3,目覚めた場所で抱いた違和感

「あれ? ここは、どこ?」


 笑が目覚めた。芝生の上にいた。暖かくやさしい風、子どもたちのはしゃぎ声、見上げればさわさわ掠れる大きな銀杏いちょうの新緑と、ふわふわ雲が流れる青空。隣では粘土質の地面に寝転ぶ幸来さらが、すやすやと寝息をたてていた。


 いいところだなぁ。


 って、違う! 違くはないけどもっと大事なことがある!


「ねぇねぇ起きて! ねぇってば!」


 気持ち良さそうに眠る幸来を、笑は多少の罪悪感を交えて揺り起こす。


「ん、えみ……!」


 何事かと迷惑そうに目を擦りながら意識を取り戻した幸来。すぐ異変に気付き、 驚いて目を丸くした。


「なんで私がお寝坊さんの笑に起こされてるの!?」


 驚愕と屈辱に満ちた幸来。どうやらよほど悔しいらしい。


 笑は思った。


 そりゃあね、幸来ちゃんにはいつも起こしてもらってるし、起こしてもらえなかったらほぼ毎日遅刻だけど。


 だけどさ、そうなんだけどさ、


「驚くのそこじゃなーい! ここどこ!? なんで私たちいっしょに寝てたの!?」


「わからない」


「わからないって、どうして冷静でいられるの!? まさかこれ、ドッキリ!?」


「ドッキリではないと思う」


「じゃあなんで平気なの!? 訳わかんないよ!」


「なんでって、起きたら知らない場所にいたことより、笑が私を起こしたほうが超常現象だから、ある意味驚いてはいるわ」


「そんな! 酷いよぉ!」


「なら、自らの生活態度を顧みてごらんなさい」


「う~んとね~、朝は通学路から教室までみんなに挨拶しながら登校、雨が降っても風が吹いてもちゃんと登校するし、食生活はお米と少しのお味噌で、そういう者に、私はなったよ!」


「ふぅん、それが本人談ね」


「本人談であり事実だよ!」


「事実? 私が見てきた事実は、雨の日は私が起こしに行かないと寝坊して学校を休み、ちょっと風が吹いた日はその音で目覚めるけど二度寝して休み」


「そうだっけ。自由な生き方万歳!」


「そういえば笑、学校にファストフード持って来たことあったよね。ダブルパティーのハンバーガーとLサイズのポテトにナゲットとアップルパイ、あとシェイク。あ~、私も食べたくなってきちゃったなぁ」


「へへへー、現代版のお米と少しのお味噌かな~。へへへ……」


 暫時ざんじ、沈黙が流れた。


 ちびっこの憧れであり、大きなおともだちのアイドルでもあるラブリーピース、桃原笑の私生活は、とてもテレビ放送できるものではなかった。


「それで、本題に戻るけど、私たち、どうしてここにいるのかしら?」


「だからそれ、最初に言ったじゃん!」


「そうだっけ?」


「そうだよ! 私だって異変には気付くんだよ!」


「そうなの、初めて知ったわ」


「酷い! でもいまは置いといて、現在地を調べよう」


 笑はスカートのポケットからスマートフォンを取り出し、GPS機能で現在地を調べようと試みた。


「だめだ、電波が飛んでない」


「うそ、見た感じ、ここは街の中でしょ?」


 芝生と木々の公園の前には広めに敷かれた歩道を挟んで車道があり、そこにはひっきりなしに自動車が行き交っている。


 道路の向こうには3階建てくらいの横長な建物や、7階建てくらいの真新しいビルが建っている。


 周辺にも、そのくらいの建物がずっと並んでいる。このような栄えた場所で電波が飛んでいないとは考え難い。


 ここでじっとしていても仕方ない。二人は立ち上がり、歩道へ出た。すると間もなく右手の車道上に地名が表記された道路標識を見つけた。


「えーっと、まっすぐ行くと茅ヶ崎駅ちがさきえきだって。左に行くと横浜よこはま、右に行くと小田原おだわら


「なるほど、ここは茅ヶ崎っていう街なのね。でも私、そんな街知らない」


「私も知らない。横浜と小田原は知ってるけど」


「私も。歴史の授業で出てきた」


 茅ヶ崎市。神奈川県中部の海沿いに位置する保健所政令市。湘南しょうなん地区の中央部で人口約24万人。周辺の有名な街は東に鎌倉かまくらや横浜、西に箱根はこねや静岡県の熱海あたみがある。


 駅前には中層程度のビルが建ち並び、街は人で賑わっている。


 二人は帰り道を訊ねるために駅前の交番を訪ねるも、警察官は不在だった。しかし行く当てがないので、とりあえずパイプ椅子に腰を下ろし警察官の帰着を待つことにした。


 疲れ果てて意識がいまいちはっきりしない二人。そんな中、幸来はあることに気付いた。


「ねぇ笑」


「なぁに?」


「指名手配犯、だって」


「うん、それが?」


「犯罪者って、みんな更生して、いまはイキイキと暮らしてるんじゃなかったっけ」


「あ……」


 幸来に言われて、笑も気付いた。


 漠然とした不安が、二人を襲う。


 幸来はサッと身をよじり、後ろを見た。


「街の人たちも、心なしかあまり元気がないというか、スマホいじりながら歩いてる人もいるわ」


「歩きスマホ? そういうのもみんな、ブラックサイダーが改心してからはやめたんじゃなかったっけ?」


 二人の不安は、更に大きくなってゆく。


「それもそうだし、建物とか車とか、なんかこう、モノの構造にムダがないというか、一つひとつがしっかり機能的に造られていて、芝生の草とか排気ガスとか、街に漂う臭気も強い気がする」

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