第151話 あの日の視線

「―――イシューテル王からの親書を読ませていただいた。良くぞ知らせてくれた若き勇者殿」


「当たり前なの……じゃないのだ。そ、それくらいとうぜんのことです……領主様。魔族は、じ、人類の敵だからなのだ……です」


 ちょっと素が出たが、まぁ初めての敬語にしちゃ上出来だろ。

 あとで褒めてやるか。


 あの後、無事に旧アメリア王都に着いた俺達は、現在懐かしき王城の謁見の間で現在この街の領主と謁見している真っ最中って訳。

 大人であり一応従者役である俺の代わりに、コウメが受け答えしているのは、まぁアレだ。

 まだまだ子供だとは言え、神に認められた勇者様だからよ。

 何処の馬の骨か分からん従者が出しゃ張って話すよりスムーズに事が進ってやつさ。

 何より勇者としてこれからこんな感じで他国の王に会う機会も増えて行くだろうし、ちっとばかし社会勉強を兼ねて交渉全般はコウメに任せる事にした。

 なんせ目の前の領主様は親書の主であるイシューテル国王の甥や元この城の住人だった者と知り合いだしよ。

 コウメが粗相しても大抵の事は大目に見てくれるだろう。


 しかし馬車で数日揺られているの間に特急で言葉遣いやら作法を詰め込んだってのに中々頑張ってるじゃないか。

 これも俺のコーチングスキルのお陰かも知れんが、コウメの努力を素直に褒めておくとするぜ。

 俺はダメだった時のサポート役として後ろに控えてはいるが、このまま出番は無さそうだな。


 ……………。


 俺は伏せている顔をそのままで、少し目線を上げて玉座に座る領主を窺う。

 20年と言う短くない年月だ。

 目元や鼻筋と言った面影は辿れるものの、既に毛髪の大半を占める白髪や刻まれた皺の深さが、俺の記憶の中の姿に辿り着くのを少し邪魔をする。

 彼が今日まで歩んできた道は、逃げる事しか出来なかった俺では到底計り知れない困難や苦悩の連続だったと思う。

 この世界の舞台裏を知っている俺と違って、神々が自らの愉悦を満たす舞台として作ったこの箱庭に、俺と言う神のおもちゃが織り成す物語の一登場人物として彼はこの世に配されたんだ。

 しかもロキの話じゃ、本来なら物語の序場に俺の一次覚醒なんてクソくだらねぇイベントによってその他大勢と共に雑に殺される運命だったらしい。


 そうならなかったのは、俺がこの世界の造られた神であるクーデリアをおかしくしちまった所為だって話だ。

 まぁ、そこだけ切り取れば俺のお陰で死ななかったって言えるかもしれねぇが、実際俺が何をどうしたのかなんて覚えていねぇんだからよ。

 そもそも俺が居なけりゃそんなイベント自体起こりもしなたったんだからな。

 ロキがほざいたあの日の裏事情を聞いて『生きていてくれて良かった』と手放しで喜ぶ程割り切れる話じゃねぇさ。


 あの日、騎士団壊滅による汚名を着せられ、それでもなお自分の地位を捨ててまで俺を救おうと手を尽くしてくれた。

 そして逃げ出した俺に代わって女媧に唆された馬鹿王子の圧制から民を守り続ける戦いに身を投じさせちまったんだ。

 そんな辛い道を歩ませてしまった罪悪感で胸が痛ぇ。


 そんな彼……いや、俺の兄貴とも言える存在のメイガスの眼差しは、俺を視界に入れる事無く、ただ目の前のコウメだけに注がれている。

 それはこの謁見の間に入った時から変わらねぇ。

 そりゃ入場時に一瞬チラッとこっちを見たが、なんてこたねぇ従者を一瞥する程度の感情しかその瞳には浮かんでいなかった。


 謁見の間に入るまでは、気付かれたらどうしようかって心臓が口から飛び出そうな程緊張してたんだが、全くそんな事ぁ無かったぜ。

 別れたあの日は18歳だったから、そりゃお互い28年の月日で姿が変わちまってるとは言え、そもそも俺は大消失一次覚醒の所為で28歳の身体から一切年取ってねぇ訳なんだからさ。


 先輩やレイチェルも一目で気付いてくれたんだからよ。

 ……だからメイガスだって気付いてくれると思っちまってた。


 俺が謁見の間に入った瞬間、玉座から立ち上がって俺の所まで駆け寄って『生きててくれたか』とか『会いたかった』とか言って、抱き締めてくれるんじゃねぇかって……。


 だけど、結果はこうだ。

 俺の期待は泡と消え、普通に他国の使者に対するような事務的なやり取り。

 なんかこうガッカリしちまって気分も萎えちまった。

 だからさっきみてぇにひねた感想が浮かんできちまったんだよな。


 ……あぁそうだよ。

 勝手に期待して、そうじゃなかったから勝手に拗ねてるだけだ。

 はぁ、なんかこりゃまるでヤンデレ彼女みてぇな重い奴じゃねぇか。

 本当に俺って奴は子供だな。

 こんな事なら最初から渡しとけば良かったぜ、……俺の事が書いている親書をよ。


 そう、実は親書は二つ有ったんだ。

 一つは国王に頼んだ俺の事が書いて有る親書。

 もう一つは俺の事を省いて魔族の事だけを記した親書だ。

 俺が無事な事は先輩経由で既に知っていたって話だし、最近良い事尽くめだったもんでちょっと欲ばっちまった。

 かと言って今更こっちの親書を出すのもなんだし、俺が正太ですなんて白状するのはダセェ。


 ……まっ、いっか。

 いや、よくねぇけどもさ。

 これも俺がいざぶるっちまって情けねぇ選択をしちまった罰だ。

 それによ、メイガスの……兄貴の生きている姿を見れたんだからよ。


「本国への親書はすぐに用意しよう。……が、ここまでの長旅さぞかし大変だったであろう。事は一刻を争うとは言うものの、そなた等の苦労を労う意味も兼ねて今宵歓迎の宴を催したいと思う。どうだろうか?」


 メイガスからの提案にコウメが目をキラキラさせながらこっちを見てきた。

 勇者としてすぐに返答していいのか迷ったんだろう。

 この問答については俺も想定外だったぜ。

 使者であり勇者であるから晩餐会程度ならあるだろうと思っていたが、歓迎の宴とはさすがに驚いた。

 まっと言っても『言葉の綾』か、それとも『ささやからながら』なんて形容詞が抜けただけだろ。

 俺はコウメの視線に軽く頷いた。


「あ、ありがたき。あっ……幸せ。りょーしゅ様のおこころづかい、ありがたくちょうだいします」


 頑張ったコウメ!

 俺は噛みながらもメイガスに謝辞を返し頭を垂れるコウメの後姿を上目遣いで見ながら心の中で褒める。

 その時、一人の人物と視線が合った。


 コウメと? いや違う。

 コウメは俺の頷きを見たあとすぐに正面に向き直って謝辞を述べて頭下げてるからな。

 謁見の間に居る周囲の臣下達もその視線は微笑ましい幼い勇者の頑張りに目尻を垂れていた。

 目が合った視線の持ち主はメイガス。

 ただ俺はビックリしてすぐさま目線を下げたからほんの一瞬だけ。

 ……だって不敬者! とか言われたらたまんねからな。


 これも違うな、ただ単に本当に驚いただけだ。

 俺の勘違いかもしれねぇが、なにしろその視線はあの日の……女媧の襲撃で檻から逃げ出す俺に向けられた俺の無事を祈る慈愛の想いが込められていたように見えたからだ。


 ダメだ、色々な感情が噴出しそうで動く事が出来ねぇ。

 今の視線の意味が俺の想像と同じかどうかなんて関係無ぇ。

 なんか喋ろうものなら声が上ずってさっきのコウメより酷い結果になっちまうぜ。

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