白銀の傲慢は聖女に誓う

「私と、取引しませんか?」

「あぁ? 取引だと…?」


 物怖じせず十数人いる盗賊を見回すと、そこで一拍おいて気持ちを入れ直す。


「はい。勇者様を見逃してください。代わりに私は貴方達の言うことを何でも聞きます。何なら負傷したお仲間の方々の治療も施します」

「ほぉ…?」

「ちょ、何言って…」


 盗賊共の目付きが明らかに変わり、湊は湊でアルシェの奇行に戸惑っていた。


「これは双方にメリットがある提案だと愚考します。私は勇者様を、貴女達は私を〝無傷で〟手にできるのです。もし仮に勇者様を殺め私も誘拐した場合、フィリアム王国ならびにその他全ての国が貴方達の脅威となるでしょう。これはそうならない為の救済措置です」


 なるべく相手を刺激しないよう、それでいて話を有利に持っていくため頭の中で事前に組み立てながら慎重に言葉を重ねていく。


「…意味が分からねえな。何でアンタと取引したら俺等が無事で済むってことになるんだ。仮にその提案を受け入れたとして、フィリアム王国が俺達に手を出さないって保証はあるのか? アンタは姫でしかも聖女だ。現時点で言えば勇者ソイツなんかよりもよっぽど価値がある。流石に黙ってないと思うぜ?」

「はい、大人しくはしていないでしょう。ですが私が手を貸せば、仮に王国の調査団が出てきたとしても貴殿らに足が向くことは有りません」

「はん、大した自信だな」


 盗賊の一人が一笑に付す。勿論口から出任せを言っている訳ではない。自分なら出来ると自信を持って述べているのだ。


「私は普通の人とは違う。私なら【固有能力】で国の手を掻い潜ることができます」

「は……? 【固有能力】だと?」


 皆一斉にポカンと間抜け面を晒す。しかしそうなるのも当然だ。異世界ダリミルにおいて、固有能力の存在は最早伝承の中でしか語られない。


 ある時はその身に太陽を宿すとまで云われた八咫瓊玉烏やたのずまぬたまがらすが【固有能力】を使い死の大地を祓ったとされ、

 またある時は武神と讃えられた武眷鬼神デミソード・オーガが何もない荒野に一瞬で剣の山脈を築いた。

 海の支配者死海龍王リヴァイアサンの怒りに触れれば世界中の海が毒に犯されるとまで云われている。


 そんな規格外なモノ達が持つされる固有能力を、アルシェは何故か産まれたときから持っていた。


 だからといって盗賊ともまともに戦えない自分がそんな常識外れな芸当出来る筈もなく。アルシェの能力はあくまでサポートがメインで、それを差し引いても粗末な効果しか期待できぬ程。

 姉からは自分が【固有能力】を持っていることは秘密にしろと言われていたが、湊を―ひいては祖国を守るためには自分の稀少価値を少しでも示さなければ。湊を殺せば自分達が危ういと、それが拙い事だと思わせる必要がある。

 第二王女とはいえ王家の人間を拉致、暴行などすれば無事ではいられないくらい想像に難しくない。彼らとしてもそこは避けたいだろうから、きっとこの提案に乗ってくれると信じて。


 男達もアルシェの言いたいことを察してザワザワと騒ぎ始めた。


「こいつも一緒に拐えば良い。わざわざ送り返す意味もねえしな」


 その中で一人の男が疑問をぶつけてきたが、想定の範囲内。胸を張り淀みなく受け答える。


「捕らえた後はどうするおつもりで? 大人しくしているとも思えません。レベルが上がれば抑えるのが困難な事は容易に想像できます」

「そんなの牢屋にぶち込んでおけば良いだろ。そうすれば強くなる事もない」

「彼は女神セレェル様から力を与えられた勇者様ですよ? それこそ急な成長も無い話ではありません。実際過去にもそういった例は存在している訳ですし」

「……さらっと神が介入することも示唆するたぁ怖え事考えやがる。流石『巫女姫』様の妹ってか?」

「ふふっ。ありがとうございます」


 破れたドレスの裾を軽くつまんで優雅にお辞儀する姿はまさしく姫だった。先程まで泣きながら逃げ回っていた人物とはとても思えない。


 というのもアルシェは満足していた。それは逃げ始めた時から晴れなかった思いだ。

 あの場に残ったサーナや散っていった騎士にはおのが役割があった。「自分アルシェを護る」という役割が。

 しかしアルシェにはそれが無い。〈石〉を守るという大言壮語のもとただ逃げ隠れ、無様を晒した。王女としても聖女としても中途半端で、自分だけが生かされる選択を選んでいる。

 アルシェはそれが酷く悲しく、そして辛かった。


 しかし今は違う。自分が犠牲になることで勇者を生かし、それが自国の為に繋がると自信をもって言えるからだ。

 だから逃げ出したくなるほど恐いけど、尊敬する姉を思い浮かべ少しでも有利に運ぶよう神経を磨り減らす。


「それでも信用できないと言うのであれば、この古代級魔道具アーティファクトを先にお返しします。これで私が逃げ延びる可能性は格段に低くなりました」


 所持していた最後の古代級魔道具アーティファクトを地面に置き、湊がいる方まで後ずさる。それを仲間の一人が回収したことでアルシェの逃亡成功率が下がったのは言うまでもない。


「どうやら本当に逃げる気は無いみたいだな」

「はい、ありません」

「最後に確認するが、本当に何でもするんだな?」

「はい。フィリアムの名に誓って」


 ニタニタと醜悪な笑みを張り付けるリドル達にも動じた様子を見せず即答する。

 この時点で恐怖は限界に達していたが、それ以上に国を守る女としての満足感に酔いしれていた。ここで彼等と共に行けば自分はもう姫や聖女として陽の目を浴びることは無いだろう。家族とだって会えなくなるかもしれない。

 けど、それでも良かった。彼らサーナ達のように国に命を懸けられるのなら。


「ふん、なら良い。交渉せい…」

「待った」


 しかしそんな流れに待ったを掛ける者がいた。言うまでもなく湊である。彼は盗賊に一瞥もくれることなくアルシェを見つめていた。


「あ"? 口を挟むんじゃねーよ。テメーは生かされてる立場だってのを自覚しやがれ」

「何をだ? 生憎とそんな危うい立場に立たされた覚えは無いけどな」

「……んだとっ」

「ゆ、勇者様!?」


 湊が呆れたように嘆息すると、アルシェは驚愕しリドル達も明確に怒りを露にした。

 先程まで湊に臆していた者達もアルシェを見て気を良くし、自分達の絶対的有利を確信していた。それだけに面食らった表情を浮かべている。

 湊は彼等には目もくれず自分の傍で心配そうに見つめるアルシェをジッと見つめ返す。


「……っ///」


 その薄青色の瞳に見つめられ思わず頬を紅潮させる。心の内まで見透かされるような感覚を覚えるが不思議と視線を反らす気にはなれなかった。

 そうしてその瞳で真っ直ぐと見つめていると湊がおもむろに口を開く。


「お聞きしたい事があります、王女殿下」

「な、何ですか?」


 いきなりの王女呼びと畏まった言葉遣いにアルシェが言い淀む。勇者である彼は、本来ならこういった慇懃な言葉遣いも必要ないのだが。


 とは言え湊も相手を敬うから使っているのではない。わざと下手に出てアルシェがどういった対応するかを見ている。敬語で話すなど、普段の彼をよく知る親友が見たならば引っくり返っても可笑しくない。

 場の雰囲気を察する対応力は流石と言うべきか、その様子は風貌と相まって一流の守護騎士ガーディアン……いや王子様のよう。

 実はノリで似合うからと乗った部分もある。その証拠に湊を見るアルシェが、そのあまりの美しさに頬を染め心臓を強く脈打っていた。


「失礼ながら、殿下はそれで良いとお思いなのですか?」

「当然です。それが民を救い勇者様を導く私の役割ですから」

「そうですか。なら逆に、殿下は己が運命とやらに納得出来ますか?」

「は? それは勿論…」

「自らのすべき事と割り切って、名も知れぬ私の為にあの者達に犯されると、本気で」

「そ、それは…っ!」


 犯される。はっきりと言葉に出されたせいで一瞬詰まったのを湊は見逃さない。その隙に次の言葉も投げ掛けた。


「死んでしまった兵や、まだ生きてるかもしれない者達を犠牲に助かるのが私〝だけ〟で良いと、本当にそうお考えで?」

「そ、そうです! 貴方様はご存じ無いやもしれませんが、勇者様というのはこの世界において何よりも優先されるべきもの! その勇者である貴方様を失うのは世界の意に…!」


(ダウト。嘘だな。流石に心までは誤魔化しきれていない)


 嘘を見通す眼がキッチリと反応を示す。ついでにいえば凄い吐き気にも見舞われるのだがこの状況で言う事では無いだろう。

 そして今一度この様子を眺める野盗に向き合った。これ以上彼女――アルシェを悲しませたくないし、薄汚い男共と一緒に居るのもそろそろ厭になってきたのだ。


「ですが、彼等は私を逃がすつもりはないみたいですよ」

「………え?」


 湊は困ったような、それでいて不憫なものを見る眼でアルシェに告げた。当の本人は混乱しており言われた意味を上手く理解できなかった。


「ですから、彼等は殿下が何を言ったところで私を殺すことに変わりはないと申しているのです。あの者達は初めから約束を通す気がありません」

「そ、そんな筈ありません。ここで貴方様が倒れたら彼等も無事ではすまないと先程…」

「どうやら彼等はそのように考えていないみたいですね」

「え…?」


 そんなまさかと盗賊達のいる方向に顔を向ける。そこでは尚も変わらず濁りきった目を爛々と輝かせる男共。

 背中に走る不快感を感じ、そこで湊の言った事が本当だと悟る。


「殿下、私は人よりも“嘘”を見抜くことに長けています。殿下が心を痛めて交渉している間も奴らに改心の様子は見られませんでした。奴等は最初から、貴女様を嘲笑っていたのです」

「そ、そんな……何故?」

身形みなりを見る限りマトモな教育を受けていなかったのでしょう。彼等には殿下の高尚なお考えが理解できぬのかと」


 如何にも理解しがたいという顔を作り、話に悲観性を持たせる。


「で、でも…」

「オイちょっと待てやガキィ! 誰が理解できてないつったよ!?」


 段々と悪くなる顔色に気付きつつも湊は話を続けようとした。しかしそこで盗賊の一人から怒声を浴びせられ会話が途切れる。周りで聞いている盗賊達も興味本意と少しの警戒を孕ませて聞いていたが、馬鹿にされたことで怒りを露にしていた。

 対して湊は…自分の言葉遣いが拙いながらも意外と様になってることに密かに満足していた。


「何だ異論でも? この交渉を断るのは本当の事だろう」

「あぁそうだ。そこの姫さんは貰うがテメェはこの場で殺す。生かしちゃおけねえ」

「ど、どうして!? ここで断れば被害は貴方方に…!」


 ここで自分が手を貸さなければ彼等は間違いなく王国に見つかり殺される。それが分かっていながら何故断るのか。


「クハハハッ! そんな見え透いた嘘を誰が信じるかよ!」

「う、嘘…?」


 男を言っているのか分からず眼をパチパチと瞬かせる。


「固有能力だと? そんなもんあるわけねぇだろ。所詮お伽噺で語られてるだけの存在でしか無いんだぜ? ましてやそれが人間に宿るなんて、そんな事有る訳がねえ。アンタはそうやって俺たちを騙そうとしてるんだろ」

「ち、違います! 私は確かに固有能力を――!」

「じゃあ聞くが、何故固有能力ソレで俺達を撃退しない? 伝承に伝え聞いた通りなら俺等なんて一捻りだろ」

「そ、それは…っ、私のは攻撃に適した能力でないから――」


 真実を口にするが、真実味に欠けると判っているからか声を大にして言えない。


「俺達はここに来るまでにあの黒フードやあんたの所の隊長さんを見てたが正直勝てる気なんかしなかった。全員で囲んだって逃げるのが精一杯ってとこだな。そんな奴等で特殊能力だってなら固有能力はもっと凄いんだろう」

「え、えぇ…」


 会話を続けるにつれてアルシェの言葉も尻すぼみになっていく。それに対し男の口調は自信ありげなものへと変わっていく。


「けどアンタにはそれが出来ない。つまりソレは嘘ってことだろうがよ!」

「ち、違うっ…違います! 私は嘘なんか言ってませんっ!」


(認識理解の差だな。まぁ、あの子と盗賊とで持っている情報量に違いが出るのも当然か)


 湊にはアルシェが必死で本当の事を言っているのが視えているし、アルシェの言葉を嘘と断じるリドル達も本当の事しか言ってない。

 両者で本当の事を言っているのに矛盾が生じる場合、それはどちらか一方が間違ったまま認識しているか、憶測でモノを語っている場合に限る。この例だと後者が正解だろう。

 こうなると互いに相手の言葉を聞かない事が多いから面倒くさい。アルシェに限ってはそんなこと無いだろうが――今は都合が良い。


 アルシェはアルシェでこれ以上この話を続けるのはマズイと思ったのか、別の視点で切り込む。


「私なら国がどう動くかある程度の予想がつきます! それなら固有能力を使わなくてもっ、」

「だーかーら! それだって証拠が無いじゃねーか証拠がよっ! アンタの言葉信じて寄りかかる方が危険だ。だったらここで確実に口を抑えるのが最善だろ?」

「ぅぐっ…、それは……」


 だがそれは苦し紛れに出たモノでしかない。あっさりと論破され二の句を告げれなかった。


「おまけにコイツは俺達の顔を見た。生かす理由が無いな」

「えぇ、その場合俺は間違いなく誰かにこの事を漏らすでしょうね」

「ゆ、勇者様?!」

「フハッ、ほらなっ!」


 あまりにもあっさりと自白するものだからアルシェもどうして良いか分からなくなってしまった。盗賊は湊の言葉で殺気立ち、今にも襲いかかる勢いだ。


「殿下、お名前を伺っても宜しいですか?」


 だがここでも流れを読まず自分の用事を済ませようとする者がいた。湊である。


「えっ……? あ、はいアルシェ=フィリアムと申します、勇者様」

「俺は天宮湊と言います。以後お見知りおきを」

「は、はい。お願いします…カナエ様」


 戸惑いつつも律儀に答え、その整った顔を改めて見詰める。

 熱の籠った視線を注がれ、正真正銘の王女からの「様」呼びに若干頬を引き攣るがそれより確認したいことがあるとその気持ちを置いといた。


「それではアルシェ様、どうなされたいですか?」

「えっ…あ、あの……どうしたい、とは」

「ここで奴等に捕まるか、俺と共に切り抜けるか、お選びください」

「えっ? で、でも…」


 言った意味は分かるが理解が出来ない、といったところだろうか。


「俺ならこの状況を切り抜けられる…と思います。確証が無いのであくまで憶測になりますが恐らく大丈夫でしょう」

「あっ、え…? しかしレベルが…」


 この世界ダリミルではレベルが勝敗を左右すると言っても過言ではない。勿論それだけで決まるものでもないが、戦いを決めるカギと言って差し支えない。

 そんな中で最弱の湊が「自分以外に頼る方法は無い」と暗に告げている。聖女たるアルシェとて俄には信じがたい。勇者とはいえ喚ばれたばかりの湊に勝ち目は無いと踏んでいるからだ。


 だが…それでも……。優しく微笑む湊を見ていると、それが何だか杞憂のように思えてしまう。

 この人なら助けてくれるかもしれない。絶望の淵に立たされたアルシェには、そう感じるほど湊が頼りあるように見えた。


 アルシェからどんな思いを寄せられているかなど露ほども知らない湊だが、そのお陰か努めて冷静でいられた。最初の頃の混乱も完全に覚め、聞きに徹し頭を働かせていた事で状況も理解できた。

 アルシェが何処かの国の王女であることも、必死に自分を守ろうとしていることも。それこそ嘘などついておらず、自分を助けるためその身を犠牲にしようとしていることにも。

 未だ混乱の渦中にいるが、アルシェを救うことに疑問はない。それも全てこの眼のお陰とは、何だか皮肉だなと苦笑を漏らす。


(それにしても…「レベル」「魔道具」「聖女」、おまけに「女神」か。まるでファンタジーだな。いや事実そうか)


 蓮がいなくて良かった。居たら絶対喧しく興奮するだろうし。


 湊は唯一の友の顔を思い浮かべ、これが彼の言ってた王道なんだと分かると何だか頭が痛くなってきた。

 その事を悟られまいと少し無理して笑顔を作り、アルシェの不安に答える。


「レベルの事なら御心配なく。そうですね…女神様の加護が付いている、といえば信じてもらえますか?」

「えっ? あっ…そ、そうですよね。セレェル様ならそれくらい出来ます…か?」


(……女神様信用されてるな)


 アルシェの説得をどうしようと悩んでいたが、試しに女神を引き出すとまさかの一発成功。もう少し御涅ねると思っていただけに拍子抜けする。

 あっさり納得してくれたのは良いがこんな感じで大丈夫かと不安になってきた。


(まぁいいか。ここで時間を使うのも勿体ないし)


 先までの会話から自分を召喚したのが女神とやらで、アルシェがその女神を称えているというのも予想できた。

 勇者の力を疑うことはそのまま女神の威光を疑う事に繋がるので、その聖女たるアルシェは心配ではあるが言に出せなくなる事も考慮して。

 一応言っておくがいきなり喚ばれた湊に加護など付いてる筈もない。全て出任せだ。

 信仰心を利用するのは気が引けるが、使えるものは何でも使おうの精神で実際投げ掛けた訳だ。がしかし、もう一つアルシェが湊に惹かれているという点でも一役買っていたりする。


「ではアルシェ様。自分は貴女を助け、仲間を助けに行くということで良いんですね?」

「は、はい。お願いします」


 そうはいってもやはり気持ちの上では同意しかねるのか。手を胸の前で手を握り何かを我慢するようにぐっと抑え込んでいた。


「分かりました」


 それに気付きながらも何か言われる前に行動を起こそうとするが――


「……あの、カナエ様」 

「何でしょう?」


 アルシェが声を掛ける方が速かった。振り向くと、視線の先でアルシェが不安そうな顔を覗かせていた。やはり未だ湊を戦わせて良いのか迷っているのだろう。

 しかし一度深呼吸した後、おもむろに手を伸ばしたかと思うと湊の右手を割れ物でも扱うかのように優しく包み込んだ。


「え、ちょっ…」


 そのまま腕ごと自分の胸の前まで持っていくと、体を寄せてそれを抱きしめた。

 いや、ただ抱きついた訳ではない。今も不安そうな表情を浮かべて祈る彼女を見れば、それが自分を思っての事だとは理解できる。理解出来るのだが……こうしている間にも伝わってくる体温と感触に葛藤を禁じ得ない。


 元の世界で散々言い寄られた湊をもってしてもアルシェほどの美少女には会った事がない。しかも自分を犠牲に湊を助けようとした呆れるほどの善人である。

 湊以外の男が同じ状況に陥れば、ころっと落ちても不思議ではない。


 斯く言う湊にも危ういところだ。思わず右手に少し力を加えただけで恐ろしい程柔らかい感触が返ってくる。

 おまけに今の彼女はたった一着のボロボロのドレスを身に付けているだけであり、最早湊とアルシェを阻むモノは薄い布一枚も同然である。


(らしくないな。こんなの)


 まさかこの年で―だからこそ?―女性に興味を持つとは思わなかった。それぐらいアルシェは魅惑的だ。

 湊がどうして良いか分からす立ち竦んでいると変化は起きた。


「っ、これは…」


 胸の内が熱く焦げるような感覚に陥った。かと思えば、今度は体に羽でも生えたのかと錯覚するぐらい軽くなった。

 己の事だが訳が分からぬと唖然とし、この原因となった少女に問い掛けるべく視線をを動かした。


「僭越ながら今出来うる限りの《付与魔法》を施しました。心許ないと存じますが私からのせめてものお礼と思って使ってください」

「そのような事は…、これ以上無いくらい頼もしく思います」


 本当に嬉しそうに微笑むアルシェを見ていると自己嫌悪で死んでしまいたくなる。先程までこんな純粋な子を不純な眼で見ようとしていたのだから…


「ですがあまり長くは持ちません。なのでカナエ様、押し付けがましいですが約束して下さい。危険だと感じたらすぐにこの場から逃げれるように、と」


 彼女の眼は真剣だった。そんな事をすれば自分が後でどんな扱いを受かるか分かっていながら。


「分かりました。その時はアルシェ様も一緒に・・・お連れしますよ」

「~~~っ、カナエ様///」


 この時点で湊にアルシェを見捨てるという選択肢は残されていなかった。赤の他人相手に人助けなど本来であれば絶対にしなかったが、その身を賭して守ろうとしてくれた彼女を置いて逃げる程落ちぶれてはいない。


(もう、失ったりなんかさせない。この子は……アルシェだけは絶対護ってみせる)


 だから、その姿をかつての誰か・・と重ねていることに湊は気付かない。

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