白銀を携う者


 鬱蒼と生い茂る森の奥地。そこの草むらで湊とアルシェの両名が腰を落ち着かせていた。


 あの後――人から他種族にクラスチェンジしたことへの混乱から覚めた湊は、現状把握……もとい事情説明をアルシェに求めた。

 異世界に飛ばされただけでも異常案件なのに、そこから一日と置かず迫った新たな問題に頭を悩ませている。


「私はフィリアム王国第二王女、並びに神セレェルに仕える教徒の一人でアルシェ=フィリアムと申します。先の戦闘では危ないところを助けていただき誠にありがとうございました。この度は勇者様の御高名を預かりたくこのような…」


 しかしアルシェの話が長くなりそうなので湊がストップを掛けた。


「待って」

「はい」

「今の何?」

「自己紹介とこの度のお礼です」


 思わず蟀谷こめかみを押さえた。アルシェが形式や礼節を重んじる人間だというのは知っている。国のトップなのだからそれくらい当然だと思うが自己紹介って何だ自己紹介って。今更か。


「お言葉ですがカナエ様。私達は出会ってからまだ一度もきちんとした挨拶を交わしていません。今後のためにもこれは必要な事なのです」


 湊の言いたい事を察したアルシェが一早く先手を打ってきた。その意見にも一理あるが、今は他にすべき事があるだろうと諭す。


「そうは言っても、これから暫くは一緒に行動する訳だしその時で良くないか? 今は他に聞きたいこともある」


 湊がそう言うとアルシェがいじけた風を装った。


「カナエ様はそうかもしれませんが私は今聞きたいのです。私は早くカナエ様の事を知りたい」


 その言葉に少なからず驚いた。あれだけ湊優先で立ててくれるアルシェが、些末事とはいえ反論したのだ。

 驚きと共に、そこまで想われていた事への気恥ずかしさが込み上げてくる。


「分かったよ、なら自己紹介から始めようか」


 そこで観念したのか、薄く笑って彼女の要求を呑んだ。


「俺は天宮湊。年は16で彼方の世界では学生をしている。趣味なんかはあまり無いが大抵の事は熟せる。こんな感じで良いだろ」

「はいっ! ありがとうございます!」


 本当に簡素なモノだが、それでも嬉しそうにするアルシェを見て湊も釣られた。

 特別明るい感じでもない、むしろ王女としての気品と静けさに満ちた性格だが、それで湊を笑顔に出来るのだから凄い。

 少なくとも蓮に会うまでの彼なら、自然な笑みなど絶対に浮かべなかっただろうから。


「ところでカナエ様は今年で16歳ですか?」

「いや、俺は遅生まれだからあと半年もすれば17になる。真冬の寒い時期が誕生月だからな」

「あぁ、確かにそんな感じがします。でしたら私よりも一つ上ですね。私は今年で16になるので」


 何となくそうでないかと感じていたがやはり年下だった。日本ならまだしも此方では既に成人を迎えたことになっている。故に今回の遠出が認められたのだろう。

 その帰り道に襲撃を受けたのは気の毒と言う他無いが。


 そんな感じで自己紹介を終え、漸く本題へと入る。乃ちこの尻尾と耳についてだ。


 百歩譲って耳はまだ良い。いや別に良くは無いのだが、少し形が尖ってて毛が生えているだけなので横からでも髪に隠れて分かりづらい。

 しかしこの尻尾だけはどうにもならないのだ。自分の身長に近い長さのモノをどこに仕舞えば良いのか。そして何故自分にこんな立派な尻尾が生えているのか、皆目検討もつかない。


「なぁアルシェ。お前なら何か知っているんじゃないか」

「へっ!?」


 なので単刀直入に訊き出すことにした。


 尻尾のこと以外にも湊の銀髪を恐れた盗賊の件がある。

 彼方の世界で銀髪と言うと誰しもが湊の母を思い浮かべるが、此方では違う者が認識されているようだった。中にはアルシェのように好意的に捉える人もいるが、その理由を湊は知らない。


 兎に角。この世界の事情を知らない彼にとって、アルシェの説明を受けるのは一番に優先すべき最重要事項だ。だから粗方の事情を彼女に求める。


「残念ながら。どうしてこうなったかは私にも分かりません。伝承にあった話でも勇者様が突然化けるなど聞いたことがありません。もしかしたらそうなっていた方もいらっしゃったのかもしれませんが、今となってはそれも不明です」


 首を振って否定の言葉を返す。今回の件は完全に彼女の預かり知らぬ事態であった。


「そうか。なら銀髪は? アイツ等盗賊がどうしてこの髪に異常に反応したのかを教えてくれ」

「そ、それは……」


 途端に口ごもるアルシェに何かあるなと察しをつけ、二人の距離を詰める。それをしても彼女は逃げないが、同時に不安そうな面持ちをしていた。


 アルシェとの距離を図る中で、湊は一つの可能性を見出した。


 アルシェの対応、盗賊の反応、そして白銀が意味するところ。

 これらは決して無関係ではない。きっと何か繋がりがある筈だ。そこを突き詰めればこうなった原因も分かるかもしれない。

 そうでなくても、この世界で自分が抱えるだろう苦労の理由を湊は知っておきたかった。


「いなく…なりませんか?」

「えっ…?」

「この話を聞いても、私の前からいなくなったりしませんか!?」


 何を言っているのか正直わからなかった。が、アルシェの怯えようから言って湊が離れるかもしれないと思ったが故の発言だろう。

 まだ説明も聞いていない内から返事するのは躊躇われるが、俺が彼女の元を離れるにしてもそれは“今”じゃない。


 その事を確認した湊は、確かに頷いた。


「そう…ですか。良かった…」


 それに安堵の息を吐くと、ぽつりポツリと言葉を紡いでいく。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「話を進める前に、カナエ様にはこの世界の事についてもお話せねばなりません。その上で先程のご質問を織り混ぜた方がよろしいかと」

「あぁ…確かにそっちも気になるな。教えてくれ」

「勿論です」


 嬉しそうに答えると、手振りを交えての説明に入る。


「先ずこの世界は全部で十九の国や州を持つ東大陸と、魔族が支配する西大陸とに分かれています。魔族領の方は完全に未踏の地となっているので詳しいことは分かり兼ねますが、伝承の通りなら複数人の魔王が統治している筈です。何せ誰も踏み入れたことが無いので推測の域を出ませんが」

「じゃあここは大陸の東側にある位置する訳だ」


 アルシェが答えられるのはあくまで人の住む地だけらしい。


「はい。中でもこの森は最東端に位置するイザナ藩と我々の住むミロス地方を分かつアトラス大森林と呼ばれる場所で、我が国以外では殆ど通りません。彼の国は閉鎖的で他とは国交も絶っていますから」


 道理で人の気配がしない訳だ。ここには民家も無ければ人が通る道も見当たらない。完全に人が住まない未開の地となっている。


「そして世界を治める数多の神々がいます。中でも有名なのがその中の三柱。

 森羅万象を司る女神セレェル様、大陸南方のイージス教国でのみ信仰される法神アグラ、そして主に魔族の間で讃えられる魔神ナラクヴェーラです」

「随分と偏った言い方をするんだな」

「はい…。ナラクヴェーラ神はよく知らないので何とも言えませんが、私はアグラ神のことが好きではありませんから」


 穏やかな彼女にしては珍しく棘のある言い方だった。しかし今必要なのはそこではないので話を進める。


「ちなみに俺を喚んだのは女神様で合ってるか?」

「はい、恐らく」

「ん? 恐らく?」


 何とも曖昧な返事だがこれには彼女も困ったような笑みを浮かべる。


「伝承では勇者様を呼ぶための〈石〉を授けたのが誰かまでは記していないのです。ただ、魔族の神であるナラクヴェーラ神が彼らの不利になるような者を喚ぶとは考えにくいので、残り二柱のどちらかとは思うのですが…」

「不利になる…ってことはじゃあ東大陸と西大陸は敵対しているという事か」

「はい。もう長いことこの戦争が続いています」


 物憂いにふけた顔にはその事を嘆く意味もあるのだろう。その為の勇者というわけか…


 ちなみに〈石〉とは湊を此方の世界に喚んだ〈英雄召喚石ブレイヴストーン〉の事である。しかし本来の役目を果たしてからは砕けて機能しないのでここでの話は置いておく。


「じゃあ何で女神様だって分かるんだ」


 ふとした事を疑問に思ってアルシェに訊いてみた。


「これも推測になるのですが、もしアグラ神が〈石〉を授けたとすると、その恩恵は全てイージス教国にのみ施される筈です。あの神は自分を慕わない者や、まして人以外の亜人が住む国には手を差し伸べてくれませんので」

「随分と依怙贔屓な神様だな」

「はい。ですから消去法的に考えてこのような慈悲深い行為をなさるのはセレェル様しかいないと民は考えております」


 今の話だけで何となくだが各神の方針が分かった気がする。そして今の俺からすると法神アグラの信徒が何となく厄介だということにも。


「神は当時の国と州に平等に〈石〉を授けました。その数実に二十五。人々は神からの救いに希望を抱き、その力が示すのを待ち続けています」

「その一人が俺か…」

「はい。迷宮に囚われた『精霊姫』様を救い出し、新たな『英雄王』としてこの世界を平和に導くこと。それこそが神の求めるところなのです」


 アルシェはスラスラと流れるように言葉を並べていく。その表情は慈しみと羨望に満ち溢れていて、否応にもなく彼女が聖女だと思い出される。

 女神セレェル勇者カナエの話をする時の彼女はいつもどこか嬉しそうだ。


「ちなみに参考までに聞きたいんだが、俺の前に何人の勇者が召喚された?」


 しかし俺のこの発言でアルシェの動きが止まった。バツが悪そうに顔を伏せ、その実見えないところで眼を泳がせている。


「そ、それは……」

「教えてくれ。あくまで参考だから」


 湊にそう言われてはアルシェは従うしかない。諦めたように口を開くと、あまり芳しくない数字が出てきた。


「…二十人です。つまりカナエ様で二十一人目。そして一つ前に召喚された勇者様が存命であり、現在迷宮を潜られておいでです」

「そうか」


 湊としては精々気休め程度に訊いたのだが、アルシェはそう捉えなかったらしい。眼を伏せて深く腰掛けた湊に食って掛かる。


「しっ、しかしカナエ様なら大丈夫です! 召喚されたばかりであれ程の事を成したカナエ様ならきっと、迷宮の最上部まで辿り着ける筈です! その時は私も全力でカナエ様をサポートしますから!」


 あまり面白くない数字が出たことでモチベーションが下がったと思ったのだろう。

 湊としては前の勇者が幾ら失敗したとして構わなかった。自分より能力が劣る連中を基準にして、それで不安になるほど繊細でもない。


 それよりもアルシェがした発言に意外そうな顔を見せた。


「もしかしてアルシェも行くのか?」

「えっ!? 迷惑、でしたか…?」

「そうじゃないけど。そんな危険な所に行って何かあったら大変だろ」


 アルシェが人々に与える影響は大きい。東大陸の多くは女神をおり、その聖女であるアルシェが彼の迷宮で命を落としたと或らばどうなるか。神の威信に関わってくるのではないか。

 何より湊自身アルシェを危険に巻き込みたくない。彼女の能力は凄まじいが絶対ではないのだ。


 その事を話すと、最初は呆けて次に頬を染めて照れたように俯いた。


「心配してくださるのですね」

「当たり前だろう。親友なんだから」


「親友」という言葉に難色を示すが湊が気遣ってくれたのは嬉しかったので素直に喜んだ。


「聖女という肩書きを賜ったからこそです。何時また勇者様が現れてくれるとも限りません。私はお飾りとして高くとまるより、カナエ様と一緒に冒険がしたいです。例えそれで命を落とそうとも私は構わない。神セレェルを崇める私の同士達もきっと、その事に気付いてくれる筈です」


 湊を見つめるその双眸の奥では星がキラキラと輝いてて、それが中を飛び回っている。その輝きにスッと眼を細めると降参という風に諸手を上げた。


「良いよ。話を続けてくれ」

「はい!」


 また嬉しそうに返事を返す。どちらにしても湊と一緒にいられるということで気分が高まっているのだろう。


(……気に入らないな)


 しかしこの時浮かれていたアルシェは気付かなかった。視界を外してから、湊が竦み上がるような目つきで空を――その先を睨んでいたことに。


……



「もう一個質問良い?」

「はい、何ですか?」

「東大陸には人間しかいないのか? それとも多種族に渡って共存している?」


 そこで一旦考える仕草を置いてから口を開く。


「国の方針によって様々ですね。しかし傾向として北方の国々に多いのは確かです。そこでは人間の他に、身体に動物の一部に似たところを持つ獣人族や精霊の加護を受けやすい体質の長耳族エルフなんかが多く暮らしています」


 ここで湊の獣――蓮がいうにはケモ耳――がピクリと反応した。


「そうそれ。例えばこの耳とか尻尾とか、獣人の中にこういうのっていたりするのか」


 湊の反応に気を良くしたのかアルシェが微笑みながら答えた。


「はい。私が知る限りでは狐獣人という種族がそれに近いと思われます」


 それに静かに頷くと、「ただ…」と前置きされた。


「カナエ様と狐獣人とでは細かなところに差があります。カナエ様の耳は比較的人に近いですが、彼等の耳は動物のように頭の上から生えている形です。そのように分かりづらいモノではなく、もっと目立った外見の特徴を有しています」


 加えて他に、と言葉を続けた。


「獣人族は鼻や体毛といったところにもヒトと違う特徴がありますが、カナエ様には耳と尻尾以外でそれらしい部分が見られません。これは狐獣人に関わらず他の獣人族にも言える事なので間違いないと思うのですが…」


 それで一旦言葉を区切り、話題を深めようとする。しかし湊には大体の見当がついていた。ここで漸く白銀の話だろう。


「つまり、俺と特徴が一致しているのはくだんの銀髪だけということか」

「はい。とても有名な御方です」


 目線を俺から外し、遠くを見るように空を仰ぐと柔らかな風が吹き抜けた。そして顔を戻したアルシェも、それに負けないくらい柔らかな微笑みを浮かべている。


「女神セレェル様の半身とも云われ、九つの尾と天女の如き美しさを誇る世界最強が一角。何者にも縛られず、阻む者の悉くを退けてきたその二つ名は『白銀姫』」


 そこで一呼吸おき、最後の節を言葉にした。


「『崩国の白銀姫シルヴィノーゼ』ウラネス=ティリモア様。

 それがカナエ様の…白銀が示す御方の名です」


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