ステータスと暴かれぬ嘘

 夜の山中を俊敏に駆ける影――アルシェとそれを抱える湊は盗賊に追われていた。


 湊がアルシェを連れてあの場から逃げ出した理由。彼等は古代級魔道具アーティファクトでの魔力枯渇を狙ったものであると考えているが、実際は違う。

 結界内にいた時はアルシェが話を出来る状況では無かったし、湊の能力発現で結局その後も伝えられず仕舞いであった。つまり湊があの時点で魔力切れを起こさせるという考えに至るのは不可能なのだ。

 結果的にはそれが良い方向へと傾いたが、それは湊の思惑とは別の所にあった。あの場で湊が逃げ去った時、腕の中のアルシェも一緒になって目を点にさせたぐらいだから間違いない。


「申し訳御座いません。肝心な時にお役に立てずこの様な…」


 故に実質お荷物となっているアルシェは忸怩たる思いを募らせていた。湊があの場から去ったのは自分が足手まといだと思っているからだ。

 勿論それもあるが、真実は別にある。しかしこの状況、ゴルヴとシュタークに連れられその後逃げ出した時と同じなのがより彼女の不安を煽っていた。


「いや、いい。邪魔ではあったけどお前がいてくれないと困る。それといざ時の為に俺にかけた魔法を解除、回復に専念してくれ。まだ仲間がいないとも限らないしな」


 一つは単純にアルシェの回復を待つ為の時間稼ぎ。先程までの身体強化付与アディションまでは望まないが、せめて自分で歩けるぐらいにはして貰わなければ。

 それと先程は分からず仕舞いだったが、この双刀の性能も気になる。アルシェの支援魔法と合わせれば馬鹿みたいな強化も望めるが、如何せん扱いが難し過ぎるのだ。一回目は木にぶつかり二回目には危うく通り過ぎてしまうところだった。これ以上の失敗は即、死へと繋がる。今の内に自分に出来ることを把握しなければならない。


「仲間…」


 アルシェはその言葉で盗賊の協力者とみるあの黒フードの男を思い浮かべた。圧倒的な存在感を放つあの者相手にサーナと彼女の部隊は無事かと不安になる。


(「千里眼」なら彼等の状況も……いえ止めておきましょう。これもいざという時の為です)


 首を振ってその考えを捨てる。【聖者の瞳】は魔力とは“別の力”が介入するため今は使用可能だが、第一に優先すべきは湊の命だ。この状況下で自分の唯一の武器を私用で浪費する訳にはいかない。

 とはいえ不安なものは不安だ。今まで支えてきてくれた人達の生死さえ危ういこの状況で、彼女の心に再び闇が差そうとしていた。


「……大丈夫か?」

「え?」

「震えている」

「…あっ」


 いつの間にか湊の袖を握っていたことに気が付くと素早く手を離した。湊はアルシェには目もくれず進行方向だけに視線を動かしている。


「も、申し訳…」

「安心しろとは言わない、けど必ず助けには行く」

「っ!」


 たった一言。その一つの励ましが他の何とも代え難いほどに嬉しかった。召喚されたばかりでイマイチ状況が分からないはずなのに、こうして必死になって護ってくれる湊が頼もしい。

 能力を発現した時もそうだったが、彼の言葉には人をその気にさせる魔法でも掛かっているのではとさえ思う。


「…お優しいんですね」

「別に。ただ約束したからな」


 やはり視線も表情も動かない。だがその様子が何だか可愛らしく思えた。


「ふふっ」

「…何?」

「いえ。ただ凄く心強くて」

「随分と楽観的だな。これはただの決意表明みたいなもので、結果がどうなるかまでは分からない。俺は最弱みたいだしな」


 湊にしては珍しく後ろ向きな発言だが、彼はなにも自信家というだけで決して無知ではない。

 生きているのか死んでいるかも分からない人間の安否を勝手な憶測で断ずるなんて、そんな無責任を言うのは何も知らない愚か者がやることだ。無論自分がそんな愚か者であるなど考えもしない。


(面白い御人です。私を護ってくれたと思ったらとても傲慢で、でも凄くお強くて。そんな中で私を頼ってくれたり気を使ってくれるなんて。何でしょう、不器用なのですが…凄くお優しい性格です)


 アルシェはそんな湊を正しく見抜いていた。最初の慇懃な姿勢は鳴りを潜め、今は彼女が言うところの不器用な優しさを向けてくれる。

 どちらが本当の彼なのかは分からないが、少なくとも本心を見せてもらえるくらいには自分を認めてくれているようで心が温かくなった。


「あぁそれから――っ!」

「きゃあっ!」


 湊が言葉を発したタイミングで後ろから細長いものが横を抜けて飛んできた。よく見ればそれは弓の矢だ。


「ちっ、もう追い付いたか。アルシェ、落ちないようしっかり掴まってろ」

「は、はい!」


 湊はもう一度双刀を顕現させ身体強化を図る。さっきよりもアルシェの《付与魔法》が薄れているので体力を無駄には出来ない。必要最低限に弓矢を撃墜しながら方向を転換する。


(やっぱり劇的な変化は望めないか。身体強化自体が主な効果って訳じゃ無さそうだ)


 自身の【特殊能力ユニークスキル】を看破し、その性能に舌を鳴らした。湊が思い浮かべるのはアルシェの持つ【結界魔法】だ。盗賊が牽制するほどの防御性と劇的な《付与魔法》を施す彼女と比べたら、自分の【特殊能力】は些か弱すぎる。

 当然能力の中でも優劣はあるだろうが、先ずはそれを確かめねば。


「アルシェ。能力の詳細はどうやって見れる?」

「《ステータス》と、仰って下さい! それでウィンドが開きます!」

「そうか、ありがとう」


(本当にラノベ通りだな。蓮、お前の非生産的な趣味も無駄じゃなかったぞ!)


 早速「ステータス」と呟く。すると青白い電光板のようなものが浮き上がった。湊が自分のを見ている間後ろの警戒が疎かになるので、アルシェが腕の中で器用に身を捩り注意を呼び掛ける事にする。


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個体名 カナエ=アマミヤ 

種族:聖人  Lv4

称号:「発現者」「傲慢の証」「勇者」「異世界人」「白銀の体現者」


力:320

体力:285

俊敏:400

精神:295

魔力:405

霊力:420


【固有能力】

《天付七属性》


【特殊能力】

《黎明の神器》


【通常能力】

《双刀術 Lv2》 《身体強化 Lv1》

《思考加速 Lv1》 《気配察知 Lv3》

《覇気 Lv1》 《万能通訳》


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(比較対象がなくて分かり難いが、バランスは良さそうだな。ただ謎に属性系のスキルが多いが後衛もいけるってことか?)


 【天付七属性】を詳しく見れば《天属性》《火属性》《水属性》《風属性》《雷属性》《木属性》《土属性》《闇属性》と細かく分けてあって全てがLv1となっている。

 いくら此方の世界に来たばかりの湊とてこれが多いことぐらい分かる。


(【固有能力】は珍しいんだったか? とはいえ魔法の練習なんてしてないし今出すのは止めておこう)


 ファンタジーの王道と云えばやはり魔法。それはこのダリミルも例外ではなく、アルシェの《付与魔法》を見ていた湊としては柄にもなく使ってみたいと思った。

 が、やはり練習もせずいきなりやると自滅してしまう可能性があるので現時点では却下だ。それよりも今重要なのは顕現させている双刀に関することなのでそちらに目を走らせる。すると、


(【黎明の神器】? 「双刀」じゃなかったのか? まぁこっちは俺が頭に浮かんだヤツを勝手に命名したんだから間違っても仕方無いか)


 そこにあったのはこの武器本来の名前。しかしこの書き方だと双刀の他にもありそうだ。先ずはその説明を見ようとするが


「っ、カナエ様! 右から二本来ます!」

「ちっ! 大事な時に!」


 当然相手は待ってくれない。次から次へと自分を殺すための矢が放たれステータスを見るどころではなくなった。


(コイツ等っ、俺がいるからってアルシェまで!)


 盗賊の放つ矢は無秩序で、そのままであったならアルシェを射抜くモノもあった。左手にある一刀で防ぎきるのにも限界がある。仕方なく回避に専念することにしてどうしても無理な場合にのみ撃墜する。


(誘導されてるな。この先は行き止まりか?)


 その読みは正しく間もなくして二人の目の前に断崖絶壁の崖が姿を表した。暗闇の中で塞がるその障害は嫌が応にも停止を余儀なくし、二人と追う者共を対峙させる。

 暗闇の下から水の音がするので下は川になっているのだろう。だとしても飛び降りるという選択肢は今のところない。


「ここでケリをつけるか。下ろすぞ」

「はいっ、ご迷惑をお掛けしました」


 こんな状況だというのに湊の感触が遠ざかるのを寂しく思う自分がいる。邪魔なのは承知だが心の中で甘えたい衝動に駆られてしまう。


「よし、ちゃんと自分の足で立てるな。悪いけどもしもの時は援護を頼む」

「お任せください」


 随分と長い時間を走り回っていたようだ。よく見ると湊の額にも汗が浮かび疲労が窺える。それなのに自分ときたら…


「来るぞ」


 その声に慌てて雑念を振り切る。こんなことを考えている場合ではないのだ。一刻も早くサーナ達を助けに向かわなくては――




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 追ってきた盗賊達は肩で息をしながら二人の前に姿を表した。湊に嵌められたと勘違いした彼等だが魔力残量が僅かなのに変わりはない。

 アルシェに当たろうとも構わないというスタンスで二人を追い詰めるが、緊張の色は隠し切れていなかった。


 対して湊もこの状況を芳しくないと感じる。何故自分が召喚されたかは置いといて、今必要としている情報が少な過ぎるのだ。唯一の武器である【黎明の双刀】も形以上の効果を発揮しないことに苛立ちを募らせる。


(しょうがない、落ち着いて対処していくか。相手は五人みたいだし特攻して死なない限りは大丈夫だろ)


 それでも事前にアルシェから出来ることを聞いていたので焦りはしない。彼女曰く怪我を負って時間がかかり過ぎなければ、(喩え腕を千切られようとも)心臓を貫かれるなどの即死でない限り大丈夫らしい。


(凄いんだな聖女って)


 彼女が一人いればまさに病院要らずだった。緩んだ思考を張り直すように気持ちを振り絞る。

 それよりも前にいる男共がさっきまでと比べて明らかに少ない事に警戒を強めるが、それは魔力切れということで杞憂に終わっている。

 互いが互いを警戒し暫しの膠着状態に陥ったが、その空気を破ったのはまたしてもリドルだった。


「おらぁっ! テメエ等起動しろ!」


 後ろに逃げ場がないのを確認すると、今度こそ仕留める為動き出す。当然古代級魔道具アーティファクトを起動した上でだ。

 三人を攻撃に宛て、残った二人でアルシェを抑える。今回の場合湊かアルシェのどちらかに逃げられたら国が介入し、生存が危うくなるので双方抑えなくてはいけない。

 となればろくに動けないアルシェは放っておいて自分達を害す恐れのある湊に的を絞ってきた。追い込んだ状況なら喩え消えると分かってても回避は不可能、況してそんな隙は与えない。


(勝った…!)


 後方からその様子を見ていたリドルは勝利を確信した。一秒後にはモノ言わぬ死体となった湊を想像して口角を吊り上げる。


「汚ったねえんだよ、死ね」


 だがしかし。そんな余裕は放たれる暴言と共に脆くも崩れ去る。まるで〝見えているかのように〟男共に視線を合わせると、瞬時に【黎明の双刀】…の先程捨てた右の刀を出現させその場を跳躍した。

 男共の頭上を軽々跳び越えた湊は体勢を整える事なく刹那の一刀――いや、二刀を無防備な背に叩き込んだ。上背を晒した三人はそれに対応しきれず情けない声を溢した後に物言わぬ屍体と化した。


「はぁッ!?」


 寸秒にも満たぬ攻防の末と、あり得ぬその事態にリドルが悲痛な叫びを上げた。


「な、何故だ!? 何故俺達がっ、古代級魔道具アーティファクトを使い不可視となった仲間が殺られる!? お前何をしたんだッ!」


 その言葉に湊は首を傾げると、


「…何の事だ? ただ〝全身が黒く染まった〟だけじゃないか。何かとんでもない効果でも有るかと思ったが……ただの虚仮威しか」

「な、何を…言ってるんだ、お前は…っ」

「お前が何言ってるんだ」


 互いに相手が意味不明な事を言ってるといった表情を浮かべる。だがそこに宿す感情はまったくの正反対だった。


 不発なんて有り得ない。何せ仲間は実際に目の前で姿を消したのだから。次に現れるのはそれこそ全部終わった後になる……筈だった。


(あぁっ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!)


 古代級魔道具アーティファクトの存在を知っていても避ける事など不可能と思うが故の混乱。狂った玩具の如く頭を抱えながら必死に原因を探るが答えが出てこない。


 それもそうだろう。何せ古代級魔道具アーティファクトは普通に機能していたのだから。不発なんてしていない。にも関わらず湊が反応できる理由……。


 そう、察しの通り湊の眼のお陰である。

 湊は相手の“嘘”を見抜く事が出来る。それが善意であれ悪意であれ、相手の“嘘”を目撃した瞬間その人物の身体は湊には黒く染まって見える。

 これが当の本人に強烈な不快感を与えるため、彼は人の多い所を得意としない。交友関係でもそれが発揮されるから、疑り深い性格と相まって中学に入ってからは蓮以外と友達になることすら拒否してきた。


閑話休題


 つまりそれが今回も知らず知らずの内にそれが作動してしまい盗賊の情報が湊に伝わっていた。

 要は男共が古代級魔道具を使って辺りの風景に同化した瞬間、湊の眼がその光景は嘘・・・・・・だと判断したのだ。湊が見抜く嘘は言葉であれ動作であれ何でも、それが見える形となって注意を呼び掛ける。

 だがしかし、今回に関しては当の湊がその事に気が付いていない。それは何故か。いつもならとうに来てもおかしくないあの頭痛や吐き気が襲ってこなかったからである。こんな事今まで起こらなかった。

 だからこそ湊自身あの光景が“嘘”だと見抜けず、ただ男達の全身が不気味な黒に塗り替えられたと誤解してしまったのだ。


 実は一回目に目の前から消えた時も同じ事が起きたのだが、その時も〝全身が黒い靄に包まれた〟と勘違いした湊が接触を避けてその場から離れた。

 これこそ真っ先に逃走して時間を稼ごうとした最大の理由でもある。大事おおごとだと思われた敵の仕掛けも、蓋を開ければ彼の誤解だった。


 無論そうとは知らないリドルは眼光を鋭くし血を滲ませながら睨んでいる。

 そんな彼の視界をふと、湊の髪が霞めた。それからゆっくり焦点を合わせるとまるで今気付いたように、今度は零れるほど眼を大きく見開いた。


「は、はは白銀!? 白銀のッ…、髪ぃ!?」


 突如発狂したかと思えば腰を抜かせみっともなく後退る。股間には見たくもない染みを作り、先程までの余裕な態度はどうしたと言いたくなる程に狼狽していた。


 その一連の流れを見ていた――生き残った一人も含めて――全員の反応は様々だった。


 何故今になってという疑問の表情の湊に対し、事情を知っているアルシェは少し…本当に僅かばかりの同情を寄せた。

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