要らぬ気遣い

(ちっ、何だありゃあ。みっともねえ)


 残り一人となった男は湊を脅威と認識しているが戦意自体は失っていなかった。

 メリットとデメリットを天秤に掛けると、ここで逃げた方がよりリスクを負うかもしれない。背を向けて抵抗できずに斬られるか、それとも無事逃げ延びれるか…。逃げ切れたにしても依頼主でもあるあの謎の男が都合よく納得するか。

 色々考え抜いた末出した結果――地を踏みアルシェに向かって勢いよく駆け出す。


「だからさせないって」

「へっ、そう甘くねえか」


 リドルが使えないと見るや否や見切りをつけ、アルシェを人質にこの場を乗り切る事を選んだ。その為に湊の意表を突くつもりで疾走したがあっさりと回り込まれ、そのまま刃を交えての交戦に入る。


「ちっ、やっぱ速えな。けど最初ハナから上手くいくなんて思っちゃいねえよ!」


 男は一瞬の鍔迫り合いの中で重心を低くし、斬り合いざまに脚払いを掛けて体勢を崩そうとした。しかしそれよりも湊が繰り出す袈裟斬りの方が迅い。直前の判断で剣を当て致命傷を避ける。


「うぐっ…!」

「思い通りにいかないのは最初だけか? その辺の思い込みを正してからモノを言えよ」


 湊の【黎明の双刀】に対し男の持つ両手剣グレートソードは旅の商人から奪った代物だ。比較的値を張るが、何度かの斬り合いで刃が欠け刃先も割れる音がした。これには男も驚きを隠せず反射的に湊から視線を外してしまう。


「ふうっ!」


 その隙を見逃すことなく湊は右足を軸とし独楽の要領で身体を翻した。回転の勢いそのままに右手に持つ刀を首筋目掛けて薙ぐが、想定していた軌道よりも僅かに上に逸れる。身の危険を感じた男がさっと身を屈め追撃から逃れるべく地を転がった。

 ある程度の所まで来ると後ろに跳んで距離を稼ごうとするが、湊が温存しといた左腕を縦に振り下ろしそれが男の身体を掠めた。まるで抵抗もないまま古びた鎧ごと傷を入れると、続けざまに腕をクロスし脇腹目掛けて二つの刀で挟み込もうとする。


「ぐああうっ! 痛ってえ!」

「両断するつもりだったけど、浅いか」


 膝が伸びきり咄嗟の後退は間に合わぬと判断するや、一方の刀を剣で受け止め反対から迫る凶器を先程湊が見せた独楽の要領で何とか避けた。

 と言っても見よう見まねの猿真似でしかない。脇は抉られ、ついでにマトモに受けた剣も僅かな抵抗を見せはしたがスッパリと斬れて折れてしまった。

 だが男はそれで怯まない。近くにあった仲間の武器を手に取り、斬られた箇所を庇いながら立ち上がった。そして腰に下げていたポーチから瓶のようなものを取り出すと、中に入っていた液体を素早く飲み干す。


「はぁ…はぁっ! クソっ、思ってた以上にやりやがる」


(へぇ、まだやる気……って何だアレ。傷が癒えてるし)


 異世界の技術にほぅ、と息を巻く。それにどうやらあの男、今までのようにはいかないと思った方が良い。


「お、おい、スヴェン…?」

「あ? んだぁ?」


 後ろから掠れた声で呼び掛けるリドルには一瞥もくれず、しかし明らかに侮蔑が籠った声を届かせた。


「意気地無しはそこで震えるかどっか行ってろ。所詮テメェらじゃ勇者の相手は無理っつー事だ」

「うっ……」


 どうやら男はスヴェンと言うらしい。みっともなく醜態を晒すリドルを意気地無しと吐き捨て、その間も眼だけはしっかりと此方を窺っている。その雰囲気からは只者でない感じがひしひしと伝わってくる。


「あの動き…それにあの構え方……カナエ様、お気を付けください。あの方、元騎士か名の知れた傭兵か何かだと思われます」


 その一連の動きに確信めいたものを抱いたアルシェが自らの知識と記憶を頼りに男の素性を看破する。武に疎いとはいえ、洗練された兵の動きを城で散々見てきた身としては間違えようもない。


「それは何か不味いのか?」


 いくら腕が立っても肝心の武器に差が有り過ぎる。おまけに打ち合った感じ技量も湊が勝っていた。基礎能力値では若干劣っているかもしれないが、この状況を覆すだけの隔絶した差はない。であるならば此方から攻めて今度こそ止めを刺そう。

 しかしそう思っていたのも束の間それが甘い考えだと知ることになる。


「『魔装甲』、『身体強化』!」

「っ…!?」


 突如としてスヴェンの身体が…いやよく見るとスヴェンの持つロングソードまでもが青白く光り、その存在感が何倍にも膨れ上がる。その時直感で先程までとは違うと認識させられる。


「『闘圧』!」


 目の前の男が象か何かだと錯覚してしまう。それくらい今の奴は濃密な気配を撒き散らしていた。湊もついさっきまでの余裕を潜め目の前で起きる変化に警戒の色を表に出す。それだけ男の威圧感が半端ではない。


「はぁ、はっはっ……やるじゃねえか。でもここまでだ。見せてやるよ、これが俺とテメェの力の差だ!」

「はっ、そういう事か。出来るもんならやってみろよ三下」


 先手必勝。様子見は無しで両の刀を前に突き出し斬り上げと刺突の二段攻撃を仕掛けた。


「オラぁ!」


(はやっ…!)


 スヴェンはそれに打ち応じず敢えて間合いを開くことで湊の隙を誘った。そして湊の攻撃が引っ込んだ瞬間を狙い数メートルは離れていたであろう距離を一歩で詰め寄ると、下から上へと突き上げる一撃を放ってきた。

 湊の斬り上げとは全く別の弧を描くそれは、鉄板でも圧し折りそうな威力を秘めている。ついでに先程とは比べ物にならないスピードに目を剥くが、予めその兆候を見ていたため対処自体に問題はない。


「そこっ…!」


 腕を振り切った瞬間を狙って再度攻勢に出るが、それを察知していたスヴェンが握りを持ち変えて片手での追撃をして来た。一瞬不意を突かれるが、その程度動じる湊ではない。焦らず剣筋を判断し、流れるような、それでいて二刀流という長所を生かした攻めの応酬を繰り広げる。

 力の増強もそうだが、数合打ち合っただけで刃こぼれしていた剣が今ので何ともなっていない事に湊は驚かされた。これはつまり相手も【黎明の双刀】に匹敵し得るだけの得物を得たことを意味した。


(反則くさいな。能力スキルってのは何でも有りかよ)


 人生で一度たりとも刀の素振すらした事ない自分が『双刀術』のお陰で闘えるレベルまで引き上げてるからこそ言えるが、この世界ダリミルではレベルと各々が持つ能力スキルがモノをいう。

 盗賊如きなら大したことないと高をくくっていたのが間違いだった。


「拙いな、これは」

「今更怖じ気付いても遅えんだよ!」

「誰がっ」


 殊更に放たれた言葉を皮切りにまた打ち合いが始まる。双刀を右へ左へと持ち変えて変則的トリッキーな動きをする湊に対し、スヴェンは見た目通りの力押しだ。

 だが二人の能力値に差が出た分、どうしても湊が一歩退く展開となっている。


(仕方ない、機会を待つしかないか)


 その内にスヴェンが重心を落とし渾身の一撃を繰り出してきた。雑に下ろされた太刀筋だが受けるのは不味いと判断し横に滑ってもう一度脇腹に狙いをかける。

 だがその判断は正しく同時に間違いであった。

 虚空に下ろされた剣は予想以上の力を秘めていて、地面にぶつかると同時に轟音と衝撃を辺りに撒き散らした。その時に四散した破片が湊を襲い、僅かに動きを止めてしまう。


「ぐっ…迷惑な奴」

「そらよ! がら空きだぜ!」

「何処がっ!」


 それに剣を抜く暇を惜しんだ男が脚を振り上げるが、その時には視界が回復した湊が身体を仰け反って間一髪避ける。

 蹴り上げた風圧で湊の身体が後ろに持っていかれたが、それがいい具合で相手との距離を開ける。同時にそれだけ人間らしからぬパワーにひやりと汗を流した。


(強い。さっきまでの奴等とは雲泥の差だ)


 それが嘘偽りない湊の本心だった。先程までは此方が優勢だと思い込んでいたが本気を出したスヴェンに警戒度を引き上げる。


(アルシェに強化してもらうべきだったか。上がったのがパワーだけで助かった…)


(ちっ、これでも傷が付かねえか)


 両者ともに相手の隙を窺う。


「さて、どうするか…」


 横目で視線を動かせば、手を翳し今にも介入してきそうな聖女姫アルシェの姿を捉えた。それを横目で制すると渋々といった様子で指示に従う。


「はっ、一国の王女をもう飼い慣らしたのか。テメェ、さっきまでの態度は嘘でこっちが本性かよ!」

「失礼な奴だ。俺は何もしてない。まぁ態度が変わったのは否定しないが…」


(アルシェの反応を見るための演技だったんだがそういえば忘れてたな)


 湊の言葉にスヴェンが不快そうな顔を浮かべる。しかしすぐに持ち直すと、卑しい笑みを張りつけてこんな提案をしてきた。


「なぁ、ここは無駄に争わず手打ちということにしないか?」

「…何?」


 思わぬ発言に構えは解かず耳だけを傾ける。男の言葉に“嘘”はなかった。


「どういうつもりだ?」

「いやぁ、なに。お互いの気持ちを汲んでみただけだ。お前じゃ俺には勝てねえ。ただ俺も楽に勝てるかって言われるとそうでもねえ。だから痛み分けってことにするんだ。俺も無駄に時間を食いたくないからな」


 男の提案は(不本意ながら)湊も望むところだ。しかし鵜呑みにはせず目を細める。


「何が目的だ」

「おっ、乗ってみるか!」

「勘違いするな、その先を聞いてからだ。さっさと言え」

「ちっ、口の聞き方には気を付けろよな。けどまぁ良い、要求は一つだけだ」


 そう言って湊の後ろにいるアルシェを見て顔を歪ませる。


「その女を俺に寄越せ。なあに心配はいらない。満足するまでヤったらテメェに返すよ。俺も大国に追われるのは御免だ」

「…は?」


 その台詞に湊の動きが止まる。


「本当ならあのフード野郎に渡す手筈なんだが、俺からしたらどっちでもいい。それよりもそっちの姫さんの方が優先だ」


 男の言葉に湊の頭が停止し、話を向けられたアルシェは男の舐め回す視線にビクビクとうち震えた。


「テメェは知らねえから教えてやるが、そこにいる姫さんとその姉は『大陸の二大美姫』って呼ばれてんだぜ? そんなの前にしたら是非とも犯したいと思うだろ男なら」


 一人で何か言っているが聞こえやしない。しかし尚も男の独白は続く。


「俺は数年前までとある領の騎士として仕えてたんだが、そこで見る王族や他国から来る貴族なんかも確かに綺麗だった。けど今日会って確信した。その姫さんだけは別格だ。比べるのも馬鹿馬鹿しい」


 湊はこの世界の王族貴族が皆アルシェのように浮世離れな容姿をしているのかと思っていたが実際は違う。ただ単に彼女が特別優れているだけだ。


妹姫アルシェの方に関しては最近になって話題に上がったんだが、それでも噂に間違いは無かったようだな」

「……まれ…」


 湊が小さく何かを呟くが、それが男の耳に入ることはない。


「顔だけじゃねぇ。見ろよあの胸、最高に唆るとは思わねえか? E……いやもしかしたらFはあるか? はっはぁ! こりゃあ堪らねえなぁ!……うおぉっと!?」

「いいからもう黙れお前。殺すぞ」


 高速で踏み込むと顔面めがけて二本の刃を突き立てる。その攻撃を間一髪で避けてカウンターを食らわすが手応えなく終わった。


「ちっ、交渉決裂か。馬鹿だなぁお前も。俺の後なら幾らでもヤれるってのによお」


 男の挑発には乗らず背後で震えているアルシェの近くまでいくと、スヴェンから隠すように着ていたカーディガンを頭から被せた。

 とはいえ湊とアルシェでは15㎝ほど身長が違うためそれでも少し生地が余る。


「カナエ様…」


 アルシェが顔を上げた途端、湊は苦虫を潰したような苦い表情へと変えた。

 アルシェは湊が無事でいられるなら何だってする。そう、〝何だってしてしまう〟のだ。

 彼女の決意は一瞬で見て取れた。ここで湊が行けと言うなら間違いなく従うだろう。


「必ず勝つ。だから安心しろ」

「っ”」


 湊はそんなアルシェを咎める事なく軽く彼女の頭を自分の胸に押し付けた。不安になっている相手にはこうすれば良いと亡き母に教わっていた。

 その言葉でどれだけ救われたかは分からない。ただ目の前に立つ青年の横顔が今までと違って見えたのは勘違いではない筈だ。


(負けられない。この闘いだけは絶対に)


 決意だけで勝率が上がる訳でも、勝算が浮かぶでもない。しかし男を殺す意気込みだけは静かに研ぎ澄まされていた。



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