星喰らう聖樹の影


 現れた男は髪に白髪が混じり年相応といった感じだが、それをオールバックに纏め佇む姿は獰猛な顔付きと合わせて覇気に充ち満ちていた。既に中年と言って差し支えない筈なのに、その身体から漲る生命力がまだまだ現役だと主張する。

 凡百の兵士とは比ぶべくでもない、激しいオーラが服の下から滲み出ており、平和ボケした異世界組には到底抗えない圧となって襲い掛かる。


 そうして一人、また一人とプレッシャーに屈し膝を折っていった。


「陛下、もう少し抑えてください。今の彼等にこれ以上は危険です」

「あぁ? 何だよこの程度で立てねえのか。勇者って聞いて期待したのに拍子抜けだな」


 その中でも飄々と受け答えするアンドレーフに全員が戦慄する。覚醒者の凄さを知ったばかりだが、それでも自分達との実力差に肩を震わせた。


「それでだ。どうして余の所に報告が回って来なかったのだレムリアよ。お陰で召喚から日が空いてしまったではないか」

「はぁ、貴方はいつも通りですね。言ったら面白がって公務をそっちのけにするでしょう。それに…」


 そうしてアンドレーフ改めレムリアは事態の報告に移った。


 勇者の中でルルカだけ素質が見られなかったこと。覚醒者について教えようとしたら爽弥が突っ掛かったこと。ウラネスの話に脱線したことなど包み隠さずに話した。


「レムリア、お前は少し考え過ぎだ。最初ハナっから実力を見せておけば良いんだよ、こういうひよっこ共には」


 そう言って部屋を軋ませる勢いだった圧を解き、膝をついた勇者達の自由が解放される。


「――っ、はぁ、はあッ……!」

「大層なのは肩書きだけで実力が伴っちゃいねえな、全く」


 ゴホン、と咳を一つ挟んで息の上がった彼等に言葉を投げ掛けた。


「いいか、よく聴け童共。覚醒者ってのはレベル50の基準を満たしたことで世界のバックアップを受けた者を云うんだ。このバックアップってのはレムリアが説明したと思うが、要はステータスの大幅な更新を意味する。属性スキルの発現や特殊能力は完全に個人の素質に依存するが、この覚醒というシステムは誰しもが受けられる救済措置みたいなモンだ」


 つまり、と言葉を続ける。


「覚醒者とそうでない奴との違いは援助を受けているかどうかにある。潜在的に大きな力を秘めた貴様等も、覚醒してなきゃ一端の雑兵と然して変わらん。少なくとも余にとってはな」

「援助と言われても、僕らだってこの世界に来てから十分加護を受けている……のですが」


 レムリアが陛下と呼んでいたのを思い出し、咄嗟に敬語へと切り替えた。


 この男こそ此の国の王様。現状爽弥達の命を握っていると言っても過言ではなく、相手の機嫌を損ねぬよう細心の注意を払う。


「ほう。ひよっこの癖に回復が速いな。中々に見所がありそうだ。小僧、名は?」

「…郁真爽弥、です」


 間を置いて躊躇いがちに、だがしかと答える。


「では爽弥よ。一つ訊くが其方等のいた世界で超常的な力を持つ者を見たり聞いたりした事はないか? 例えば魔女やシャーマン、ボクサーとかな」

「ボ、ボクサー? どうしてその列びにそれが入るんですか」

「何、違うのか? ボクシングは個人的に超好きなスポーツなのだが…」

「陛下」


 話の頭から脱線しそうになり、レムリアが疲れたように軌道修正を図る。


 それより当たり前のようにボクシングが出てきた理由だが、前にも言ったように転移者が発端だ。七百年という長い歳月をかけて、地球の文化がダリミルに浸透しつつある。


「あー、ハイハイ分かっておる。で、その様子だと知ってるってことで良いんだな。なら其の者達が使う秘術も当然分かる筈だ」

「で、でもそれとこれとは関係が…」

「関係ならある。余が思うに、其奴らは世界のバックアップを受けている者達だ。貴様らの居た時代では空想の産物として扱われるようだが、実際には魔法も陰陽術も確かに存在していた――と、余を含め少なくない者達がそう考えている」

『なッ――!?』


 自分達の世界で知られる魔法が、まさか此方の人間に騙られるとは思わなかった。しかも魔法は実在したのだと非現実的な事を謂われれば、驚かない方が難しい。


「抑々おかしいのだよ。全く別の世界で『呪術』や『魔法』等といった言葉が同じ使われ方をしているのがな。貴様らの『異世界翻訳』とやらで双方が認識している単語に置き換えているとも思ったが…どうやらそれも違うとみる。全てではないが、勇者が想像する秘術と我々の思う魔法は酷似しているらしい」


 彼等には馴染みない話かもしれないが、古くから異世界人を受け入れてきたダリミルでは一種の定説と化している。

 何故外から来た人間が魔法を高い練度で習得し、あまつさえ特殊能力まで発現出来るのか。魔法が存在し得ない世界で生まれた人間がどうして属性スキルなどといった稀少なモノを持っている。

 それが分かれば、所謂いわゆる無能力者が不当に扱われる事も無くなるかもしれない。その為に議論を重ねるのはある意味当然のことだろう。


「まぁ要するにだ! 貴様らも覚醒の恩恵を受けられるようだから死ぬ気で強くなれってこったな!」

「え……え? あの、今の話ってこれで終わりですか?」


 てっきりもっと踏み込んだ話をすると思ったが、唐突に打ち切られてしまった。それに疑問の声を上げると、呆れたような表情が返ってくる。


「あ? 終わりだよ終わり。何だ続きが有ると思ったのか? 残念だが今のは全てレムリアの受け売りだ。詳しく聞きたいなら其奴に頼むと良い」

「わたくしも学会で上げられたモノを騙ったに過ぎません。他にも様々な意見があり、その中から気になったものをピックアップしただけです」

抑々そもそもだ。こんな話を延々語った所で何になる。貴様らのこれからの人生に必要か? 否、そんな事は無いだろう。学者を目指す者にとっては良いかもしれぬが、きっとお前達の中では異世界人の妄想話として処理される」


 そう言われぐうの音も出ない。実際自分達の将来に必要かと言われたら首を傾げるのが精々。

 遠い昔の、それこそ書物に記される程度の情報しかない相手を本気で知ろうとする者は、この中には居なかった。


「余も同じだ。異世界の…それも過去の謎とやらに興味が湧かない訳ではない。だがな、それが余の代で明らかになるという確証もなければそれで豊かになる保証もないのだ。大事なのは今、どうやって国を立て直すか。それが出来なければ刹那の命を無駄に燃やすだけだ」


 そう言ってバルコニーがある窓の方へと足を向ける。両手でそれを押し開き、人口密度の高い室内に微弱な風を運ぶ。窓を開けた先は純黒に塗り潰され、城下から漏れる明かりだけが外の景色を飾っていた。


「そう、余は国を立て直す。このの帝国に光を迎えなくてはならない。それは国を広げ、領土を増やすことでしか陽光を望めなかった先代達の悲願。この永きに渡り闇が支配する国を、我とお前達で終わらせる」


 身体の前で拳を握り、轟々と滾る視線を右手から前方――そのずっと先へと向けた。


 ここは五大国の一つにも数えられる完全実力主義の国、ガルシア帝国。

 ある事情・・・・を除けば魔物がいる西大陸と隣接する唯一の国家であり、そして夕日でさえ一部地域でしか拝めない夜の国でもある。元は一つの州に過ぎなかったのが、幾つもの小国を束ねて大きくなった。

 資源に乏しい一州に過ぎなかったのが、実力主義を掲げることで一国にまで成り上がった。逆に言えば、物資も人も居ない小国が戦の道を選んででも果たしたい「何か」が有ったということ。その何かこそ皇帝が渇望する日の光――乃ち闇からの脱却である。


「七百年に渡り我等の陽を阻んできた壁よ。いい加減退いてもらうぞ。このアルザード・ロ=ガルシアが治める国に影の称号は似合わない」


 そう言って腰に差した剣を抜き、闇の中に切っ先を立てる。

 この国に光が当たらないのは、何も異常気象が原因という訳ではない。暗雲が立ち込めるだとか、闇の魔術で国が覆われている等の事情も存在し得ない。


 この国は文字通り影の帝国だ。黄道に沿って放たれる日の光は、間にある障害物のせいで帝国に届くことがない。

 無論そんな馬鹿げた大きさの遮蔽物があるなど信じれる筈もないが、これを『攻略』する使命を与えられた彼等は受け入れないと始まらない。


「よく見ておけわっぱ共。分からずとも存在を感じろ。アレが貴様等の目指す先――隣国エルミアと西の大陸とを分ける最上位ダンジョン、精霊迷宮。真の名を〝聖樹ユグドラシル〟と云う」

「聖樹…ユグドラシル」


 九人が見つめるその大樹こそ、七百年以上経った今も前人未到を貫く難攻不落の大迷宮、聖樹ユグドラシル。その圧倒的過ぎる存在感と枯れる様子のない不可思議さから、一部の者には『星を喰らう大樹』とまで云われている。


 国を隔てた先にあるのに、それでも全貌を拝むことが出来ない。


 これ迄に数十人の勇者、そして数千万に及ぶ冒険者を迎えてはその悉くを返り討ちにし、数多の命を啜ってきた正真正銘の化け物。これを攻略し、その奥に眠る『精霊姫』と契約するのが勇者の使命であり、全人類共通の悲願でもある。


(あの果てしないいただきに僕が……僕達が挑むんだ)

 

 無意識に震える手は武者震いか、それとも臆病風に煽られてかは分からない。

 ただ漠然とそれを見上げ、引き返せない所まで来てしまった事を理解する勇者たちであった。



――――――――――――




 精霊迷宮(聖樹ユグドラシル)

樹齢:700年?

直径:3000㎞(推定)

幹廻り:1万9000㎞(推定)

樹高:頂上? 有るんじゃね、知らんけど。

 エルミア精霊国と魔族領の中間に聳える大樹で、湊たち勇者の最後にして最大の試練。七百年ほど前に突如として出現し、それより以前のことは現在に至るまで解明されてない。中は空洞であり、入り口も何ヵ所かに分けられる。断面積もとい広さは700万km²(アマゾン川の流域面積とほぼ同じ)とも推察され、その中を覚醒に至った魔物や魔獣が跋扈する。また特に厄介なのが気候で、階層ごとに環境が大きく変化しそれに合わせてそこに棲む生き物の生態系も変わる。ちなみに現在の最高到達領域は42階だが、その記録も二百年前で止まっている。


 さあ勇者よ、

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