白銀を携う者達


「シルヴィ、ノーゼ。ウラネス…」


 それがこの世界で白銀を象徴する者。ソイツがいたから盗賊は俺を恐れたんだ。


「で、そのウラネスって何をしたんだ?」


 俺が知りたいのはそこだ。自分と同じ白銀の毛色、そして狐獣人の形を模した別個体。俺とそいつは決して無関係ではない。


 両者の間には何か繋がりがあると湊は睨んでいる。それを知ることで、この世界に自分が喚ばれた理由が分かるかもしれない。


 一種の期待を込めた眼で見ると、アルシェも理解したように此方を見返した。


「当時――『精霊姫』様が封印されて魔族との争いがいよいよ激しくなった頃です。魔王を筆頭とする西側と私達では武力に大きな差がありました。

 魔力操作に長けていても身体能力で劣る人間と、逆に身体能力には優れていても魔力操作を苦手とする獣人。味方にはエルフなどもいましたが、どちらも兼ね備える種の多い魔族に苦戦は必至。次第に守備を強いられていき、一部の民はもうダメかと諦めていました」

「けど、そうはならなかった」


 今の口ぶりだと無事だったように聞こえる。事実そうなのだろう。


「はい。その危機的状況を救って下さったのがウラネス様です。あの御方は地を統べる勢いで進行していた魔族の群れを、たった一人で払い除けたのです」

「一人で、か。それは確かに凄いな」


 その壮大過ぎる偉業に素直な称賛が出た。


 一体どれ程の敵がいたかは定かでないが、大陸を二分するほどの戦争に半端など無かっただろう。

 にも関わらずそれを一蹴して退けた話の人物に、興味とは別の好奇心が押し寄せる。


「この東大陸には『精霊姫』樣以外にも魔族から護ってくれる神獣様がいます。神獣は名の通り神に次ぐ実力を持っておりその力は勇者様をも凌ぐと云われていますが、ウラネス様はその中でも別格。かなり高い能力を秘めておいでだとか」


 予想していたよりも巨大なスケールに、さしもの湊も息を詰まらせる。

 大陸を割った戦争を一人で片付けたというのだから驚きもしよう。直接の経験こそ無いが、元の世界で二度の大戦を知る身として過小評価は出来ない。


 しかしそれだけでは無い筈だ。その説明だけだと湊が納得するに至らない。


「で…他には?」


 探るような視線を向ければアルシェが若干俯きながらもそれに頷いた。


「ここからは人によって心証が分かれるのですが、ウラネス様の気質に関することです」

「気質……要は性格に難有りって事か」

「はい、まぁ…」


 そこで少しだけ視線を外すと、観念したかのようにポツリポツリと話し始めた。


「実はこの話、まだ続くんです。戦争が終わった後、ある一国の君主が彼女に礼がしたいと城に招きました」


(あ、何か話が見えた気がする)


 早い段階で察しが付いたが取り敢えずアルシェの話を最後まで聞く。


「ですがその時の君主が…その、何と言いますか……凄く独善的でどうしようもない性分の方でして。感謝の気持ちを伝える筈があの御方の不興を贖われたのです」


 史実しか残されていない筈なのにアルシェにこうもボロクソ言われるとは。その国王マジで何したんだ。気になったのでついでにそこも聞いてみた。


「元々城に招いたのもウラネス様のお力に大変興味を持たれたからなのですが、それが実際見てみると花も添えられぬ美貌の持ち主ですので。故にその事で舞い上がってしまった君主が彼女に不敬を働きました」

「具体的には?」

「力を貸せ、妃になれ、手柄を寄越せ。その他諸々の要求を突き付けたとかで結果的にはその場でウラネス様に殺されてしまいました」

「あぁ、うん。だろうな」


 軽く反応に困る。何者にも縛られないと云われてる位だし、プライドも高いのだろう。

 そんな性格の人物(狐?)が明らかに自分を見下すような発言を受けたら憤りもするだろう。俺だってそんな奴いたら殺したくなる。いや実際殺すな、この世界なら。


「しかしそれだけなら特に問題ありませんでした。喩え一国の王でも神獣様に無礼を働いた罪は重い。問題だったのはそのやり方です」

「やり方……つまりは殺害方法か」


 途端にアルシェが具合悪そうに顔を曇らすと、続きを言うのに少し躊躇った。


「……ウラネス様は国王を殺める際、自分では手を下さず王の臣下達に命令しました。『その愚か者はお前達の手で葬れ。出来なくても代わりを用意するだけだ』と。それもすぐに死んでしまわないよう痛めつけながらです」


 しかも、と言って話は続く。


「彼女に恐れを為した者達から手に掛けていったのですが、悲鳴を上げる度に嗤っておられたとか」

「へえ…」


 清の時代の中国にそんな処刑法があったな。名前は確か……あぁそう凌遅刑だ。直ぐに死ねず肉を削ぐ時の痛みが想像しやすいからと見せしめにも使われたらしい。

 中世のヨーロッパでも似たような刑があった。彼方は肉を削ぐと言うより斬り落とすだし、主な目的が貴族への報復だったみたいだが。


(因果応報。同情の余地も無しか)

 

 そこでふとよこしまな考えが思考の隅に入り込んだ。


 位の高い貴族達は、そこでどんな感情を抱いたのかと。下草の憂さ晴らしになど興味は無いが、それをされる彼らが気になった。

 そういう連中は劣等種の中でも割りと自尊心が高い。出来の悪い醜面でものた打つ様はさぞ愉快だろう。


 四肢を切り落とされ、噴き出す血を全身に浴びて、それでも生きたいと願うのか。

 精神こころを壊す為に意識がある状態ではらわたを見せたらどうだろう。それとも皮を剥がす段階で限界が来るか。


 低俗な連中の泣き顔は今まで散々見てきたが、そう言えば死に顔はまだ見てない。

 昨日の盗賊だって一瞬で片してしまったし、最後に至っては処分出来たかどうかも怪しい。

 ヒトが見せ物として死んでいく時の絶望顔を、是非悲鳴と共に見てみたかった。


 況してやそれが一国の王ならどう感じられるか。自分で招いた厄災に嵌められ、護られる筈の者達から刃を入れられた時の顔はどのように歪んで――


「カナエ様……?」


 反応が無いことを不信に思い、アルシェがそっと声を掛ける。

 それで湊の意識が戻り何事も無かったように振る舞うと、アルシェもそれ以上は追及して来なかった。


(何だったんだ、今のは。何故あんなにも心踊った…?)


 それでも先程までの自分に疑問が残る。思考が正常化して先ず抱いたのは困惑だった。

 自分と形しか似ない模造品ニンゲンなんかに興味を抱くなんて、余程特別なことでもない限り起こらないからだ。

 珍しい事も有るんだなと感心したが、所詮は身の程を弁えない馬鹿の末路。後に続く話は心底どうでも良かった。


 少し話が脇道に逸れたが、今優先すべきは情報の取得。こんな事のために時間を使うべきではなかったと反省する。


「その後もあの御方に近付く者は少なくありませんでした。しかし彼女の機嫌を損ねた輩は一人の例外もなく弄ばれて殺されたと。時には腐敗が進んだ国に嫌気が差し、その一国ごと滅ぼされた事もあります」

「あぁ、だから『崩国』か」


 だから盗賊はあんなに怖がっていたのか。

 ただ殺すに飽き足らず、それを愉しむような残虐性の持ち主になど遭いたくはないだろう。


「で、ですがそれはあくまでも不敬を働いたからであって、必ずしもウラネス様が悪い訳ではありません! 現に感謝の念を払った者には相応の見返りも施してくれましたから」

「アルシェ?」


 アルシェの必死な庇いかけに湊が首を傾げた。


 というのも意外だったからだ。アルシェの性格ならその行いに憤る事はあっても、弁明するとは思って無かったからである。

 今までの彼女を省みれば、人の生死を弄ぶ者を許すとは思えない。


 他にも特別な何かがあると感じた湊は、思い当たる節を口に告げた。


「そういえばさっき女神の半身がどうとか言ってたな。今聞いたの以外でまだあるんじゃないか?」


 本当はもっと前から「女神の半身」という言葉に引っ掛かりを覚えていたが、そこに繋がるまで後回しにしていた。


 湊の発言で弾かれたように思い出すと、件の人物を弁護すべく補足を付け加えた。


「そうです。史実にあるのはそこが殆どですが、私が知っている情報はまだ有るんです。これは私達の宗派でも上層部にしか伝わっていないのですが、実は開祖からのお言葉に『女神セレェル様は白銀の御髪をお持ちである』と記してあるのです」


 その科白セリフに、ここまで頭の中で整理しながら聞いていた湊が驚きに目を見開いた。


「女神も、この色を…?」

「はい。それこそ何千年も前の書記なので確証は得られませんが、実際にお逢いしたという方々の証言なので信憑性はあるでしょう」

「女神に、あった…?」


 そこで一旦間を取り思考する。顎に手を添えて考える姿勢を取った。

 話が飛躍し過ぎてすぐには処理しきれない。


「方々ってことは複数人が目撃したってコトだよな。どうしてそんな状況に」

「そうですね。証言にあった言葉を足し合わせれば、〝何か〟を祓う為に避難させたと考えられます」

「何か…って何?」

「いえあの、申し訳御座いません。流石にそこまでは…」

「まぁ、それもそうか」


 アルシェの発言は全て史実から引用してきたに過ぎない。実際に見た訳ではないから、彼女にこれ以上を求めるのも酷だろう。


「ですが双方の繋がりを仄めかすような記録は他にもあり、一概には否定出来ません。一説にはセレェル様とウラネス様は対局の存在とも云われています。慈悲と恵みを与えて下さるセレェル様を善とし、逆に道理から外れた狼藉者を裁いて罰するのがウラネス様であると」

「ふ~ん。さしずめ飴と鞭の関係ってところか」


 嗜虐的な性格には目を瞑るとして、日本で云うところの閻魔大王と地蔵菩薩の関係に似ている。


「はい。そのように考えてよろしいかと」


 確かにそう言われたら思えなくもない。それだけの情報的要素があるならアルシェがそこに至るのも納得出来る。

 所詮は理想を並べただけの妄論と高を括っていただけに、案外きちんとした道理があって舌を巻いた。


(時期的に考えればその時代の人間がウラネスを知っていたとは考えられない。つまりウラネスが女神に似せたか、偶然か。それとも本当に神の半身かの3つに限られる。どちらにせよ可能性は十分にあるな)


 おまけに最初の可能性はこの世界だと無いとみて良いから実際にはイーブンだ。

 簡単に髪の色を変えられるなら、ここまで騒がれることもないからだ。


「それと、ここからは私の個人的な話になるのですがよろしいですか?」

「あぁ。情報はなるべく多い方が良いから些細な事でも構わない」


 アルシェがおずおずと申し立て、湊が許可を出す。


「ありがとうございます。実はカナエ様を喚んでくれたあの〈石〉なのですが、あれはお父様とお母様がウラネス様に賜ったモノだと聞き及んでいます」

「へぇ…俺を喚んだヤツか」

「はい。何でもお二人を結んでくださったのがウラネス様で、あれはその時に祝福の祝いとして授かったモノなんだとか!」


 両親の話に憧れの相手が絡んでいるのが嬉しいからなのか、アルシェが大袈裟に微笑んだ。

 湊がそれを見て何とも複雑な表情を浮かべるが気付かない。


「そしてその特別な〈石〉からカナエ様が現れました。あの窮地の中、ウラネス様と同じ特徴を持ったカナエ様を見たときは心が震える思いでした」


 だがアルシェの急な投げ掛けに不意を突かれ、その険も一瞬で霧散した。


「これは運命だと。神から賜った恩恵だと思うとこの身の内側より感謝と幸福が押し寄せて来ます。こんな素敵な御方と共にあるのか、と」

「アルシェ…?」


 湊の困惑をよそに彼の前まで迫ってくると、ゆっくりとした動作で胸に抱きついた。昨日の時点で何度か同じような体勢になったが、今回のは意味合いが違うようだ。


「カナエ様…」


 湊に全ての体重を任せて細く透き通った指を器用に這わながら、時々甘声を上げて身じろきする。その際にやたら首筋や谷間部分を強調し、湊が密かに焦燥を覚えていたのには気付かなかった。


(誘われてるな、これは)


 何の意図があってそんな事をするのかは分からない。単純に甘えたいだけなのか、それとも湊には及ばない別の意味があるのか。

 流石にアルシェほどの容姿を持つ相手にそんな事をされれば湊とて靡かない訳がない。むしろ心の底から押し寄せてくる“ある感情”を抑えるのに必死なくらいだ。


 だがそれもアルシェの顔を見て平常に戻った。


「アルシェ」

「は…はい、なんでしょうか」

「顔が真っ赤だ。緊張してるだろ」

「っ///」


 恥ずかしさで熟れたリンゴのような顔を上げ、暫く動揺してからまた湊の首に顔を戻した。だが今度はただの照れ隠しなので湊も笑って許す。


「せっかく頑張ってたのに…カナエ様は酷いです」

「よく分からないけど、アルシェの問題だから俺は関係ないよ」

「むぅ…」


 頭を撫でてやれば拗ねた顔を戻して嬉しそうに抱きつく力を強める。そして時々上目遣いでチラチラ覗き見るとまた焦ったように視線を戻す。それが堪らなく可愛くて、腕にかかる力を少しだけ強めた。


(世界を救った偉業、女神の半身といえる理由、おまけに両親の恩もあるのか。成程、アルシェが憧れるには十分って訳だ)


 これで何故アルシェがウラネスを毛嫌いしないのかハッキリした。


 その残虐的な行いを含めても余りある程の恩と畏敬の思い出しを孕んでいたからだった。

 そして、今は彼女を救って同じ白銀を有する自分がその感情を一心に向けられている事にも――


(一方的に好かれるのには慣れているが、この場合はどうすべきか。)


その後、混乱から立ち直ったアルシェと世界の状勢やシステムについての説明も再開される。

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