第142話 予言

「君は過去に罪を犯した。ここから西に行った所にある村人を惨殺すると言うとても凄惨事件をね」


 顔に浮かんでいる優し気な笑みとは違い、町長の口から出る言葉は俺の心を抉るものだった。

 最初から全て知られていた。

 知った上で俺を皆の前に晒して罪を告発したのか……。

 俺は目の前が真っ暗になる。

 どうやらあまりの恐怖に貧血になったのか、急激に意識が遠のいていく。


「お前らやめるのだ! 先生をいじめるな!」


 そのまま倒れてしまいそうになった時、俺の耳に俺を庇う言葉が聞こえて来た。

 それはコウメの声だ。

 コウメは既に俺の過去の事を知っている。

 レイチェルが言葉を選びながら、その行為が如何に仕方が無かった事なのかを懇切丁寧に言い聞かせたようだ。

 その甲斐あって、俺の過去を知ったコウメは俺の事を『アノ時の目』で見て来る事も無く、今まで通り俺の事を先生と慕ってくれていた。


 俺はコウメの声で意識を失い崩れそうになる身体を何とか踏み止ませる事に成功する。

 視界も元に戻ったようだ。

 コウメが俺の前で手を広げて皆から守ろうとしてくれている後姿が見える。


 『ありがとうよコウメ』


 俺は心の中で健気にも俺を守ろうとするコウメに礼を言った。

 『だがよ。俺は……』心の中でそう続けて今にも飛び掛からんと周囲を威嚇しているコウメの肩に手を当てた。

 勇者の威嚇は力を持って周囲の人々を震え上がらせている。

 早く止めねぇとな。


「コウメ、そこまでだ」


「え? 先生。けど……」


 俺の言葉に驚いたコウメは周囲への威嚇を止めて振り返り俺の事を見上げる。

 それによって勇者の怒りの感情に当てられていた人達は安堵の息を吐いた。


「お前の気持ちはありがてぇんだがよ。だからと言って罪の無い人達を脅してたんじゃ、あの時の俺と同じになっちまう」


「う……ごめんなのだ」


 コウメは俺の言葉の意味を理解したらしく、項垂れながら謝って来た。

 ちっと言い過ぎたか。

 俺はコウメの頭を優しく撫でる。


「お前は悪くねぇよ、コウメ。悪いのは全部俺だ」


 俺の言葉にコウメは少し悲しそうに笑い撫でられるのに身を任している。

 こんな小さいのに気を遣わしちまうなんて、俺は本当にダメな奴だな。


「……で、どうする町長? 俺を騎士団に突き出すか? 聞いた話じゃ俺の手配書は無効になってるって話だし、賞金は出ねぇと思うぜ? あぁ、国の使者やってるてのは本当だが、過去の事で俺の国にバラすぞって脅そうとしても無駄だ。国王は俺の過去を知った上で雇ってんだしな」


 覚悟を決めた俺は見知った者達に今の俺をどうしたいのか聞く事にした。

 手配書が無効になっても賞金は出るから騎士団に突き出すとか言われたら困るが、まぁ相手はメイガスが居るしそのまま死刑になるってこたないだろ。

 外国の使者を過去の罪で勝手に罰するってのも一地方領主の権限を越えてるだろうしよ。

 このまま大人しく突き出されるのも、過去の自分と決別するいい機会だ。

 だから、あえて悪びれない態度を取って後腐れないようにしてやらねぇとな。

 なんだかんだ言って俺は町の英雄みてぇな感じになっちまってるし、こいつらもただ突き出すのは寝覚めが悪りぃだろ。

 まっ、こんな気持ちになれたのは、こいつらが『アノ時の目』で俺を見て来ねぇからだな。

 もし『アノ時の目』で見られてたら逃げ出してただろう。

 さぁ、お前らは俺に対してどうしたい?

 今生の別れみてぇなもんだからよ、コウメに危害を加えない限りは何でも聞いてやるさ。


「……『俺の国』……ですか」


 町長が何を言ってくるのか不敵な笑みを浮かべる演技で待ち構えていると、町長は少し寂しそうな顔をしてポツリとそう呟いた。

 俺は予想外の態度に不敵な笑みの演技を忘れ目を見開いて、今の不可解な町長の言動の意味を推測しようとするが答えが出ねぇ。

 そこで気付いたんだが、寂しそうにしているのは何も町長だけじゃなかった。

 先程までの喜びの喧騒が嘘の様に静まり返り、俺を見ている多くの者達が同じ様に悲し気な目で俺を見ている。


「な、なんだよ……どうしたんだ? あっ! アレか? 国王が俺の過去を知ってるってんで、脅す当てがハズレたって事か? 残念だったな。当てがハズレちまってよ。まぁ、なんだ。こんな殺人鬼と一緒に居たくねぇだろ。俺はこのまま去らしてもらうぜ」


 『アノ時の目』じゃねぇが、そんな悲しそうな顔されるのもなんだか居たたまれねぇ気分になるぜ。

 この雰囲気じゃ突き出す気は無かったみてぇだし、このまま去るとするか。

 俺は町長からの回答を待たずに街から出ようとした……あっ。


「婆さん。すまんが荷物だけ取りに上がらせてくれ。あ~それと、コウメが壊した窓枠は弁償するから安心しろ。……もう一つ。自慢の幼馴染の息子が犯罪者なんて、思い出を汚しちまったようで悪かったな」


 俺はそう言って婆さんに小さく頭を下げた。

 神に造られた記憶なんだが、婆さんが母さんとの思い出話を懐かしそうに喋る時の笑顔見ちまったからな。

 責任って物を感じちまったぜ。



「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ」


 俺が婆さん家に向かって歩き出そうとしたら町長が大きな声で呼び止めて来た。

 おいおい、まだなんか有るのか?

 『人殺しーー!』とか『犯罪者ーー!』とか、俺を罵りてぇってのか?

 まぁ、気持ちは分かるがよ。

 一応町の救世主みてぇなもんだからこのまま見逃して欲しかったんだがな。


「どうしたんだ? 罵倒なら好きにしたらいい。どうせ消えねぇ罪だ。構わねぇよ」


 魔族だなんだは後付けだ。

 少なくともあの時は村人達が元に戻らねぇ事情なんて知らなかったんだからな。

 例え村人達が正気に戻せたんだとしても、あの時の俺はレイチェルを守る為に村人達を切り殺してただろうぜ。

 だから俺は甘んじて……。


 違うな……。俺は知り合いに罵倒される事によって贖罪された気になりたいだけだ。

 俺はそう言って町長の方に顔を向けたんだが、又もや俺の思っていたのと違う光景が広がっていた。

 町長の顔には怒りも憎しみも無く何故か呆れと苦笑の表情が浮かんでいる。


「そんな事はしないよ。本当にもう……」


 そう言って首を振る町長は溜息交じりにそう言った。

 周囲の空気も多かれ少なかれ似たような表情を浮かべてやがる。

 一体なんだってんだよ。

 さっきからこいつらの態度が何処かおかしいぜ。

 もしかして魔族に洗脳でもされているってぇのか?

 くそっ! ロキの野郎め! 他にも洗脳する魔族を作ってやがったとはな。

 あいつの胎ん中で喋った時は案外話が分かる奴かと思ったが、やっぱりクソッタレクソッタレだったか。

 絶対にぶん殴ってやるから覚えておけっ!


 周囲の異様な雰囲気に違和感を覚えた俺は、新たな魔族の出現かと思い辺りを警戒する。

 魔族の能力による洗脳なら少なからず魔力か瘴気を感じる筈だ。

 なんせ周囲の人間全体を洗脳する程の能力なんだしよ。

 あの日の二の舞はごめんだぜ。

 既に手遅れとか言うのだけはやめてくれよ。

 もうこれ以上俺の手を血で染めてくれるな……。


「ふぅ……話を最後まで聞かず勝手に自己解決して暴走する所は、キミのお母さんにそっくりだねぇ。さすが親子だよ」


 俺が魔族の気配を必死で探っていると町長は何処か嬉しそうにそう言って来た。

 その言葉に俺は耳を疑う。


「ど、どう言うこった? な、なんでそんな事を言う?」


 最後まで聞かず勝手に暴走?

 母さんにそっくりだと?

 いや、そもそも俺の罪を断罪したいんじゃねのかよ。

 なんで笑ってんだ!


「すまなかったね。言い方が悪かったよ。キミはテレスの息子なんだ、あの言い方じゃこうなる事は目に見えてたのにね」


 町長がそう言うと周りから笑い声が起こる。

 な、なんだ? どう言う事だよ?

 俺は半ばパニック状態になりながら辺りを見回す事しか出来ない。


「実はね、正太くん。キミが犯した罪なんだが、私達はキミの行為があの場において最良の手段だったと言う事を知っているんだ。キミじゃなくとも誰かが『彼らを倒す』しか彼らを救う術が無かったと言う事もね」


「はぁ!? 知っているだと? しかも『倒す』だなんて……。 な、何故だ? どうしてそんな事を知っている!」


 訳が分からねぇ! なんなんだよこいつら!

 あの事件の真相なんて知っている奴なんか居る訳ねぇだろ!

 もしかしてこいつら魔族じゃなくてロキに洗脳されてるんじゃねぇだろうな?

 皆を操って俺をからかってるのか?


「私達もね、最初正太くんが犯した事件の事を聞いた時は耳を疑ったし、騎士団が山狩りに来た時は本当だったと憤りもしたんだよ」


 町長は当時の事を思い出しているのか、少し目を細めてそう言った。

 てっきり俺がロキの仕業と気付いた時点でネタ晴らしでもするのかと思いきや、どうやら知っている理由を語ろうとしているようだ。


 おい! ロキ! どうせ俺の思考を神界から聞いてるんだろ!

 お前の仕業なら早くゲロりやがれ!!


 …………ちっ。


 辺り見回しても特にふざけた態度取っている奴は見当たらねぇ。

 短い間だったがロキの性格は十分把握する事が出来たからな。

 あいつが操ってるってんなら絶対目立つ場所に『どっきり大成功』的なギミックを仕込んで来る筈だ。

 それが見付からねぇって事は、本当に操られてねぇって事なのか?


 なら今町長が言った通り手配書を見て、そして騎士団が来た事で俺の犯罪を確信したんだろ?

 どこから事件の真相を知る事に繋がるってんだよ。

 あの時、誰も知り得なかった『もう二度と人間には戻れない村人』と言う事実を知っている奴なんて居る訳が……。


 ……いや、一つだけ不確定要素が有ったか。


 突然現れたって言う俺の村の生き残りとか言う奴だ。

 居る筈がねぇその人物。

 何故かは知らねぇがこの町を守ってるって話だった。

 しかも、国や教会に内緒だなんて怪しい事この上ないぜ。

 そいつがロキの息が掛かってる奴ってのなら納得だ。

 どう言う魂胆か知らねぇが、女媧の能力や俺が倒したって事を町の奴らに伝えたんだろう。

 まぁトドメはダイスだけどな。


「取りあえず、まず事情を教えてくれ。当時真相を知っていた奴なんて居なかったんだ。それこそ、つい最近あの村の奴を洗脳して操ってた元凶を倒すまでな。その情報がここに届くには早過ぎる。誰から聞いた? もしかして『大陸渡り』に滅ぼされた村の生き残りって奴か?」


「おぉ、やはりかつてあの人が言った事は本当だったんだね。あの事件を引き起こした化け物をいつかキミが倒すと言う予言は果たされたのか」


 それは予想外の言葉だった。

 俺があの事件の元凶を倒したと言う言葉に町長は目を見開いて驚き、そして目を瞑りながら噛み締める様に何度も頷いている。

 その姿はまるで懐かしい思い出に浸っているように見えた。

 その顔に俺は違和感を覚える。

 婆さんの話では生き残りが現れたのは時期的に俺が女媧を倒した前後だった筈。

 そんな最近の事を懐かしそうな顔して『かつて』やら『予言が果たされた』なんて言うのか?


 一体過去に何が有ったんっていうんだ?

 本当に訳が分からないぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る