難解な力
その後、腹を満たした二人は状況の整理と能力確認を再開した。
と言っても初心者の湊が何かを答えるのは難しく、アルシェが知る範囲で説明し、その都度疑問を呈す限りだったが。
そうして納得の行くまで時間を費やした湊は、当初の予定通り肉の調達へと繰り出した。
「~~~♪」
その際えらく上機嫌で、スキップまで行かずとも鼻唄を口遊む程。それはもう、今の彼となら食事も取れそうな位に。
親友の蓮に言っても冗談だろと一蹴されるだろうが、兎に角彼でさえ見たこと無い快活さが今の湊にはあった。
それもこれも長年悩まされてきた頭痛の種が消えたからだと言えば、湊の苦労も偲ばれよう。
(まさか嘘を見ても吐き気を催さないとはな。その代わりに他人のステータスが見れるのは重畳だった)
そう、これまで散々彼を苦しめ、呪いのように纏わり付いていたあの忌まわしい感知能力が消えたのだ。これにより人の感情を見た後でも不調を起こさなくなった。
(悪意とか関係無く押し付けてくるからな。これで以前よりは人混みにも抵抗無いだろう。ま、だからって積極的に関わる気もないけど)
湊が集団から離れたがるのは眼によるものだが、それとこれとは話が別だ。嘘が視える事と他人を見下す癖は生まれつきである。
とここで軽やかだった湊の足が止まる。
(……待てよ? だとしたら昨日の
アレとは盗賊相手に後退する直前見た黒い靄のことである。あの時は召喚されたばかりで混乱していた上に吐き気も来なかったが、今思い返すとあの黒い靄には見覚えがあった。
(
少なくとも
そこから一晩経って、その現象が起こらない事に気付いたのだ。
心臓の辺りが黒く染まり、それを見て悪心や嫌悪感、脳が掻き毟られるような不快感が押し寄せる。その中でネックになっていた部分だけが消失したのだ。
(いや、消えたとは限らないのか。嘘を見破る力自体は残ってるし、アルシェの例だってある。此方の常識に当て嵌めるなら「真相見識」に統合されたって所だろう)
思うに、これ迄の症状は【真偽の瞳】が中途半端に力を持ったことが原因で起きた事態ではなかろうか。湊が持つ一つひとつの歯車が噛み合わず、不調という形で不協和を齎した。
それが妖狐に進化して完全なものとなり、今まで生じていた不具合も解消されたんだと思う。
(魔法もスキルも無い世界で俺だけが能力を持っていた。けれどそれを取り巻く環境や、俺自身でさえそれに適応できなかった。それが同時に解消されて本来の用途に戻ったとか、無理やり理由を付けるとしたらその辺りだろう)
何とも型破れな話だが、湊がそう予測立てる根拠だってある。
と言うのも母が死んで間もない頃、余りの煩わしさから両の眼を潰した事があった。
嘘の世界で1人生きていく気力が持てず、しかし死ぬのは母の望みに反する。何より自分が居なくなった後も屑が扈ることを思えば、彼のプライドがそれを赦さなかった。
故に景色だけでも閉じてしまおうと企て、しかしその試みは見事に失敗した。
いや実際に視界を塞ぐことには成功したのだが、1週間かそこらで完治してしまったのだ。確かに眼球裏の視神経には手を出せなかったし自分でも甘かったと思うが、医者から治る見込みがないと診断されてのソレである。
流石に懲りて二度目は無かったが、改めて振り返っても違和感しかない。だって治るにしても早過ぎるだろ。
あの時は途中で考える事を止めたが、今の状況から推察するにそれが一番あり得るように感じた。
乃ち湊の眼が地球の常識から外れた固有能力だから起きた事態だと。
(いや、今更そんな事どうでも良いのか。大事なのは不調を伴わず、且つ
そもそも湊にとって重要なのは症状が再発しないかどうかで、その可能性が低いのなら特別考える意味も無い。
(そこまで踏まえると【真偽の瞳】が俺の持つ固有能力の中で一番結び付きが強いと言える。何せ四つも有るからな、理解し極めるには効率的な選択をして行かないと)
アルシェの話を聞いてる内に、湊は固有能力を使いこなすには相当な時間を用すると判断した。
何せアルシェに聞いた【聖者の瞳】の説明が――
「予知眼」が
そしてこの能力の性質上――、いえ私自身の問題として未来を覆す術がありません。予定調和で進む運命には既に私という可能性が組み込まれている訳ですが、そこから逸脱した行動を起こすことが出来ないからです。「予知眼」は運命に影響を及ぼすほどの“外因”があったりで変わることもある。それは命を懸けるほどの覚悟だったり、常識から外れた現象など多種多様。しかしどれも私が関与しないのは確かです。
それともう一つ、【聖者の瞳】の「千里眼」には分岐点である〝現在〟に視点を置くことで自分以外の情景を視る力を有しています。これは印象に残っている人、或いは物を頭の中に強く思い描くことで
「千里眼」は「予知眼」と違い真実のみを映す。当然ですよね、数多に伸びる運命の枝は〝現在〟と云う一つの幹に集約されるのですから。場所は違えど現在に流れる運命は一つだけ。それを見紛う筈もありません。
あ、カナエ様も気付かれましたか? そうです。この理論に基づけば、2つの特性を合わせ〝過去に見た現在までの未来〟を見ることも可能ということです。そしてそれは正しかった。
運命という大きな流れの中にいるせいで中心に立つ
これがアルシェから聞かされた彼女の能力である。
アルシェは15年という歳月をしてここまで…、逆に言えば15年でここまで『しか』分からないということ。
湊より長く能力に触れる機会がありながら、全てを知っている訳ではない。それはアルシェの考えが足りてないと言うよりむしろ、能力の難解さが原因にある。そんなモノの理解を怠るなど愚の骨頂。自分の可能性を潰してると言う外ない。
(今見極めるべきは能力の可能性。この森を抜けるまでにせめて各特性の概要ぐらいは明かさないと)
与えられた力に縋り付いたりはしないが、有ると便利。ここまで騙っといて今更だが、湊が固有能力に見出だす価値などその程度である。
どれだけ強大な力を持とうが、結局はそれを扱う者の伎倆に左右される。
馬鹿に刀は握れず、槍を持てば振り回される。武芸に限らず集団というコミュニティを形成する者は皆、自分に足りないものを埋めるため群れるのだ。その程度に収まっている人間など取るに足らない。湊が何かせずとも勝手に居なくなる。
だがごく稀に、そこから逸脱する者が現れるのだ。
湊がやって来たのは力も才も持つその人間を、更なる才能で上から押さえることだった。
数なんて要らない。力での勝利なんて認めない。
相手が暴力的なまでの力で押してくるなら、それを圧倒する才能で心折るまで。勝負を決めるのに必ずしも相手より強くなる必要など無いのだ。
だからと言って力を蔑ろにするのではない。力無くて勇を騙るは負け惜しみに過ぎないからだ。
湊が現世の力の象徴であるステータスを理解しようとするのもその証拠。傲りはするが妥協はしない。況してやアルシェの主として、彼女に教えられる内は十分と言えないのだ。
(アルシェに護られて傷を負うようではダメだ。最低でも黒ローブの男を殺せるぐらいの力は付けないと)
幸い具体的な目標もある事だし、それに準じて行くのも良いだろう。
「……ん?」
そうして森の中を歩くこと数分。草木を掻き分け此方に向かってくる何者かの音を感知した。その瞬間湊は半径200m内に意識を広げ、状況の把握に努めた。
(主な生体音は七十三……少し多すぎないか? その内視線を向けてくるのが十六体で、遠くの個体ほど無反応だ。足取りと呼吸のリズムから見て種族はほぼ別だけど、何故こんなにいる?)
足底から伝わる微かな振動を辿ると、更に絞れてくる。十六体の中で大型と呼べる個体は三体のみ。他は全て中型で、二足歩行を行う者はその内の五体にも満たない。
(違う、200mよりもっと広い。耳も妖狐仕様になったから聞き取れる音が増えたのか)
だが想定していた距離より遠くから反応が返って来ると、即座に己の思い違いを正した。急な感覚の変化にも対応してくる辺りは流石である。
そしてそれが全て人間でないことが分かると、指を鳴らして迎撃の時を待った。
『クカッカー!!』
「鶏……で良いんだよな。食えるのか、こんなの」
邂逅の時は直ぐに訪れた。湊の前に姿を表したそれは一見鶏のような外観だが、サイズが人よりも大きく普通のと比べて威圧感が半端ではない。
身体から生えている羽も何だか鶏のとは違うし、何より尾は尾でも尻尾が生えている。おまけにその尻尾が蛇であることから、湊でもこれが魔物だと分かった。
「まぁいい。取り合えず狩るか」
弱点を克服するついでに付いてきた、相手のステータスを閲覧する機能を早速行使する。
------------
種族:
称号:「準特殊保持者」
状態:〈擬似覚醒〉〈超強化〉
力:4050
体力:4215
俊敏:4080
精神:4130
魔力:3970
【特殊能力】
《被虐妄想》(「石化」)
【通常能力】
《嵐属性 Lv7》 《毒属性 Lv5》
《狂声術 Lv6》 《体力回復(中) Lv7》
《被状態異常効果(+)持続 Lv5》
《状態異常攻撃(-)促進 Lv8》
《鋼爪 Lv8》 《魔纏 Lv7》
《威嚇 Lv9》 《気配察知 Lv7》
《火炎耐性 Lv7》 《毒耐性 Lv7》
《嵐耐性 Lv6》 《氷耐性 Lv4》
《麻痺耐性 Lv5》 《経験値上昇 Lv5》
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ほら、こうやって直ぐに実力不足を突き付けてくる。
一番低い魔力値ですら湊の
『コケッコー!』
湊の反応が無いのを怯んだと思ったのか、身体を目一杯反らし頭突きを繰り出してきた。それを余裕を持って躱し、木の上に避難したところで注意深く観察する。
「成程な。俺が弱いから目を付けられたのか。ってかこの森には弱い魔物しか居ないとか言ってたけど、もしかしてこの世界ではこれが普通なのか?」
衝撃と共に轟音が辺り一帯を震わせ、砂埃が晴れると湊の立っていた場所が深く陥没していた。あのまま食らっていれば致命傷は避けられなかっただろう。
「いやそれは無いか。あの心配性が俺より膂力で勝る存在を考えない訳がない。何より崖下に落とした奴よりもずっと強いぞ、コイツ」
『空間把握』を発動すれば、まるで3Dモデルを見ているかの如く細かな情景が頭に浮かんできた。
しかし奇妙なことに湊に気付いている他の魔物がコイツを除いて誰も接近して来ない。これは一体どういう事か。
下では首を回して消えた湊をキョロキョロと探している。だが本体が見付けるよりも早く尻尾の部分に当たる蛇が湊の居場所を知らせた。確か蛇って舌で獲物の温度を感知するんだったか。
「アルシェと分かれたのは失敗だったか……いやアイツの方にも近付いて行かない。どういう事だ? この森独自のルールでもあるのか…」
こういう時こそ黙ってれば良いのに、どうしてだか考えを口に出す。
湊が視線をアルシェのいる方角へと向けると、格下に無視されプライドが傷付いたのか、咆哮に魔法を上乗せし衝撃波を浴びせてきた。
拡散された破壊の波は周囲を伝い、回避不可能なほど広範囲に撒かれた技はあらゆる生物を死に至らしめる。
『グワッ!?』
しかし湊から返ってきたのは苦悶の声ではなく攻撃。それもただ放ったとでなく、頭のトサカにピンポイントで命中した。虚を突かれる形となったコカトリスは後退りし、反射的に攻撃の出所を探る。
「……」
そこには平然と佇む湊の姿が。今の衝撃で実際に周りの景色が歪んだのに、湊と彼が乗る大木は何故か無傷のまま。恐らく当たる直前に同質の力で相殺し、その上から反撃の一手をぶち込んだのだろう。
「妄想……被虐……石化…」
ブツブツと何かを呟きながら見下ろす。その間にも怒りのボルテージが最大まで上がったコカトリスは、尻尾の蛇を伸ばして湊に襲い掛かった。
「……」
隣の木をチラリと見やる。魔法で辺り一帯の大地に干渉すると、空中に避けたタイミングでそれを魔物に向けて倒す。
『ーーッ!!』『シャッ!?』
轟音を伴いながら迫る大木に、為す術なく下敷きにされる。だが威力が足りないせいか、血は流すものの立つ時の力強さは全く衰えていなかった。
しかも寄り掛かる形で停止した倒木が、魔物に触れた部分から病に犯されるかの如く変質し、最後は砕けて石ころになった。
「あれが石化。俺には影響無し」
それでも指を振って間髪入れず攻撃を繰り出す。今度は彼がいる方とは逆の、コカトリスの背後から攻撃が飛んでくる。
最初の一撃を躱して木の上へ逃げる前に、滞空型の攻撃魔法を放ちこの時まで温存しておいた。それを相手の意識が此方へ集中した瞬間に解いたのだ。
『ガ、ガッ、グエェーー!』
だがそう何度も食らってくれるほど相手も弱くない。高密度の集合体である魔法は元々、暗殺などの隠密には向かないからだ。
勿論攻撃が仕掛けられているのなんてお見通しだったし、警戒さえ怠らなければ恐れる物でもない。
「……」
背後から迫った風の弾を、素早い動きで回避する。攻撃が避けられたのを眼で追う湊と、その態度に苛立ちを募らす魔物。
このままでは埒が明かないと思ったのか、今度は自らも接近してきた。
「ちっ」
木に突進して湊を振り落とそうとするが、いい加減鬱陶しく思い一瞬で勝負を決めに掛かる。
『ガ、グエッ!?』
「調子に乗るなよ
攻撃が来る前に幹を垂直に駆け下り、重力の力を借りたまま獲物へと飛び掛かったのだ。そのままがら空きの首を押さえ、万力絞めで落とそうとする。
「屠殺の経験は無いがこれで良いだろう。肉が傷付かなければそれで」
地力で勝る相手との闘いは昨日で経験済みだ。それに対応した戦闘法や身体の使い方も全てマスターしている。
何より劣っているとは言え、
「特殊能力【被虐妄想】」
首の締め付けを解かぬまま湊がポツリと呟く。
「攻撃のイメージを受けるか或いは実際に受けた時、特性「石化」により自分に仇為した存在を石に変える能力……字面から見てそんな所だろう」
魔法だけでなく、能力を発動する際にも魔力は要る。それを昨日身をもって知った湊は、魔力の巡りを滞らせて相手の抵抗を封じた。
呪術や幻術のような状態異常を起こす技は、繊細であるが故に酷く脆い。それこそ力押しで突破されるように出来ている為、複雑な物ほど術者の理解と力量が問われる。
「この力は複数の敵と相対した時に最大の効果を発揮し、イメージさえあれば群れに襲われたとしても有利に事を運べる。逆に奇襲や一撃で決めるタイプとは相性が悪いから、視野を広くする必要があった。それで前と後ろ二つの顔を持つようになった……違うか?」
アルシェの能力に比べたら驚くほど平易だ。この程度の能力に頭を悩ませるようでは四つある固有能力の解析など出来やしない。
『シャアァーーっ!』
本体の危機を察してか、尻尾の蛇が湊に噛み付こうとした。コカトリスの毒は頭部と尻尾で扱いが異なり、頭だと吐いた吐息に毒が、尻尾の蛇には牙に仕込まれている。
『シッ、シャア?!』
「どうした、よく噛めよ。生存競争を生き抜くための牙が貧弱でどうする。魔力の巡りも悪い。そんなだから能力の干渉を受けるんだ」
だがそれは湊にではなく、直前で割り込まれた彼の尾に突き立てられた。噛み千切るつもりで放った牙は、しかし毛を何本か抜くだけで筋繊維の一つ、表皮の一枚だって剥けはしない。
元居た世界でも似たような話を耳にした湊だったが、初撃が毒ではなく物理だったこと。それに能力使用時に起こる魔力の揺らぎが確認出来なかったことから相手の油断にも気付いていた。気付いた上で噛ませた。
固有能力が
「ふ~ん。触れた感触はあるけど痛みも無いし、毒も通さない。本来の使い方以外に近距離での攻防に使えるかもなッ…と、」
雑に尻尾を振って蛇から離すと、ビキビキッという力を込める音が尾から発せられる。
「蛇肉も食べられるとは聞いたが臭そうだし今回はパスだな。胴体だけで十分だわ」
限界まで研ぎ澄まされたソレを胴と尾の付け根部分に振り込むと、まるで鞭のように撓り二つを両断した。
『ギギ、ガガ』『シュ~~るるゥ…』
両者の活動が収まってから切断した面を見ると、若干線は粗いが確かに斬った跡が成されていた。
しかしどちらかと言えば叩き斬ったが正解に近く、これなら【黎明の神器】で処理した方が色々と手間が省ける。なので使うとしたら盾にするか、勢いで叩くのが自然だろう。
「首を刎ねるのはどうしようか。アルシェに見せるのは気が引けるし、道具も持ってきたからここで済ませよう」
早速とばかりに道具を出し、死後硬直しない内に血を抜いていく。頭を落とし、バリバリと皮を剥ぐ手は止まらない。
「ふ、ふふ……。クスクスッ」
完全に肉を取り出すと、ふらふらと立ち上がって来た道を戻る。
拠点に着いて戦いの衝撃音を聞いたアルシェから滅茶苦茶心配されたのは言う迄もない。
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