予想外な不都合

 再開の火蓋を切ったのは湊だった。力で劣るなら手数と技術で攻めればいいと考え、それに準じた戦い方をする。幸いスヴェンにも剣の腕は有るのだが、圧倒的な身体能力にかまけて動きが単純で読みやすい。

 だが逆に言えばそれ以外の部分が圧倒的に不利である。その為対峙中は一度のミスも許されない。


「うおおぉ!」

「はあぁっ!」


 この闘いが始まって初めて声を荒げた湊。繰り出されるのは上と横からの同時攻撃――と見せかけの本命は足払い。囮の二つを凌いだスヴェンは足元への注意が逸れもろに奇襲を食らう。だがそこはレベルの差が物言う世界。体勢は危ぶまれたが尻もちすら搗かずに終わる。

 しかしそれを想定した上でのパターン化は既に為されていた。崩れた一瞬の隙を見計らい今度は背中と腹に容赦ない二撃を叩き込む。


「見えてんだよっ!」


 スヴェンはそれを自慢の堅牢さで防ごうとした。背中の一撃は『魔装甲』を施した片手剣で弾き、正面に向けられた分は湊の手元を叩くことで狙いを狂わせようとする。


「ちっ、」

「んだとっ!?」


 だが相手の意図を察した湊が咄嗟の判断で右の得物を放ると、代わりに蹴飛ばされた黎明の一刀が回転しながら近くの木に突き刺さった。

 武器を放り捨てるという想定外の対応に一瞬だけ反応が遅れたスヴェンは、湊が左手の刀を右手へ持ち変えた事に気付くのが遅れる。そして振り上げた脚を慌てて引っ込めた時には浅くない傷を刻まれていた。


「痛ってえ…!」

「顕現せよ」


 相手が怯んだ隙を利用し飛ばされた方の刀を再度出現させると、間合いの外側に出てそのまま二刀平行にした構えをとる。


 【黎明の双刀】は消すのも顕現させるのも湊の自由なので、例え投げ飛ばされたとしても次の瞬間には手元に戻すことも可能だ。

 だがそれまでに最低でも一秒ほどのインターバルが生じてしまい、せっかく作った隙が活かせず次へと繋がらない。


「しまったのがしたな。まぁ良いか」


 ただ機動力を落とすことには成功したので今までと同じようには動けないだろう。

 またポーチに手を掛けようとするが、回復の手段が分かった上で見逃す愚行はしない。牽制を入れて行動に制限を設ける。


(糞がッ! あの野郎、さっき迄と比べて動きに無駄が無くなってやがる。何でだ!)


(武器の扱いはこんなところだろ。しっかりと周りも見えてきたし…、漸くこの暗闇に眼が慣れたか)


 湊が優位に立てている要因の一つに、少し前から月に雲が懸かっていることが挙げられる。満月の光が遮られたことで戦場フィールドが本来の闇に近付き、先に眼が慣れた湊に有利に働いていた。

 元より眼が良いことと、一撃必殺を狙うスヴェンよりも速度と手数重視の湊の方が読まれにくいというのもあって、相手はどうしてもワンテンポ遅れてしまう。些細な事でも決して大きくなかった差を埋めるには充分なのだ。


「はあぁっ!」

「いい加減くたばれ餓鬼ぁ!」


 剣と刀が交差する。その際受け流しのような高等技術はまだ会得していないため、重心を下げて強引に衝撃を緩和させた。


「おらあっ! 逃げてんじゃねえぞ!」

「五月蝿いんだよ。少しは声量下げろ」

「おらぁ!」

っ…、」


 スヴェンがその巨漢で前に乗り出し長剣を固く握ると、鍔迫り合いを起こした状態で湊を叩きつけようとする。更には圧が強まったことで剣域から逃れようとする湊に、岩のような膝蹴りが襲い掛かった。

 刀で受けるか、若しくは避けるか。刹那の判断を下すと後ろに跳んで攻撃から逃れようとする。が、思っていた以上に踏ん張りが効かず脱出する際右肩に裂傷を負ってしまった。

 加えてまだ痛みに慣れていなかった湊はそこで致命的な隙を生み、怯んだ次の瞬間には剣を振りかぶる男の姿があった。


(まずっ…!)


「《火球弾ファイアバレット》!」

「おあっ!?」


 間一髪。寸んでのところでアルシェの《火魔法》が間に合い男の追撃を阻んだ。ただし攻撃適正皆無なアルシェの《下級魔法》ではそれ以上の効果は見込めず、防具の表面に焦げ跡を残すだけで終わった。


「ふぅ。ありがとうなアルシェ、お陰で助かった」

「いえ、そんな」

「まだだ糞がぁーッ!!」

「なっ、くそっ……空気読めっての」


 一瞬の油断が命取り。無事に済んだと思ったのも束の間また直ぐに攻撃を仕掛けてきた。休む暇が無いことに苛立ちを見せるが、しっかり対処だけはしておく。


「もらったあ!」

「なっ…はあッ!?」


 しかしスヴェンは湊が想定していたのと違う動きをしてみせる。身体の痛みを感じさせない剣裁きをしたかと思えば、態々剣を捨て湊にタックルをかましてきたのだ。

 その奇行に慌てて左腕を守りに設けるが、構わず突進し湊を吹っ飛ばした。能力の恩恵を乗せた捨て身の一打。殺傷力こそ無いものの派手に飛ばされた湊はそのまま崖へと――


「んな簡単にやられるかっての!」


 突き落とされる前に空中で身を捻り体勢を立て直す。黎明の二刀を地面に突き立てれば慣性の法則が働き後ろへと体重が掛かるが、何とか持ち堪えほっと安堵の息を吐く。後ろを見れば下に投げ出されるまで残り1メートルを切っていた。そうして半ば強引に制止すると、すぐにその場を離れアルシェの前に付いた。


(拙いな。ここまで押されるのか)


 改めて能力スキルの怖さを思い知る。

 認めたくないが、どうやら奴とは実力が拮抗しているみたいだ。あまり時間も掛けてられないし、湊は木にぶつかる覚悟でアルシェの付与を受けると決めた。


(仕方ない。隙を見てアルシェの付与の魔法を――っ!?)


 だがしかし。現実は湊が思うより楽観的ではなかった。

 立ち上がろうと脚を一歩踏み出した途端、今まで感じたことも無いような倦怠感が湊を襲ったのだ。本当に、急に。何の前触れもなく、湊はピンチに陥った。


(な、んだこれっ!?)


 その辛さをどう表現すれば良いのか。取り合えず両足で立つことが儘ならないとだけ言っておく。


(まさか……まさかこれって…)


「どうやら魔力を切らしたみてえだな」

「…っ!」


 やはりそうだった。アルシェや何人かの盗賊が似たような状態にあるのを見たから予想できたが、ここで聞きたくなかった事実を突き付けられる。



 湊は過去、蓮との他愛ない会話の中でこんなやり取りが有ったのを思い返した。



――なあなあ湊、これ見てみろよ。


 今度はなにさ。


 ほらっ、ここだよココ! 今まさにクライマックスなんだって!


 どれ……何で味方全員動けないわけ? 主人公人望無いの?


 違うって馬鹿。魔力切らして動けないのを主人公が必死に守っているシーンだっつの。


 魔力切れると動けなくなるの? 何で? 血とか食物と違って普段は必要として無いんだろ? 何でそれが無くなっただけで動けなくなるのさ。


 そ、そんなの俺が知るかよ! てゆーかラノベ見るのに一々理由を聞くな! これはそういう楽しみ方じゃなくてもっと純粋に読むものなんだよ!


 へぇ、そう。


 お、お前見てろよ。これから俺がお前にみっちりとライトノベルの面白さを伝えてやる!


 いや、それより課題終わらせろよ。何のためにお前ん家来たと思ってるのさ――



 “魔力切れ”


 あの時蓮が話していたのを話し半分で聞いていたが、まさか自分が異世界に喚ばれてそれに陥るとは。あまつさえどんな感じだろう程度に思っていたものに危機を招かれるなんて。


(だからって、この場面で知りたくなかったな!)


 心の中で悪態を吐くがそれでどうこうなる話でもない。今も段々と四肢の力が抜けていってる。


 しかし分からない。自分は魔法など使ってないから魔力切れなどというものは起こらないはず。(蓮曰く)魔力は魔法によってしか消費しないと聞いたが……。


(そういえばアルシェも【結界魔法】を使って魔力切れを……っ、まさかあれは魔法を使っていたからじゃなくて、魔法とスキルの同時使用だったからか!? だとしたら魔法も【特殊能力】も魔力が供給元リソースになっている……!?)


 実際そうとも考えられるはず、いやそうとしか考えられない。

 何せ湊がこの世界ダリミルに来て使った奇異なモノと言えば【黎明の双刀】以外にないからだ。だとすればこの脱力感にも説明がつく。所詮創作の中の設定と考えるには状況が揃い過ぎていた。


(知るかよそんなことっ! 大体結界魔法・・なんだから魔法の一つと思っても仕方ないだろ!? 不親切かっ!)


 アルシェに質問してた時には湊が知りたいこと最優先で教えてもらった。だから魔法を使わない前提で進めていた湊にその情報は入ってこなかったのだ。


(不味い…不味いっ! 力が、入らない…)


 後悔しても後の祭り。こうしている間にも全身の力は抜けていき双刀の具現化すら危うくなる。何とか近くの木を頼りに立つことは出来たが、とても戦えるような状態でないことにこの時初めて焦りを感じた。


「カナエ様!」

「来るなっ、アルシェ!」


 湊の異変に気付いたアルシェが同じく魔力切れに見られる覚束無い足取りで湊との距離を詰める。自分がいる場所まで出て来そう彼女を声で諫めるが、湊の危機にアルシェが動かない訳がない。

 そして手が届く位置まで来ると、スヴェンに睨みを効かせた。


「おうおう何だよ姫さん。夜伽の申し入れかい?」

「私が良いと言うまでそこから動かないでください。武器に手を当てたり魔力の使用等も禁じます」


 万人が想像するだろう王女のイメージに倣って不遜染みた発言をし出す。ただしその顔は恐怖を隠しきれていない。既に余裕のスヴェンは揶揄半分ふざけ半分といった様子で指示に従った。

 自分達を襲うようなら応戦する気でいるが、サポートしか出来ないアルシェでは勝負にすらならない。それでも湊を置いて逃げるのだけは絶対にしないと決めた。


「カナエ様を殺すと言うのなら私も舌を噛んで死にます。カナエ様に手出しはさせない」


 せめてもの時間稼ぎに牽制の言葉を入れる。但しこれは牽制であって牽制でない。つまりやると言ったら本当にやるのだ。これが何を期待しての時間稼ぎなのかは自分でも分からないが、今はこうするしか方法がなかった。

 実際この忠告でスヴェンの顔から笑みの表情が消えた。彼にしてみればアルシェは最高級の玩具で、そのご褒美が壊れるというのは避けておくべき事態だった。男は女性を嬲って遊ぶという悪癖を有しているが、血塗れの死体に色を上げるような屍体愛好家ネクロフィリアではないのだ。


「やめろ、アルシェ。馬鹿な真似は止せ」


 力なく咎める湊もそれが“嘘”でないと気付いた。だがアルシェは慈しむように微笑んだだけで否定の言葉を告げようとしない。

 代わりに湊の頭に手を伸ばすと、それを自分の胸に寄せて腕と共に優しく抱いた。ちょうど結界の中で彼にしてもらったみたいに。


「ちょっ、何して…?」

「大丈夫ですカナエ様。今だけはわたくしを頼ってください。護られてばかりのダメな王女ですが、だからせめてどんな時も貴方を慕い続けます」


 その体勢で《治癒ヒール》と唱えれば、肩のみならず全身の細かな傷も癒えていった。


「……温かい」


(あぁ…こんな状況だっていうのに離れたくない。懐かしいな。昔はよくこんな風に…)


 子供の安心を誘う母の如き声色と、女性特有の包むような温かさとが昔を思い出させる。母は泉を想わせる清廉な水の気配を漂わせていたが、アルシェの周りは陽光に当てられる銘木や花を連想させた。

 絶世の美少年と美少女が月の光を背景に身を寄せ合うと、最早それだけで絵になる。この芸術とも呼べる光景を前にすれば普通なら声を出すことも躊躇うだろう。


「がっははは! 女に護られるとは勇者も落ちぶれたものよ、えぇ!? 威勢の割には大したこと無かったな」


 しかしそんな芸術を分かろうとしない男が哄笑して二人の時間を邪魔した。彼の中では既に勝負は付いたとして声高々に湊を挑発する。


「くっ、テメ……」

「カナエ様」

「あ…? んぶっ!?」


 己が状態を顧みず受けて立とうする湊を引き戻し、それまでよりも強く・・抱き込んだ。

 すると大きなお椀型の乳房が目に見えて湊を受け入れ、その形をいびつに歪ませた。吃驚びっくりするくらいの柔らかさと鼻孔を燻る甘い香りが、彼の危機感を緩和させていく。


「んっ…/// 落ち着いて、今は私だけを見ていてくださいませ。あと、出来れば顔は上げないで……っ」

「あぁ……」


 それをしている本人も羞恥と気恥ずかしさとで顔をどうしようもないくらい紅潮させていた。男性の頭を胸で挟むなど、初心なアルシェにはハードルが高い。今も湊が身じろぎするか息を当てるだけで敏感なところが反応してしまっている。


(母さん程じゃないがこの子もデカイよな。地球あっちには良い女が居なかったし、折角だから堪能しとくか)


 ついつい素の感情が入り込むもアルシェにはそれが分からない。暫しの間二人に憩いの時が流れた。



(あの野郎ッ! 雑魚の癖に俺様のモノに手を付けやがって!)


 それを憎々し気に睨むのはスヴェンだ。迂闊に手が出せないこの状況で、目を付けた女が他の男に身体を明け渡しているのが気にくわない。

 よく考えればこの状況を優位に進める方法もあるのだが、怒りに駆られた頭ではそれが思い付かない。

 だからせめてもの意趣返しとして、彼を皮肉る言葉を投げ掛けた。


「ふん、銀髪とはいっても所詮は紛い者・・・か。特徴を似せたところで俺の敵じゃねえんだよ!」


「………あ”?」


 しかし。この言葉が彼の潜在能力を刺激するとはアルシェも、そしてスヴェンも思いよらなかった。


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