最弱に宿る伝説

 手を包んでいた温かな感触が離れて行くのを少し寂しく思う。それをしてくれたアルシェも、湊の手を身体から解いてしまうのが正直勿体ないと思った。

 今の気持ちを吐き出せたならお互い様だと確かめ合えるのだが、生憎とそんな雰囲気にない。盗賊が攻めて来ないからと場違いにも時間を多く取ってしまった。というよりも攻めてこられなかった、が正しいだろう。

――手を重ねている時に薄々勘づいてはいたが――二人を囲むようにして結界が張られている。なので無闇に突っ込むことが出来ないでいた。


(この結界……これが能力スキル? だとしたらこれをやったのは…)


 思い当たる人物に視線を動かす。だが少女は突如として体から力が抜け、自重を支えきれなくなった身体はそのまま地面に叩き付けられる――


「おっと、」

「ひゃうっ…! も、申し訳御座いません」

「いえ。後は此方で何とかしますから」


 そうなる前に湊が腰に手を回して怪我を回避した。ついでに危ないからと今度は自分の方に引き寄せる。

 意図せずまた密着するような体勢になるが今の湊にそれを気にする余裕はない。アルシェが崩れると共に結界が消失してしまったからだ。


「さて、と」


 ここからは自分が頑張る番だ。周囲に意識を同化させ集中すると、そこだけハッキリと気配のようなものを感じ取れた。


(前方に七人、左右に二人ずつか。姿は見えないけど奥にも二人控えているな)


 湊がアルシェに無事逃げ切れると強く言えるのもこの能力? のお陰だ。何だか知らないが研ぎ澄まされた感覚的なもので人のいる場所を薄っすらと感知できる。

 湊はそっとアルシェを地に置くと自分は前に出た。流石に動けないアルシェを抱えたまま盗賊は撃退出来ないだろうから。


「…行くか」


 特に気負うでもない一言は湊の耳にも届くかどうかのもの。しかしそれは確かな自信となって彼を戦場へと駆り立てた。

 そう、湊は勝つ気でいる。この圧倒的窮地を前に、絶望を前に。この状況を打破出来ると彼は〝決めている〟


 此方は素手。敵は武装

 自分は最弱のレベル1、向こうは全員格上

 味方は居らずアルシェを護りながら一人で大人数を倒さなければいけない。


――それがどうした? だから諦めるのか?


否…違うだろう。所詮は“その程度”


 結局の所吐いて棄てても構わない些末事ではないか。ならば何故そんなに気を使う必要がある。

 弱いなら強くなれば良い。今、ここで。自分にはその権利と資格がある。


 その意識はの暴君よりも高く、そして尊い。

 自分は強くあるべきだ。

自分に害為す者、立ち塞がる者、何かを奪おうとする者はその悉くをこの手で破壊しなければならない。それを為す“力”はこの身に宿る。



――くすくす。それでええんや。





《意思の存在独立を確認

魂の部分解放を開始――成功しました


称号「発現者」「傲慢の証」を獲得しました


これを元に能力の一次解放に移行――成功しました


固有能力【天付七属性】

特殊能力【黎明の神器】を獲得しました


以上で能力の授与を完了します》





 何たる自信、何て傲慢か。


 天才が血の滲む努力をして漸く顕現する特殊能力を、半ば強引に手に入れてしまった。例え女神の加護を受けた勇者と言えど能力発現まで数ヶ月は掛かると云われるのに、だ。

 しかもその内一つは人族ヒューマンでもアルシェしか持っていない【固有能力】である。


 これがどれ程あり得ない確率なのかは後にして、異常なのはこれを当然のこととして受け入れている湊だ。

 いきなりこんなのを得ても困るか、状況を打破する好機とみて普通は喜ぶなどする筈だ。にも関わらず彼は元から有ったように振る舞い、況してや習得が遅いとさえ感じている。


「来い、【黎明の双刀】」


 そして湊は今まさに自分に敵意を向ける愚かな|盗賊(クズ)共にその力を示す。



――――――――――――――――――――

 


 一瞬の空白の後、手に力が集いそれが形を成していく。


 そう、“力”だ――


 一度として魔力というものを経験してこなかった湊が、魔力の収束という感覚を使いこなした。

 淡い光が視界を遮るが、やがてそれも終わりを迎える。手にはしっかりと質量が乗せられ感触もある。これが…


「これが、【黎明の双刀】?」


 咄嗟に浮かんだ名を呟いたが何となくこれがしっくりくる。

 双刀の名にたぐいは無く左右両方の手には一対の刀が握られていた。物々しい名とは裏腹にその武器は透き通る輝きを放ち、ある種の神聖さすら醸し出す。

 白刃どころか鋒から柄頭に至るまで透明感があって、というより本当に透けていて…というよりもこれは――


「…硝子?」


 そう、姿形は紛う事なく刀だ。刀身が薄く片刃で反り返ると云えば日本刀だろう。実際この形で西洋の剣だと言われてもピンと来ない。やはりこれは刀だ。しかし透明である。


「まぁ、いいか」


 重要なのは見てくれよりもその性能。これでこの刀が見た目通りの硝子細工だったとしたら自分を嗤ってやりたい気持ちになる。

 だがそうはならないという自信があった。

問題は竹刀すらロクに握ったこともない自分が二刀流を扱えるかだが。


(ものは試しだ。これだけ人数差が有るんだし一本でやる方がキツいな)


 思考を切り変え盗賊の正面へと向き直る。男共は湊がいきなり武器を顕現したことに戸惑いを見せている。ならばこの隙をついて攻めるのが常套の手段。

 気取られないようにしつつ脚に力を込め、それを一気に速さへ――!


「――え?」


「あっ…?」

「がッ!」

「ん……だと…!?」


 特攻には成功した。が、一歩を踏み出した途端あり得ないほどの力が地面を伝わりその勢いで人が風に化けたのだ。風となった湊は通り抜け様に慌てて両手を広げた。たったそれだけで刃の圏内にいた盗賊は頚やら四肢を斬られて死へと至った。

 しかしあまりのスピードに身体が付いていかない。ブレーキもないまま後方の木へと激突してしまった。


「痛ってえな」


 本来なら骨折も有り得ただろう衝撃を痛いで済ませる辺り、以前とは比較にならない程丈夫になったと判断できる。

 速さどころか防御も人並み外れていることに本人すら戸惑うが、それは皆同じで敵味方共に呆然とした空気が流れた。


「う、狼狽えるな! 姫だ! アルシェ姫を人質に取れ!」


 そこへ一足先に正気に戻ったリーダー格の男、リドルが声を張り上げアルシェの捕獲を命ずる。ハッと我に返った男達は先程とはうって変わり必死な形相でアルシェを押さ込もうとした。


「~~~嫌ッ!」


 男に対し既にトラウマを持ちつつあるアルシェは腰を抜かして動けない。そうでなくても魔力の枯渇で身を守る術を持たないのだから、他にどうしようもない。

 しかし横から槍のような鋭い蹴りが放たれると、先頭にいた三人を纏めて遠くに弾き飛ばした。やったのは勿論湊。だが後ろから前へ先程と変わらぬ速度で迫ったものだから、またも勢いを殺せずそのままアルシェの元を通り過ぎる――


「であッ!」


――かと思いきや、左手の刀を地面に突き立てる事で強引に制止。それを見て尚突っ込んでくる輩には慌てることなく対処する。

 初撃に繰り出された両手斧バトルアックスを身を翻すことで躱し、その隙を狙ったカウンターで横薙ぎに殺した。


(成程な、全体の身体能力が飛躍的に上がっている。アルシェのお陰か? いや、能力の発現も理由にあるな)


 人を殺したというのに全く動揺が起きない。それどころか己が状態を冷静に分析していた。 

 元々感情に疎いところがあったが、今は特に優しさとは無縁だ。殺意を剥き出しにする相手に心を痛めるなんてしない。アルシェの前に立つと油断ならない眼で男達を一瞥する。


(な、なんだよ。こりゃあ…!?)


 他方で即席の頭であるリドルはこの状況に恐怖を感じていた。いや感じずにはいられなかった。

 たかがレベル1だからと甘く見積もり、交戦をする前に能力を習得さてしまった。この短時間で既にここに居る1/3が殺され、蹴られて戦闘不能になった者も含めれば残り戦えるのは半数程。まだ数の上で有利とはいえ余裕がない。


(ク、クソがぁ! 何だよコレ、もっと楽に狩れるんじゃなかったのかよ!?)


 初めは勇者という肩書きもそうだが、何より同じ男とは思えぬ顔立ちの良さに腹を立てた。だからその顔が醜く腫れるまで袋叩きにし、アルシェを目の前で犯したその後で殺そうと考えていた。

 だが想像以上に湊が速く隙も無いため後手に回ってしまう。故にあまり気乗りはしないが奥の手を使うと決めた。


古代級魔道具アーティファクトを使え! こうなりゃヤケだ。あの勇者を殺せぇ!」


 姿気配まで消す《霧属性》は同じ古代級魔道具アーティファクトでも使い勝手に大きく差がある。無け無しの魔力しか持たない盗賊では精々十秒程度が限界で、その後は魔力切れを起こしアルシェと同じく歩くことも儘ならなくなる。

 しかし燃費の悪さを差し引いてもお釣りが来るほどの効果を秘めている。何せ自分達だけで王国の精鋭騎士を簡単に仕留めることが出来たのだから。

 周りを見回すと怯えと警戒の表情で湊を睨みながら恭順を示す者が殆どだ。


(そのいけ好かねぇ顔ぶち壊してやるよ!)


 後は時間との勝負。起動したと同時に懐へ潜り込みその首元に狙いを定める。


(死にやがれや、このくそ野郎!)


 しかし盗賊達の刃が湊に届くことはなかった。

 湊はまるで見えているかの様に上に横にと迫る剣の波をバックステップで躱すと、後ろで膝をつくアルシェをちらりと一瞥した。それから身体の向きを180度回転。この間に右手の剣を捨て、空いたその手でアルシェを抱え込むと一目散に駆け出した。


 盗賊のいない反対方向へと――


『……え?』


 予想外の行動にその場にいた全員が疑問の声をあげた。まさかこの状況で逃走を図るとは思ってもみないだろう。


 だが次の瞬間にはその意味を悟る。

 急に身体が重くなったかと思えば自力で立つことさえ出来なくなる。まるで糸が切れた人形のように地面へ伏すものが続いた。魔力の限界が訪れたのである。


「ま、まずいっ! 全員魔力供給を断て!」


 その中でも比較的魔力量が多かった者達は瞬時に状態を把握し魔道具への供給を断つ。しかし時既に遅く十人以上いた仲間も戦えるのは片手で数える程しかいなくなった。


「くっそ、あの野郎。王女から事前に聞いてたな!?」


 男共は先の戦闘でも古代級魔道具アーティファクトを使用した。そのお陰で実力に大きな開きがあるフィリアムの兵士相手に互角以上渡り合えたのだが、それが仇となった。

 先程召喚されたばかりの湊がこのような行動に出れた理由……それはあの結界内でアルシェが古代級魔道具アーティファクトの存在とその性能、及び弱点を教えていたに他ならない。

 それを踏まえた上で此方の意表を突き、まんまと戦力を半減させたというのが彼等の考えだ。


「野郎共追うぞ! 向こうは一人抱えて走ってんだ。すぐに見つけて殺してやれ!」


『おうっ!』


 ここで湊達を諦めるという選択肢は残されていなかった。何故なら自分達はバッチリと顔を覚えられている。フィリアム王国だけならまだ良いが、最悪各国から指名手配を受けるかもしれない。アルシェと湊の持つ肩書きはそれほど迄に脅威だ。

 そのリスクを差し引いても成功時の報酬金に惹き付けられたのだが。


「この先は崖になってる。そこへ追い込むぞ!」


 最早彼らに油断はない。そうでなければ此方が殺られると分かっているから。残った全員で二人を追い、あとの者は置いてく。


(もう逃がさねぇ。今度こそ引っ捕らえてやる!)



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