第141話 正体

「この度は本当にありがとうございました。町の代表として勇者様と魔法使い様に感謝の意を申し上げます。あなた方が居なかったら私共はこの町から去らねばならず、あの者達とて命は有りませんでした。本当になんとお礼を申せばいいか……」


 暫く後、様子を見に来た町の住人達に取り囲まれた俺達は、そいつらに促されるように町の中央の噴水広場までやって来た。

 そこで町長が俺達に対して礼を言いながら頭を下げる。

 う~んこの町長、多少老けちゃいるが俺の記憶の中の町長と同じ奴じゃねぇのか?

 物心付いた頃からだから約三十数年? 随分長いこと町長やってんだな。

 そう言や色んな所を旅して来たが、この世界に来てから選挙ってのを見た覚えがねぇな。

 封建社会だしこんな小さい町の町長ってのは代々世襲制なのかね。


 フェルモントの町。

 俺の故郷の麓にある小さな町。

 なんせこの町にゃギルドどころか騎士団の駐留所さえ無い程度の国に取っちゃ何も魅力も無ぇ本当の田舎町ってやつだ。

 教会も無ぇんじゃなかったけか?

 この町は小さい頃から薬を卸しに行く母さんに連れられて幾度も来た事がある。


 と言っても、そう言う設定ってだけだ。

 全部紛い物、神が造った贋物の記憶でしかねぇ。

 しかし、今し方この広場に連れて来られる時に周囲の建物を眺めながら歩いて来たんだが、そこかしこにモザイクの断片の如く懐かしい記憶の欠片が転がっていやがった。


 見知った建物、壁の落書き、石畳の道。


 まるで記憶が本当だったかの様にそのままだ。

 俺は改めて神の御業って奴に感心しちまった。

 まぁ、だからと言ってどっかに抜けは有る筈さ。

 なんたってガイアにしてもロキにしても神だって癖にどこか抜けてるからな。

 絶対に俺の記憶、そして父さんの幻覚が捏造だって証明してやるさ。


「いいっていいって。こっちこそ薬屋の婆さんに行き倒れていた所を助けて貰ったんだ。困った時はお互い様だぜ」


 俺はそう言って町長に顔を上げる様に促した。

 逃亡生活が長過ぎた所為で、まだ面と向かって感謝の言葉をストレートに伝えられるってのに慣れなくてなんだか背筋がムズムズするぜ。


「なんと言うお優しいお言葉……。あなたが眠られている間に勇者様からある程度のお話は伺っておりますが、なんでも大変お若いのに腕の立つ魔法使い様との事。よろしければお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」


 町長が顔を上げてニッコニコの笑顔を浮かべながら俺の名前を聞いてくる。

 町が救われたってんだから分からないでもないが、俺みたいな若造にへりくだり過ぎじゃねぇか?

 記憶の中の町長ってどんな感じだったっけな?

 人の良さそうな感じはしていたが……。


 しかし、こりゃ困ったぞ。

 最近魔物の襲撃が増えて来たらしいし、そこに子供が行き倒れのおっさんを運んで来たってんだから、そりゃ婆さんだけじゃなく町の役人とかにも事情聴取的な聞き込みをされてても当たり前と言や当たり前か。

 目覚めていきなりのヒドラ襲撃だったんで、そこら辺に関してコウメと口裏合わせも何も出来てねぇぜ。

 まっ、なんだかんだ言ってコウメも口が堅いし、婆さんに説明した程度くらいで俺の素性までは喋ってねぇだろう。

 取りあえず早く偽名を言って今の俺の印象を植え付けとくか。

 婆さんが持っていた昔の母さんの記憶なんてのみてぇに、変なところで凝りやがるからな。

 下手したら当時の記憶から俺が正太だって気付く奴が出てくるかもしれねぇや。


「あ~俺は隣の大陸にあるイシューテル王国って所から来たソォータって者だ。さっきの戦いからも分かる通り、この勇者の従者兼師匠で魔法使いをやっている」


 俺は周囲の奴らに浴びせ倒すように『北浜 正太』、『アメリア王国出身』、『剣士』っての打ち消すワードを連発して自己紹介をした。

 これで多少似てるって思う奴も居たかもしれねぇが、別人だと納得してくれるだろ。

 嘘も吐いてねぇし、これならコウメが町の奴らにした説明がどんなものかは分からなくとも、矛盾なんて起きねぇ筈だ。


「………え~と、ショ……ソォータ様と仰るのですね。良いお名前です。いまヒドラ退治のお礼として報酬をお持ちしますのでもう少しお待ちください」


 町長はそう言って振り返り、後ろに控えていた役場職員と思しきおっさんに合図を行った。

 言葉の通り報酬を取りに行かせたんだろう。

 本来なら喜んで受け取るべきなんだろうが、正直気が乗らねぇ。

 たまたまヒドラ襲来に居合わせたと言うより、絶対ロキがなんかした所為だと思うしな。

 俺がこの町に来たからヒドラなんてのが襲って来たと考えるのが自然だろうさ。

 コウメだって別に報酬の為に戦ったんじゃねぇだろうし今回は辞退しとくか。

 何よりここは記念すべき俺の冒険が始まった町でも有る訳だしサービスしておいてやるよ。

 こんな事知られたら冒険者の報酬が~って、先輩にどやされるかもしれんが、今回は大義名分が有るし大丈夫だ。


 それより? 今一瞬『ショ』って聞こえた気がしたが……?

 俺の聞き間違いか?

 ……まぁ、いいや。


「さっきも言った通りヒドラ退治は気にすんな。今の俺達は冒険者じゃなくイシューテル王国からの使者って名目でこの国に来てるんで報酬も要らねぇよ」


「そ、そんな訳には。あまり裕福ではないこの町、ささやかな額しか渡せませんが他国の使者様に対して無報酬で助けて頂いたなど我が町の名が廃ります」


「名が廃るってそんな大袈裟な。逆だ逆! 使者だからこそ他国の国民から勝手に金を受け取れねぇってだけさ」


 昔読んだ漫画の知識でなんなんだが、確か国の使者ってのは行く先で他人から金銭を貰っちゃいけねぇって決まりだった気がする。

 賄賂とかそんな感じの理由で。

 イシューテル王国にもそんな法律があるのか知らねぇが、遠く離れた国の法律なんてこの町の奴らが分かる訳ねぇし、自分達には損が無いんだから喜んで信じるだろ。


 俺がぶっ倒れて婆さんの世話になってなかったら昔みたいに『通りすがりの魔法使いさ』とでも言って去るんだが、色々ぶっちゃけちまったし今更その手は使えないよな。


「あ~そうだ! 俺に渡す金があるってんなら、ヒドラに壊された奴らの補償に使ってやってくれ」


 あいつら命有っての物種とか言っていたが、さすがに家が壊れたままじゃ可哀想だろ。

 報酬に幾らくれる気だったかは定かじゃねぇが、多少再建費用の足しにはなるだろうさ。


「な、なんとお優しい……」

「報酬を断るだけでなく被災者にまで気に掛けるなんて」

「まるで聖者様だ」

「さすがあの……」

「町の救世主だ!」


 俺の言葉に町長だけじゃなく周りの市民からもどよめきの声が上がった。

 口々に俺を称賛する声が聞こえてくる。

 中には聖者とか言ってる奴まで出て来やがった。

 今全力で言われたくない肩書No.1の言葉だぜ。


 こりゃしくじったか? 気が乗らねぇから断ったってのに聖者なんて呼ばれたくねぇぞ。

 記憶ではこの町には教会無かった筈だが、もし新たに建てられたなんて事になってたらヤバイな。

 司祭……いや末端の治癒師にだって、今そんな肩書を聞かれたら巡り巡って聖地にまで届いちまうかもしれねぇ。

 そしたら既に俺がイシューテルから来た使者だと正直に名乗っちまったもんだから、『イシューテル王国に現れた聖者』ってのが俺ってバレる可能性が高ぇ。

 くそっ格好付け過ぎたぜ。


「聖者だなんて恐れ多い話だ。いつもはそんな立派な人間じゃねぇんだぜ? ただ単に今の立場上、一般市民からの金銭の授与を国にバレたら贈収賄容疑で掴まっちまうだけだって。こんだけ派手にやっちまったから隠す訳にもいかねぇんだしよ。それに安心しな、国に帰ったら今回の分も含めて国王から思いっ切り危険手当を分捕ってやるつもりさ」


 俺は敢えて悪びれない様を装ってそう言った。

 国の使者名乗っている手前、悪人になる事も出来ず、かと言って昔の様に『通りすがりの英雄達』を演じて去る訳にもいかねぇ俺にはこれが精一杯の言い訳だ。


「そんな悪ぶらなくても良いのですよ」


 町長がそう言って笑顔になった。

 金を払わなくても良くなった笑顔……って訳じゃねぇよな。

 なんか先輩とか王子とかがたまに俺に見せる顔と言うか、親が見せる優しい笑顔?


「ははははは」

「やっぱり……」


 んん? 周りの年寄り共も似た空気を出しながら笑い出したぞ?

 なんだか皆優しい目をして俺を見てやがる。

 「やっぱり」って一体どう言う事だ?


「え? な……?」


 俺は急に広まったこの異様な雰囲気に戸惑い後退る。

 なんだよ、なんで皆してそんな目で俺を見るんだ?

 ちらと視界に入った薬屋の婆さんは目に涙を浮かべいた。

 そ、そんなに俺の言葉に感動したってのか?

 い、いや……違う。

 その眼は話に感動したと言うより、俺がコウメを見る時の様な成長を喜ぶとか、そんな感じの……え?


「ふふふふ。ソォータ殿はこの町の守護者と言う方を知っていますか?」


 戸惑い言葉を失っていた俺に町長が突然関係無い質問を投げ掛けて来た。

 守護者……。

 それは婆さんが言っていた俺の村の居る筈もねぇ生き残りの事だったよな。


「あぁ、俺を介抱してくれた薬屋の女将さんに聞いた。二十四年前、この国で起こった『大陸渡り襲撃事件』の生き残りって話だったな」


「えぇその通りです。現在その方は襲撃されたタルタロス村の跡地に一人住んでおられ、いつも魔物の襲撃から我らを守ってくださるのです」


 村の跡地に一人で住んでいる。

 くそ、どうしてもロキの野郎が見せた幻覚に出てきた父さんの姿がちらつきやがるぜ。

 現実に居る訳無い、居る訳無いんだ!

 俺は叫び出したい衝動を必死に抑えて何とか冷静さを保つ。


「そ、それにしちゃ今回は現れなかったみてぇだが? いつもはすぐに現れるんだろ?」


 婆さんは三十分くらいでやって来ると言っていたが、そんな時間はとっくに過ぎてるって言うのに姿を見せねぇ。

 衆人観衆の中、ノコノコ現れたのそ騙り野郎の正体を暴いてやろうと思っていたのによ。


「ふふふふ、それはソォータ殿が退治したのを見て、安心して帰ったのでしょう」


 う~ん、確かにそれは有るか。

 山から俺の戦い振りは見えていただろうしな。

 けど、安心したってのは違うと思うぜ。

 どうせ、魔物からこの町の奴を助ける見返りで食ってるんだろうし、自分より明らかに強い俺の出現はおまんま食い上げの大事件だ。

 俺が通りすがりなのか、それともこの町に居つくつもりなのか。

 それが気になって今も建物の陰に隠れて俺の事を伺ってるんじゃねぇかな?


「それより、本当にその守護者ってのは村の生き残りなのか? 俺は国の要請で『三大脅威襲撃事件』の痕跡を追ってこの国に来たから当時の事件の概要は知っているが、生き残りは一人で、そいつは別の事件を起こして今は行方不明って話だぜ? そいつって訳じゃねぇんだろ?」


 婆さんの時に聞きそびれちまったが、丁度話を振ってくれたんだ。

 ついでに騙り野郎の正体を確認しておこうか。

 そう思って俺が町長に生き残りの事を聞いた途端、何故か突然後ろを向きやがった。

 そのまま肩をふるふると震わせてる。

 なんだ? 笑っているってのか? 失礼な奴だな?

 そんな町長の態度に少しばかりムカッとしながら周囲を見ると、同じ様に顔を背けている奴や、生暖かい目で見てくる奴など反応は色々だが軒並みおかしな態度を取ってやがる。


「おい……!」

「あぁ、これは失礼。実はですね、その方もあなたと同じ様に報酬を断るんです」


 さすがにムカついたので文句の一つも言ってやろうと口を開きかけた瞬間、それを遮る様に町長がこちらを向き口を開いた。

 出鼻を挫かれた俺は文句の言うタイミングを失ってしまい言葉に詰まる。

 それに今町長の言った言葉が気になって仕方がなかった。


 騙り野郎も報酬を受け取らないだと?

 一体どう言う事なんだ? ちっとばかし腕が良いだけでこの町の用心棒気取って寄生してるんじゃねぇってのか?

 何の為に? 無報酬で魔物から町を救うだと?

 そんな事をして、そいつに何の得があるんってんだ。


「お、おいそれは本当なのか?」


「えぇ、私共はあの方に助けられる度に報酬を渡そうとするのですが一回も受け取って貰った事は有りません」


「な……。じゃ、じゃあギルドと契約してるとか、あぁ国から貰ってんじゃねぇのか? 町を襲う魔物の討伐には報奨金制度ってのが有るだんだろ?」


「いいえ、誰からも貰っていませんよ。それどころか自分の存在は町以外の人間には喋らない様に口止めもされておりましてね。だからギルドや国、それに教会も彼が生きていた事自体知りません」


「な、なんで……?」


 俺がそう聞くと町長はにっこりと笑う。

 まるで懐かしい人を見るような目で……。


「あのお方が言うには、自分はある人と会う為にここ帰って来たと仰られていました。だからそれまで誰にも知られずその人が帰って来るのをただ静かに村で待っていたい……と。魔物退治はあの方の性分と言いますか、お優しい心からなのでしょう」


「あ……ある人が帰ってくるのを……待つ為……?」


 心臓がドクドクと脈打つ。

 ありえないと思いながらも様々な事が俺の期待を煽ってくる。

 もう一人の生き残りが待っている人物。

 それはもしかして……。


「それはあなたですよ。ソォータ殿……いや、


 町長の口から出ていた言葉に俺の頭の中は真っ白になった。

 え? 今……、町長は俺の……本名を言ったのか?

 聞き間違いなんかじゃねぇ。

 確かに俺の事を『正太』と……。


「な……なんで? いつから気付いて……?」


 辺りを見ると町の皆全員俺を見詰めていた。

 町長が語った俺の本名に誰も驚いている様子も無くただ笑みを浮かべて俺を見ている。

 この場に居る皆が俺の正体を知っていたって事だ。


 俺が正太だと言う事を皆知っている。

 俺が犯罪者だと言う事を知っている。

 またあの眼で皆が俺を見て来る……。


 俺はその事実と皆からの眼差しに身体が硬直して動かなくなってしまった。

 そう言えば何度か俺の事を気付いている様な事を言っている奴が居た。

 その時にバレている事に気付いていれば……。

 頭の中に『逃げなくちゃ』と言う言葉で埋め尽くされる。


「それは勿論、キミが勇者様に運び込まれた時からみんな気付いていたんだよ」


 恐怖で動かない俺に町長は優しくそう語り掛けて来た。

 非難の言葉が来るものだと思っていた俺は少しだけ身体の自由が戻る。

 それは口を動かす事が出来るだけのほんの少しの自由だ。


「なんで? だって俺は……」


 口が動くと言っても緊張して喉がカラカラだ。

 やっと搾り出せたのはここまで。


 『だって俺は殺人者だ』


 その言葉が出せなかった。

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