第137話 守護者

「いや~本当にミルク粥が美味いって思ったのは初めてだぜ。なんせ甘い匂いに反して味は真逆だしよ。小さい頃は苦手だったんだが、味覚ってのは変わるもんなんだな」


 あれから更に二杯お代わりした。

 さすがに婆さんをこれ以上階段の上り下りさせる訳にもいかねぇので、三度目からはコウメが代わりにお代わりを注ぎに行って来てくれている。

 さすがに五杯目になるとゆっくりと味わう事が出来た。

 しかしミルク粥の味ってのは『ラグナロック』じゃ万国共通なのかね? それともこの地方特有か?

 さっきまで慌てて口に放り込んでいる時はただ懐かしいとしか思わなかったが、この独特の風味は味わえば味わう程俺の記憶の中の母さんが作ってくれた味そのままだぜ。


「おや? おかしな事を言うね。このミルク粥はあたしん家に代々伝わる秘伝のレシピだよ。普通は匂い通り甘いもんさ」


「へ? そうなのか? え? いや、だって……」


 どう言う事だ? だってこれ母さんの作った味そのままだろ?

 なのに婆さん家の秘伝のレシピだって? そんな馬鹿な……。


「あんたん家も薬屋だったのかい?」


 唐突に婆さんがそんな事を言って来た。

 俺は思わずその言葉に『あぁ』と肯定しそうになったが、同時に頭に湧いた『何故そう思ったのか?』って疑問のお陰で一瞬言葉に詰まり飲み込む事が出来た。

 過去の事を喋っちまうと俺の正体がバレちまう恐れが有るからな。


「え? い、いや。ってか、なんでそう思うんだ?」


「あぁ、それはね、一般家庭でこれを作るのは難しいんだよ。なんせ滋養強壮の薬草を色々と煎じて入れてるんだからね。うちみたいな薬屋だけの特注品さ。作り方にもコツがあって、ただ薬草を入れたら苦いだけの食えた物じゃない。 しかし効能が失われない様に丁寧に調合して、この味に仕立て上げてるのさ。これを作るにゃ薬剤師の腕だけじゃなく食べさせたい相手への愛情が無いと出来ない代物なんだよ」


「な、なるほど……、だからどこか薬臭かったのか……」


 俺は懐かしの味に隠されていた真意を知り、少しだけ胸が熱くなった。

 あのミルク粥はそれだけ母さんの愛情が籠っていたって事なのか……。


「……そう言えば、昔一人だけこれを教えた事が有ったねぇ……」


「え? な……?」


 婆さんがとんでもねぇ事を言い出した。

 うんうんと頷きながらその人物の事を懐かしそうな顔して思い出しているようだ。


 ……ちょっと待て。


 おいおい、もしかしてこれってガイアが仕込んでいた罠なんじゃね?

 そうだよ! 造られた記憶の愛情なんて意味無ぇっての!!

 婆さんしか知らないレシピを母さんが作ってたって事は、今婆さんが言った相手っての間違いなく母さんことだろ?

 って事はだ、『俺の母さんが作った』って事を俺に言わせて正体がバレるように仕向けていたとか言うんじゃねぇだろうな?

 懐かしの味ってのからおふくろの味を思い出させてポロっと正体を口にする計画ってか?


 ロキは今の俺の状況は想定外とか言ってやがったが、なんせ『悪神悪戯っ子ロキ』の名を冠しているような奴の言葉は当てになんねぇ。

 実際にガイアの仕込みでの迷惑は幾度も思い知らされてるんだ。

 これも仕込みって事は十分考えられる。

 ロキに食われておきながら、いまだに俺を苦しめるなんてよ。

 ちっ! ガイアの野郎め。

 分配や診察と言った魔法の事といい、イシューテル国の口伝と言い、本当ロキ以上に質が悪ぃぜ。

 どうしても俺に表舞台に出て欲しいようだ。

 こりゃ話を逸らさねぇと墓穴を掘っちまうな。


「か、関係無ぇんじゃねぇの? 実は俺って隣の大陸出身なんだよ。たまたま似たレシピが俺の故郷に有ったってだけだろうさ」


「そうかい? ……まぁ世界は広いんだ。そう言う事も有るのかもねぇ。けど味は家の方が美味いって自信は有るさね。どうだいあたしん所の方がおいしいだろう?」


「あぁ、そうだな。最初は同じかと思ったが、実際久し振りに食って美味いと思ったんだ。思い出が美化されてるだけで本当に婆さんの方が美味いんだろう」


 婆さんが俺の言葉に満足したのか笑顔で頷いている。

 何とか誤魔化せた……かな?

 

「あっ婆さんって言っちまったか。 すまねぇ」


「フフフ。やっと素直になったね。お世辞も過ぎると嫌味になるからそれでいいさ。それに、四杯目のお代わりの時から既にあたしの事を婆さんって呼んでたよ」


 婆さんは俺の言葉に笑いながらそう言った。

 げ、そうだったか?

 まぁ『おばちゃん』よりはマシだが、気を抜き過ぎてんな。

 大分身体の調子も戻って来たし、これなら何とか今日にでも出発出来そうだ。

 早く婆さんに礼を言って俺の故郷目指して旅立つとするか。


「ありがとうな。こんな行き倒れなんて助けてくれてよ。ちゃんと礼として金は払わせてもらうぜ」


「あはははは。行き倒れて子供に担がれて来る様な冒険者がそんな事気にすんじゃないよ。可愛いコウメちゃんに免じてタダにしておいてやるさ。うちには子供も居なかったけど孫が居りゃこんな感じなのかね~」


 そう言って婆さんは優しく微笑みながら隣の椅子に座っているコウメの頭を撫でた。

 俺が気を失っている間に何が有ったのか知らねぇが、コウメも懐いているようだな。

 嬉しそうに頭を突き出して撫でられてるぜ。

 とは言え、それとこれとは話が別だ。

 顔馴染みならそれでも良いんだろうが、俺の正体がバレてねぇんなら借りを作る訳にもいかねぇさ。


「いや、そう言う訳もいかねぇって。行き倒れが言うのもなんだがそれなりに金は持ってるんだよ。これでも一応隣の大陸のイシューテルって国から来た使者なんだぜ。支度金として貰ってる物が有るのさ。だからよ、助けられたまま恩も返さずに立ち去ったなんて事がバレたら国王にどやされちまう」


 どこまでコウメが事情を話しているかは知らねぇが、俺の正体は別として元々『イシューテル国の使者』って事は隠す気は無ぇ。

 アメリア王都に着いたら、宿屋とかである程度吹聴するつもりだったんだ。

 『他国より勇者が使者として来た』って噂が広まれば、城の奴等の耳にも届いて俺の事なんかより『勇者』って方に意識が行くからな。

 もしかすると向こうの方から出迎えにくるかもしれねぇし、いきなり城の門の前で『たのもう!』って叫ぶより安全にメイガスとの謁見が叶うだろ。


「あらまぁ! そうなのかい? コウメちゃんは秘密任務とか言ってたけど、あんた達が国の使者様だったとはねぇ~。けど王都はもっと南の方だよ。豪快に道に迷ったじゃないか」


 ひ、秘密任務……?

 コウメの奴なにややこしい言い方してやがるんだよ。

 そんな怪しい言い方だと下手すりゃ憲兵に突き出されててもおかしくねぇっての。

 って、まぁ俺の事を秘密にしようってのに気を回し過ぎてそうなっちまったんだろうな。

 こりゃ気絶してた俺が悪いわ。


「あ、ありゃ? そ、そうなのか。まぁさっき言った通り俺はこの大陸出身じゃねぇし、だったからな。地図見て山越えたら早いだろうって思ってたんだが、いつの間にか北よりに進んでいたって事か。まいったぜ」


 本当はピンポイントでここを狙って来たんだがな。

 『旅する猫』が広まってねぇこの大陸の奴らは『世界の穴』なんて存在知らねぇだろうし、旅して道に迷ったって言った方がソレらしいだろ。

 まぁロキに拉致られるって言うトラブルの所為でこんな状況に陥るとは思わなかったけどよ。


「おやおや、初めてで東の山越えかい? 定期馬車に乗って山沿いに南回りで行けば良かったのに」


「地図上では近く見えたんだがなぁ。まっ途中で行き倒れた今となっちゃ本当にそう思うぜ。ハハハハ」


 言い訳はこんな所か。

 土地に慣れていない旅人が近道しようと無茶な行軍して行き倒れ。

 割りと良くある失敗談だ。

 俺がギルドの新人にいつも口酸っぱく言ってる事の真逆だな。

 金ケチって近道しても、死んじまったら大損だぞってな。


「本当に気を付けなよ。命有っての物種って言う話さ」


「あぁ、俺も無茶はしたくねぇんだが、ちょっとばかし色々立て込んでてな。早く解決してのんびり隠居生活を送りたいもんだぜ」


「そうさね~。けど人生って何が有るのか分からないものでね。昔同じ事言っていたあたしの親友が居てさ。有名な冒険者だったんだけど、隠居して平和に暮らしてたってのにあっさりと命を落としちまったんだよ。本当に惜しい人を亡くしたねぇ」


「う……」


 それってもしかして俺の母さんの事か?

 婆さん、造られた記憶だってクセにやけに懐かしそうな眼で語るじゃねぇか。

 まるで本当に有った事みたいによ。


 …………。

 いや……ないない、そんな事ある訳無い。

 俺が故郷に行く理由は、あの時神に見せられた父さんがただの幻覚だって事を証明する為だ。

 造られた記憶……。

 そう捏造された過去なんて物は、幾ら神の仕業だからってどっかに矛盾が出る筈だろう。

 現に俺の記憶と先輩達の話にゃかなりの齟齬が有るんだからよ。


「あぁ、そう言えばさっき言ったレシピを教えたのはその親友さ。名前は忘れないねぇ。あの子の名前はテレス……あの『賢王』として名高いテレスだよ」


 婆さんの口から出た母さんの名前にドキリと心臓が跳ねた。

 しかも何故か俺だけ知らされていなかった『賢王』設定付きだ。

 それになんだよ、母さんのミルク粥が婆さんに教えて貰ってた料理だと?

 マジで『懐かしの味がおふくろの味』って事なのかよ。

 変なところで辻褄合わせて矛盾消してんじゃねぇっての。


「へっ、へぇ~。婆さんってあの有名な『賢王テレス』の親友だったのか……。俺の大陸でもその名は轟いてるぜ」


「おやおや、隣の大陸でも……。それは嬉しいねぇ~。あの子とは年は離れているが、かつてあの山の山頂に在った今は無きタルタロス村の出身でね、小さい頃から麓のこの町に遊びに来ては家に入り浸ってたのさ。薬剤師としての知識を教えたのは実はあたしなんだよ」


「な、なんだって?」


 ちょっと待て、なんだその設定。

 母さんは俺の故郷の出身だったってのか?

 しかも、この町に遊びに来てこの婆さんから薬剤師の知識を学んだ?

 おいおい、この世界の住人に実際に会ったって言う記憶まで差し込めるって言うのか?

 神の歴史改変ってのは思っていたよりとんでもねぇ力のようだな。


「あれを天才って言うんだろうねぇ~。薬の知識もあっさり習得してね、更に魔法の腕まで大人顔負けだってんだ。十歳になった途端急に冒険者になるって旅立っちまってさ、しかし行く先々での活躍話はこんな田舎にも聞こえてくる。そんなある日彼女は結婚したからと言って旦那連れてこの町に帰って来たのさ。あたしゃ嬉しかったよ。活躍の話は郷土の誇りだと嬉しかったけども、彼女の事はいつも心配してたからねぇ」


「は、はぁ……そう……なのか……」


 とんでもねぇ後出し設定の嵐で頭が追い付かねぇ。

 しかもさっき同様、なんて眼で語ってるんだよ。

 とても、与えられた情報を語ってる顔には思えねぇぜ。


「『これからは彼とのんびり村で暮らすの』って言って嬉しそうだった。やがて子供も生まれ、本当にのんびりとした平和な時が過ぎて行ったのさ。しかし、二十四年前のあの日……その平和な時は終わってしまったんだよ。その村に『三大脅威』として有名な『大陸渡り』が襲って来てね、彼女は他の村人と共々あっさり命を落としたてしまったのさ。可哀そうな事に生き残ったのは彼女の息子と……」


 げっ、俺の事を喋り出したぞ!

 やばい話題を変えなくちゃ……。


 …………え?


 今婆さんは『息子』だけじゃなく『息子』と言ったか?

 そりゃどう言う意味だ? 俺の他に生存者が居たって言うのか?


 そんな馬鹿な! 俺の他に生き残りが居る筈ねぇ!

 ガイアの奴もあの時この部屋で泣いていた俺に『村での生活は造られた思い出。村人達は架空の人物だからそれ以上悲しまないで』って言ってたじゃねぇか。

 たまたま外から村に来ていた奴が居たってのか?

 いや、それも有り得ねぇ。

 なんたって元々誰も住んでねぇ筈なんだからよ。


「おい婆さん! 今の話だがよ。その息子の他にも生存者が居たのか? そりゃどんな奴だ? 今どこに居る?」


 俺は掴みかかる勢いで婆さんに詰め寄った。

 『魔竜襲撃事件の生き残りが他にも居る』

 この事実は俺の理解を遥かに超えていた。


「いきなりどうしたんだい? 落ち着きなよ。……そう『大陸渡りの魔竜』襲撃の生存者は二人さ。『賢王テレス』の息子である『正太』。そしてもう一人は……」


 カン! カン! カン!

 カン! カン! カン!


 婆さんがもう一人の生存者の名前を言おうとした瞬間、外からけたたましい鐘の音が鳴り響いた。

 正午のお知らせにしたら物騒な響きだ。

 生存者の事も気になるが、明らかな異常事態を知らせるこの鐘の音に、俺とコウメは慌てて窓まで走り外の様子を窺った。

 すると、通りを歩く人達が慌てて周囲の建物に飛び込み扉を閉めているのが見える。

 こりゃただ事じゃねぇな。


「おい婆さん! こりゃなんだ? 何が起こったってんだ?」


「あぁ、魔物の襲撃さね。最近多くてねぇ。けど安心しな、この町には守護者が居るんだ。この鐘の音を聞いてすぐにやって来て魔物達を退治してくれるのさ」


「しゅ、守護者? なんだそれ?」


 こんな非常事態だってのに怯える所か笑みまで浮かべている婆さんの顔を訝し気に見詰めながら俺はその意味を尋ねた。

 

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