第143話 出来過ぎの英雄譚
「予言って一体どう言う事なんだ? 村の生き残りって奴から倒した話を聞いたんじゃねぇのか? 一体誰なんだそいつは」
俺の言葉に町長は頷いた。
そしてにっこりと笑い俺を見る。
「あぁそうさ、その方は守護者殿ではないよ。あれはキミの行方が分からなくなった二十年前の事、キミを探しに来た騎士団による山狩りが何の成果も出せずに引き上げて行って数日が経った頃だ。一人の流れの治癒師が町にやって来たんだよ」
「流れの治癒師? そいつが予言を残したってのか?」
治癒師? まさか教会が俺を魔族の手先と思って追っ手を差し向けたってのか?
いや、それならいずれ俺が魔族を倒すなんて予言を残す筈がねぇ。
それどころか村人達が元に戻らねぇ事を知っているなんてのは、それこそ神以外居ない筈だ。
「予言……と言うのは少し大袈裟だったか。それは願いにも似た言葉だった」
町長はそう言って遠い目をしながら空を見上げた。
顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「当時騎士団が山狩りした所為でそれに驚いた魔物達が殺気立っていてね。騎士団が帰るや否や町を襲い出したんだよ。それを何とか自警団が撃退したんだけど結構な被害が出たんだ。薬だけじゃ治療が追い付かなくてね。治癒師が必要だった。しかし、この町には教会が無い。外から呼ぼうにも、教会がある街はかなり遠いからそれまで怪我人の容体が持たないかもしれなかったんだよ。そんな途方に暮れかけた所に現れたのが彼女だったんだ」
「彼女? その治癒師は女だったのか?」
「あぁ、そうだよ。彼女は町の状況を見るやすぐさま治療に当たられたんだ。それこそ寝る間も惜しむ程に彼女は献身的に怪我人達に治癒魔法を掛け続けてくれた。その姿はまさに聖女の様だったよ。彼女は町の救世主さ」
せ、聖女だと?
一瞬予言ってので、人間形態の女媧や最近現れやがったテラとか名乗る女占い師を思い浮かべたが、女媧は人なんて助けねぇし、テラにしても目撃者の話を聞く限り、町長の説明に該当しそうもない。
と言う事は、やはり神の手先なのか……?
……いや、違う!
そうだ! そうだよ!
一人だけあの当時から村人が戻らねぇ事を知っている奴が居たじゃないか。
俺が普通の人間じゃねぇって事も、そして『魔』と敵対する者だって事もな。
それに聖女の如き旅する治癒師の話はコウメの付き人の治癒師から聞いたじゃねぇか。
だとしたら、そんな……まさか……?
「全員の治療を終えたその治癒師は、驚いた事に差し出した報酬を受け取らなかった。その代わり、ただキミの無実を訴えたんだよ。『彼は悪くない。あの村人は既に魔物と化していたから誰かが倒すしかなかった』とね。そして『彼はいつか必ずあの悲劇を引き起こした元凶を倒して、この世に平和をもたらしてくれる人。だから彼の事を信じてあげて』。そう言って去って行ったのさ。勿論私達はその言葉を予言として信じた。そして喜んだよ。やはりキミは『二人のケンオウ』の忘れ形見。そしてこの世に平和をもたらす使命を持って生まれて来た子だったんだとね」
俺にはもう町長が語る人物が誰か分かっていた。
どんどん胸が熱くなるのを感じる。
くそっ、俺があいつの事を恨み逃げ続けた二十年。
あいつはずっと俺の無実を訴え続けながら俺を探していたってのか……。
俺はなんて馬鹿なんだ……。
「な、なぁその流れの治癒師の名前を教えてくれねぇか?」
俺は恐る恐る町長にその治癒師の名前を聞いた。
分かっているが、ちゃんと言葉として聞いておきたい。
「彼女は自分の事をチェルシーと名乗っていました」
「やっぱり……」
チェルシーはレイチェルの偽名だ。
そう言えば、騎士団の取り調べの後に素性を隠す為に偽名を名乗ったとか言っていたな。
俺がソォータって名乗ってたみてぇによ。
そうか……レイチェルはずっと俺の事を救おうとしてくれていたんだな。
昔の俺を知っている人達が、俺の事を信じてくれる未来が来るように……。
ありがとよ、レイチェル……。
俺は込み上げてくる想いに目頭が熱くなって視界がぼやけて来た。
周りには見知った人達が、俺の事をかつて以上に優しい目で見てくれている。
それはずっと怯えていた『アノ時の目』なんかじゃない。
今、俺は本当の意味で救われたんだ。
そう思えた。
ちっ、あいつそんなこと何も言わなかったじゃねぇか……ずるいよな。
「え? チェルシー? それってお母さんの事?」
俺がレイチェルのお陰で救われた感動に浸っていると、ずっと話の展開について行けず頭の上で『?』をぐるぐる回していたコウメが、自分の母親の名前が出て来た事で我に返ったようだ。
そして首を傾げながらそう尋ねて来た。
一瞬の沈黙の後、辺りが騒然としだした。
「も、もしかして勇者様はチェルシ―様の娘さんなのですか?」
町長が少し歓喜に震えながらもコウメにそう問い掛ける。
それは周りの奴らも同じみたいだ。
コウメからレイチェルの面影を掴み取ろうとするかのように期待に満ちた目で見詰めている。
そりゃそうか、町の救世主の娘が勇者であり二十年後にまた町を救う為に現れたなんて、まるで物語の世界じゃねぇか。
そうであって欲しいと望むのも無理はねぇし、実際にその通りだぜ。
「うん! そうなのだ! チェルシーは僕のお母さんなのだ!」
「そうですか! それはなんと喜ばしい!」
次の瞬間町中が震える程の歓喜の渦が巻き起こる。
まるで盆と正月がいっぺんに来たような騒々しさだ。
煩い事この上ないが、まぁお前らが望む結果で良かったな。
「うんうん、チェルシー様は正太くんを探すと言って旅立った。そして勇者様と正太くんが一緒にこの町に現れたと言う事は、彼女はとうとうキミに会う事が出来たんだね。……あっ。そ、それでチェルシー様はお元気なのですか!?」
嬉しそうなのも一転、少し不安げな顔をして町長は俺にレイチェルの安否を聞いて来た。
あぁ、なるほど。
レイチェルが死んだもんだから二人して巡礼の旅目的にこの町へと寄ったと思ったのか?
どうやら町長はずっとレイチェルと俺の事を気に掛けていたようだな。
なら安心させてやるか。
「あぁ、レイチェ……チェルシーは勿論元気過ぎるくらい元気だ。あっちの大陸でも人助けしててよ、今じゃ教会から『準聖女』って肩書き貰って民衆からも慕われているんだぜ」
俺の言葉で周囲は喜びの声が先程以上に其処彼処で上がり出す。
凄まじいまでの絶叫だ。
ははっ、この声は山の上の俺の故郷にまで届いたかもな。
「おぉ! それはそれは、とても喜ばしい事です。……ハッ! 二人でこの町に来たと言う事は……。もしかして、勇者様はチェルシー様と正太くんの子供……?」
町長が何かに気付いたようにそう聞いて来た。
周りの奴らもその言葉を聞いて喧騒を止める。
あちこちからゴクリと言う息を呑む声が聞こえて来た。
あ~これもなるほどな。
勇者であるコウメ。
そしてこの町を救った聖女の如き治癒師のレイチェル。
更に『二人のケンオウ』の息子である俺。
その三人が家族だってんなら、そりゃ町の奴らに取ったら嬉しい事だろうさ。
なんたって二代に渡って……ん? 俺の両親含めると三代なのか?
まぁいいや、どっちにしろ家族揃って町の救世主ってんだからよ。
そんな展開まさに出来過ぎの英雄譚だぜ。
……しかしながらそこまで現実は甘くねぇんだよな。
その現実は俺自身も悲しいけどよ。
「あぁ~期待しているところ悪いが、俺とコウメは親子じゃねぇよ。チェルシーは俺に会えねぇまま他の奴と結婚して、こいつを産んだんだ」
「え? ……そ、そうなのかぁ~……。あはははは……はぁ」
俺がそう言った途端、明らかに周りの空気が落胆の色に変わった。
町長なんてがっかりし過ぎて疲れた顔しているし。
いや、まぁそりゃお前らの想像した事が理想だったんだろうが、それは俺の所為じゃねぇっての!
……周囲が溜息の合唱に包まれてるぜ。
くそ、なんか俺が悪いみてぇじゃねぇか。
「な、なら、正太くんは結婚などは……?」
ぐおっ! そこでそんな質問を投げ掛けるか?
クリティカルヒット過ぎるっての。
「いや、俺は結婚なんざに興味は無かったからよ。今でも楽しく独り身だ」
なんか下手な言い訳は惨めになりそうなんで強がってみた。
うっ……、なんか周囲の雰囲気が落胆から憐みの空気になって来たぞ。
や、やめろ! そ、そんな目で見るな! そんなんじゃねぇ!
これは何言っても惨めになるパターンじゃねぇかよ。
あっ、そうだ! 俺にゃ良い言い訳が有るじゃねぇか!
それに当時の事を知っている奴らだしよ。
絶対に効果がある筈だぜ。
「それによ……。俺は『大陸渡りの魔竜』の所為で幼馴染だったクレアを失ったからよ。結婚する気になんてなれねぇんだ」
決まったか? 効果抜群だろ?
…………。
あっ……ダメだこれ。
効果有るなんてもんじゃねぇや。
俺が悲しそうな演技でクレアの名前を出した途端、周囲の雰囲気がお通夜みてぇになっちまった。
周りの奴らの目が悲しみに染まり、所々ですすり泣く声まで聞こえてきやがる。
やっちまった……。
俺としちゃ造られた過去ってのを知ってるからこそ吹っ切れちゃいるが、町の奴らの中では現実として認識されたままなんだから、この言葉に罪悪感を覚えるのは当たり前だった。
俺はなんてデリカシーの無い奴なんだ。
町長なんて『なんて事を聞いてしまったんだ!!』と自己嫌悪の塊みてぇな顔してる。
このまま心労で倒れちまうかもしれねぇぞ。
「あぁ! 違う違う! すまねぇ! 今の嘘だ嘘! 結婚してねぇのはクレアの事なんてこれっポッチも関係無ぇって! 単に縁が無かっただけ! それだけだ! 恥ずかしくて強がっただけだからそんなに気を落とさねぇでくれよ。俺が悪かったって」
俺が慌てながらおどけた振りでそう言うと、少しばかり空気が明るくなって来た。
何とか強がりの冗談って言葉を信じてくれたようだな。
町長も笑顔が戻って来た様だ。
「そ、それによ。ここら辺にも伝わってるか知らねぇがこれを見てくれ」
俺はそう言って上着の袖を捲り上げて上腕に巻かれた『還願の守り』見せた。
そこには嬢ちゃんが巻いてくれた奴以外にも、姫さんやメアリ、それにレイチェルのまで巻かれている所為でまるでボンレスハムみてぇになっちまっている。
コウメは一緒に行くんで止めさせた。
こいつの馬鹿力じゃ巻こうとしたら紐が切れちまう。
『強い紐にするのだ!』とか言ったがそれも却下。
……下手したら俺の腕が千切れちまうからな。
あと姫さんの姉二人も、まずはお友達からと言う事で今回は止めて貰った。
お友達以上になる気はねぇが、そうでも言わなきゃ納得してくれなかったからだ。
あっちの大陸ではメジャーな伝承みてぇだが、こっちの大陸でも知られてるか微妙だな。
まぁレイチェルも知っていたみてぇだし、ここら辺でも知ってる奴は他にも居るだろうよ。
「おぉ、それは『還願の守り』! それもそんな数を巻いてくれる程相手が居るのかい。あぁ良かった良かった」
町長がそう言って嬉しそうに安堵の溜息を吐いた。
どうやら俺が知らなかっただけで、この大陸でもメジャーな願掛けだったみてぇだな。
周りからも『ヒューヒュー!』と俺を冷やかす声が聞こえてくる。
ホッ、これで俺も安堵の溜息を吐けるぜ。
「そうなのだ! 先生はモテモテなのだ! そして僕の未来の旦那様なのだ!」
そう言ってコウメが思いっ切り抱き付いて来た。
と言っても助走が無いからそこまではダメージが無ぇのが救いだ。
「バーーカ、お前何言ってるんだよ……。ん?」
シーーーン……
ふと気付いたんだが、コウメが嬉しそうに俺に抱き付いて来た辺りから、周囲に沈黙が広がっている。
どう言う事だと辺りを見回すと、皆は交互に俺とコウメを見ているようだ。
「ど、どうしたんだよ?」
俺としたらコウメが抱き付いて来るのは日常茶飯事なので何がおかしいのか分からない。
けど、皆の醸し出すこの異様な空気はなんなんだ?
俺が問い掛けても町長は引き気味の笑顔を浮かべたまま何も言わねぇが、何処かからヒソヒソと小さく話す声が聞こえて来た。
その声に耳を澄ませると……。
「え? あんな子供に手を出したの?」
「昔の知り合いの子供と結婚? しかも親子程離れてる相手よ?」
「その他にもあれだけ相手が居るだと? うらやまけしからん!!」
「あの『還願の願い』の紐の柄ってとても可愛らしいけど、もしかして他の子も同じ年頃なんじゃあ?」
「と言う事はもしかして正太はロリコン?」
……………。
「ちっ! 違うちゅーーの!! そ、そんなんじゃねぇ!!」
俺のこの魂の叫びは故郷の村まで届いただろうか?
ふぅ、俺はこの有らぬ誤解を解くのに、あれやこれやで結局数時間も掛かっちまった。
しかも『この紐はチェルシーが巻いたやつだ!』って『還願の守り』の内訳を説明すると、周りの奴らは『え? 母娘揃って手を出した? もしかして親子丼?』とか言い出しやがって、更なる疑惑に大童だったぜ。
本当に勘弁して欲しい。
まぁ、結果的に俺と今じゃ未亡人になったレイチェルが、現在そんな関係になってるってのを知った皆は『ずっと願っていた夢が叶った』とか言って嬉しそうだったがよ。
ハッ! なんとも締まらねぇ出来過ぎの英雄譚だな。
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