第7話 7月27日(2)
ポーン、ポーン…
それがこの山荘のインターホンの音である事に、しばらくの間誰も気が付かなかった。
「何の音だ?」
掛川はリビングルームで、茉奈とセックスをしていた。
その時に微かな音に気付いた。壁についているコンソールを見ると丸いランプが赤く光っている。
掛川は膝の上でアンアン言っている茉奈を引きはがし、服を着た。
もうすぐ日が変わろうとする時間だ。
こんな夜遅くに、こんな場所に人がやって来るなんて…。
「どなたですか」
「…」
返事がないので、インターホンを切ろうとした時、声がした。
「…すみません」
男の声だった。
その男は、柚木と名乗った。
あご髭をはやしていたが、まだ若く、二十代半ばくらいに見える。
足元がふらついていた。「すいません、ここ2日眠っていなくて…この先の佐藤さんの家、知ってますか?」
「いや知らないが」玄関で応対した掛川が答える。
「私は獣医師をしています」と言って、名刺をわたされた。
「この先の民家で飼っている牛の定期健診の帰り道、クルマでカーブを曲がり損ねてしまって…クルマは壊れるし、道に迷ってしまったみたいで、それでさまよっていたら、この山荘が見えたもので…」
怪しい人間ではなさそうだったし、かなり疲労しているようだったので、とりあえず家の中に入れた。
柚木はリビングにいた茉奈を見て少し驚いた表情をした。「すみません、夜遅くにお邪魔してしまって」
「いや、いいんだ」
その時、1階の物音に気付いたのだろう、2階から宮本と咲良も降りてきた。
茉奈が、冷蔵庫から飲み物と軽い食事を出して柚木に与えると、がつがつと食べた。
「すみません、ありがとうございます」
「とりあえず今日は泊まっていけよ、明日ふもとまで送ってやるよ」
部屋と着替えを与えると、柚木は死んだように眠った。
*
「怪我とかはしていないようだし、とりあえず疲れているだけだろう」と宮本は言った。
「明日、俺たちと一緒にふもとまで連れて行こう」
「ああ、良かったな、俺たちがまだここにいる今日でさ」掛川も賛成した。
二人は明日に、予定どおりレコーディングを終えて東京に帰るつもりでいた。ただ、明日も咲良と楽しくすごそうと思っていたので、その点で、柚木の存在は少し残念ではあったが。
「ねえ、本当にあの人は獣医なのかな?」
咲良が不安そうな表情をした。
「って、そりゃそうなんじゃね」掛川は腰に手をあてて咲良を見た。
咲良はリビングの隅に置かれた、柚木のカバンのそばに立った。
「このカバン、不自然に大きくない?」
たしかにその革製の黒いカバンは大きかった。小型の旅行カバンくらいの大きさはある。もっとも獣医という職業の人が普段どのようなカバンを持ち歩いているのか、宮本には知識が無かった。
「ちょっと中を見てみようよ」咲良は言い出した。
「そりゃまずいだろ」掛川はカバンに近づき、持ち手に手をかけた。そして「何が入ってるんだろうな…」とつぶやき、かるく持ち手を引き上げた。
「うわ、重っ」
「怪しいって、絶対。獣医にしては若いし」
「ちょっとやめとこうよ、触らないほうがいいよ」
茉奈が不安がっている。
「うーん」宮本は少し考えた。
よく見ると、カバンには錠前型の鍵が付いているが、鍵はかかっていなかった。柚木がうっかりしたのか、それとも普段から鍵を使用していないのか。だが錠前が付いていること自体、怪しいといえば怪しかった。
柚木は今眠っている、もし仮に、カバンの中の物が不法な何かだったとしたら、今通報するのがベストだ。宮本はカバンを開けてみる事にした。
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