第3話 7月24日

Date:2019/7/24(wed)10:03

To :宮本和成

From:長谷川啓介

[お疲れ!聴かせてもらったけど、正直ちょっと弱いかな。

昔に戻らなくても良いんじゃない?

俺は今のミヤちゃんにしか作れないモノを聴いてみたい。

まあ、まだ時間はあるし、いろいろやってみたら?

期待してるよ。]


 今の自分にしか作れないものか…

 宮本は髪の毛をくしゃくしゃに掻きむしり、椅子の背にもたれかかった。クーラーをかけていたが、背後の窓ガラスごしに太陽の光が降り注ぎ、背中が暑い。

 掛川がコーヒーカップを持って応接ルームに戻ってきた。

 デスクまで来てノートパソコンをのぞきこむ。

「長谷川さん、メールのレス早いなあ」

「それは俺も思う」

 いつ寝てるんだろうと思う。ただ、仕事のできる人ほど、レスが早い。それは確かに言える気がする。

「自分にしか作れないものって何だろうか?」掛川に聞いてみる。

「さあ、ミヤちゃんが作るものは全部ミヤちゃんしか作れないんじゃないの?」

 そういうことじゃないだろう、なんだその単純発想は。

「長谷川さんが言いたいのは、そういうことじゃないと思うんだよな」

「そうなのか?」

「俺は昔の感覚を取り戻したいと思っていた。何故なら昔の俺たちは売れていたからさ、でもそうじゃなくて、いま作りたいものって何なのだろう?」

 掛川に問いかけても、答えがもらえるとは思わなかった。それにもし、まともに意見されたら、それはそれでムカついてしまいそうだ。だから半分は独り言だ。

「ミヤちゃんなら大丈夫だよ」

 掛川が屈託なく言うので笑ってしまった。

 何の根拠があるんだ?信頼か?

 ただ少し気が楽になった。



 昼ご飯は、3日連続同じファミレスもなんだかな、ということで、少し遠出することにした。

「ダム?」咲良が何それ?という顔つきで、掛川に聞き直した。

「そう。もう少し行くとダムがあって、レストランも併設されているらしい」

「へえ、なんか面白そうですね」



「結構人が多いね」

 京都府南丹市にある日吉ダムは、公園とレストラン、公営プールなどが併設されテーマパークのようになっている。敷地内にある駐車場は7割ほど埋まっており、家族連れで賑わっていた。

 せき止められたダムのコンクリート壁に直径5メートルほどの穴が開いていて、そこから勢いよく水が放出されている。

「すごいね」

 大容量の水が水面にぶつかって地響きのような音を立てていた。

「近くまで行ってみようよ」

「あそこから、ダムの上に行けんじゃない?」

 スロープを登っていくと、せき止めているコンクリートの壁まで行くことができた。壁の上は橋のようになっていて上を歩くことができた。

「風が強いね」

 橋の上のほうは遮るものが無いため、風が強くて、涼しいくらいだ。それに、細かい霧のような水蒸気がどことなく癒し効果をもたらしてくれる。

 ダムの反対側は湖になっていた。その水がダムの水として放出されているわけだ。湖のほうは穏やかな風景が広がる。

 掛川と茉奈はキャッキャ言いながら、二人して湖のほうへ行ってしまった。

 橋の上には宮本と咲良の二人だけになった。

「うわーすげーな、近くで見ると」

 宮本はダムを真直で見るのが初めてだった。

 水の放出を真上から眺めると、音が爆発音みたいに聞こえ、さらに迫力があった。

 咲良は無言でいる。宮本の腕をぐっと握りしめて、下を見ようとしない。

「こわい…。あたし、高いところダメなんだよね」

 咲良は手すりから少し離れて立ち、あまり下を見ようとしない。

 そうなのか。いつも元気でやんちゃな感じなのに、ちょっと意外だった。強い風で、髪の毛がバサバサとなびいていて、表情はよく見えない。

 少しドキドキした。今は二人きりだ。

 これは、『吊り橋効果なのか』と思って、すぐにその考えを振り払った。いかん、ダムと女の子のことしか考えていない。

 もっと音楽のことを考えたかった。

「ちょっと寒くなってきた、降りようよ」

 咲良が腕を引っ張る。

「こわい?」

「大丈夫だよ」咲良がこっちを向いたので表情がみえた。意外と普通そうだ。笑っていた。

 やばい、またドキドキしてきた。

「降りよっか」


 

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