覚醒者②


「これって…」

「Unbelievable! ジュホウとか盗聴とかっ、アンさんって見かけによらず~アブない人ネ!」


 そうだけどそうじゃない、何故一番最初にそこを見る。全員の心がハモった瞬間だった。


「アンドレーフさんも特殊保持者だったんですね。しかも特性が二つ…」

「いやいや、それよりも何ですかこのアビリティ値は!? 平均1500越えとかっ! ――あれ、でもこれって高いんですかね? 拙者わかんね」

「見たことのない属性も混じってる。魔と森なんて誰も持って無かったよね?」

通常能力ノーマルの数と習熟度も凄いです。レベルが上がればそれだけ成長できるって事かな」


 ある者は興奮を露に、或いは冷静に分析し、また自分達との圧倒的な力量差に呆然と立ち尽くす者もいた。


「これが覚醒者の特徴です。わたくし共はレベルが50になった瞬間からそれまでの常識を塗り替え、成長する。基本値も技量も能力さえも、それまでとは比較にならない勢いで伸びていきます」


 全員が唖然としたまま、今度は横槍も入れず彼の話に耳を傾けた。


「覚醒へ至った時の主な恩恵は二つ。一つはステータス値の大幅な上昇です。今の段階でレベルが上がると特殊保持者なら40~60、そうでない者でも10~30ほどアビリティに加算されますが、これが覚醒者になるとその倍は貰えます」


 この世界で身体能力値アビリティは能力以上に重要視される。

 と言うのも、魔法やスキルで勝負が動くのは同格である場合が殆どだからだ。両者の開きが大きいとそれだけで闘いが成り立たない。


 10や100なら誤差の範囲。しかし1000以上の差で実力は明確になり、一万もの数差がつけば抗えぬ脅威であることを意味する。


「という事は某達なら一度のレベルアップで100以上の上昇が望めると?」

「えぇ。と言ってもそれはわたくしの場合ですので戦闘職の皆さんならそれ以上も考えられるかと。覚醒者の闘いは数千数百が基本になってきますから」

「それは本当に…?」


 柚乃が訝しげに確認した。


「わたくしの知っている限りだと体力値だけで200以上授かった方もいますよ。一回のレベルアップでそれだけ得られるのも稀ですが、鍛練を積んだ者ならそれ位行くかもしれません」

「何それズルッ」


身体能力値アビリティの「体力」は忍耐や生命力に依存する。なのでそれが高いと長期戦になる場合が多い。和人のような守備型もこの傾向が当てはまる。


「あとは上位属性の存在も覚醒者の強みでしょう。そこに至った者はそれまで持っていたスキルが進化し、より強力な魔法が行えます。わたくしの《森属性》と《魔属性》も元は木と闇でした」


 通常能力のなかでも特に重要視される属性スキルは生まれた時から決められており、それ以降増える事はない。ただ、その代わりとして覚醒者になると一段階上の力を得ることが出来る。


「火」属性 → 「火炎」属性

「風」属性 → 「嵐」属性

「木」属性 → 「森」属性

「土」属性 → 「大地」属性

「光」属性 → 「聖」属性

「闇」属性 → 「魔」属性 等と決められている。


 その他の例外として「雷」と「水」がある。《雷属性》は覚醒に至っても表記が変わらず、変質もしない。ただ出力が上がるだけだ。


「一方の《水属性》はその逆――。「海」「氷」「毒」「霧」と進化先は多岐に渡り、どれか一つに当て嵌まるようになってます。とは言え、《毒属性》は「水」と「木」の習熟度を覚醒するまで常に一緒に保つという制約があるので可能性としては低いですし、《霧属性》に至っては期待するだけ無駄でしょう」


《水属性》は派生スキルが多い分、爽弥達のような覚醒前だと所有している者が一番多い。

 しかしアンドレーフが謂うように「毒」と「霧」は獲得が難しいため、宰相である彼をしても二つは完全に未知の領域だ。特に「霧」などはその存在を疑うほどに。


「えっと、今の段階で自分がどの系統になるとかは分からないんですか?」

「明確な取得条件があるのは《毒属性》のみとなっています。抑々魔法を扱える者が少ないため単純な比較は出来ないのですが…」


 属性系のスキルが先天的というのは先に述べた通りだが、その保持者も全体の二割と案外少ない。そこから更に魔法へと転じれる者が絞られてくる為、初級魔法でも発現出来る者は限られてくる。


「一応各国が集めた情報を元に集計してみました。

 最も多いのは「火炎」で、次に「海」。そこから辿っていって「大地」,「嵐」,「氷」の順です。それから「森」で、「雷」。「聖」と「魔」はイーブンといったところですが、どちらも珍しい事に変わりはありません」


 そんな背景が有るにも関わらずさらっと集めたとか言う宰相。思わず聞き流しそうになるが、全員で待ったを掛ける。


「全部調べたんですか?」

「随分とビーンだね!」

「まぁ、趣味と実益が重なっただけですから」


 全員で何でもないという風に語るアンドレーフに舌を巻いていると、ここであることに気が付いた茜が声を上げた。


「あっ…「水」と「木」ってことは柚乃さんが可能性あるんじゃ無いですか? 確か両方持ってましたよね」


 彼女の発言で全員の目が柚乃に向く。しかし話を向けられた本人は気まずそうに視線を伏せた。


「…申し訳ないけど、それは無理なんです。さっき見てみたら《水属性》のレベルが2に上がってたから」


《毒属性》は明確な進化条件が設けられている分、他の上位属性と比べて発現率もグッと下がる。

 全部で49あるレベルアップを一回の狂いもなく揃えるというのは至難を通り越して無茶だ。命懸けの戦闘でそんな事をする余裕があるなら、もっと他の所で伸びているだろう。


「部屋で興味本意に色々試したのが良くなかったんだと思います。アンドレーフさんにも止められてたんですが、自制が効かなくて」

「え…あっ、ごめんなさい!」


 それを聞いた茜が慌てて謝罪する。


「ううん、私の方こそごめんなさい。……勝手な事して、爽弥君はこんな私に失望しましたか?」

「そんな事ないさ。自分を磨く行いを褒めても、責めたりなんか僕は絶対にしない」

「ふふふ。爽弥君ならそう言ってくれると思ってました」


 爽弥から許しを貰い、また何時もの調子に戻る柚乃。その様子を見て、何人かがまたかと苦笑を浮かべた。


「でもでも~、ポイズンでそれだけなら~、ミストッは誰が手にできルんだろネ~」


 二人が話したのち、一瞬だけ静寂が場を支配する。が、ルルカの興味が他に向いたことでそれも終わった。

 加えて先程の一言いちげんを起こした茜が慌てて彼女の話に乗っかる。


「そうですね、一体どんな性質なんでしょう。字面だけだと効果がイマイチ分からないですし!」

「Mr.アンドレーフは何かご存知ですか?」

「真偽こそ定かでないですが、噂では幻術を司るとか。直接の攻撃手段こそ少ないものの、五感すら欺くその性能は上位属性の中でも脅威の一言に尽きる、と」


《霧属性》に関しては迷宮で発見される古代級魔道具アーティファクトからの情報が殆どである為、帝国どころかどこの国でも解明が進んでいない。故に情報をそのまま伝えるしかない訳である。


(幻術キター!)

(物語中でもぶっ壊れ性能で占めるやつですぞ!)

(でも獲得の可能性としては薄そうですね)


 アンドレーフが頭を悩ませる中、またもや三人額を合わせて話に盛り上がる。伊織はそれにゴミでも見るような眼を向けた。


「誰か発現した人はいないんですか?」

「…御一方だけ、所持していると思われる方ならいます」

「それはWho?」


 若干言い辛そうに口をまごつかせ、それでも質問に応じた。


「『崩国の白銀姫シルヴィノーゼ』ウラネス様です。九つの尾を携え、その強さと美貌から神に最も近い神獣様として一部から崇められている御方です」

「神獣…ということは人間ではないんですね」

「はい。姿形こそ『白銀姫』の名に恥じぬお姿ですが、その正体は魔の者すら畏れる天狐だとか」

「それって九尾…?」


 思い当たる存在を中国神話で知るみくるが声に出して疑問をぶつける。


「キュウビがなんだかは存じませんが、万が一見かけても下手に近付いてはいけませんよ? 弄ばれて殺されるやもしれませんから」

「こ、殺されって…」


 アンドレーフから一際強く念を押されたことで、それを冗談と思う者はいなかった。上位者からのプレッシャーにルルカでさえ息を呑む。


「それだけ危ない人…なんですか。そのウラネス様って」

「付き合い方次第で吉とも凶とも出る御方です。罪さえ犯さなければ基本的には無害ですが、彼女の機嫌を損ねて頭しか残らなかった魔王もいたみたいですから」

「あ、頭だけって」

「しかも今さらっと流したけど魔王って…」


 この世界に来たばかりでイマイチ実感できないが、取り合えず特別な存在なのは分かった。


「ですが気に入られれば国の繁栄にも手が掛かるほどです。隣国では国王夫妻の婚姻に関わったと聞きますし、我が国でも先々代の皇帝と酒を飲み交わした仲だとか」

「それは何ともまぁ…」

「機嫌悪い時との印象違いすぎでしょ」


 それを聞いて先程とは別の空気が一同に流れた。


「ですから―――おや?」


 それから次の説明に入ろうとしたところで、アンドレーフの動きが止まった。


「あの、どうしましたか」

「アンドレーフさん?」


 最初に異常を察知したのはと共に仕事をする内に鍛えられた第六感――要は面倒事を押し付けられる中で自然と身に付いてしまった直感である。

 それが煩わしいまでの警鐘を鳴らし、自分に厄介事が迫っている事を伝えた。


「もう嗅ぎ付けてきましたか。まぁこの状況なら強ち厄介とも……限りましたね。全くあの人は…加減と云うものを知らないんでしょうか」

「アンドレーフさん…?」


 温和なイメージがあったアンドレーフが悪態を吐いた事で、全員がキョトンとした顔を晒す。


 その間もアンドレーフの警戒が緩まる事はなく、次第に足音が聞こえる距離までソレは迫って来た。

 集中せずとも城内を我が物顔で闊歩する人物の特定は容易であり、自分の予想が覆らない事を確信するともう一度、今度は心底疲れたような深い溜め息を溢した。


「話が脱線してしまい、申し訳ありません。一先ずわたくしの話はここまでのようです」

「えっと、それはどういう「よぉレムリア!」こと……っ!?」


 悠斗の疑問を遮って部屋のドアが開くと、そこから四十は過ぎたであろう男性が弾かれように姿を現した。

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