第1話 7月22日

 宮本の運転するツーリングワゴンは京都を北に向かっていた。

 車の運転は普段からよくするが、山中の峠道を走る事はあまり無い。それに、耐えがたいほどの暑さ。

カーエアコンは最大風量で冷気を吐き出しているが、熱が車内に篭って逃げない。

「窓、開けようぜ」

助手席の掛川は、宮本の答えを待たずに開けた。

風が髪の毛をなぶる。

京都南インターチェンジで高速を降りて、今は下道を北へ向っている。

「もうすぐ着く?」

「いや、わかんないよ、俺も初めて行くし」

「ミヤちゃん大丈夫か?ずっと運転だろ」

「大丈夫だ。それに、陽が落ちる前に着きたいんだよね」

山間の道を抜けると、少し拓けた場所が現れ、棚田が見えた。子供の頃、夏休みに里帰りしたら、こんな感じなのかな、と想像してみる。宮本は東京育ちなので、里帰りの経験が無い。

こういう経験もきっと、これから始まる曲作りの合宿に、良い影響を与えるはずだ。

 掛川は長い髪が乱れて顔にまとわり付いていたが、本人は気にならないみたいだ。子供みたいに、気持ちよさそうに風を浴びている。



「着いたぞ」

車を停め、ウトウトしていた掛川に声をかける。時計を見ると15時を過ぎたころだった。うっそうと生い茂る木々の間から、ツタに覆われた黒っぽい洋館が見えた。


 正面玄関の扉を開け、中に入ってみた。重たげな扉はギイィと大きな音を立てて開いた。確かに年代物のようだが、彫刻が施されていて、お金がかかっていることがわかる。

「広っ」

 立派な建物だった。

 長谷川が事前に管理会社に連絡を入れてくれていて、掃除もされている。

「綺麗だな」

「なんか、『シャイニング』の館みたいだな」

「そうか?そんなにホラーな感じ、ないだろ」

 中庭から日の光がさしていて、開放的な、リゾートホテルのような洋館。

 リビングをぬけ、中庭に通じるドアをあけると、プールがあった。プールには綺麗な水が張られていて、日の光を浴びてキラキラと光っている。

「すっげ、プールつきかよ」

「立派だな…想像以上に」

 思った以上に快適そうな施設だったので、安心したのと同時に、嬉しくなった。よし、ここで一週間頑張ろう。

「レッチリのさ…」

「ああ、あれだろ、あの館だろ」

 宮本は『ファンキー・モンクス』というドキュメント映画を思い出していた。レッド・ホット・チリペッパーズが、1991年にアルバム『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』の録音の時、ロスにあった邸宅を借りて…

 その時バシャ、っとプールから水音がして、水面に若い女が現れた。ショートカットの濡れた黒い髪と白い肌、そして大きなバストとピンク色の乳首が見えた。女は全裸だった。

「キャーーーーーーーーーーーッ‼」


*


「だから聞いてないのはこっちだって」

 プールにいた全裸の女は、今はTシャツを着て、リビングにいた。名前は咲良というらしい。とても怒っている。

 咲良の隣にはもう一人女の子がいる。

 掛川が、「誰だお前らは」と尋ねると、お前らこそ誰だ、と言われた。

「俺たちはミュージシャンで、これからここで一週間レコーディングすることになっているんだ」

「聞いてないよ、そんなの」

「俺たちも驚いている」

「パパに聞いてみる」

「パパ?」

「柴山よ。AMEの役員をしてるわ」

「まじか」

 咲良はスマホを手にリビングを出ていった。

 残されたもう一人の女の子に、掛川が話しかける。

「なんか、ごめんな、俺たち何も事情を知らなくてさ」

「いいえ、こちらこそ。びっくりしちゃって」

「名前は?」

「あ、茉奈、って言います」

 大学2回生です、と言って、関西の有名なお嬢様大学の名前を言った。

「大学生か。俺たちは別に全然、迷惑じゃないよ、な?」

「ああ」

「ヌードも見れたし、目の保養になったよな」

「それ言うか」

「ははは」

 茉奈は笑いだし、場が和んだ。さすが掛川、女の子の扱いはプロだ。

 そこへ咲良が帰ってきた。

「パパに確認したら、あなたたちが来ることは知ってるって、仲良くやりなさいだって」



 親睦を兼ねて、4人で晩御飯を食べに行くことにした。

 車で、山道を下る。

「まじで、あそこまでバスで来たの?」

「免許、無いもの。それに1時間に1本くらい来るんだよ、バス」

「今度から、言ってくれたら車出すよ、な、ミヤちゃん」

「え、ああ」

「あ、その道曲がると、ファミレスあるから」



 とりあえず、ボックス席に座り、ドリンクバーとか適当にピラフとかピザを注文した。

「えっまじで?**歌ってた人」

 唯一のヒット曲であるデビュー曲の名前をいうと、二人の反応が良かった。まあそれはいつものことだ。

「ああーよく聴いてたかも、中学の時」茉奈が呟く。

 中学生の時か…。時の流れを感じる。

「ホントに?」咲良が掛川に疑いの視線を送った。

「ホントだって。あとで歌ってやるよ」

「まじで、じゃああとで聞いてやるよっ。きゃはは」

 咲良ちゃんは社交的な女の子みたいだ。マッシュルームカットの黒い髪がツヤツヤと光っている。胸元の開いたボーダーTシャツから、時おり谷間が見えるので目のやり場に困る。

「どのくらい滞在する予定なんですか?」

 茉奈が、向かいに座る宮本に聞いた。

 茉奈ちゃんは緑のワンピースを着てダークブラウンの髪が肩まで伸びている。礼儀正しくて真面目そうな女の子だ。

「うーん、一週間くらいを予定している」

「あ、じゃあ私たちと同じくらいですね」

 同じってことは、一週間もいるつもりなのか。こんな何も無い山奥に。暇を持て余しそうだけど。

「若い女の子が、こんな山奥に来て楽しいの?」

 その問いには咲良が答えた。

「あたし、ここが気に入ってるんだ。夏になるとここに来ることにしてるの」

「ふうん」まあ気にっているのなら納得するしかない。人それぞれの好みだ。

「子供の時から毎年来てる。一人で来る年もあるけど、今年は茉奈と仲良くなったから、誘ってみたんだ」

「そう、あたしは初めて来たけど、いいところだと思う」

「もう、びっくりしたわ。山奥に豪華な山荘があって、中に入ったら女の子が全裸で泳いでるんだもん」

 掛川が、ほんとに困ったよ、という表情を作ると、女の子たちはクスクスと笑った。

「ほんとだ、日本昔話みたいだね。なんか」

「きゃはは、たいていそのパターンて、男が不幸になるやつじゃね?」

「…まあ、しばらく一緒にいることになるし、仲良くやろうぜ」

 掛川が笑顔を作った。



Date:2019/7/22(mon)23:15

To :長谷川啓介

From:宮本和成

[山荘めっちゃ良かったです。ありがとうございます。

今日は機材を運んだりして明日から曲作りに入る予定です。

あと役員のお嬢さんが宿泊されてました。大学の同級生と二人でしばらく滞在されるそうです。

まあ仲良くやります。

自分たち以外誰もいないと思い込んでいたので、焦りましたよ。]

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