20,最高にイカレたクラス

 あぁ、転校なんて初めてだから、緊張するなぁ。


 この学校、廊下はリノリウム、教室の扉は白く塗装された鋼鉄製で重厚感はあるけどタッチセンサー開閉式で、なかなかハイテク。廊下はコンクリ剥き出し、ドアは手動の歪んだアルミサッシだった公立へいわ高校とは雲泥の差。


 ざわつく胸を押さえながら門沢先生に付いてゆく。各教室は騒がしく、東端の理科実験室と階段に挟まれた教室はやたらと騒がしい。


「ここが桃原が勉学に勤しむ教室だ」


「はぁ」


 普通、チャイムが鳴ったら静かに先生を待つんじゃない? という故郷での常識はきっと、この世界では通用しない。通用する学校もあるかもだけど。


「なんだ元気がないなぁ、まぁ、ろくに勉強できる雰囲気じゃないってことくらい、私もわかってる。授業を真面目に受けるか受けないかなんてことは気にしないし、事情が事情だから学費はかなり減額されてる。桃原と海風の学費は公立校より安い。良かったな、拾ってくれた逢瀬川のアンチャンがここの先公で。だが、安いとはいえ学費は払ってもらってるんだから、不義理は働くなよ」


「そうですね」


 重々承知。身寄りのない私たちを拾ってくれた、心優しく温かい家族。その厚意にそむくようなことはしない。


「そうですねってお前、素っ気ないな。ラブリーピースのアニメは私も見たことあるぞ? そんなキャラじゃないだろ。それともアレか、裏の顔ってヤツか」


「そうですね」


「はぁ、ま、色々あって情緒不安定ってとこか」


 門沢先生は額に手を当て『アチャー』のポーズ。その流れで教室の扉をタッチして開けた。


 ブオーン!! ブオンブオンブオーン!!


 ぶぶぶぶぶぶぶぶっ!


 ズンチャッズンチャッズンチャッ!


 エレキギター、ブブセラ、ヒップホップ。


 扉が開いた途端、パチンコ屋に匹敵するすごい音。教室というよりは不良の溜まり場でしかない。生徒の雰囲気は、制服ブレザーの学校なのに学ランを着ているヤツもいれば、下はジーパンで上は赤いTシャツを着ているヤツもいる。黒髪の生徒は教室全体の1割程度。私も天然だけどピンクヘアだからそこは他人のことを言えない。ていうか担任がブリーチカラーだし。


「おいコラ大人しくしろオメーら。転校生を連れてきた。しかも女子だ喜べ野郎ども」


 雑音が支配する教室に、門沢先生の声は水平に響き渡った。なんてよく通る声なんだろう。教室の雑音レベルが少しだけ下がった。


「おおおおおお!!」


 と思ったら大歓声。


「マジだ! しかも可愛い!」


「名前なんていうの!?」


 おわぁ、わぁ、男子の熱視線が私に向けられている! 目付きはイヤらしいけどイヤな気はしない!


「お前らほんとわかりやすいな。じゃあ、黒板に名前書いてくれるか」


「ホワイトボードとかタッチパネルじゃないんですね」


 ハイテクな学校だからてっきりホワイトボードかタッチパネル式かと思っていた。


「インクのにおいを嗅がれたり毎日パネルをぶっ壊されるより、黒板消しでイタズラされたほうがまだマシだろ?」


「ほうほうほう」


 納得したところで、何色かあるチョークからピンクを選んで名前を書いた。


「桃原笑です! よろしくお願いします!」


「桃原笑? ラブリーピースと同じ名前じゃね?」


「懐かしいな! 見てたわ!」


「アタシも見てた! 超なつかしー!」


 ラブリーピースというワードに反応して、わいわい盛り上がる男子たちに、女子も混ざってきた。


「てか似てる! コスプレ?」


「本人です!」


 乱雑に置かれた机を俯瞰し、教壇から生徒の質問に答えていると、まるで先生になったような気分。


「マジか! すげぇ!」


「ヒュー!!」


 パンパンパンパン!


 シュルルルルルルッ!


 ジリリリリリ!!


 ビシャアアア!!


 盛大な歓声と拍手、空に弾けるクラッカーと、床を縦横無尽にスピンするネズミ花火、煙に反応して鳴り響く火災報知器、降り注ぐスプリンクラーの水。


 最高にイカレたクラスだ。


 でも、アニメの世界から来たって自己紹介した私も、相当イカレたヤツだと思われてるんだろうな。


「おい誰だよ火災報知器鳴らしたの!」


 騒ぎ立てる赤い髪の男子の手にライター。


「じゃあ、真ん中の一番後ろの席が空いてるから、そこに座ってくれ」


 教室を見渡すと空席はけっこうあるように見える。遅刻か欠席か停学か退学か。そこは訊かないでおく。


 指定された席に座ると、その前には小柄で縁の細い眼鏡をかけた三つ編み、スカートの丈が長い女子が座っていた。20組よりは1組のほうが似合う雰囲気。


 彼女はくるりと身をよじり、私のほうを向いた。


「叩いてかぶってジャンケンポンしよう?」


「ん? うん、いいよ」


 なんだ突然。アニメの世界にもあったゲームで、ジャンケンで勝った人が頭を叩くというルールも同じだと、思留紅ちゃんに教わった。


「「叩いてかぶってジャンケンポン」」


 パーを出した私が勝った。


 ぽんっ。なのに私が、頭を軽く叩かれた。


「勝ったほうが叩くんじゃなかったっけ」


 問うた直後、私は衝撃を受ける。


「そうだっけ、てへっ☆」


「ひゃああああああ!!」


 文学少女舌ピアス!! 舌の外周ピアスだらけ!!


 ホラーだよ!! モザイク必須だよこれ!!


 ハァ、ハァ、ハァ……。突発性の過呼吸。


「どうした桃原」


「い、いえ、なんにも」


 一番後ろの席まで響く門沢先生の声に安堵感。鼓動が少し落ち着いてきた。


「よろしくね」


「うん、よろしく……」


 ふふっと微笑む彼女の名前を、私はとても訊く気にはなれなかった。



 ◇◇◇



「そ、そんなことが……」


 幸来と二人きりの中庭は、もう本当にオアシスだった。パンジーの周りをモンシロチョウのカップルが舞っている。


「勉強って、大事だね」


 来年は、あのクラスから抜け出さなきゃ身が持たない。


「そうね」


「あの、もしかして、ゴールデンウィークに海でダンスしてた方たちですか?」


 二人同時に声のした東を向くと、栗色ロングの女子生徒が数メートル先に立っていた。スマートな顔立ちで、目付きはほぼフラット優でしく、気さくで面倒見が良さそうな印象。私たちは「はい」と首肯。


「やっぱり! 私、あのとき見てたんです! 一発でファンになっちゃいました!」


 彼女は瞳をきらきら輝かせ、私たちに駆け寄ってきた。

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