛下の給料分から賄えば九人分の旅費くらい何とかなるでしょう)


 尚、何時もいつも仕事を抜け出す主への良心はこれっぽっちも痛まない。

 自然な流れで天引きされているとは露とも知らず、当の本人は山のような書類に追われるのであった。


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