19,二人の女教師

 笑と幸来は二人並んで静かに校長室のソファーに座り、それぞれの担任との初対面はつたいめんを待っている。


 無機質なグレーの鉄の棚に収納された分厚く黒い本の数々、壁の上部に掲げられた賞状、歴代の校長の写真が数枚。


 8時を回り、廊下では職員や生徒の足音や喋り声が響くようになってきた。


「校長室の雰囲気は、どこの学校もそんなに変わらないね」


「笑は小学生のとき、よく校長に算数を教えてもらっていたから、校長室のことはよく覚えているものね」


「まるで自分は授業以外で勉強しなくても算数ができたみたいな口ぶりだね」


「えぇ、その通りよ。問題なかったわ」


「あぁ、幸来の顔面につば吐きたくなってきた」


「笑、この世界に来てからだいぶやさぐれたわよね」


「汚れた世界は純情乙女も汚していくんだよ」


 下賤げせんな会話をしていると、校長室と職員室を隔てる扉が手前に開いた。途端、二人は緊張で唾を飲んだ。担任の登場だ。


「さぁ、入って」


 扉の向こうから、波定の声。促されて、二人の若い女性が笑と幸来の前に現れた。


 一人はミルクティーブラウンのポニーテールで、見るからに元ヤンキー。


 もう一人は上だけ黒縁がないタイプの眼鏡をかけた、黒髪ショートの清楚で初々しい雰囲気を放つ女性。二人とも背格好は同じくらい。


「グッドモーニングニューフェイスガールズ! 私は現国担当の門沢かどさわまみ子だ。んで、こっちが」


米沢よねざわ夏穂かほです。私も現国担当ですが、門沢先生とは受け持っているクラスが違います」


 まみ子とは対照的に、か細い声の夏穂。


「あ? なんだそりゃ、嫌味か?」


 まみ子は顔をしかめ、夏穂の頭を右手でワシャワシャ。


「え、え、え? な、何か良くないこと言ってしまいましたか?」


 狼狽する夏穂と、もしやこれがパワハラというものなのかと引き攣る笑と幸来。


「さて、ここで転入生ちゃんにクイズだ。私らは3組か20組どっちかの担任なんだが、どっちがどっちだと思う? ヒントは、意外なクラスを受け持っているということだ。見た目に惑わされるな。じゃあまずピンク頭、答えてみろ」


「門沢先生が20組だと思います」


「そうか。じゃあ青いのはどうだ」


「私は米沢先生が3組だと思います」


「正解。私が20組で、米沢が3組の担任だ。ヒントをよく聞いていたな」


 意外性の欠片もないな。


 そう思った二人だが、口にはしなかった。


 この後、朝のホームルームが始まる8時半に、笑はまみ子、幸来は夏穂にそれぞれの教室へ連れられてクラスメイトの前で挨拶をした。


 昼休み、笑と幸来は中庭で落ち合った。


 細かい砂利が敷き詰められ、踏むとジャリジャリ音がする。南側には蓮が数株浮いた小さな池、北側の校舎沿いには茅ヶ崎市の花でもある満開のツツジが連なり、初夏を艶やかに彩っている。


「どうだった? クラスの感じは」


 渋い表情で、笑が幸来に訊ねた。


「うん、割と歓迎してくれたよ。この世界の学校はもっと殺伐としているかと思ったけれど、笑顔で迎えてくれる人も多かった。笑のクラスは?」


「あぁ、それ、聞いちゃう?」


「ぜひ聞きたいわ」

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