新たな種族、新たなステータス


「さて、と…」


 アルシェから諸々の説明を受けた湊が、凝り固まった筋肉をほぐしていく。上げた腰の後ろでゆらゆらと揺れる尾も最初に比べ違和感が無くなってきた。


(俺の場合は一本だけど、これも増えてったりするのかな)


 ウラネスのは九本だから、そうなるとかなり手入れが大変そうだ。

 しかしある意味で便利とも言える。この尾は湊の思った通りに動いてくれるので、腕が一本増えたと思えば楽だ。


「あ、そうだ。アルシェ」

「はい、何でしょうカナエ様」


 地面に座り込んでいたアルシェが、見上げるように返事を返す。


「どうしてさっき居なくならないか訊いたんだ? 別に知ったところで逃げ出す内容でもなかったろ」

「へ……?――ッ!? えっと、それは…!」

「うん?」


 その言葉で思い出し、わたわたと手を忙しなく動かす。


 しかし上手い言い訳が見つからなかったのか、観念したように本音を漏らした。


「カナエ様はその……ウラネス様の御使いではありませんか?」

「は……はァ!? 何でそうなるんだよ!」

「ひうッ、申し訳ございません!! どうかお許しを!」


 湊の非難する声に身を竦ませ、必死に許しを懇願する。

 その様子に攻め気を削がれると、溜め息を呑んでから理由を尋ねた。


「まあいい。それよりどうしてそう思うんだよ」

「……今回のことを客観的に見た場合、その可能性が高いと愚考しました。ウラネス様より賜った〈石〉から偶然カナエ様が喚ばれたと考えるよりも、その方が合理的かと。何よりその髪と尻尾の印象が強いですから」


英雄召喚石ブレイヴストーン〉は神の創造物だが、一度ウラネスの手に渡ったのであれば何かしらの細工が施されていても不思議ではない。アルシェが言ってるのはそういう事だ。


「カナエ様の召喚は厚かましくもわたくしの身を救って下さる為だったと思っています。私の持つ聖女の肩書きが汚されないよう、ウラネス様のご意志が働いたという考えに至りました」

「だから用が済むか、或いは見破られた時点でアルシェの前からいなくなるとそう思ったわけか」


 言っている内に不快感が掘り返してきた。自分のした事に他人の思惑が絡んでいると思われるのが厭なのだ。


 女神の理解者たる役割を持つアルシェは戦々恐々としながらも会話を続けざるを得ない。

 己が身を弁えているのは勿論だが、この人に女神の不信感を植え付けてはいけない気がした。


「私はウラネス様を、そしてカナエ様の事もお慕いしています。喩えそれが務めであっても真実であることに変わりはないのです」


 そうして相手の心情に訴えかける飛び切りの顔を作って見せる。が、敢えなく失敗に終わった。


「昨日の時点で俺は人間だった。それはアルシェも見てただろう」

「はい。しかしウラネス様のお力は世界すらも欺くとされています。暴漢含め私が気付けなくとも何らおかしくないかと」

「だったら先ず髪をどうにかする。そうすれば尾が生える前でも関連を疑われないからな」


 言い終えた時点で今の言葉が先に述べた考えを否定していることに気付いた。そんな事が出来るなら、湊が提示したように髪の色を偽るなど造作もないだろう。

 となれば結局ウラネスの半神説は1/3にまで引き下げられるが……


(っと、今はそんなの関係ないな)


 脱線しかけた思考を元に戻し、再び話は進む。


「で、では本当にカナエ様とウラネス様は関係無いのですか? しかしそう考えるにはあまりにも……」


 まだこの世界を理解した訳でないから何とも言えないが、アルシェの話も筋は通っている。

 ただそれだと湊が命じられている事になり、当人としては面白くない。神獣だか白銀姫だか知らないが、そんなものに従う湊ではなかった。


「そう思うのは自由だが、一応言っておく。俺は誰の下にも付かないし、誰の命令も聞かない。ただ自分がしたいことをするだけだ。そこに他の思惑が絡むと考えるだけで腹が立つ」


 アルシェの前で断言するが、言われた本人はポカンと呆けた後に微笑を浮かべたのであった。

 その様子から先程までの怯えが消失し、胸の痞えが下りたと見える。


「その弁口、何だか本当にウラネス様みたいです。もしかしたらお姿を変えられているだけで、カナエ様がウラネス様だったりしませんか?」

「ふん…、それこそ与太話だろう」


 クスクスと愛おしく笑うと湊がまた不機嫌になるが、本気で嫌っていないと分かるとアルシェも安心して見ていられた。


 年相応の感じは受けず、その振る舞いは聖女と言うより聖母のよう。

 常人の精神強度メンタルならこの微笑みを向けられるだけで卒倒あるいは下品な行為に及ぶだろうが、湊は鬱陶し気にそれを撥ね除けた。



………

……



 両者のすれ違いが早い内から解消し、多少のいざこざは有ったもののその後は緩やかに時間が進んだ。


 その時湊のヘソ曲がりが長引くと思ったのか、アルシェからある事を提案される。


「そうですカナエ様。お姿が変わられたという事はステータスにも何かしらの影響が出ている筈。お次はそれを確認されては如何でしょう」

「…そうだな」


 それを大して本気でなかったのと、元より引き摺る性分でないことから反論もなく承諾する。


(いざという時に使えないのではダメだ。そうそう必要になる事は無いと思うが、備えだけはしっかりしておこう)

 

 昨夜は聞きたくても聞けなかった事も有るし、落ち着いた時に理解を深めるべきだろう。

 己の能力についてもまだ謎が多い。この世界に生まれついたアルシェでないと分からない項目だって有る。


「『ステータス』」


 そう結論を出してからウィンドを開いた。


 本人としては備品を確認する程度の気持ちで見るつもりだったのだろう。上がっても常識の範囲内。

 勿論見落としがないよう、今度はちゃんと特性を表示した上でだ。


 だが直後、驚きに眼を見開くことになる。



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個体名 カナエ=アマミヤ 

種族:妖狐あやかしぎつね  Lv11

称号:「発現者」「傲慢の証」「色欲の証」「勇者」「異世界人」「白銀の体現者」「種を超越する者」「水の申し子」


力:850

体力:820

俊敏:995

精神:1150

霊力:2785


【固有能力】

《天付九属性》(「最大十二特性」「優先権」)

《黎明の神器》(「性質付与」「三面作用」)

《霧の妖尾》(「偽装」「眼尾共有」)

《真偽の瞳》(「精神干渉」「真相見識」)


【通常能力】

《霧属性 Lv3》 《毒属性 Lv2》

《氷属性 Lv1》 《海属性 Lv1》

《双刀術 Lv4》 《槍術 Lv2》

《覇気 Lv2》 《身体強化 Lv2》

《詠唱省略 Lv2》 《並列思考 Lv1》

《思考加速 Lv3》 《明鏡止水 Lv1》

《空間把握 Lv3》 《霊力変換》

《万能翻訳》 《人化》


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(え……えぇー、どこから突っ込んで良いんだコレ)


 最初に眼を引いたのが身体能力値アビリティと【固有能力】の欄。

 昨日見た時は平均アベレージ350ちょっとだったのが、ここにきて驚異の1300越えである。


(数字に異論はない。ステータス上で最も具体的な指標だし、多少偏りはしたもののその程度だ。決定的に違うのは……)


 そこで視線を上から下に滑らせる。


(やっぱり、昨日あった「魔力」の項目が消えてる。そして響きの似ていた「霊力」の伸びが一番デカイ)


 他の4項目が横に一律でこれだけ飛び抜けるのを見ると、「魔力」が消えたと言うより「霊力」に置き換わったと捉えるべきか。


 心当たりは……ある。魔力切れで動けなかったのが、魔力に代わる“何か”に変換したことで力が漲った体験を済ませたばかりなのだから。

 恐らくその“何か”が霊力だろう。


(魔法を撃ち出す前のあの変換作業。あの時は急いでいて気にしてなかったが……ほぼ間違いないだろう。あそこで「魔力」から「霊力」に移し変えたんだ)


 魔力が切れたら暫くは動けない。それが此方の世界での常識だ。


 湊には余り馴染みないだろうが、元いた場所でも似た概念がある。合気道を始めとした武道では、基本の心構えを説く際に先ず“氣”が何であるか教えられる事が多い。

 氣とはエネルギー。生物が生命たらしめる活動を行うのに必要不可欠な存在であり、これが無ければ喩え身体が正常でも活動代謝が悪くなる。

 氣は全身から八方に放出されると云われ、それが生成されるエネルギーよりも多くなれば乃ち魔力切れに近い状態を起こす。


(その氣の性質が変わった。変えざるを得ない状況で変化したとなれば、それはもう進化だ。魔力よりも良質で使い勝手が良いし、それ以外に無い)


 それを裏付ける根拠だって画面にある。例えば、ほら


(俺の固有能力は元々【天付七属性】だけ……って違う、何か2つ増えて九属性になってるし。【黎明の神器】が固有能力になってるのは良いとして残り二つは何だ、全然知ら……いや待て尾と瞳? 滅茶苦茶心当たりある)


 しかし予想していた以上の変化があり、そこで思考が切り替わる。


 湊の予想では【黎明の神器】が特殊能力から繰り上げり、固有能力が2つになっている筈だった。

 抑々そもそもの発端があの魔力切れであり、それが枯渇した状態で固有能力が使えたこと自体湊の仮説が正しいと証明している。

 魔力が特殊能力にしか反応しなかったのに対し、霊力は特殊固有の両方に対応できた。実際に使い比べてみてからも後者がより洗練されてると判る。


 しかし改めて画面を見れば、その二つの他に更に別の能力が追加されているではないか。これにはさしもの湊も混乱するばかりだった。


(そもそも固有能力は珍しいんだったか。俺だからっていう理由で片付けるのは簡単だが……せめてもう少し情報が有ればな)


 種族を見ても人族ではなく妖狐あやかしぎつねなる生き物に変わっていた。

 種族が変わったから能力を得たのか、将亦その逆か。何となく前者のような気がする。


 他にも『通常能力』が増えてたり、知らぬ称号が追加されて騒がしくなってたが、こんなのは強くなった時の特典なので問題と言うほどでもない。


(敢えて注目するならこの『色欲の証』か。こいつも能力と関係がありそうだ)


 湊の固有能力が『傲慢の証』と一緒に付いてきたのを思うと決して無視できない。

 例えば能力取得に証がないといけないだとか、そういう条件が有っても不思議ではない。


(それにしても色欲ってのがな。これじゃあ俺が欲情してるって思われるんだが)


 誰にとは言うに及ばず。湊の横で顔を背けている少女にだ。


………顔を背ける?


「アルシェ、何してるんだ」

「カナエ様。伝え忘れていましたが他人にステータスを見せるのは極力控えて下さい。どうしてもという時は必要な項目だけ残してあとは隠蔽すべきです。もし誰かにバレたら弱点を漏洩に繋がりますので」


 顔を向けないまま湊に届く声で忠告を入れてきた。それを聞いて確かに迂闊だったと自省する。


 ステータスに表示してある内容は個人情報そのものだ。データ社会と呼ばれる時代で生きてきた湊にとって、その重要性は痛いほど判る。現に彼自身それで幾人かの人生を終わらせて来たのだから。

 悪用されることは無いと思うが、同時に知られて得るメリットもない。これまでだったら自分のという感覚が無くとも人に見せることはしなかっただろう。


 だが今は自然に許可を出した。逆に言えば当の本人がそれを忘れるほど気を許したとも言える。


「成程な、隠蔽なんて事も出来るのか」

「はい。ですから信頼できる者以外には決して見せてはいけませんよ?」


 こういう気遣いが出来るから安心して話せるんだなと一人納得する。

 黙っていれば見れたのに、道理を立てて忠義で弁えている。その二つを巧く両立させているからこそ湊が警戒せずにいられるのだと。


(そういえば最初に開いた時もアルシェは後方を見てたな。じゃあアルシェも俺のステータスは知らないのか)


 道理で固有能力があっても何も聞かれない訳だ。そもそも知らないのだから指摘出来なかったのだ。


「そうか、じゃあアルシェのステータスを見せてくれ」

「『ステータス』――どうぞ」

「おい」


 しかしそこでアルシェならどうかという疑問が生じ、試しに提案してみた。

 結果はご覧の通り。言った本人が忠告直後から破るという、ある意味聖職者らしからぬ行動をして見せた。


 何となくこうなる気はしたが、釈然としない様子でアルシェを見据える。

 すると珍しく湊とアルシェの視線が合わなかった。否、合わせようとすらしてない。


「私の全てはカナエ様に捧げると誓いました。なのでカナエ様は許されても私は認められないのです」

「それ今誓っただろ」


 恐ろしいまでに達観したアルシェに半ば呆れるが、ちらりと見てしまったステータスを配慮の文字すら忘れ凝視してしまう。



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個体名 アルシェ=フィリアム

種族:聖人  Lv19

称号:「発現者」「嫉妬の証」「セレェル教の聖女」「救国の聖女姫」「第二王女」「中位司祭」「結界師」「王の伴侶」


力:520

体力:690

俊敏:815

精神:1430

霊力:4880


【固有能力】

《聖者の瞳》(「予知眼」「千里眼」)

《結界魔法》(「結界干渉」「万能効果」)


【通常能力】

《聖属性 Lv8》 《木属性 Lv7》

《水属性 Lv4》 《火属性 Lv2》

《適正補助 Lv5》 《思考加速 Lv5》

《詠唱省略 Lv9》 《魅惑 Lv6》

《王女の心得 Lv6》 《聖女の儀礼 Lv4》

《霊力変換》


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