26,湘南ひらつか七夕まつり2

 茅ヶ崎駅の発車メロディー『希望のわだち(原曲、サザンオールスターズ)』が流れ、ドアチャイムが鳴るとともにドアが閉まって電車が走り出した。車内は浮かれ気分の若者が多く、ワイワイガヤガヤ騒がしい。子どもの姿も目立つ。奥のほうまで乗客がぎっしり。ドア付近は吊り手の位置が高いため、背の低い思留紅はドア脇の握り棒を掴んでいる。パーテーションにもたれかかると着席している乗客に迷惑と思い、そこから数センチ、背を離している。


 できた子だなぁ。笑、幸来、花純は思留紅の思慮深さに感心した。


 みるみる加速した電車は住宅地を横目に颯爽と駆け抜け、数分走ると中規模の川を渡って小さな畑も見えた。


 それから程なくして電車は勾配を一気に駆け上がり、住宅の屋根が眼下に見えてきた。右手に国道1号線、左手には茂みを抜けると広い畑。


 モーター音を響かせながらなめらかに走っていた電車は桁橋けたきょうに差し掛かると同時に、ガタンガタンと大きな音をたて始めた。


「わーあ、おっきい!」


 眼下には、車窓を遮る鉄柱などはなく、視界いっぱいに波打つ大きな川が広がっている。周囲に大きな建物はなく、河川敷も広く取られていて開放的だ。


「本当に大きな川ね」


 笑は大きなものを見る度に「おっきい!」といちいち驚くわねと思った幸来だが、自分もその広大な景色に驚いた。


相模川さがみがわっていうんですよ。茅ヶ崎市と平塚市の境界を流れる川で、宇宙からも見えるそうです」


 と思留紅。


 馬入川ばにゅうがわともいうこの大きな川は、藤沢市や茅ヶ崎里山公園の北、そして先ほどさっと通過した中規模の川、小出川こいでがわも合流して相模湾へ流入する。


「私と同じ中学を卒業した宇宙飛行士さんが、宇宙からこの川を見下ろしたんだって」


 と花純。


「え、すごい! 宇宙飛行士さんと同じ学校!?」


「えっへん、すごいでしょ」


 このくらいしかすごいと言えることのない花純は、ここぞとばかりに胸を張った。


「すごいすごい!」


「茅ヶ崎出身の宇宙飛行士さんは二人いるんですよ」


 思留紅が補足。


「二人!? 世界に数えるほどしかいない宇宙飛行士さんが、茅ヶ崎だけで二人!?」


「芸能人もたくさんいるし、すごい街なのね」


 茅ヶ崎の有名人の多さに驚く笑と幸来。ウィキ先生を閲覧すると、茅ヶ崎ゆかりの著名人がぞろぞろ掲載されている。また、質の高い商品やサービスを提供する店舗が多く、市外から茅ヶ崎に通う著名人もいる。


 急に飛ばされて茅ヶ崎に来た笑と幸来だが、この街でなら何かできそうな気がしてきた。良い音楽をつくって、望み薄と心のどこかで諦めつつある家族や仲間との再会も、できてしまうのではないか。ほんの少しだけそんな気持ちが強り、胸が高鳴ってきた。


『まもなく、平塚、ひらつか、お出口は、右側です。平塚の次は、国府津こうづにとまります。The next station is Hiratsuka JT-11……』


 相模川を渡り終えると自動放送が流れ、電車はまもなく平塚駅に到着。きょうはお祭りをエンジョイしちゃおう! 四人は意気揚々と電車を降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る