コミックスを買ってもらう

「そうですか。でしたら、購入して差し上げましょう」


「ほ、ほんとですか!?」


「さ、さすがにそれは悪いです……」


「いいんですよ、これくらい」


 目を輝かせる笑と、恐縮する幸来さら。男はふふふと微笑み、笑が持つ本を自分に手渡すよう促した。


 笑が本を手渡すと、男は少女とともにレジへ向かった。


「お願いいたします」


 男は猫背の店員に本をそっと差し出しながら言った。


「いらっしゃいませ、ありがとうございます」


 しゃがれた声の店員はおもむろにレジを打ち、「440円です」と男に告げた。


 会計中、店員とのやり取りは物腰やわらかく、笑と幸来は好印象を受けた。


「どうぞ」


 会計が済むと早々、本を包んだ書店の青い袋を男から手渡された。


「ありがとうございます!」


 笑に続き幸来も「あ、ありがとうございますっ」と謝意を伝えた。他に客のいない静かなフロアに、二人の声はよく響いた。


 このとき幸来は、本のフロアの隣が楽器コーナーになっていると気付いた。そこには十数本のギターが立て掛けられている。


 ギターも自分が知っているものと比べていくらか艶やかだと幸来は思った。


「お好きなんですか? ラブリーピース」


 男は二人に訊ねた。


「大好きですよ! なんてったって私たち、元ラブリーピースですから!」


 えっへんと、笑は胸を張った。


「そうですか。もしやお二方は、ラブリーピースの声優さんですか?」


「声優さん? アニメとか映画の?」


 なんのことやらと、笑は顎に手を当てて考え込む。


「どうやら違うようですね。ならショーで着ぐるみを被っていた方とか」


「いえ、本人です」


 男を真っ直ぐ見据えて告げたのは、幸来だった。その眼には、覚悟と確信が明確に浮き出ている。


「本人、ですか?」


 どういうことかと固まる男。


「やっぱり! そうだったんですね!」


 唐突に開口したのは、黙って男に付いていた少女だった。無表情で様子を窺っているだけだったが一転、両手を祈りのポーズで組み、目をきらきら潤ませている。


 この場で状況を飲み込めているのは少女のみ。


 幸来は、やはり自分は有名人で、縁もゆかりもない街の人にも知られているのだと思った。ラブリーピースを題材にしてアニメを作れば声優が声を当て、街では着ぐるみショーが開催される。幸来も幼いころ、アメコミ原作のヒーローアニメや着ぐるみショーを観た記憶がある。


 男は自らをアニメキャラクター本人と名乗る超常的クレイジー女子高校生が本当は何者なのか、考えられるパターンを推論している。


 笑はただ私はラブリーピースですアピールをしたまま思考停止し、間抜けな笑顔でいる。自分がなぜ声優や着ぐるみ演者と思われたのかは理解していない。


「あの、この場にいても騒がしくしてしまうだけなので、お茶でもしませんか?」


 男の提案で、四人は駅ビル内のカフェに入った。焦げ茶を基調にした南国風の落ち着いたインテリアになっている。


「いっただっきまーす!」


 4人席に座るとさっそく、笑は大きなビーカーに入った高級プリンを搔き込み始めた。


 笑と同時に女の子もパクパクと、ゆっくり食べ始めた。


「んー美味しい! おっきいだけじゃなくて高級な味がする! 甘さがさらっとしてて、これならぺろりといけちゃうよ!」


「お嬢さんもどうぞ」


「ありがとうございます。いただきます」


 幸来は男に促され、遠慮がちに長いスプーンを持って食べ始めた。


 3人はドリンクにダージリンティーを注文したが、男だけはホットカフェオレを注文。プリンはなし。


「あの! お姉さんたちは本当にラブリーピースなんですか!?」


 プリンを食べる手を止め、向かい合う二人へ興奮気味に問う少女。


「そうだよ! 私がラブリーピンクの桃原笑! それでこっちが」


「ラブリーブルーの海風幸来です」


「きゃー! 本物だぁ! 私は逢瀬川おうせがわ思留紅しるく、小学6年生で、ラブリーピースの大ファンです! 良かったら握手してください!」


 右手を差し出した思留紅をまず笑が握った。


「ありがとう! すんごく嬉しい! よろしくね!」


「こ、こちらこそ! よろしくお願いします! きゃー! ラブリーピンクと握手しちゃった!」


 続いて幸来とも握手。


「幸来さんのクールビューティーな感じ、すごく好きです! よろしくお願いします!」


「あ、ありがとう、こちらこそ、よろしくね」


 羨望の眼差しに照れ笑いする幸来。


「申し遅れました。私は思留紅の父、聡一そういちと申します」


「聡一さん! 会って早々お世話になっております! 今後ともどうか、このラブリーピースをよろしくお願いいたします!」


 聡一の両手を握りぶんぶんと上下に振る笑。


「私からも、助けていただき本当にありがとうございます。この恩はいずれ、必ずお返しさせていただけたらと存じます」


「いいんですよ、そんなにかしこまらなくて」


「いえ、私の性分しょうぶんですので」


 阿吽の呼吸で笑が聡一の手を解き、幸来に握手を促した。


 知的なイケメンだなと、幸来は聡一を直視できず、彼のカフェオレに視線を落として握手した。


「ところでラブリーピースのお二方は、どういった経緯いきさつでこの茅ヶ崎にいらしたのでしょうか」


「もしかして、もしかして、異世界トリップですか!? ていうかそれしかないですよね!?」


 興奮冷めやらぬ思留紅。


「それが、世界が急に粒になって蒸発しちゃったっていうか、上手く言えないけどそんな感じで、さっき目覚めたときにはこの近くの公園にいたんです」


「世界が、蒸発?」


 また何を言い出すのだと、笑の言葉に思考を巡らせる聡一。


「ということは、聡一さんや思留紅ちゃんは、世界が蒸発して亡くなったからここにいる、というわけではないのですね?」


 幸来の口調は淡々としていて、推論を言葉に変換したというよりは、予め考えておいた答えを述べて聡一に確認を取っているようだ。

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