湘南ひらつか七夕まつり

 笑、幸来、思留紅、花純の四人は茅ヶ崎駅のベンチに腰掛け、電車を待っている。全員浴衣姿。これから隣町、平塚ひらつかの七夕祭りを見に行くところ。


 一本の線路を隔てたところに建つ雑居ビル。その柵には金融や若者向け振り袖屋の看板が設置されている。


 背後にはライナー用のホーム、その向こうにポツリと相模線のホーム。東側には電車の車庫があり、景色は開けている。


「ああもう! 伸びねーなちくしょう!」


 スマホで先日アップロードした動画の再生数を見て荒れる笑。現在のところ10再生。なかなか視聴者の目に留まらないようだ。


「笑、この世界に来てからどんどん態度が悪くなってるわよ」


「うるさいなぁ、この世界の連中は汚いんだよ、思いやりに欠けるんだよ。だから私の心も汚れるんだよ! 歩きスマホしてるヤツ、音漏れさせてるヤツ、その他もろもろ。特筆すべきはイジメ。全員アウシュビッツにぶち込んだろか!」


「ほんとですよね! 笑さんの言う通りです」


「でしょー、さすが思留紅ちゃん、ラブリーピースのファン!」


「あははー」


 苦笑する花純。


 幸来は秘かに思っていた。


 ずっと現実世界で生きてきた花純のほうが、笑よりもずっと心がきれいなのではと。


 歩きスマホは常に身の危険と隣り合わせ。音漏れするほどの音量は難聴リスクを高める。いずれも周囲の視界や音を遮断する行為なので、ひったくりや暴行、事故に遭いやすい。見ていて不快感を抱いた者が襲撃してくる場合も多々ある。


 イジメに関する報いはあまり知られていないが、教員である聡一は、イジメをしていた学生の将来について、薬物中毒、家賃を払えずホームレス、ギャンブル中毒で破産、事故などで大怪我、しばらく軌道に乗っていたビジネスが翳りを見せて借金地獄など、実に華々しい未来が待ち受けている傾向にあると実感している。沙織もそれを知っている。


 生きていればいずれわかることだが、イジメをした、またはしている輩にろくな将来はない。


『6番線、黄色い点字ブロックまでお下がりください。快速アクティー熱海あたみ行きが15両編成で到着です』


 駅員の放送が入ると、まもなくステンレスの車体にオレンジと黄緑の帯を纏った電車が時速約80キロで滑り込んできた。その速さに笑と幸来は驚愕した。


「わっ、電車すごい速い! 通過電車じゃないよね?」


「止まれるのかしら」


「え、普通に止まりますよ」


 そんなに速いかなと、首を傾げる思留紅。


「関東以外のところから来た人はよく驚くよね」


 と花純。


 四人の前には13号車が停車した。停止位置ピッタリ。現実世界に来てから電車を何度か利用したが、停止位置に近い乗車口から乗ったため、目の前に差し掛かるときは速度がだいぶ落ちていた。


 ちなみにラブリーピースの世界を走っていた電車は6両編成で、ホーム進入時の時速は約40キロ。


 駅ホームも車内も、祭りへ向かう客や、温泉地、行楽地へ向かう客で混雑している。乗車して車内を見渡すと座席に空きは無く、立っている客もかなり多い。混雑率を表すときによく言われる、折り畳んだ新聞や雑誌を読める程度の乗車率だ。1駅、5分の乗車なので我慢する。

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