第158話 優しい眼差し

「お、おい皆、いきなりどうしたってんだよ」


 突然跪いた皆の姿に驚き訳を聞く。

 今の今まで普通に話してたじゃねぇか、突然真の主を待っていたとか言われても訳分かんねぇよ。


「我等お庭番衆一同、今この時を持って真の主たる正太様に永劫なる忠誠を誓う事を、我がブラトニー=フォン=エインヘリヤル伯爵の名にて申し上げ奉ります」


 そう言ったのは棟梁? いや、いつの間にか棟梁の場所で跪いてるのはとても若い……いやどことなく幼さが垣間見られる容貌の青年。

 お前誰だよ!! 思わず口から出かけたが、さっき一番若い先輩が言っていた棟梁の本当の姿ってのがこれって事なのか?


「ちょ、棟梁のその姿といい、その御大層な名前といい急にどうしたってんだよ」


 ドッキリか? 斬新な切り口のドッキリなのか?

 さっき俺が驚かなかった事を根に持って再度仕掛けたって事なのか?


「この姿、それに名と爵位は生前からの物。覇王の国ユグドラシルの八大伯爵家の一つ『エインヘリヤル家』の嫡子が僕の魂の正体。ヴァーミリオ様と共にアメリア建国に携わり……」

「あ~長くなりそうだからそこら辺はまた今度ゆっくり聞かせてくれ」


 俺が話を遮ると棟梁は……こんだけ若いとなんか調子狂うな。

 僕とか言い出したしよ。

 まぁその棟梁は口をパクパクさせて涙目になってる。

 恐らくこの場面で自身の事を熱く語りたいとずっと思っていたっぽい。

 悪いかな~と思いつつも俺の聞きたい事はそんな話じゃねぇから強引に進めさせてもらうぜ。


「そんな事よりなんで急に俺に忠誠を誓うと言い出したんだよ。昔にしても今にしてもそんな素振り全くなかったじゃねぇか」


「ちっ、僕がせっかく温めてきた口上をこんな雑に潰すとは……。まぁこんなでも主は主。仕方ないな」


 なんかすげぇジト目で俺を睨みながらそう言ってくる棟梁。

 髪の色は同じ茶色だが、顔の造形が別人過ぎる。

 棟梁と言えばガーランド先輩とは別方向の筋肉だるまだったってのに、今俺の目の前に居るブラトニー伯爵と名乗る青年は少し癖ッ毛の有る短髪でイケメンと言うよりかわいい系の容貌だ。

 声だって酒焼けしていたガラ声と違ってとても澄んでよく通る。

 本当にお前は誰だっての!!

 これはどう育ったらあんなのになっちまうんだ? 棟梁よりマシなブラウニーさんにも行きつくイメージが湧かねぇや。


「最初に出会った時にこんなマネしても主はもっと混乱していた事でしょう」


「そりゃ確かに。あの頃は神の思惑に騙されてるただの浮かれたガキだったしよ」


 その頃に今聞いた裏話を語られたとしても、正気でいられたか分かんねぇな。

 主人公気取って増長するか、騙されたショックで全てを投げ捨てて逃げちまうか……。

 ただでさえ記憶の中とは言え、クレアや父さん母さん、村の皆と死に別れたすぐだったんだ。

 永遠の命なんて事実を知ったら、これからどれだけ死に別れなきゃならねんだって絶望したかもな。

 今だって長い放浪生活で捻くれてたからこそ、神のおもちゃの現状を渋々受け入れちまってるだけだしよ。


「本来は20年前、主が女媧を討伐する際に正体を明かし付き従う筈だったのですが、なんかもう色々とぶっ壊して去っていきましたからね。こちらの方が焦りましたよ。女媧を前にして主の元に馳せ参じて格好よく決める口上を皆と練習していたと言うのに」


 またもやジト目で俺を見ながらそう言ってため息をつくブラトニー伯爵。

 よく見ると周りの皆も同じ目をして俺を見ている。

 どうやら皆して練習していたってのはマジなようだ。

 おいおいちょっとあんたら劇場型な場面妄想し過ぎじゃねぇ?


「そ、それは済まねぇな。それより女媧との出会いまで知っていたのか。どこまで神のシナリオを知っているんだ?」


「残念ながらシナリオと言うほど立派なものではなく、僕達が主と出会う運命のイメージしか知りません。当時忠誠を誓う場面は逃しましたが、神が定めた運命ですからね。いつか再び巡り合う事と信じておりました。そして再開の8年前ではなく今この時と言うのは皆が揃っている事に加え、主が神と対峙する決意を持ったからなのです」


「なるほどな。まぁ確かにすべての裏事情を知った今じゃなきゃ、こうして納得出来なかっただろうな」


「全ての裏事情?」


 俺の言葉にブラトニー伯爵の横で控えていたシルキーが怪訝な顔して意味有り気な言葉をわざとらしく口にした。


「お、おい。まだなんか有るってのか?」


「いえいえ、主様がそう思うのならそう言う事でしょう。貴方の中では」


 シルキーはニヤッとした顔でそんな事を言いやがった。

 俺の中ではってなんだよ。

 こいつやっぱり俺をおちょくるのを楽しむ事に目覚めやがったな。


「ちょっ! なんだよ。思わせ振りな事言うな。何なのか教えろって」


「まぁ良いじゃないですか。主様は今までずっと後出しで知る生活を営んで来たんですから今更ですよ」


「やめろ! 好きで営んで来たんじゃねぇっての!!」


「まぁまぁ落ち着いて下さい。これから未来永劫私達は主様の……お側に仕えるのですから、知るべき時もご一緒いたします」


 うっ……未来永劫一緒に居てくれると言う言葉にちょっとグッて来ちまった。

 しかもシルキーの奴め、『お側に』の途中でニンフ像の少女姿に変わるもんだから何も言えねぇ。

 ひらひらした布一枚巻いた姿になるんじゃねぇよ。

 目のやり場に困るだろ、それに他の奴らに見られるのも何だか嫌だ。


「分かった! その姿はやめろ。メイド姿に戻れ」


「プププ。主様ったら意外と純情ですね。レイチェル様の言ってた通りですわ」


「レイチェルを知ってるのか!? ……あっそう言えばあいつもシルキーの事を知っていたか」


 レイチェルの奴なんか訳知り顔していたが、わざわざシルキーの所在を『居るの?』じゃなく『有るの?』と言っていたのはニンフ像って事まで知っていたんだな。

 しかしいつの間に知り合ったんだ?


「レイチェル様に正体を明かしたのは、20年前主様が逃亡後に仲間として収監されていた時の事です」


「なんだって! なんで正体を明かしたんだ?」


「主様とレイチェル様が恋仲と言う事は、主様が私をお磨きになられている頃から知っておりました。それを羨ましく思いながらも主様の意思を尊重する為に我慢しておりましたが、主様が逃亡後に共犯とみなされ収監された他のパーティーの方々と共に主様の行方を吐いたと聞き、主様の想いを踏みにじり裏切った事が許せず牢獄へと忍び込んだのです」


「いや、それは……」


 ハリーとドナテロはどうだか知らねぇが、レイチェルは俺が逃げられるようにと嘘の証言をしてくれていたんだ。

 村での裏切りに関して後悔してるとも言ってくれた。

 それにあれは化け物同士の殺し合いだったんだ。

 レイチェルが俺を罵ったのも仕方の無ぇ事さ。


「はい、その際にレイチェル様の真意をお伺いしました。嘘の情報を流したと聞いた時、こちらから主様の無実を各地で伝え歩く様にお願いしたのですが、逆に『そんな事言われなくても分かっているよ』と食って掛かられて、その後は売り言葉に買い言葉。最後は私の方が好きだ、いや私の方が愛してると取っ組み合いの喧嘩になりました。そこからどこが好きなのかを夜なべして二人で語り合ったのは今ではいい思い出です」


 今こいつさらっととんでもねぇ事口にしなかったか?

 牢獄の中でなんて喧嘩しやがんだよ。


「レイチェル様の愛の深さは理解しましたが、なにしろ私は神が直々にあなたの側へと遣わせた運命のつがいですからね。その場は引き下がりましたとも。時は私達の味方ですからね」


「怖い事を言うな。そう言うのは最近お腹いっぱいなんだっての。嬢ちゃんにメアリ、姫さんとかその他諸々勘弁してくれ」


 こいつ全部話した途端なんかズケズケと物言うように様になりやがった。

 今までどれだけ猫被ってたんだっての。




「ハイハーーイ! そろそろ出てきてもいい頃かにゃ~?」


 なんかグダグダになっちまった庭師仲間との再会にため息を吐いていると、突然この世界にふさわしくない言葉遣いな女性の声が辺りに響いた。


「誰だっ!」


 俺は声の主に向かって威嚇を込めた声で叫んだ。

  おいおい、この場には俺たち以外居ねぇんじゃなかったのかよ。

 いつから居たんだ? 今の話を聞かれちまったのか?

 何としても口封じしなければ不味いことになる。


「わぁお! すっごい迫力びっくりしたよ」


 相変わらず間の抜けた喋り方をする声。

 その姿は中央の噴水を挟んで反対側の入口に居た。


「いや~流石だねぇ。おっ? よく見るといい男じゃん。あちゃ~そうと知ってたらあんたでも良かったかも。ねっ主人公さん」


「なっ……? 主人公?」


 変な言葉遣いの女性は俺より……俺の28歳の姿よりずいぶん若く見えた。

 その容貌はどことなく元の世界で見慣れた雰囲気を醸し出してやがる。

 見慣れたってもこいつを知っていると言う訳じゃなく、和風な顔立ちに黒い髪。

 俺が暮らしていた国の特徴を持ってやがる。


 だが、そんな事はどうでもいい。

 何言ってんだこいつ? 俺の事を主人公と言いやがっただと?

 俺が突然現れた謎の女性に呆然としていると、その女の後ろにもう一つの人影が現れた。


「コホン。私を選んだ事を後悔してるのかい?」


 その人影の言葉に、謎の女は慌てて人影に抱き着いた。


「うそうそ! ダーリンが一番大好きよ!」


 謎の女は顔を埋めながら思いっきり惚気だした。

 俺は今、一体何を見せられてんだ?

 頭が混乱して何を喋っていいのか分からん。


「大きくなった正太。元気だったか?」


 抱き着く女性を宥めるように頭を撫でていた人影は、やがて顔を上げると俺に向かってそう言った。

 そう言ったんだ。


 その顔はあの時のまま、そしてついさっきも。

 俺に優しい眼差しを向けて微笑んでいる。

 なんで? どうして?

 そんな事はどうでもいい。

 俺はその名前を口にした。


「メイガスっ!!」


 

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