Pink raspberry
notomo
プロローグ
『令和の時代も始まったことだし、もうCDは売らなくてもいいんじゃない?』
プロデューサーの長谷川はそう言った。彼はフロアをゆっくりと歩いている。その後ろには長大な窓があり、薄い水色の空と渋谷の街が一望できる。窓の外は猛暑だったが、会議室の中は空調が効いていて、ひんやりとしていた。
宮本和成はソファーに座り黙って聞いていた。隣には相棒の掛川伸也が座っている。
プロデューサーの長谷川は新曲をダウンロード販売のみにしたいらしい。
『いまさら新曲をCDにする価値なんて無いじゃん?いまCDを買っているのはアイドルオタクくらいのものだよ』
宮本和成は反論しようとしたが、言葉を飲み込んだ。その通りかもしれない、たしかに時代は変わりつつある。
発言する代わりに、宮本は窓から見える景色を眺めた。高層ビルが立ち並ぶ風景は、とても美しくて贅沢だ。宮殿みたいだ、といつも思う。レコード会社の社屋はなんでこんなに豪華なんだろう、ミュージシャンたちから搾り取ったカネで建てられているのだろうか?そうだとしても今の自分たちは貢献できていない。
隣に座っている掛川は一言もしゃべらなかった。長い髪の間から見える端正な顔は彫刻のようだ。『ロックスター』というタイトルの彫刻。
宮本と掛川の2人組音楽ユニット『ラズベリー』は5年前、デビュー曲がオリコンの1位になるという華々しいデビューを飾った。それから今まで売り上げはきれいな下降線をたどった。ソリに乗って滑ったらさぞかし気持ちいいだろうなという感じの落ち方だ。今はもう、新曲をCDにプレスする価値もない。これがラストチャンス。次の曲が売れなかったら、もう終わりなのだということはわかっていた。
長谷川にはデビュー以来ずっとプロデュースをしてもらっていた。この業界の父親みたいな人だ。
『すみません、期待に応えらんなくて』
なんでなんだろうな、うまくいかなかった。売れなくなってしまった。言いつつ宮本は声が震えた。
それを見て長谷川は苦笑した。
『いや、まだ終わったわけじゃないじゃん?謝る必要、無いよ。俺は君たちに期待してるんだよ』
『長谷川さんは俺たちに才能あると思ってるんすか?』
初めて掛川が口を開いた。
『思っているよ』
長谷川は即答した。真顔だった。
『それで、なんでうまくいかなくなったのか、俺なりに考えたんだけどさ、今までいろいろ考えすぎたんだと思うんだ、だから、新曲は好きにしてみたら?ある種、やりたいようにというかさ』
好きにしろ、というのは受け止めようによっては見放されたと思えなくもない。だが、長谷川が自分たちを思ってくれていることは伝わってきた。宮本は彼を信頼していた。だが、できるだろうか?自分たちにいい音楽が作れるのか?今は自信が無い。
それを察していたのか、長谷川が提案をした。
『関西の山奥にAMEレコーズの保養所があるんだよね。ちょっと古いけど、バブルのころに建てた、かなり豪華なやつ。そこで合宿して新曲を書いてみたらどうかな。気分も変わるしさ』
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