21,誰かを倒さなくても、世界は救える
「桜野先輩には、何か世界を救える手だてでもあるんですか?」
「いやぁ、私にはできないかも」
笑の問いに苦笑いで答えた花純。のほほんと生きてきた自分に、世界を救うなんて大層なことができるはずもない。花純はそう自らを諦めている。
「でも、ラブリーピースなら」
「「私たちなら?」」
「うん、二人がやってる音楽の力。それはきっと、沈んだ気持ちを晴らしたり、心が優しくなったり、元気にする力があるんじゃないかな? 現に私はボードウォークで二人のダンスを見て、元気になったよ。音源にはボーカルが入ってるのに、二人ともちゃんと歌ってたよね」
ボードウォーク。笑と幸来が踊った海辺のスペース。
「え、あぁ、あれはリズムを取るために……」
バツが悪そうに笑が言った。
「あ、そうなんだ! でっ、でもでもっ、踊りながら歌うって、すごく体力の要ることだから、やっぱりすごいと思う!」
冷や汗をかきながらフォローした花純。
「確かに、音楽は戦闘とは違う救済措置なのかも」
幸来は、花純の言うことも一理あると思った。
「んん?」
首を傾げる笑。
「これまで私たちがしてきたことは、敵対勢力と戦って倒すっていう、病巣を排除するやり方だったけど、音楽は誰も排除しないで、みんなの心に届けて、癒したり、元気にしてゆくものだから」
知能の高さ故、アニメの世界でも、どこか孤独を感じながら生きてきた幸来。同じような境遇にある人を自分たちの音楽で救えたらと、新たな志が芽生えた瞬間。
無論、音楽や言葉の力ですべてを解決できるとは思っていない。わかり合えない場合も多々ある。ただ、誰かを頭ごなしに否定して排除するよりは遥かに平和的なやり方だと思った。
「うんうん、なるほど」
とりあえず納得した体の笑。言われてみれば確かに、自分も音楽に元気をもらった経験がある。こんどはそれを、自分が届ける番だ。
『誰かを倒さなくても、世界は救える』
かつて戦闘少女だった笑も、その意味をじわじわ理解してきた。
他方、家族や仲間とも再会したい。両方の目的で、音楽を配信する。どうか、アニメの世界で暮らしていた近しい人に届いてほしい。そう願わずにはいられない。
「そう! 私はそれが言いたかったの! 誰も排除しないで世界を救える可能性を秘めているのが音楽! さすが幸来ちゃん! 頭脳派!」
笑がじわじわ感情を込み上げている傍らで、花純は幸来を褒めちぎっている。
「い、いえ、そ、そんな、褒められるほどのことでも……」
「ひひひ、幸来ちゃん照れて口角上がってる」
笑の指摘に幸来は「そ、そんなことないわよ」と狼狽。
「はいはい、そうだねそうだね」
「えぇ、そうよ」
毅然と振る舞おうと努める幸来だが、頬は膨れて少々赤らんでいる。
そんなこんなで3週間が経過。逢瀬川家で曲のレコーディングをし、外でMV《ミュージックビデオ》を撮影した。
曲名は『僕らはいつでも迷路の中』
作詞作曲は笑、振り付けは幸来、編曲は思留紅と紗織が担当。
ロケ地は湘南海岸学院の屋上、サザンビーチやヘッドランドビーチを含む茅ヶ崎海岸、駅に近く、アニメの世界から飛ばされた先である中央公園や、奥地にある
ダンス練習はスムーズに進み、曲が完成してからの2週間、笑と幸来は放課後から夜にかけて練習しただけで振りを覚えた。
土曜日、完成した動画を見るため、花純は逢瀬川家を一人で訪ねた。
うう、緊張するなぁ……。
逢瀬川家の玄関前で、恐る恐るインターフォンを押した。カメラ付きが緊張感に拍車をかける。
極度の人見知りというほどではないが、会ったことのない人たちの家に行くのはなかなか勇気の要るもの。こういうことをほぼ毎日やって、尚且つ商品を売らなきゃいけない営業マンってすごい。心臓バクバクだよ。そんなことを思っていた。
『はーい』
なっ、なななななっ!? よく通る綺麗な声! お母さんかな!?
「さ、桜野と申します。笑ちゃんと幸来ちゃんの友だちです」
若干声が上擦ったものの、なんとか言い切った。
『あ、
家族にも自分が訪ねる旨を伝えてあるのだろう。名前が挙がるということは、きっと何らかのかたちで話題になっている。
ほどなくして玄関の扉が開いた。日本では珍しい内開きだ。
「こ、こんにちはっ!」
「いらっしゃい」
き、綺麗な
視線を家の中へ移した。
うわああ、玄関広い! 内開きでも靴を置くスペースがちゃんとある。
笑と幸来同様に、逢瀬川家のインテリアに感動する花純。おじゃましますを言ってリビングへ通されると、笑、幸来、思留紅、そして聡一がソファーに尻を埋めていた。
「やぁ、桜野さん。生徒が職員の家庭訪問なんて、珍しいね」
いや、別に先生の家庭訪問をしに来たわけじゃないし。友だちの家に来ただけだし。結果的には先生のお家だけど。
「あはは、そうですね」
「おっはよーございまーす!」
「おはようございます」
「おはよう」
笑と幸来にも挨拶。見知った顔に安堵。
「おはようございます! 桜野さんですね! お待ちしてました!」
笑、幸来と並んで立ち、元気に挨拶をした少女。
「あ、お、おはようございますっ。思留紅ちゃん、かな?」
「はい! よろしくお願いいたします!」
「あ、はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
なんて良くできた子なの! さすが逢瀬川先生の娘さん! 私もしっかりしなきゃ。
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