終末の境界線 ~史上最悪の終わりに挑め~

鯉妄想

零章 異世界アメイジア

第1話 初めてのキスは血の味

「我は願う、異界の魂、不屈の意志、魔法の才。

宿る器、死した英雄、対価の我が命。

願い、願う、我が思い、未練を叶えし魂よ、我が作りし肉体に宿りたまえ!!

秘儀:異界転生!!!」


今にも死にそうな老人が、儀式用の部屋で魔法陣を敷き、呪文を唱え終えた。

魔法陣の中心には、人の形をした肉塊。

その入ったガラスケースが、透明の液体に浸かっている。

液体に浸かった肉塊が、ゴボゴボっと、炭酸水に溶ける氷の様に泡立ち、

肉塊が一人の男性へと変化していく。


「成功か!? 成功したんじゃな!!!」


老人が目を見開き、ガラスケースの男性に注目する。


「おめでとうございます。デドラ様」


老人の左後ろで作られた様に綺麗な女性が、儀式の成功を機械的に言葉だけお祝いをしていた。

やや棒読みなセリフに老人が眉を曲げる。


「言葉と使いどころは間違っておらんのじゃが……、感情は……欠ける…のう」


女性は、今作ってる男性のつがいとして用意した。

作る工程は殆ど同じだが、魂を用意しなかった為に赤子と同じ状態から学習を初め、一般的なことは覚えさせた。

だが、短時間で学習したせいなのか、教えることが出来ない喜怒哀楽などの感情などが欠如してる。

そのことを老人は不憫に思うし、不甲斐なさも感じる。


「完成し…、目覚めるまで……、お主に……、任せ………る」


そう言い残して、老人はふらふらとした足取りで部屋を出ていく。

ゴボゴボと泡立ち音が鳴るガラスケースの前で、肉塊の変化が終わるまで女性は待ち続ける。


……どれくらいの時がたっただろうか、人の形をした肉塊は徐々に男性に変化し、一人の成人男性が完成する。

完成と同時にビーっと音が鳴り、縦になってたガラスケースがゆっくりと横に倒され、上から出てくる診察機器が触手の様に体の各所に張り付く。


「心音確認、呼吸確認、魔力確認」


作り出した生命が正常に動いてることを確認。

他に異常が無いか調べるため、ガラスケースの前に有る機械を操作すると、男性の脳と心臓に石の様なものが出来てるのが確認できた。


「核の生成を確認、工程は全て問題なし」


念の為に二重に確認したが問題は確認できなかった。


「第二工程に入ります」



◇ ◇ ◇



落ちる、落ちる、落ちていく。

俺は空中に投げ出され、重力に引かれるまま落下。

一瞬、縄に引っかかるが、落ちる勢いが強すぎて止まらずに落ちていく。


落ちる、落ちる、落ちる。

途中減速したが、落ちる勢いは変わらずに水面に落ちた。


沈み、流され、沈む、沈む。


水の中に落ちたと言うのに息苦しくない。

それもそうだろう、息をする必要などないのだから……。



◇ ◇ ◇



痛い。


死んだはずなのに、首が切断されたはずなのに痛みを感じる。

目を開け、痛みを発してる所を見ると、腿の内側が斬られ、白い髪をした女が傷口を舐めていた。


肩まで届く白く髪は青い影を作り、海を思わせる青い瞳と合わせて氷の様な印象を受ける。

白い肌に人外じみて整った顔立ちは、誰もが思わず二度見してしまうだろう。


そんな美人が、俺の腿の内側を舐めている。

……………。


「うぉぉお!?」


正気に戻り後ろに下がろうとしたが、椅子が床に固定されてたせいで頭を椅子にぶつけるだけに終わった。

音で気づいたのか、女性は顔を上げ俺を見る。


彼女の吸い込まれるような碧眼へきがんと目が合う。

一秒か、二秒ほど見詰め合ったが、気まずくなり、目を逸らして左右を見渡す。


椅子のせいで後ろは分らないが、見える範囲では誰も居ない。


「意識確認、痛覚はありますか?」


何を言ってるか分からないが、何処からか『あるぞ』と返事が聞こえた。


「了解」


と短く答えたと思ったら、彼女は左手に持ったナイフで自分の手首を斬りつける。


「何やってるんだ!!」


驚いて、椅子から立ち上がると、何故か俺は裸だった。

いや、正確には股間を隠すようにタオルが置かれてたのだが、立ち上がったときに地面に落ちてしまう。


そんな俺には気にも止めず、彼女は自分の血を飲む様に、傷口に口を当てる。


手首から血が出てる場合、綺麗な布で押さえてから縛るのが良かったはず。

そう思い、綺麗な布を探すために部屋を見渡した。


初めて見た部屋は、怪しげな実験設備に、地面には魔法陣が書いてある。

パッと見では、治療に役に立ちそうな物は無いし、人も居ない。


服を着てれば彼女のナイフで切ってと考えて居たら、彼女に両手で顔を固定され、ゆっくりと彼女の顔が近づいて来た。

地面の魔法陣は怪しく光り、そのまま唇が重なり、彼女の舌が口の中に入ってくる。


初めてのキスは、血の味がした。

舌で口に入れた血を運んでるのだろうか? 口の中は血の味しかしない。


息苦しくなり唇を離す。

涎が糸を引いて色っぽく見えるが、やってる本人としてはエロの欠片も無く、

ただの儀式としか思えない!

気付いたら魔法陣の光は消えてるし、彼女は俺の下半身を一切気にして無い。


『実際、儀式だしな』


今度はハッキリ、俺たち以外の声が聞こえた。


「誰だ!」


声の主を探しても、部屋には俺と彼女以外に誰も居ない。


『説明は後にして、先に服を着ろ!』


確かに、真面目な話をするのに裸というのも恰好がつかない。

彼女に服を用意してもらい、後ろを向いて着替えると、部屋にあった姿見すがたみ(鏡)の前まで案内される。


そこには、茶髪、茶目の中性的な顔つきの男性が鏡に映った。

鏡に映っているなら、それは自分のはずなのだが、俺には

何でだ?と思い、自分がどんな姿だったかを思い出そうとして気付く。


自分の顔を思い出せない。

自分の名前を思い出せない。

自分の家族を思い出せない。


どうやら俺は、記憶喪失らしい。

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