異世界からの来訪者達②
「つまり、僕達はその『精霊姫』様を救うために別の世界であるここに喚ばれたって事ですか?」
「はい。その通りです」
アンドレーフから一通りの説明を受けた一同の反応は二つに分かれた。
戸惑う者達と、歓喜に震える者。ただし後者の面々はそれが的外れであることを自覚しているし、下手に騒いで反感を買うのも厭なので心うちに止めておいた。若干一名、話を聞いていたかも疑わしい人がいるが…。
「七百年前と比べ、魔族による被害は激減しました。しかしそれはあくまでミロス地方全体の話であり、唯一の隣接国である我がガルシアは未だ戦火が燻っている状態です。皆様にはどうか古の所伝になぞらい、終戦のお力添えを頂きたく存じます」
向けられた言葉は丁寧でも、顔に変化がないとイマイチ緊張感が伝わらない。
恐らく元々の性格なのだろうが、せめてこういう時ぐらいは取り繕ってくれても良いのではと何人かが思った。
「その為にも、皆様にはエルミア精霊国にある迷宮へと挑んでもらいます」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ! さっきから聞いてれば何なんですかその話は!?」
トラベレーター式に進む話に耐え切れず、一人の生徒が悲痛な声と共に立ち上がった。
短髪ボブカットの眼鏡女子で、切迫した表情からは気の弱さが滲み出ている。普段は目立つ行動を避ける彼女も、この時ばかりは黙っていられなかった。
「勝手に連れてこられて戦えだなんて……、冗談にも程があります! 私はそんな事したくないのにっ」
「残念ながら冗談などではありません。貴女方が戦うのは七百年前から決まっていた宿命なのです」
「そ、そんなっ、何よそれ……」
そうして立ち上がった少女――茜だったが、アンドレーフの無慈悲とも取れる物言いにガクリと打ち拉がれた。
彼女達が聞かされたのはアルシェが湊に教える話と大差無い。
七百年以上前は普通に各地で争いがあり、それを後に『英雄王』、『精霊姫』と呼ばれる人達が収めたこと。英雄の死後に魔族が不意をつき精霊の姫まで封じたこと。そして自分達が次の契約者候補に選ばれてしまったことにも。
ハッキリ言ってそれがどれだけ栄誉な事でも関係ない。命を懸けてまでこの世界を救う義理も無いし、何なら今すぐにだって帰りたい。先達が達成出来なかった使命を、何故自分が背負わなければいけないのかと憤りを感じた。
「心中お察しします。我々も無神教者である故、そのお気持ちは痛いほど判ります」
「じゃあ…、」
「ですが、それとこれとは話が別です。隣国からの支援が無ければ国が成り立たぬ今、貴女方だけが私達の希望なのです。その為にも是非迷宮を突破して恩恵をお恵み下さらねば」
「ッ――」
無表情を保ったままで判別しにくいが、アンドレーフに引く気はない。幸運にも降って湧いた
それを隠しもしないで真正面から当たったのは、彼なりの誠意なのだろう。
よく勘違いされるが、アンドレーフは人の思いなどを慮れる人だ。突然元いた世界から離され戦争を催促される彼等に対しても同情と後ろめたさがある。
利用すると言ったのはあくまで能力的な意味であり、奴隷の如く扱う気は微塵もなかった。
(同士よ! これはまさしく本物ではなかろうか!)
(悠斗殿! 直哉殿! 拙者達とうとうやったでござるな!)
(で、ですが自分。未知というものに少々武者震いが……)
そして此方も。茜とは対称的に額を寄せ合って喜びを分かつ谷繁悠斗、大山和人、海原直哉の三人。
元いた世界で所謂オタクと呼ばれる彼等は、自分達だけの世界に浸っていた。
(しかもクラス転移! 勇者! 王道中の王道ですぞ!)
(迷宮もあると仰ってましたし、期待に胸が膨らみますな!)
(王女様とかと、仲良くなれたり出来るのかな…?)
((それだっ!!))
彼等は茜ほどこの事態を悲観しないでいた。確かに約二十もの勇者がいて迷宮を攻略できなかったのは衝撃が大きい。
ここは彼等が見てきたラノベの世界とは違う。勇者=最強の図が早くも崩れ去り、焦りが出るのも分かる。
だが先達と自分等とで圧倒的に違うものがある。それは数的格差だ。
アンドレーフから説明を受けていた中に、過去の勇者構成の話も出てきた。今まで召喚された勇者は、一組につき1~3人。多くても4人だそうだ。およそ自分達の半分以下。
至極単純な理由だが、数の利とは乃ち安心の利。勇者の中でも特別だという思考が働き、本来のポジティブ思考に正常化した。
故に若干の不安を抱えつつも、やはり思い描いてた世界への渇望が止まらない。デブとぼっちゃりとガリは顔を寄せて感動を共有していた。
「Oh! これ知ってるネ! |ZIPNGU(ジャッパーン)のライトノーベル! ワタクシ好きヨ~」
そして三人の会話とハモる形でルルカが同調する。因みに冒頭で述べた話を聞いていなさそうなのとは正しく彼女のことだ。薄黄色のロングヘアーを無造作に揺らし、妙に
「ノーベルは日本のカルチャーであり教本デス。ジャパンにEntryする前に我もReadしました。そして冒険の前に若人が慌てるのも天麩羅……いえテンプレというやつですネ」
日本で生まれた父と外国人のハーフらしいが、今まで何処に住んでいたかは誰も知らない。
今のように英語を話してるかと思えば中国語を挟んでくるし、時々どこの国かも分からない言葉が飛び出したりもする。なのにコメディアンも舌を巻くような日本語を話すことだってあるのだ。
最早彼女の言葉遣いに一々ツッコミを入れる者も居ない。
その天真爛漫な性格とにこやかスマイルで学校のアイドル的立場にいる彼女が声を上げた事で、|海山谷(オタク)が敏感に反応した。
「ちょっとアンタ、こんな時にふざけた話しないでくれる?」
しかし当然一部の女子からは受けが悪い。爽弥の恋人を自称する奈々瀬伊織もその一人で、いつも適当な事を言っている――と本人は感じてるらしい――ルルカには腹を立てていた。
幼い頃から爽弥に恋心を抱いていた彼女にとって、転校してすぐにクラスの中心に据えられたルルカの存在はハッキリ言って面白くない。
勿論彼があんな軽い女に靡くことなんて無いと分かっているが、やはり容姿で気にしてしまう。
事ある毎に突っ掛かって来るし、その度に牽制を入れるが効果は皆無。
柚乃も彼女を警戒し後ろから睨みを効かせるが、次もまたしれっと入ってくるのだ。
それ故にルルカの一挙一動に過敏になり、今の発言がその琴線に触れたことで溜まっていた鬱憤が表に出た。
「Why? ルルカは思ったことを口にしただけネ」
「巫山戯けんなって言ってるの、聞いてた? 頭も悪けりゃ耳も悪いのね。ホント同情しちゃう」
「WHAT? どうして怒っているアルか。怒るだけじゃナニも解決しナイヨ」
「っ……アンタのそういうところがムカつくって言ってるんでしょっ!」
身体をワナワナと震わせ、今にも爆発しそうな伊織を爽弥と柚乃で宥めた。
「落ち着いて伊織。今は仲間割れしている場合じゃない」
「爽弥…」
別に仲間でも何でもないのだが意中の相手にそう言われては仕方無い。伊織は掲げていた拳をそっと下ろす…
「ルルカもだ。皆気が立ってるんだ。こんな時だからこそ発言は慎重にね」
「注意に
「ちっ!」
「アハハ…」
思い切り舌を打つ伊織に爽弥がその整った顔立ちを引き攣らせる。同時に彼女達――主に伊織からルルカ――に友好的な関係は無理だとこの時心底思った。
「でもでも~、どっちにしろダンジョンをクリアしないと地球には帰れナイと思うケドな~」
「えっ……なんで?」
ルルカの発言にそれまで俯いてた茜が顔を上げた。
「|BECAUSE(だってだって)、ミー達をここに喚んだのは神様の中の誰かなんデショ~? ちゅう事は、その神様に直接会って送り還してもらうしか方法は無いってことやろ。それ以外で有るんやったらアンドレーフはんがさっき茜はんに聞かれた時答えてる筈や。まぁ、意図的に教えてない可能性もありまんがな」
「あ…そっか」
「それより秋羽さん。そろそろ口調安定させよっか」
「WHAT?」
「素なんだね…」
何時もは――周り目線で――ふざけた態度を取るルルカだが、頭の回転は速い。今だって会話の状況から瞬時に判断をつけ、一番可能性の高い事象を提示して見せた。
彼女本人のせいでイマイチ緊張感が出てこないが、ここで爽弥達が出来る事は限られている。と言うことで先ずは――
「アンドレーフさん。嘘をつかずに答えてください。貴方は還る方法を知っていますか? もしくはやり方を知る人に心当たりはありませんか」
「嘘を吐こうものなら覚悟しておいて下さいね。私こう見えて見破るの得意ですから」
横から柚乃が加わり、アンドレーフの手首を掴んだ。そして全員が彼に詰め寄る形で尋問する。
だというのに当の本人は平然としていた。まるでこの質問が来るのが分かっていたかのような反応だ。
「残念ながら。わたくしも秋羽殿と同じく迷宮を攻略するしか方法が思い付きません」
「…柚乃、どう?」
「悔しいけど、本当の事みたいです。脈に何の異常もみられません」
「そうか…」
「勇者殿の故郷は面白い方法で確かめるんですね。今度参考にしてみます」
真面目な顔してそんな事を言う。彼なりのジョークのつもりなのだろうが面白くないし、今この時だけは笑えなかった。
「ビックリPON! ワタクシも初めて見たアル! これがジャパニーズ盗り調べ!」
意味の分からない事を言ってる唯一人を除いて――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それでは次にステータスの確認を行ってもらいます。勇者である皆さんなら常人の数倍の数値が確認できる筈です。先ずはそれを見てみましょう」
その後全員を落ち着かせたところでアンドレーフがそう提案する。
戦うのなんて嫌だし、文句を言いたい気持ちも有るがそれをこの場で言っても何も解決しない。今後の方針はしっかり考えてからと言うことで、その上で情報を仕入れておかなければ。
先ずは身近にある各々のステータスを頭に入れることから始まった。
これにルルカが歓声を上げ、オタクトリオも心の内でそれに追随する。
その様子にまた伊織が苛立つかと思えば、意外にも彼女を含めた全員が浮き足立っていた。
やはり皆深層心理では異世界という未知の経験にちょっとした興奮を抱いているみたいだ。
『『『ステータス』』』
全員同時にウィンドを開き、各々チェックに入る。
とはいえ皆ステータスを見るのはこれが初めてで、こういうのに詳しいルルカ+オタク三人衆も首を傾げた。
「確認した人から私に見せてください。どんな能力なのか、大まかになら分かるかもしれないので」
「じゃあ最初は僕からいくよ」
こういう時最初に手が上がるのはいつも決まって爽弥だ。何の使命感からか、彼は自分が率先してやるべきと独自のルールを決め込んでいる。
「ではアンドレーフさん、お願いします」
「承りました」
本当なら無闇矢鱈にステータスを見せてはいけないのだが、この世界に来たばかりの彼等はそんな事知る由もない。何食わぬ顔で爽弥のを覗き見ると、表示してある内容にそっと息を呑んだ。
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個体名 ソウヤ=イクマ
種族:
称号:「勇者」「異世界人」「特殊保持者」
力:100
体力:100
俊敏:100
精神:100
魔力:150
【特殊能力】
《反転の剣》(「属性付与」)
【通常能力】
《光属性 Lv1》 《闇属性 Lv1》
《剣術 Lv1》 《身体強化 Lv1》
《カリスマ Lv1》 《観察 Lv1》
《異世界翻訳 Lv15》
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「驚きました。特性一つとはいえ、もう【
「【|特殊能力(ユニークスキル)】?」
聞き慣れぬ言葉に一同が疑問を投げ掛ける。
「はい。種族の中でもとりわけ大きい力を持つ者に限り発現する力です。勇者は全員この【特殊能力】を持つと云われていますが……まさかレベル1で辿り着く者が表れようとは。
最初に褒めてその後の成長に差し支えるなんて話よくある。なので簡単なコメントに控えようと思っていたのだが、予想以上の数値に称賛を禁じ得ない。それだけ爽弥のステータスは凄まじかった。
「それって、爽弥くんが特別ってことだよね」
「ふふん! まっ、爽弥にとっちゃ当たり前なんじゃないの?」
爽弥贔屓の柚乃と伊織が至極当然とばかりに胸を張る。彼女達にはまだ【特殊能力】は見られないが、近い将来自分が爽弥の隣に立って闘う姿を想像していた。
ちなみに彼女達のステータスはこんな感じだ。
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個体名 イオリ=ナナセ
種族:
称号:「勇者」「異世界人」
力:65
体力:50
俊敏:45
精神:30
魔力:55
【通常能力】
《火属性 Lv1》 《雷属性 Lv1》
《拳術 Lv1》 《身体強化 Lv1》
《異世界翻訳 Lv15》
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個体名 ユノ=ミズキ
種族:
称号:「勇者」「異世界人」
力:35
体力:30
俊敏:35
精神:60
魔力:85
【通常能力】
《水属性 Lv1》 《木属性 Lv1》
《詠唱省略 Lv1》 《魔力回復補助 Lv1》
《異世界翻訳 Lv15》
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「成程……イオリ殿は恐らく前衛の
「ちぇー。何だか可愛くないなー」
「見ただけで分かるんですか?」
「ええ。
前衛で戦うタイプはフィジカルの項目がわりと満遍なく振り分けられる事が多い。対して後衛の魔法タイプは精神値と魔力に偏りが生じる。
勿論前衛と後衛にも様々な職種があるから一概にそうとは言い切れないが、この方法がわりと重宝されている。
「この『異世界翻訳 Lv15』というのも勇者固有のスキルでしょう。他がレベル1なのに対してこれだけ最大値なのは召喚される際に付与されたとみて間違いない筈です」
称号にある項目から恩恵を受けると言うことも珍しくない。「勇者」の場合フィジカルが強化され、現地人と会話が出来る『異世界翻訳』が得られる。
このようなスキルは稀少スキル――または「称号スキル」と呼ばれ、普通に獲得できる能力とは区別される。
アンドレーフが解説を入れた事で皆ザワザワと騒ぎ始めた。比較対象ができた事で自分が如何程かを知り得るからだ。
「NOOOOO~~~~~!!!」
そんな中、唯一悲痛な叫びを上げる者がいた。この独特な反応……言うまでもなく秋羽ルルカだ。
「どうしましたか、ルルカ殿」
これには流石のアンドレーフも驚いて彼女に駆け寄った。先程までの太陽のような笑顔が影を潜め――
「アンさん! コレがどういうことかワタクシにもWHATワカラないアルね!?」
――てはいなかったが、とにかく焦っているのだけは伝わった。聞けばフィジカルが低く、スキルの欄にも属性系が何一つ書かれていないのだとか。
「何を戯けたこと言ってるんですか。勇者である貴女にそんな事あるわけが……」
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個体名 ルルカ=アキハ
種族:
称号:「勇者」「異世界人」
力:25
体力:20
俊敏:30
精神:45
魔力:45
【通常能力】
《解析 Lv1》 《家事 Lv1》
《異世界翻訳 Lv15》
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「マジですか」
そのステータスを見て思わず素が出てしまった。優秀な大臣という肩書きが初めて傾いた瞬間である。
「マジでげす」
それに対する彼女の反応は相変わらず緊張感を演出しにくいものだった。
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