第157話 神の願い

「それなら分かるぜ。シルキーだろ?」


 何しろムサイおっさんばかりのお庭番集の中で、紅一点ってんだから疑いようもねぇ。

 いや、この姿も変身してるだけで真の姿はムサイおっさんってんなら別だけどよ。

 そうだとしたら俺の唯一安らいでいた青春の日々に致命的なトラウマが出来ちまうからマジで勘弁してほしい。


 まぁ理由はそれだけじゃない。

 最初から二人の話は、ずっと違和感が有ったんだ。

 シルキーは棟梁の事を父と呼んでいた。

 女神騒動の日、メアリの屋敷で過去の事を話した時も、親子二人だけ王子に付いて王国から出奔したとも言っていたしな。

 そう言うロールプレイってんなら別だけど、その姿勢を徹底して貫いている。

 長い逃亡生活で演技を見抜く洞察眼は嫌と言うほど磨いてきたつもりだ。

 俺の眼には今でも二人の間に親子の絆を感じているからよ、シルキーの中身に宿る魂が何かは知らねぇが、親子ってのがただの言葉でないのは間違いないと思うぜ。

 だからお庭番衆の間違い探しはシルキーで正しい筈だ。


「まぁ正解じゃ」


 そう言って棟梁は目を瞑って顎髭を擦っている。

 まぁこんな風に悩む必要もないほど簡単な質問だ。

 なんだって棟梁はこんな簡単な話を勿体振りやがったんだ?

 あとはシルキーの魂の正体だが、これもそのまま予想通りだろう。


「んでシルキーの中身は……棟梁の生前の娘だった子の魂だろ?」


「ブブゥーーー違いますぅ」


 俺がシルキーの正体を言い当ててやろうとしたら、シルキーが引っ掛かったと言わんばかりに笑顔で俺の予想を否定してきた。

 あれ? 違うのか?

 んじゃ、やっぱりただの他人?

 俺の観察眼もなまっちまったと言うのか?


「えぇ? ここまで前振りしておいて親子じゃねぇってのか? じゃあシルキーは誰なんだよ」


「娘じゃよ」


 棟梁はいい笑顔でそう言った。

 シルキー同様引っ掛かったと言わんばかりのツラしてやがる。


「娘じゃねぇけど娘ってどう言う事だよ。 義理の娘とか言葉遊びするつもりか?」


「いんや、正真正銘の儂の娘だ」


「『いんや』とか言われても訳分かんねぇって」


「本当にお前は察しが悪いのう。『女媧』封印後にアナスタシア……ゴホン。同じ魔族討伐隊仲間の一人と結婚したんじゃ。その後授かった子供がシルキーと言う訳じゃ。だからどっかの誰かの魂って訳じゃねぇ。最初からこいつのもんだ」


 お、お、お、お?

 ちょっと予想外過ぎて言葉が出ねぇ?

 人工物の身体なのに子供出来るのか? ……いや、そう言えば棟梁達の元となった俺の身体でも子供が出来るんだったな。

 デミが付いているけどメアリ達の先祖がはっちゃけて創ったんだし出来てもおかしくねぇ……のか?


「私のお母さんは、当時聖女と呼ばれていたくらい凄腕の治癒師だったんです。だからでしょうか? 他のお庭番衆の皆さんには無いお父さんの能力が私にも遺伝しました」


「え? 皆は使えないのか? さっき棟梁と一緒に石像化してただろ?」


「どうやら神は自分達がやらかした事を反省したようでな、魔族封印後は『創造』の権能をヴァーミリオ様が認識しておった『感知眼』の範囲まで制限を掛けたのじゃ。だから王国建国後に造られたこやつ等は、同じお主の残滓と言えども能力に制限が掛かっとる。使用可能な能力は不老と石像化、あとは多少の怪力に無尽蔵な体力だけじゃな。ちなみに儂らの本体であるお主が近くに居れば分かるのも能力の一つではあるの」


「お、おう。いや最後のは置いといて、十分にチートな気もするが……」


 まぁ言われてみりゃそうか。

 平和になったんなら神の権能を持った人間を野放しに出来ないしな。

 半分以上は自分達が必死になって造ったカドモンを、いくら神の権能を与えたからと言って人間一人が造っちまったってんだから面目丸潰れって理由も有りそうだが。

 しかし、俺が近くに居るのが分かるってのはプライバシー侵害されているようでなんか嫌なんだけども、神達も俺のプライバシー覗き見て楽しんでたんだから今更か。


「ちなみに儂と妻の間にはもう二人子供が居ったが儂の力が遺伝したのはシルキーだけじゃった……。妻もシルキーの兄妹達も皆儂らを置いて行っちまったよ」


「棟梁……」


 遠い過去に目を向けている寂しそうな棟梁の顔。

 その顔が語る苦悩はこれから俺が体験する未来なのだろう。

 大切な皆は俺を置いて去っていく……これは避けられねぇ現実だ。

 これからどれだけの人を見送らなければならねぇんだろうか?


「俺にも二人の子供が居たぜ。そいつらの孫の孫の孫の……まぁ子孫は結構いるな」

「俺ん所は大商人になって今でも本通りに大きな店を構えてる」

「俺も……」「うちも……」「僕も……」


 俺がやがて訪れるであろう宿命に胸の奥がずしりと重くなっていると、他の皆が嬉しそうに語り出した。


「正太の気持ちは分かるぜ。俺達も家族や知り合いが寿命で死んじまうのはとても辛かった。嫁さんの死と共に自殺しようと思った奴も何人も居る。だがよ、死なねぇなら残された子や孫達を護る為に生きていけば良い。そう思ったのさ」


 一番若い庭師の先輩が暗く沈んでいる俺の肩を叩きながらそう言ってくれた。

 そう言う考え方もあるのか……でもそうだな。

 その言葉で少し心が軽くなった気がする。


「知ってるか正太。棟梁のあの姿。あれ変身能力持ってるからってアナスタシア様と一緒に年取っていって最期を看取った時の姿なんだぜ。ずるいよな。しかも任務で姿を変える時以外はあの姿のままだしさ。若くして死んだから本来の姿は俺なんかよりもずっと若いんだぜ」


 棟梁に聞こえないように一番若い庭師の先輩が耳元でそう教えてくれた。


「マジで?」


「マジマジ」


 俺の驚きに頷く先輩。

 魔族封印前に死んだんだから確かに若くてもおかしくはない……けど、ドワーフの如き豪快ひげ面筋肉ダルマを見慣れてる俺からすると想像も出来ねぇや。

 まぁシャキッとした紳士然のブラウニーさんも、変身を目の当たりにした今でさえ全くイメージが結び付かねぇんだけどな。

 あれ? 実はちゃんとお庭番してんじゃねぇか?

 と、話はズレたが気になる事は残ってるな。


「ずるいと言や、なんで棟梁は俺と同じ材料から作られたのに、俺は変身や転移なんて便利な能力が使えないんだ? 使えていたら逃亡生活も楽になってたし、ここに来る為に王子達の前で恥かかなくても済んだってのによ。それになんか色々と訳知りの様だが俺の身体がカドモンだってのを知ったのも最近だぜ?」


 何故か皆は神々の英知って奴で自分達が俺の残滓だって事だけでなくこの世界を創った神々の存在さえ知ってやがる。

 この世界に来る際にガイアと直接会ったけど、結構騙されまくってた事がロキの話から判明したし、本当に俺はいいおもちゃだぜ。


「これも簡単な事ですよ。仮に『権能』を持ったのがメアリお嬢様だったらどうすると思います?」


「あっ、なるほど」


 この言葉でなんか色々分断されていた疑問が繋がった気がする。

 メアリの先祖のヴァーミリオってのも魔法オタクだったって訳か。

 友達の復活と言う名目は有っただろうけど、メアリやヴァレウス王子ならそりゃ知識欲にかまけて色々と性能盛るわな。

 恐らく現代知識が有ったなら目からビームとか腕からミサイルくらいなら余裕で付けただろう。

 いやそれくらいは既に出来るかのもしれねぇけどな。


「とは言え、所詮残り滓じゃ。正太ほどの戦闘力も無ぇし、ましてやメギド化も覚醒もしねぇ。それに如何に『権能』と言っても本体以上の力は出だせねぇだろ。恐らくおぬしも使えるんじゃねぇか?」


「本当か? なら教えてくれよ! っと言いたいんだが。俺の知ってる神ならそんな便利な物を俺に与えるかな。どっちかと言えば今の状況の様に『何で俺には使えないんだーー!!』と悔しがらせる嫌がらせをすると思うんだよな」


 やってみる価値は有るけど、今言った様にたぶん無駄に終わりそうな気がする。

 もし本当に使えるようになるとするなら、今よりヤバい状況が差し迫った時だろうさ。

 今までもゲームや小説の様に必要に応じて情報開示や能力開花がされてるからよ。

 それどころか下手に覚えるとクァチルウタウスの様に面倒事の方からやって来るかも知れん。

 触らぬ神に祟り無しってやつだな。


「じゃあ最後の謎を教えてくれ。さっき棟梁は言ったよな。『あの頃はデミカドモンと言う自覚は無かった』って。じゃあいつから自覚したんだ?」


 生まれた時から知らなかったと言う事は何か大きなきっかけが有った筈だ。

 神から直接教えられたのか、それとも覚醒の様な現象が起きたのか。


「儂が身体に宿る神々の英知に目覚めたのは、生まれたばかりのシルキーを抱き上げた時じゃ……共鳴現象とでも言おうか儂とシルキーの間で何かが壊れる音がしたんじゃよ。その瞬間儂らの身体の事、儂らが生まれた意味。そしてやがてこの世界に現れるお主の事を知ったのじゃ」


「俺の事を……。そんな昔から?」


「赤ちゃんであった私もその事は覚えています。私達リーブの残滓から生まれたデミカドモンは、これから永劫の時を歩く事になる貴方が寂しくないようにずっと側に付き従う……その願いを持ってヴァーミリオ様の元へ齎されたのだと」


 な……。

 俺は言葉を失った。

 棟梁達がこの世に生まれたのは魔族封印や建国の為のチートじゃなく、俺の為だっただと?

 それを神達が願っていたってのか?

 俺が呆然とした顔でいると、棟梁が話を続けた。


「シルキーが封印の鍵であったのだろうさ。お主の身体に連なるお庭番のこいつらにも同じ知識が浮かび上がった。それ以降儂らは大旦那様や歴代の旦那様達に仕えはしたが、ずっと真の主であるお主が現れるのを待っておったと言う訳じゃよ」


 その瞬間、棟梁やシルキーを含む皆が俺に対して胸に手を当て片膝を付き首を垂れる。

 まるでそれは騎士が君主に対して忠誠を誓う場面の様だった。

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