おいしいから食べてみて!

 放課後、ホームルームが終わると、笑と幸来はラブリーピースのファンだという女子生徒、桜野さくらの花純かすみ(笑と幸来より1学年上の2年5組。帰宅部)にすぐ回収され、逢瀬川家の近所にあるアイスクリームショップへ連れて行かれた。ピンクが主体の外観でハワイアンな雰囲気の店は、いつも地元住民や観光客で賑わっている。


 笑と幸来は花純にアイスを奢ってもらい、テーブル席で向かい合って座っている。笑はストロベリーアイスに輪切りのバナナとラズベリー果肉をトッピング、幸来はシンプルに抹茶アイス、花純はバナナアイスに輪切りのバナナとラズベリー果肉。


「美味しい! こっちの世界の人はこんな美味しいアイス食べてるんだ!」


「えぇ、濃厚なのに後味がさらっとしていて、本当に美味しいわね」


 アイスの味に感動する笑と幸来。二人がアニメの世界から転移したことを花純には既に説明済み。彼女も特に疑わず、すんなり信じた。


「美味しいよね。私も大好きで、ぜひ食べてみてほしかったの」


 ここへ来る道中でアニメの世界が消えてしまったと聞いてショックを受けた花純は、二人の心境を慮ってしんみりしている。


「あの、どうかそんなにしんみりなさらないでください」


 居たたまれなくなった幸来が、困り笑顔で花純を宥める。


「そ、そうですよ! 確かにつらいですけど、そういうことも背負ってこの世界で生きるって決めて、いま自分たちで曲を作ってるんです!」


 続いて笑も、しどろもどろで畳みかけた。


「うっ、ううう、偉いね、二人とも。うああああああん!」


「わぁどうしよう、泣き出しちゃった!」


「わわわ、私に言われたって。どうしましょう」


「ごめんね、ごめんね、泣きたいのは二人のほうだよね。私なんか大した苦労もしないで、へいわ市のことも知らないで平和町へいわちょうでぬくぬく過ごして……」


 花純の住所は茅ヶ崎市平和町。このアイスクリームショップから東へ道一本、バスで約5分の場所にある地域。中規模なスーパーマーケットや小さな公園、交番などがある。


 なんでもないように振る舞っている笑と幸来だが、毎夜寝る前、それぞれ自室で独り泣き濡れている。逢瀬川家の親子三人はそれに気付いたが、敢えて知らないふりをしている。編曲担当の思留紅は笑が詩を手書きしたノートに微かな濡れた跡があると気付き、夫婦は水を飲みに出てきた二人の目元を見て、そりゃそうだよねと納得している。


「そうだ、平和町のお土産あげるね。美味しいから食べてみて」


 言って、花純は通学鞄からおもむろに小袋を二つ取り出し、二人に差し出した。


「おせんべい?」


 袋の中身を見て笑が言った。


「そう、タコせんべい。茅ヶ崎とか、となり街の藤沢ふじさわで売ってる湘南土産だよ。平和町にも専門のお店があるの」


 江の島タコせんべい。澱粉を固めた生地にタコ、イカ、醤油などの調味料を練り込んで固めた薄手で食べやすいお菓子。


 アイスクリームの店を後にして、三人は海岸へ。ひな壇型展望デッキに腰を下ろした。紅に染まる空と、涼やかな潮風が吹き撫でる。タコせんべいの封を開け、ぽりぽり齧る笑と幸来。


「うん、美味しいわね」


「麦の炭酸飲料が欲しくなる味だね、きっと」


「はははっ、笑ちゃん趣味がオジサンっぽい」


 花純の笑顔は屈託なくて、けれどどこか艶っぽく、母性を孕んでいる。


「そうかな?」


「そうかもしれないわね」


「幸来ちゃんまで~」


 幸来と花純に笑われて、ムスっとする笑。


 口を閉ざすと、松の木のざわめきや波音、はしゃぐ子どもの声が耳に入ってくる。


「茅ヶ崎の暮らしはどう? 気に入ってくれたかな」


 さらさら髪をなびかせる花純は遠く、水平線を見つめている。二人と目を合わさないのは、気に入らないならそう言ってくれていいよの合図。


「うーん、そうだなぁ、景色のいい街っていうんですか。上手く言えないけど、彩り豊かで、みんながみんな幸せそうって感じではないけど、この世界の中では住みやすい街なのかなと」


「私も、概ね笑と同意見です」


「そっか、そうだね、ラブリーピースの世界みたいに、みんなが優しくて笑顔ならいいのにね。残念だけど、この世界の中でみんなが幸せに暮らしている場所を、私は知らないや。へいわ市は本当に天国だよ」


「桜野先輩はいいんですか? ふるさとを異世界人にディスられたままで」


 笑に問われ、花純はしばし俯き考える素振りを見せた。


「えーと、うーん、そうだね、茅ヶ崎はいい街だとは思うけど、ラブリーピースの世界には到底及ばないよ。みんながみんな優しい人じゃないし、心無い人もいる。そういうのは本当にイヤだと思うけど、それでも私は、この街が好き」


「街の雰囲気と人とは切り離して考えるってことですか?」


 幸来が訊ねた。


「ううん、そうじゃないよ。イヤなことはイヤ。ただ、悪い人ばかりじゃなくて、いい人もたくさんいるし、人との距離感が近いから、私はこの街が好きでいられるのかなって、よく思うんだ」


「うんうん! 桜野先輩も逢瀬川家のみんなもいい人だよね!」


「えぇ、逢瀬川家の皆さんが迎え入れてくれて、桜野先輩みたいに気さくに話しかけてくれる人がいて。本当に、とても幸せなことだと思います」


「ううう、ありがとう、ありがとう……」


 花純は涙をぼろぼろ流し、鼻水をすすりながら笑と幸来の手の甲を同時に握った。


「うーん、しかしあれだなぁ、人の心が荒れてるって、茅ヶ崎だけの問題じゃないんですよね」


「ん? うん、そうだよ? むしろ茅ヶ崎は日本では治安がいいほうみたい」


 ズッ、ズズッと鼻水をすすって、花純は笑の問いに答えた。


 幸来は、笑が何を考えているのか察した。


「笑、この世界を救いたくなっちゃった?」


「うん、一応世界を救った実績はあるわけだし。でもスケールが大きすぎるよね。ブラックサイダーを倒せば解決! みたいに単純な話じゃないから、茅ヶ崎だけでも救える気がしないよ」


「そうね、この世界の構造は、ブラックサイダーみたいな最大勢力のインフルエンサーを改心させれば芋ずる式にみんなが幸せになるのではなくて、一人ひとりが何かに支配されている、まるで世界に無数のガン細胞が散りばめられているような、そんな感じがするわ」


「それだ。うああ、そう考えると、とてもできる気がしないよ」


「そうかな?」


 首を傾げたのは、三人の中でこの世界の穢れを最もよく知る花純だった。

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