7,これからも生きてかなきゃね

「さぁ、ここがお家ですよ」


 茅ヶ崎駅南口から雄三ゆうぞう通りをゆっくり歩いて20分、そこから裏道へ入り1分、逢瀬川家の邸宅に到着した。家屋の前にはガレージと芝生の庭がある。


「す、すごい、豪邸だ。お金のにおいがする」


 漫画に描かれるような大袈裟な豪邸ではないが、地価の高い茅ヶ崎で60坪もあればかなり豪華で広い部類に入る。ラブリーピースの二人が住んでいた街、へいわ市の相場も茅ヶ崎とほぼ変わらない。


「どういうことに手を染めればお金持ちになれるんですか」


 と、幸来。


「私も娘ながらに不思議です」


「正義の味方なのに、考え方は悪役寄りですね。さぁ、中へ入りましょう」


 聡一は穏やかに笑んで言った。


 気に障ることを言ってしまったと、幸来さらは己の邪を悔いた。


 玄関部分は吹き抜けになっている。屋根下から黒い鎖で繋がれた球体が2本ぶら下がり、暖色の光を放っている。シャンデリアだ。


 右の壁沿いには真っ直ぐな上り階段がある。踊り場がなく、建物の広さを物語っている。


「おじゃまします」


 恐縮しつつ、二人は言った。


「全然邪魔なんかじゃないですよ! 次からは‘ただいま’って言ってくださいね!」


「そうですね、もうお二人は家族です」


「うん、ありがとう!」


「本当に、ありがとうございます」


 ニッと笑う思留紅と、優しく微笑む聡一。


 正義の味方、テレビに出ていた有名人とはいえ、知り合って小一時間ほどの者をもう家族として受け入れてくれている。その器の広さに、笑と幸来は改めて込み上げてくるものがあった。


「おかえりなさい。って、ちょっと! 娘を連れながらJKを誘拐して帰ってくるなんて、どういう根性してるの!? 大人しいあなたのことだから何かしらのギャップがあるとは思ってたけど、こんなことをする人だとは思わなかった」


 思留紅と雰囲気の似たショートヘアの女が玄関に出てきた。聡一の妻で思留紅の母、紗織さおりだ。


「いや、そうじゃないんだ」


 帰宅早々離婚の危機に瀕し狼狽する一家の主、聡一。


「思留紅も、お父さんが悪いことをしたらちゃんと叱らなきゃ」


「今回は悪いことしてないよ!」


「今回はって、まるで普段はしているみたいじゃないか」


「してないの? 脱税、横領、粉飾決算、マネーロンダリング……。私、大人はみんな悪い生き物だと思ってるよ」


「そんな言葉をどこで覚えたんだい。でもお父さんはそんなこと一切していないし、一般的な日本国民より善良に生きていると自負しているよ」


「じゃあなんなのよこの子たち。アイドルにでもして一儲けするの? それとも私を相手にするだけじゃ物足りないからお金渡していかがわしいことでもさせる気?」


「そ、そうなんですか!? 私、そういうことはまだよくわからなくて……」


 赤面し困惑する笑。


「私もよくわかりませんが、まぁ、それはそれで……」


 微かに頬を赤らめ、満更でもなさそうな幸来。


「ちょ、ちょっと待って、お二人ともそんな心配は無用です。それに手を出せば犯罪者になってしまいます」


「子どもの前でする話じゃないと思いまーす」


 と、思留紅。


「し、思留紅、まさか会話の内容を理解しているのかい?」


「学校で習ったもん。夜中にお父さんとお母さんがしてることの意味がやっとわかったよ。でも妹か弟ができる前に最高のお姉さんが二人もできて、私はもう満足。だからもう、しなくていいよ。ごめんね、私が執拗にねだるから寝不足になっちゃったでしょ」


「だってさ。どうするパパ」


「し、思留紅……。そんな風に気を遣わなくてもいいんだよ」


「ううん、本当に満足だから。この上ない満足だよ。小6にして一生分の運を使い果たした気分」


「そうか、思留紅はラブリーピース大好きだからね」


「うん! それにお母さん、すごく苦しそうな声出してるから可哀想って、ずっと思ってた」


「そっ、そうね、子どもを産むのはすごく大変なことなの」


 娘の無垢な心遣いに、羞恥と困惑が入り乱れる両親。


 ラブリーピースの二人は努めて無表情を貫いていた。



 ◇◇◇



「それで、ラブリーピースの二人は自分たちの世界が終焉しゅうえんを迎えて、この世界に来たってわけだ」


 リビングのソファーで温かいほうじ茶を飲みながら向き合う紗織とラブリーピースの二人。リビングに招き入れられたとき、二人は50インチのテレビを見て呆気に取られた。テレビの電源はオフ。


「はい、そのようです」


 紗織に問われ、幸来が答えた。笑は2回首肯した。


「そっか、了解! じゃ、これからよろしくね!」


「よろしくお願いします!」


 立ち上がって頭を垂れる笑。


「え? あ、はい、こちらこそ」


 対して幸来は、胡散臭すぎる異次元的な話をあっさり受け入れた紗織に拍子抜けした。


「なに、疑うとでも思った?」


 紗織はいじわるな笑みを浮かべ、幸来に訊いた。


「はい」


「世の中ね、科学で解明されてないことなんて山ほどあるの。いま私たちがいるこの世界だって誰かの作りものかもしれないし、その誰かの世界も何かの作りものかもしれない。探求したらキリがない」


「ま、まぁ、確かに」


「そんな難しいことよりいま、あなたたち二人が生きてるってことのほうがずっと大事! いきなり自分たちの世界が消えて、私なんかには想像もつかないくらいつらいと思うけど、これからも生きてかなきゃね」

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