第152話 くだらない生きる希望

「あー懐かしぃなぁー! そうそうこの生け垣の迷路。昔と全く変わってねぇじゃねぇか」


 俺は今、一人旧アメリア王都ご自慢の庭園を歩いている。

 ここは一時この職で骨を埋めようかと迷っちまった庭師手伝いをしてた思い出の場所だ。

 当時のままの風景に思わず声が出ちまった。


 謁見に関しちゃあの後特に何も無くそのまま退場となった。

 いや、メイガスのあの眼差しに耐えられなくなった俺が顔伏せて何も言わずそそくさと退散したからなんだけどな。

 んで、なんでここに俺が一人で居るかと言うと、コウメは宴の為の準備とか言って侍女達に連れて行かれちまったからだ。

 他国の使者とは言え、急に現れた俺達なんかの為に思ったよりちゃんとした宴を開いてくれるらしく、今から腕によりをかけて湯浴みやら化粧やらエステやらでコウメをおめかしさせるんだと。

 どうやら今のアメリア王国は平和らしいな。

 こんな事で盛り上がるなんざ、娯楽に飢えてるんだろう。

 この地に眠る魔族女媧が居なくなったお陰かね?


 一人残された俺にも湯浴みの用意や正装の貸出はしてくれたんだが、宴までかなりの時間はあるからよ。

 あくまで宴の主役は勇者であるコウメで俺はただのオマケの従者だ。

 準備なんて時間ギリギリの適当で良いだろさ。

 だからこうやって時間潰しも兼ねて思い出の場所を回ってるってわけだ。


 しかし、女媧による王宮乗っ取り事変に王国崩壊って悲劇に見舞われたってのに全くそんな感じはしねぇな。

 無血開城と聞いてはいたが、20年以上の月日が流れたってのに、ここまで庭園の状態があの頃のままとは恐れ入ったぜ。

 この部分のカットの仕方は庭師の親方の癖にそっくりだ。

 もしかしたら庭師の皆は今でもここで働いているって事なのか?

 う〜ん、久し振りに会ってみたいと思うんだが、俺なんかを覚えてくれてるだろうか?

 ……覚えていたとして、いや覚えているからこそ俺の事を許してくれるだろうか……?


「ん? そう言や人の気配がしねぇな。今の時間五~六人は庭の手入れに勤しんでると思うんだが……。シフト時間が変わったのかな?」


 懐かしい皆の顔を思い出していたら庭園の違和感に気付いた。

 辺りを見渡しても庭師どころか人っこ一人居やしねぇ。

 植物ってのはジッとしているように見えるがこんな天気のいい日にゃ結構動くんだよ。

 昼の間に日の光から栄養取ってやろうと葉っぱを思いっきり伸ばしやがる。

 そりゃ素人の目にゃ分からねぇだろうが、ここは王宮だぜ?

 そこの庭師と言えばその道のプロもプロ、その眼は1mm単位のズレさえ見逃さねぇんだ。

 ここで世話になっていた時に親方にめちゃくちゃしごかれたからよ。

 だから久し振りにそのを使わせてもらったが、誰も居ないにしちゃ葉の乱れも無く整い過ぎている。

 まるでさっきまでそこかしこで庭師達が剪定していたかのようだ。

 

 休憩時間なのか、それとも俺が来たから隠れたのか。

 いや、正太に気付いたって事は無いだろうが、もしかしたらタイカ国の王宮ルールじゃ客人には姿を見せるなってのがあるかもしれねぇな。

 俺が庭園に歩いてきているのを見て「誰か来たーっ」て一斉に逃げちまったのかもしれねぇ。

 ちょっと残念だが……まっ、良いや。

 顔合わすのも正直気まずいし、このまま少しばかり散歩させてもらおうか。


 俺は仕事の邪魔をしちゃ悪いかと思いながらも生け垣の迷路を目的地に向かって足を進めた。


「うおっ! ビックリした!」


 曲がり角を曲がろうとした先、突然真っ白な人影が視界に現れたので思わず声が出た。

 それは道の両脇に一体ずつ、しかも全く気配を感じなかったぞ。

 一体何者だと目を凝らすとそれはどうやら人ではなく白い大理石で作られた彫刻像のようだ。

 過去の記憶頼りで歩いていた所為で、曲がり角の先にそんな物が有るとは全く想定に無かったぜ。


「って、石像かよ!! なんでこんな所に突っ立ってんだ? 昔は無かったろ。ったく……」


 俺とした事がたかが石像にビビッて声を上げちまった恥ずかしさから思わず大袈裟に悪態を吐いた。

 そして俺を驚かせたその二体の石像を近くで観察しようと曲がり角の奥へと進もうとした時、異様な光景が俺の目に飛び込んできた。


「ちょっとおいおい。なんだなんだこれ? 二体どころじゃねぇぞ」


 曲がり角のすぐ側の二体の後ろにはずらっと……いやずらっとと言うより乱雑って言った方がいいか。

 まぁおよそ観賞用って言うにはお粗末に景観もクソも無く無計画で並べられた多数の石像がそこに有った。

 その様は王宮の庭園には似つかわしくない風景だ。

 向きもバラバラで配置もぐちゃぐちゃ、なにより石像のモチーフとなっているのがむさい半裸のオッサンばかり。


「ひぃふぅみぃ……ん~全部で十五~六体くらいか? まるでお化け屋敷だなこりゃ。全部見覚えがねぇって事は俺が居た頃の庭園にゃ無かった石像か」


 お寺の仁王像じゃねぇんだからよぉ……って、あぁタイカ国は和風な世界感だったな。

 確か前世でも十六だか十八だかの羅漢仏像っての奉ってる寺が有ったしそれほど不思議じゃねぇのか……?


「いや、余計にこれはねぇよな。仏像ならもうちょっとちゃんと並べるだろうし、なにより通路が埋まって通れねぇじゃねぇか」

 

 恐らくタイカ国の属領となって持ち込まれたんだろうが、城の景観に合わねぇからこんな所に放置されてるんかな?

 ったく迷惑な話だぜ、俺のはこの先だっつうの。

 俺はアメリア王国が健在であった頃、周辺国へも広く知られた誉れ高き王宮庭園をこんな粗大ゴミ置き場なんかにした今の城の住民に対してぶつぶつ文句を言いながら乱雑に並べられた石像の間を抜けて行く。


 そう、俺は今この迷路の奥に有るとある場所を目指して進んでいた。

 その理由は逃亡中、俺がずっと願い続けていたこと。

 くだらない願望で今となっちゃ笑っちまうがよ。


 当時の俺は全てに絶望して生きる目的も無く、ただ逃げることしか考えていなかった。

 そんな俺を支えていたのが、まぁレイチェルやハリー達かつての仲間への恨みってのも有ったがよ。

 ほんの少しだけ前向きな理由ってのもあったあったのさ。


 もしも、そう奇跡でも起こってもしもこの城に帰って来れるなんて機会なんてのが有ったならこの中庭にある噴水に来ようってな。


 別に噴水で水遊びしよって訳じゃねぇ。

 庭師としての俺の仕事には植木の剪定から庭の掃除、城のペットの世話の他に彫刻磨きってのが有ったんだが、その彫像の中にちっとばかし気になるのが有ってな、それが噴水の側に立つニンフの像なんだ。

 最初その像を見た時、暫く見惚れちまった。

 そんで『なんて綺麗なんだ』と思わず零しちまってよ、一緒に居たレイチェルに脇腹抓られたっけな。

 きっと有名な彫刻家の作品なんだろうさ。

 日の光を反射するほど真っ白な大理石で創られたニンフの像は、歪み一つ無い均整の取れた綺麗な目元、スッと通る鼻筋、柔らかそうな唇。

 腰まで棚引く長い髪に、その無垢なる身体のラインを申し訳程度に覆い隠す柔らかい布の表現。

 それはまさに男の理想を体現したような石像だった。


 まさかそんな見惚れちまった事のある像の世話を任されるなんて思わなかったからよ。

 大理石なんで堅い筈なんだが、まるで本当に人間かと錯覚するような柔らかなライン、最初に触った時は思わず手が震えたね。

 その事はまだレイチェルとも手を繋ぐだけで赤面しちまうようなピュアボーイだったしな。

 それからの毎日、そのニンフ像を磨く事が庭師の仕事で疲れた身体を癒す日課となっていた。


 笑っちまう事にその像をもう一度見たいってのが、逃亡中の俺の生きる希望の一つとなっていたんだ。

 そんな小さな夢が叶うなんてよ、本当に笑っちまうぜ。


「よっと抜けた。さてとあの門を抜けた先に噴水が有った筈だ」


 むさ苦しい仁王像の林をなんとか抜けた俺の目の前に蔓薔薇で装飾された格子の門が現れた。

 噴水の音も聞こえているから放置されてる訳じゃなさそうだ。

 ここら辺も綺麗に剪定されているからそんな事ないのは分かっていたけどな。


「じゃぁ尚更あの石像達はなんだってんだ? あんなとこに置いてたら邪魔だろうし、棟梁は代わっちまったのか? 俺の知ってる棟梁なら国王にだって黙っちゃいないと思うが」


 なんか違和感を感じながらも、俺は内心逸る気持ちを抑えきれず進む足を速めた。

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