覚醒者①


『『『覚醒者?』』』


 アルシェと湊の一幕から少しだけ時間が進み、帝国城内。


 爽弥達の召喚から五日が経った頃、そこの大臣であるアンドレーフの部屋――つまりは彼の執務室に九人は集められた。

 そこで彼等はこの世界で最も重要な事項の一つを説明される。


「えぇ。この世界でレベルが50に達した者はそう呼ばれています。勇者は召喚されてから先ず覚醒者になる事を最優先に求められ、それを成して初めて迷宮への挑戦資格を得るのです」

「50? そんなに…」

「それより覚醒者って?」


 アンドレーフの言葉に何人かが訝し気な顔をして見せる。


「それってレベルが50に上がらないと迷宮に入れもしないって事ですよね。どうしてそんな…」

「そうまでしなきゃワタシ等じゃ通用しないって言いたいんでしょ。それくらい分かりなさいよね」


 直哉の疑問を伊織が苛立たし気に答えた。彼女は基本、爽弥以外の男子には当たりがキツい。その言葉に気圧され、直哉が縮こまってしまった。


「イオリ殿の仰る通りです。迷宮攻略の可能性は覚醒に至るか否かで大きく変わってくる。先ずはそれが何なのかを説明する必要がありますね」


 それを少し不憫に思ったアンドレーフが話の頭を戻し会話を進める。


「覚醒とは読んで字の如く能力の飛躍的な向上を意味します。それ迄の過程を前段階とし、覚醒に至ってからが本番と考える人も少なくないでしょう。要はそれだけ重要視されている事項の一つなのです」


「この覚醒というシステムは万種共通。人間だけでなく全ての生物に備わっている進化の奇跡そのもの。|長耳族(エルフ)や|小人族(ドワーフ)、亜人は勿論のこと其処らにいる魔物すら例外ではありません」

「全ての生き物に? でもそれって…」


 大仰に騙る様子が九人を話へと引き込み、それに釣られて誰かが反応を返す。


「はい。の迷宮の上層部にはこの覚醒者の称号を持つ魔物が幾百にも跋扈し、我々の攻略を長年阻んできました。勇者とはいえ、覚醒もしていない状態でそこを上るのは落雷の下に身を置くのと等しい。なので五大国を含めた主要な国々は覚醒を終えてない勇者の迷宮入りを禁じたのです」


 今よりずっと昔――それこそ迷宮を競うように攻略し始めた頃は、その辺の事情を考慮していなかった。

 速さと引き換えに安全性を無視し、そのせいで貴重な勇者を失うという事例が暫く続いたのだ。

 勿論迷宮内部の情報が当時足りてなかったのもあるが、後になって今の形に見直される迄は死亡リスクも有り得ないくらいに高かった。


「その様な事があり今現在の皆さんでは迷宮に潜ることすら許されません。此れからはわたくし主導の下訓練に励んでもらい、ある程度まで戦えるようになったら精霊国にある学園へと――」

「その必要はありません」

「……何ですって?」


 しかしアンドレーフの説明の途中で口を挟む者がいた。ここまで聞きに徹していた爽弥だ。


「そちらの事情も粗方ですが理解しました。でも僕らの目的は元の世界に帰ることなんです。だからここで時間を無駄に消費したくはありません」

「ほぅ…?」


 相変わらずの無表情ポーカーフェイスだが、険のあるアンドレーフの声に何人かが身体を震わせた。


「力を求めるのは無駄だと、そう仰りますか。死ねば元も子も無いと云うのに、それでも目的のみを見果てるおつもりで」


 爽弥はそんな大臣を真っ直ぐな瞳で見つめると、愚直ながら意思の固そうな言葉を吐き出した。


「えぇ。皆が僕のように|特殊能力(ユニークスキル)を手に入れたら直ぐにでも迷宮へと赴き、攻略します。わざわざ覚醒とやらを待つ必要も無いでしょう」


 そのやり取りを半ば呆然と見ていたメンバー達だったが、流石に話の先行きが怪しいと感じ二人の間を遮るように割って入った。


「ちょおっ! ちょちょ、ちょっと待ってくだされ爽弥殿! それは幾らなんでも無計画過ぎやござらぬか!?」

「無計画? 何処がだい。過去の勇者達が成し得なかったのは単に戦力不足だったからさ。僕らには数のアドバンテージが有る。此処にいる全員が特殊保持者になれば難攻不落の迷宮だって墜ちるよ」


 唯一の特殊能力持ちである爽弥は己の中で力の高ぶりを感じていた。日に日に増してくる高揚感と優越心が自信へと繋がり、彼の思考を楽観的なモノへと変化させた。


 自分は違う。自分だけは大丈夫だ。そんな裏付けもされてない、傲りとも呼べる自信が彼を突き動かす。


「それに皆だって早く帰りたいんだろう? いきなりこんな訳の分からない事に巻き込まれて、家族が恋しいとは思わないか」

「そ、それはまぁ…」

「ファンタジーな世界には憧れますが、置いてきた家族も心配してるだろうし」


 不承不承といった感じで何人かが同意する。


「当ッたり前じゃない。こんなので喜ぶのなんてそこの馬鹿と3オタぐらいよ。煩悩だらけのアンタ達が爽弥に意見なんかしないでくれるかしら」

「笨蛋!?」

「い、いやでも…」

「なによ。まだ口答えする気?」


 伊織が睨むと、否定的だった者達にも迷いと困惑が生まれてくる。


「で、でもアンドレーフさんの言うことももう少し聞いてみた方が良いと思うんです。何も知らないというのは幾ら何でもマズイですよね」

「なっ!? ア、アンタねぇ…!」

「私は爽弥君の言うことに賛成です」


 爽弥の言葉に乗っかる感じで伊織が諌めた。


 その後も各々自分の意思を表明していき、最終的には半々で分かれた。全員の意見が揃わなかったことで爽弥が面を食らい、伊織が苛立ちを見せる。


「意見が割れているようなので話を続けたいのですが」

「……必要ありません。僕らはその前に迷宮を攻略します」


 自分の言葉に突っ掛かる爽弥を面倒だと感じ始め、どこか諦めたように嘆息する。


「それは全員の意見ですか。それとも貴方の押し付け?」

「皆不安で保守的になっているだけです。本心では賛成してくれます」


 アンドレーフが再度確認を押すが、意固地になった爽弥が何を履き違えてか皆の意見を捻じ曲げた。

 それに焦った反対派が言葉を正す前に爽弥が結論を口にする。


「アンドレーフさんが言うように実力をつけてから挑むのは賛成です。僕達も危険な思いはしたくありませんから。ですがそこまで待つ必要もないと思うんです。勇者が九人もいるなら多少の無理も通る気がするんです」

「わたくしは貴女方よりもこの世界に詳しいですがそれでも聞いてくれませんか?」

「残念ですが」

「ルルカ殿は一般的な人よりも弱いと考えています」

「なら八人で」

「Oh、遠回しの戦力外通告やがな」


 ルルカの意気消沈を他所に二人の言い分は続く。

爽弥が全員で行けば問題無いと押し、アンドレーフがそれに理由付けで説明するも納得しない。完全に話が平行線だ。


 両者譲らずの精神で議論を繰り広げるが、先に折れたのはアンドレーフだった。


「そうですか。ここまで言っても分かって貰えませんか。……いえ、それも当然なのかもしれませんね。親元から離した我々が貴女方に何かを言う資格は無いのかもしれない。命を張って戦えと要求しておいて、これ以上何かを強制するのは都合が良過ぎる」

「! ならッ――、」

「ですがこのまま引き下がるのはそれこそ不義理と言うもの。わたくしには貴女方を生かす義務がある。それを簡単に放棄する訳にはいかない」


 だから、と続けて言葉を発する。


「一つ勝負をしませんか。その勝負に万が一わたくしが負けた場合、今後一切皆さんの方針に口を挟まないと約束します」

「勝負、ですか」

「えぇ。皆さんが負けてもペナルティは発生しません。これ迄のように横から口を挟む等はしますが、必要な事項以外での強制はしないと約束しましょう。あくまで皆さんの意見を尊重したいですから」


 それは何とも美味しい話である。此方側からすればノーリスクハイリターンも良いところ。自分達の意思を、行動を、一国家に左右されないと認められるに等しいからだ。 


 その意味に気付き、否定肯定派どちらもが了承の頷きをしてみせた。


「ルールは簡単。今から私が皆さんのおでこに触れるので、触られる前に私の手を掴んでください。全員のおでこに触れられたらわたくしの勝ち。一人でもわたくしを止められたら皆さんの勝ち、というので如何でしょう」

「えっ、あの、それだけですか?」


 トントン拍子に話が進んで困惑する者もいたが、賭けの内容を聞き、そんな事で自分達の未来が決まるのかと半ば拍子抜けした。


「構いません。それに言ったでしょう、万が一・・・だって。この勝負でわたくしが負ける可能性など無きに等しい」

「……そうですか。くれぐれも後悔が無いように、とだけ言っときます」


 挑発を受け、全員の目の色が変わる。どんな秘策が有るかは知らないが、この賭けに勝って自分達の権利を認めてもらう。今大事なのはそれだけだ。


「準備は良いですか? では何方どなたか開始の合図をお願いします」

「じゃあ僕が――」

「ハイハーイ! ルルカがやるよー!」


 溌溂はつらつとしたルルカの声が爽弥のに被さり、挙げていた手を途中で停止させた。


「あ~、えっと…」

「ちょっと! 何でアンタなのよ!?」

「どっちでも良いよ合図なんて。奈々瀬さんも一々怒るの疲れない?」

「ッ、神埼…アンタも調子に――」


 反応に困る爽弥。伊織を宥めるみくる。そして無自覚な煽りを受け更に眼を吊り上げる伊織。この時点で勇者達の仲間意識はゼロに等しかった。


「ヨッシャー! それじゃあ行きますがな!」


 此方は此方で人の話を聞かない。横での睨み合い(一方的)を完璧にスルーし、旗を振り下ろすスターターのような形を取った。

 この時にその体勢は無駄じゃないかと聞いてはいけない。これでも本人にしてみれば真面目にしているつもりなのだ。


「5、4…」


「あ、ほら始まった。二人とも頼むよ。あとみくるも」

「し、仕方無いわね」

「爽弥君が言うなら…」

「了解だよ~」


「3、トゥー…」


「わ、私もせめて触るくらい」

「来るぞ同士よ」

「ですな」

「ゴクリ」


「ワン……あ”~~~ッ」


 トトトトンっ


「はい。わたくしの勝ちです」


「~~~あ”いッ!………ん?」

「え?」

「は?」

「あれ…?…今…」


 一瞬だった。勝負に勝つため一分の隙も逃さんとしていた全員の警戒を掻い潜り、スタートと同時にアンドレーフの姿がその場から消えた。

 次に訪れたのは額に付けられた軽い衝撃。その直ぐ後に終わりを告げる声が掛けられたが、その時になって漸く標的を見失ったこと。それと誰かが触れたという事実のみを認識し出した。


 視線、重心、立ち位置、手足の初動。

 各々見るポイントは違ったが、喩えその情報を繋ぎ合わせたとして、彼の動きを理解するのは不可能だったと謂わざるを得ない。

 それはアンドレーフに否定的だった爽弥も例外ではなく、もしろ他より見えていた分余計に彼との実力差を痛感させられた。


「わたくしの勝ちです。今皆さんの額に人差し指で触れました……と言いたいのですが、ルルカ殿の掛け声が独特で言い終わるより前に動いてしまいましたね。反省です。納得が行かないようでしたら再度チャレンジも――」

「ま、待ってください!!」

「何でしょう」


 そのまま普通に二回目に移ろうとしたアンドレーフだったが、今起きた事を消化しきれない爽弥が待ったを掛ける。


「今のは…その、本来であれば勝負は付いていたという事ですか? 僕らの警戒をすり抜けて、あの一瞬で全員の額に触れたという認識で間違いないですか」


 最初こそ懐疑的だったが、言葉の最中で確信へと至り2度目の問いには疑問符すら付かなかった。


「今のは人間の……いや生物が出して良いスピードじゃない。あんなの人間の感覚で制御できる訳がないんだ。それなのにどうして貴方は……ッ、アンドレーフさんは平気な顔をしていられるんだ!」


 爽弥の心中に生じた感情は恐怖。今まで自分達の絶対的優位性を信じて疑わなかった彼だが、それが覆った事で身の危険を感じたのだ。

 もしアンドレーフが無理矢理従わせたとして、それに抗えるだけの力が無いと知ったからである。


「爽弥…」

「爽弥君」

「それだけの力を有しておきながら勇者に頼る理由は何ですか。アンドレーフさん、貴方本当は…」


 しかし爽弥が二言目を呟いたタイミングで、今度はみくるが割って入った。


「あのさ、今までの流れだとアンドレーフさんも覚醒者ってやつだよね。なら本人に喋ってもらうのが手っ取り早いんじゃない? それを聞かない限り話は進まないと思うな~」


 チラリと横目で合図を送り、自然な流れで主導権を戻した。 


 彼女自身もまた地球へ帰りたいと願う内の一人。

こんな所で時間を無駄に食いたくはないが、危機感を覚えるのもまた事実。

 なればこそ、事情をよく知るアンドレーフに説明を促すのだ。


 彼もそんなみくるの意図を瞬時に察し、甘んじて彼女が用意した流れに乗った。


「そうですね。百聞は一見に如かず。実際に見て判断いただく方が速そうです」


 そう言ってステータス画面を開いた。苦渋の選択とは言え、こうなる事は折り込み済みだった。

 全員のステータスを見てしまった以上、自分のを見せない訳にもいかない。下手に誤魔化してバレるよりも、同じ条件で向かい合った方が彼等の協力意識にも刺激を与えられる。


 況してこのまま爽弥と口論を重ねるよりも、実物を見て話した方がスムーズだと感じた。

 元々武闘派ではないからと重要なスキルだけを隠し、あとは全て彼等の見たままとなる。


「わたくしが見てほしいポイントは2つだけ。身体能力値アビリティと…属性スキルの欄です」


 アンドレーフの呼び掛けはその場の全員に届いてなかった。


 彼が促すよりも先に全員の目が向き、そして各々が抱いた違和感を払拭すると同時に吃驚した。



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個体名 レムリア=アンドレーフ

種族:|人間族(ヒューマン)  Lv52

称号:「特殊保持者」「覚醒者」「侯爵家当主」「戦王の右腕」


力:1330

体力:1285

俊敏:1370

精神:1865

魔力:1790


【特殊能力】

《鷹目の呪法》(「看破」「五項低下」)


【通常能力】

《雷属性 Lv4》 《森属性 Lv5》

《魔属性 Lv6》 《細剣術 Lv5》

《俊敏強化(小) Lv3》 《魔力回復(中) Lv6》

《詠唱省略 Lv5》 《思考加速 Lv8》

《魔威力上昇 Lv6》 《雷威力上昇 Lv2》

《外交術 Lv8》 《盗聴 Lv3》

《口話法 Lv5》 《礼儀作法 Lv6》


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