自分たちがコミカライズされている

「そうですね、僕も思留紅も、ずっとこの世界で生きています」


「ということは、この世界は私たちの世界ではなく、住んでいる人も私たちの世界とは異なるのですね」


「はい。にわかに信じ難いことですが、僕らの世界にとってのお二人は非実在青少年。アニメのキャラクターなんです」


「アニメのキャラクター? 私たちがですか?」


 聡一と幸来が真剣に談義している最中、笑と思留紅はキャッキャと他愛ない話をしている。


「はい。先ほど購入した本は、お二人の活躍を漫画にしたもの、コミカライズです。中を覗いてみてください」


「笑、本貸して」


「え、私も見る!」


 笑と幸来は身を寄せ合って、パラパラとページをめくった。


「すっごい! よく取材したね。すっごい忠実に描かれてる! あ、でもこの敵はラブリーブルーが‘不倫をバラされたくなかったら大人しくずらかれや粗○○‘って言って退散させたんだっけ」


「そうだね、でもこれを描いたジャーナリストには聞こえなかったみたい」


「え、ザコキャラダーディーキューエヌって不倫してたんですか!? 最低!」


 会話を聞いていた思留紅が割って入ってきた。


「そうなの! 私たちが通ってた小学校の隣のクラスの先生と夜な夜なチューしてたの! でもね、私たちが厳しく叱ったらなぜかニヤニヤし始めて、不倫をやめてくれたんだ。それから人間の姿になってしょっちゅう私たちの前に現れて、息を切らしながらお説教してくださいって頼まれるようになったの」


「正直、毎日叱るネタなんかないけど、こらっ、とか、めっ! て言うだけでも喜んでくれたから、和尚おしょうさんになったつもりで続けたわ。一昨日おとといも来たわよね。悪いことなんて何もしてないのに叱られたいなんて、ほんと、変わった人よ」


「すごい修行熱心だよ。私なんか毎日お説教されたらイヤになっちゃうもん」


「すごい! ちゃんと改心して、自分からお説教を受けに来るんですね!」


「うん! ラブリーピースやってて良かったって思ったよ!」


 小学生が大人の事情や言葉を知っているとはラブリーピースの世界もなかなかのものだなと思いつつ、聡一は表情一つ変えず黙って会話を聞いている。


「今ごろどうしてるんだろうね、ザコキャラダーディーキューエヌ」


 かつての敵を心から心配する幸来。


「心配だね、ザコキャラダーディーキューエヌ。他のみんなも」


 二人は更にページをめくり、最後まで読み終えた。巻末にはテレビアニメの放送情報、主題歌CDや映像ディスクの発売日が告知されている。


「なるほど。この世界では、私たちの世界のことをマルチメディアで詳しく見られるんですね」


「はい! テレビでずっと見てました! この本もお家にあります!」


「テレビで見てたんだ! っていうことは、やっぱりここは天国なのかな? 天国からは生きてる人のことが見えるって、お母さんも学校の先生もお坊さんも言ってた」


「いえ、ここは天国ではありません。お二人とも生きています」


 聡一が柔らかい口調で、しかしきっぱり言った。


「そうなんですか!? てっきり死んじゃったんだと思ってました」とえみ


「試しに胸に手を当ててみてください」


 聡一に言われた通り、笑と幸来はブレザーの中に手をのめりこませ、シャツ越しに鼓動を確認した。


「ほんとだ! 生きてる! 私、生きてる!」


「私も、生きてる」


 生きているとわかってハッピーになりテンションが上がる笑と、ホッと胸を撫で下ろす幸来。


「生きてますよ! ラブリーピースはずっと、生きてます!」


 思留紅も自らの胸に手を当てた。5年前『ハートフル少女 ラブリーピース!』の放送が終了したとき、母に言われたことを思い出したのだ。


 ラブリーピースは思留紅の心の中にずっといるのよ。


 それがいま、目の前にいる。


「そっか、ずっと、生きてるか!」


「はい! ずっと生きてます!」


 当然、永遠の命ではないが、いまのところ生きている。


 笑顔えがおとは裏腹に、えみは他の人々のことを思い浮かべていた。それは幸来も、同じだった。


「さて、お二人がこちらの世界へ転送されたばかりということは、衣食住をする場所もないと、そういうことですね?」


「そ、そうだった! どうしよう! 野宿!?」


「しっ、カフェでもあんまり大きい声出さないの」


「ごめん、でもどうしよう」


「しばらくは私たちといっしょに暮らしましょう。思留紅もそれでいいよね?」


「もちろん! 大歓迎です! ぜひぜひいらしてください!」


「で、でも、生活費は……」


 逢瀬川親子の厚意に遠慮気味な幸来。


「自分で言うのもいかがなものかと思いますが、我が家はそれなりに裕福でして。自分たちの暮らしに必要なお金を使ってもなお残っているお金は、困っている人や動物保護、環境保全など慈善的なことに使うものと考えています。世界を救った善良な学生さんが困っているのに、見放すわけにはいきません」


「ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 再び聡一の手を握る笑。


「本当に、よろしいのでしょうか。何から何まで」


「はい。思留紅も喜んでいますし、賑やかなのはいいことです」


 あぁ、なんてやさしい人なのだろう。身分証明書さえ無効なこの世界で、事実上の住所不定無職に手を差し伸べてくれる人がいる。


 私たちのことをずっと好きと言ってくれる人がいる。


 急に知らない世界へ飛ばされ不安に支配されていた幸来の心はいま、じわりじわりと温もりに満たされていった。

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