深まる興味と謎
アルシェのステータスで注目すべき点は幾らでもある。
その最たる例が称号の欄の【嫉妬の証】であり、その横で先頭を飾っている『発現者』だ。
アルシェが固有能力持ちというので薄々予感はしてたが、やはり彼女も証の文字をステータスに刻んでいた。
しかも湊のソレとは勝手が違うみたいで、ここまで確認してみてもそれが何なのか、或いは何が原因で入手出来たのか定かでない。
辛うじて自分の性格に合った称号が付くのかと推測も立つが、それを認めてしまうと自分は一晩でアルシェに劣情を抱く軽い男に成り下がるので全力で却下する。
では他にどんな条件があるのかと探って行きたいが、そうは問屋が卸さなかった。と言うのも湊の視線がある一点に釘付けだからだ。
頭ではこの問題を突き詰めるべきと分かっているのだが、どうしても視線がアビリティに移ってしまう。何故なら――
(バランスわる…)
悪いと表現するのは誤りかもしれない。湊がどの項目にも手を伸ばしているだけで、
しかしそれにしたって偏り過ぎと思うのは湊が今の自分を理想とするからだ。
足が遅ければ敵から逃げられない。力がないから一人で盗賊も撃退出来ない。
アルシェのスタイルは完全に誰かに依存することを前提とし、性格と共に自己完結型の湊には到底理解できなかった。
自慢の能力も湊が喚ばれるまでは無用の長物と化していたし、そうまでして誰かの助けになりたいのだろうか。
とは言えこの数値も彼女の意思とは無関係で――性格や願いが起因する場合もあるが――、本人に言っても仕方が無いので胸の内に秘めておく。
(これからは俺がアルシェの剣であり盾と為らなければいけないのか)
その対象が赤の他人だったら迷わず置き去りにするところだが、アルシェならと素直に受け入れてる自分に驚いた。
ふと隣を見れば、自分のステータスを食い入るように見つめるアルシェの姿があった。
何か変なところでも有るのかと心配になるぐらい凝視したかと思えば、頬を真っ赤に染めて壊れたゼンマイのように捲し立てた。
「お、おおお王の伴侶~~~ッ??!」
彼女の名誉の為に詳しくは伏せておくが、その顔は喩え『
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、落ち着いたアルシェから話を聞けば『王の伴侶』なる称号は前見た時には無かったらしい。
つまりはその後に現れた湊が王で、その伴侶という事実につい気持ちが昂ってしまったのだとか。
ステータスで確定事項のように扱われたのは不服だが、チラチラと様子を窺うアルシェに否定する気も失せるというもの。訂正するのも面倒なので下手に触れずそのまま放置しておいた。
それよりも昨日までは特殊能力だった【結界魔法】が、気付いたら固有能力に分類されているという話に興味を惹かれた。
試しに通常能力の『霊力変換』はどうかと振ってみれば、此方も予想通り見に覚えが無いと云う。そして湊と同じく「魔力」の欄が消え、「霊力」が爆発的に跳ね上がったようだ。
湊も最初に見た段階まで同じだと話し、二人で原因を推察し合った結果、危機的状況に能力が開花したという結論にたどり着いた。
湊はフードの男――オルガに渡り合うため。アルシェは湊の傷を癒すのに力を求めたから。
各々思い当たる節があり、他に可能性もないためそれで話が付いた。『発現者』が何であり何故自分達だけなのかは最後まで答えが出なかったが。
「発現……現れ出る者……この発現というのは証の事を指すのだろうか」
「どうでしょう。私が最初にステータスを開いた時には既に存在したと聞き及んでいます。もしかしたら種族が違うから授かったのかもしれません」
「種族か。昨日までの俺とアルシェが聖人で、今は妖狐。人族と狐獣人の特殊個体か。でもそれだと聖人が当て嵌まらないよな」
特殊個体とはそれぞれの種族の中でも取り分け力が強い者を云う。通常の個体とは姿形から異なり、特徴だけなら普通の人間と変わらないアルシェを見て可能性が薄いことを指摘した。
「それもそうですね。真実に至らず申し訳ありません」
「いや、そういう何気無い意見から情報を引き出していくんだ。決して無駄じゃない」
「ありがとうございます」
アルシェが頭を下げたタイミングで湊が視線を浮かせ、再び話に入ろうとする。
湊はいざという時のために為るべく多くの情報を欲していた。能力と云うのは強大であるほど多くの理解を必要とし、それは本質も勿論のことそこに至るまでの過程もだと湊は思っている。
アルシェも初めて証を同じくする人と出会い、彼の探究心を満たすため思い付く限りの情報を提示した。
最初に湊が起きてから既に二時間が経過しており、その間特に休みもなく話し続けていた。
このまま昼を跨ぐ勢いだったが、身体の方はそうもいかない。アルシェが顔を上げ、湊が口を開いた正にその瞬間腹の虫が鳴った。
ぐぅ~~~、
「………」
「………」
互いに無言で見つめ合い、事態を把握するのに数秒掛かった。
そして数秒後、先程とは違う意味の赤で顔を染めたアルシェが必死に言い訳を謀る。
「ッ~~~/// ちっ、違いますカナエ様! 今のは……!」
「くくっ、気にするな。ただの催促だろう。早く飯を取れってな」
「カナエ様!?」
「なに、一から十をこの場で明かそうとした俺に責任がある。お腹の食いしん坊には怒ってやるなよ」
フォローを入れる気など毛頭なく、彼女の羞恥心を更に焚き付ける。
恥ずかしさでアルシェの瞳に泪が溜まり、それで湊の心がゾワリと粟立つと鼻と一緒に顔を手で覆った。
(あ~もう、何だよ昨日から。こんな所アルシェには見せられないっての)
この心が浮き立つ感じが何か分からず困惑する湊。取り敢えずアルシェから不審の眼を向けられる前にこの話を終わらせようと展開を進めた。
「俺が山菜やら動物を捕まえてくるから、アルシェはここで待っていてくれ」
「そんなっ! でしたら私もお供します!」
案の定一緒に来ると主張したアルシェを宥める。裸足の彼女を抱き抱えるとなると手が塞がるし、下ろして行くには二人のスピードが違いすぎる。なのでお留守番だ。
「アルシェは水の生成を頼む。あと出来れば火付けもお願いしたいが」
「はい。魔法を使えば直ぐですが……」
渋々といった顔で頼みに従う。此処で駄々を捏ねても湊に迷惑が掛かると判断したらしい。が、すぐにあることを思い出す。
「あの、カナエ様。食材なら私が持っていますよ。道具も一式揃えてあります」
「は?」
「お見せした方が早いですね。顕現せよ、《
既に行く準備をしていた湊を呼び止めると、短い詠唱を挟んだ後に結界の一つを出現させた。
見た目は物理結界と然程変わらないが、機能的に果たす役割がまるで違う。
結界の内部には既に何かが詰め込まれており、硝子のように透き通った壁は外から視認できる。
「これは……食い物、か?」
「はい。道具も今お出ししますね」
食材が入った結界の横にもう一つ出現させ、覗いてみると確かにフライパンやらまな板が積まれていた。
(空間系の能力? そんなのまであるのか)
今アルシェがして見せたのは俗に
別の場所にある物体を取り寄せたり、何処からともなく登場させることが出来る。
(だが待てよ、【結界魔法】の特性は「結界干渉」と「万能効果」だった。それで起こせる事象としては些か広義的すぎやしないか?)
要塞並みの鉄壁力を誇る防御や人知を越えた回復術と言い、元は特殊能力だった筈が【聖者の瞳】に比肩するほどの理不尽さを兼ね備えている。
一つの能力に収まるには過剰性能だと云わざるを得ない。
(「万能効果」の中に物体転移が組み込まれているのか、或いは空間に直接干渉したか。どちらにせよ只の人間が持つには過ぎたる力だな)
其処ら辺の凡人に宿らなかっただけマシだが、アルシェを見ても事の重大さに気付いていない様子。
15歳の少女が理解するには難しすぎると考えるべきか、或いは理解できずとも使い熟している彼女の技量を讃えるか判断に迷う。
(今まで使っていたモノを無理に止めさせる必要も無いだろう。後で他の人間には見せないようにだけ言っとくか)
取り敢えず今はアルシェの空腹を満たすのが先決と気持ちを切り替えた。話をする時間はこれから幾らでも有る。急ぐ必要もない。
湊が中の食材に眼を向けると、手でも触れられるようにアルシェが結界を解いた。
「塩蔵品、燻製ベーコン、干し肉、香辛料、他にもあるな」
「そちらは乾物や日持ちが良い物ですね。他に魚介や野菜などもありますよ」
そんなものどうやって保存するのかと思いきや、
「保存してあるという事は、結界の中も同じように時間が進むのか」
「はい。普通に置いても長持ちしますが、気休め程度です。長期の保存ならこの方法が一番宜しいかと」
氷の中は見たことない種類の魚で充ちていた。結界には断熱性もあるらしく、氷塊から出る冷気を逃がさず閉じ込めている。氷の内と外で冷凍冷蔵を兼ねているのか。
湊が感心していると、視界の隅を興味深い物が掠めた。
「これは米か。しかも精米までされている」
「まぁ、ご存知でしたか。それは訪問先のイザナ藩で戴いた物です」
「…イザナ藩?」
アルシェの国であるフィリアムとは違い、何処と無く近世の日本を連想させる響きだ。
よく見れば同じ結界の中に干物や干し椎茸なんかも置いてある。どうやら国名だけでなく食生活も似通っているようだ。
「私のお母様がその国の出身なのです。そのお陰で交流もでき、ミロス地方で唯一の極東公易国となりました」
アルシェ達ミロス地方の人間はイザナ藩含めた東側を極東、逆に東の住民達はミロス地方のことを中央と呼んでいる。
この言葉が広く浸透したのは二十年以上も前であり、その中心にいたのが当時の王太子夫妻だ。
「
聖女たるアルシェは王女としての務めよりも其方が優先される。王女の役割は国益への貢献だが、聖女の身は女神へと捧げられ国を隔つこともない。
王族の責務は専ら姉が担当しており、以前は彼女が両国の橋渡し役だった。しかし父が疲労で倒れてからは国王の仕事も請け負い、忙しい彼女に代わってアルシェが抜擢された。
聖女なら交易品もそこそこで抑えるべきだが、勢いに押されつい大量に貰ってきてしまった。そのお陰で食料に困る心配も無いのだが。
「とは言えこれは多過ぎましたね。本当ならもっと大勢で食べる予定でしたから」
言っている内に気持ちが沈んできた。アルシェはサーナを含めた臣下が物言わず倒れている光景を見てしまい、彼等が全員死んでしまったと勘違いしている。
実際はオルガが戻る前に商人によって移送され、約半数が無事なのだが。
「……メニューは何にする? 好きなものを作るけど」
「えっ、私は何でも構いませんが。もしかしてカナエ様が調理なさるのですか?」
「他に誰がいるんだ。どうせ自分で作ったことも無いんだろう」
「そ、それはそうですが…」
咄嗟に自分がやると言いかけたが、ぐうの音も出ずに降ろされた。
まだまだ傷は深そうだが何の事はない。ぽっかりと空いたその孔を自分で満たせば良いのだから。時間があると言ったのは何も能力に関してだけではない。
悔しそうな様子のアルシェを尻目に、食材に手をつける。しかしいざ始めようとして、調理器具の中に包丁が無いのを気付いた。
「おいアルシェ、包丁が無いんだが」
「へ? ……あぁそう言えばお付きの者に危ないからと刃物を抜かれたんでした」
「マジかよ。ピーラーやフォークもか」
アルシェの収納結界は長旅でこそ真価を発揮するが、形式的には自国の姫に荷物を持たせるという事態が発生する。
勿論アルシェに持たされているという自覚も無ければ、皆が楽できるならそれでも良いと思っていた。
だが彼女の隣にはサーナという頭の固いお付き兼護衛がいる。喩え本人が構わないと言ってもアレは譲らないだろう。
案の定行きと帰りで持つ持たせないの議論が勃発し、アルシェが王女たる権利を行使して漸く引き下がってくれた。
だが尚も納得のいかなかったサーナは、せめて危険物はと妥協案を持ち出しアルシェもそれを承諾した。その後も色々と理由を付けては差し引かれたが、まさかこんな形で阻まれようとは。
「あの、申し訳ありませんカナエ様。あの時私が強く言っていれば…」
「そういう事なら仕方無いだろ。ただ一気にやり辛くなったな」
「あうぅ…」
小さく畏まったアルシェに苦笑を浮かべつつも、取り敢えず今あるもので出来る料理を模索する。
「なんだ、ウロコ取りは大丈夫なのか。それなら折角だし魚メインでいくか」
方針が決まり、氷塊で氷漬けにされている中から取り出せそうなもの。且つ目的の料理と合いそうな魚を品定めする。
魚を取り出した後は《
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