第138話 襲撃
「守護者かい? ……それはね、二十八年前に『大陸渡り』に滅ぼされたあの村の生き残りなんだよ」
いまだけたたましく鳴り響く警報の鐘が聞こえてくる中、相変わらず落ち着いた顔の婆さんが守護者についてそう説明した。
信じられない言葉に俺は頭の中が真っ白になる。
村の生き残りが守護者だと?
俺がこの町に来たのは二十四年振りだぞ?
いや、婆さんは俺以外にもう一人いるっつってたな。
ならそいつが守護者って訳か……。
一体誰なんだそいつは……?
俺が持っている村の記憶は神が造った捏造品。
いや、なにも造られた記憶を持っているのは俺だけじゃねぇんだ。
実在なんてしないこの世界での俺の
それに二十四年前、風の噂で聞いた『大陸渡り襲撃事件』の顛末じゃ生き残りは一人だけ。
しかもすぐに姿を消して、現在行方不明って事だったんだからよ。
……勿論それは俺の事だ。
だから俺が村で唯一の生き残り。
婆さんが言っているもう一人の生き残りなんて存在する筈がねぇ。
「おい、本当にそれは正しいのか? そいつが嘘ついてるんじゃねぇだろうな?」
「おや? どうしてそう思うんだい?」
婆さんが目を細めて俺の顔を見詰めながら問い返してきた。
「だって、あの襲撃事件は……うっ」
俺は口から出掛けた言葉を慌てて飲み込んだ。
なんたって『あの襲撃事件は神が俺をこの世界に登場させる為の演出で、村なんて物は元々存在しないからだ』なんて言える訳がねぇよ。
「いや、じ、実はな、俺の国でも『三大脅威』の一匹である『城食い』が現れたんだよ。それで『三大脅威』の文献を調べたんだ。他の国じゃどうなんだってな。するとこの国には『大陸渡り』が現れたって言うじゃないか。だから色々とその事件を調べさせて貰ったのさ。そして、それによると生き残りは一人だけって話だったから驚いたんだ」
俺はあらかじめ用意していた身バレ防止のいい訳を婆さんに話した。
これは先輩や王子、それにレイチェルと言ったアメリア王国出身者達とそれぞれの視点から矛盾が出ない様にって考えて準備していた一つだ。
まぁ、本来は故郷の現地調査する際に怪しまれねぇ為のいい訳だったんだがな。
まさか生き残りなんてのを聞き出す為に使うとは思わなかったぜ。
「おや、そうなのかい。それは大変だったんだねぇ~」
婆さんは目を丸くして驚いているが、どこか芝居掛かったように取れるのは気の所為か?
と言うより、『大陸渡り』が現れた事より俺に対して関心を寄せているような感じがするんだが……。
「……で、どうなんだ? その生き残りって奴は。少なくとも記録では唯一の生き残りってのは行方不明って話だ。もう一人ってんだから、そいつじゃねぇって事なんだろ?」
生き残りと言っても、たまたま近くに薬草でも採取に来ていただけで『村の』生き残りって訳じゃねぇ可能性も有るが、それにしても記録に出て来ねぇってのはおかしいぜ。
『三大脅威』から生き残るってのは、俺が『城食い』から見逃して貰った時の先輩達の態度から分かる通りだ。
どうやら、その武勇伝を酒場で語るだけで暫くは飯代が浮くみてぇだしな。
そんな噂なんて一気に広がるだろ。
嘘にしても真実にしても記録にも残ってないのはおかしいぜ。
婆さんの口からどんな野郎の話が飛び出してくるのかと様子を見ると、なんだか婆さんは悪戯っ子みてぇに笑いやがった。
なんだ? 俺変な事言ったか?
「ふふふふ。まぁ、知らないのも無理はないさ。あたし達だってその人は死んだって思ってたからね」
「は? 死んだと思っていた?」
「あぁ、そうさ。二十四年前の生き残りは『ケンオウ』の息子だった『正太』ちゃんだけだと思っていたのはあたしらだって同じだよ。けどね、その方はつい最近ひょっこりと町に姿を現したのさ」
ドクン――。
婆さんの言葉に俺の心臓が跳ねた。
最近姿を現した生き残り……?
もしかして、それは……。
「そ、そんな、馬鹿な! そいつは本当に俺……いや、タルタロス村の生き残りなのか? たまたま山菜取りとかに来ていた町の奴じゃねぇのか?」
俺は婆さんの言葉によって、頭の中に浮かんで来た神に見せされた幻想を必死に否定した。
思わず『俺の村』なんて言い掛けるぐらいにな。
あれは幻想だ! 現実じゃねぇんだ!
「ふふふ、い~や、違う。その方はちゃんと村の住民さ。それに何年経とうがあの村の人達の事を見間違う筈がないよ」
「うっ……」
婆さんがそう言って優しい眼差しで俺を見る。
俺はその瞳に言葉を失ってしまった。
ちょっと待て、今の言葉の意味って俺の事も気付いてるって事なのか?
……いや、それにしちゃ俺の事を『正太』扱いしてねぇって事は、俺の正体にはおそらく気付いてねぇんだろ。
俺に気付いてたんなら、良かれ悪かれそれ相応の対応するだろうしよ。
そうだ! 覚えてるってのは婆さんのフカシって奴だ。
大方『大陸渡り』の犠牲者と知り合いってのを自慢したいんだろうぜ。
んで、生き残りを騙った野郎と適当に話し合わせてる内に、確かにこいつは生き残りだって思うようになったんだろう。
絶対そうだ、そうに違いない。
ふふふふ、村の奴らの名前は全員覚えているし、顔や性格だっていまだに脳裏に焼き付いてる。
どう言う理由でこの町を守ってるのか知らねぇが、騙り野郎の正体を暴いてやるぜ。
「なぁ、そいつの名はなんて言うんだ?」
「ふふふふ、その方の名前かい? 聞いたら驚くよ~。なんと、けん……」
『うぁぁーーーーー! 大変だーー!!』
ずうぅぅん……ずうぅぅん……。
婆さんが騙り野郎の名前を言い掛けた瞬間、窓の外から火急の事態を告げるかの様な悲鳴と共に遠くから地響きのような音が聞こえて来た。
「な、なんだ今の? なんかデケェのが動いているような……」
「先生。なんかヤバいのが近付いてるって、紋章が……」
コウメの言葉に俺は弾かれた様に窓を開けて身を乗り出し、地響きが聞こえる方を伺った。
しかし、丁度同じくらいの高さの家が建っており音の正体は分からない。
聞こえてくる方角には確か森が有った筈だ。
耳を澄ますと何かが木々を押し倒しているような音まで聞こえやがる。
ん、よく見ると屋根の向こうに何か煙みてねぇのが立ち上っているな。
煙って言うより砂埃? 葉っぱだろうか? その煙に紛れて緑の点が舞っている様に見える
地響きといい、木々の倒れる音といい、それに砂埃。
極め付けは紋章の警告だ。
ズンズンと言う地響きに合わせて葉っぱが舞い上がってる様子からすると、森から何かとんでもねぇのが近付いて来ているとでも言うのか?
「おい! 婆さん! なんだこれ!」
俺は婆さんの方を振り向いて事情を聴こうとした。
警報の鐘を聞いても落ち着いていたし、いつもの事かもしれねぇしな。
ただ、通りを右往左往している自警団っぽい男達の表情は尋常じゃねぇ程の緊迫感を醸し出していやがるぜ。
しかし、婆さんはさっきまでの余裕はどこ行ったのか口に手を当てておろおろとしていた。
「こ、こんな事初めてだよ……。いつもはゴブリンとかフォレストリザードとか、そんなのばかりさ……。家の中で隠れてたらあの方が来て退治してくれる。けど、こんな、こんな事って……あぁ、あれ……」
婆さんが恐る恐る事情を語る中、突然窓の外を指差しながらガタガタと震え出した。
なんだってんだと窓の方に振り返ろうとした途端、外から何かが激しく建物にぶつかり、そして崩れる音が聞こえて来た。
グワッシャーーン!! ガラガラガラ。
「今一瞬見えたのって、もしかして?」
何かでっかい爬虫類の頭が見えた気がした。
それも一本や二本じゃねぇみたいだったが……、なんだ今の?
それが町はずれの建物をぶっ潰しやがった。
「先生!! 今のヒドラだ!!」
窓の桟の上に立って俺より高く屋根の向こうを見ていたコウメが叫ぶ。
俺にはちらっとしか見えなかったが、コウメにははっきり見えたようだ。
その眼には怒りの様なものが浮かんでいる。
「ヒドラだと? それは本当か?」
「うん! 何匹か退治した事が有るのだ! だから見間違える訳ないのだ!」
コウメが吐き捨てるようにそう叫んだ。
なるほど、自分の父親を殺した魔物だもんな。
殺した魔物自体は討伐されているが、同じ種族ってんで憎い対象なんだろう。
最近ヒドラ騒動が有ったなんて話は聞かねぇが、ヒドラの巣にでも遠征に行ったのかもしれねぇな。
『逃げろーー!! この町はもうダメだーーー! 南の町まで逃げるんだーーー。あの方が駆け付けてくれるまで逃げ続けるんだーーー!!』
自警団の奴らが大きな声で叫んでいる。
ヒドラの行進は城郭都市でもなきゃ止められねぇ。
それでも突破されて滅んだ街まであるって話だ。
こんな小さい町はそんな気の利いた物はねぇ。
町のはずれの建物があっさりとぶっ壊されたんだからな。
「おい婆さん! あの方ってのが来るまでどれだけ掛かるんだ?」
もう一度婆さんの方を振り返りそう尋ねた。
さっき婆さんはすぐやってくると言ってたが、自警団の奴らが叫んでいた様子だと逃げなきゃなんねぇくらいには時間が掛かるって事だ。
どうやら町には住んでねぇかもしれねぇな。
「は、早くても半刻は掛かるよ。なんせタルタロスの村に住んでんだから」
「なんだと? そんな所からやって来てるってのか? しかも半刻? 嘘だろ?」
おいおい記憶の中だと、寄り道したとはいえ三時間くらい掛かってたぞ。
それが半刻だと? ダイスやコウメでももっと掛かるだろ。
そんな事出来る奴なんて俺以外いるのか?
「あ、あんた達も早く逃げるんだよ。ヒドラなんて化け物。この町なんて半刻も有れば廃墟になっちまう。あんたーー! 今行くから逃げる準備をして!」
婆さんはそう言って一階に居ると思われる旦那に向かって大声を出した。
下から「分かったから早く降りて来い」と言う怒鳴り声が聞こえてくる。
俺はコウメと目を合わせるとお互い頷いた。
考える事は一緒みてぇだ。
半刻も有れば廃墟? この町がか?
ふん! そんな事は有り得ねぇよ。
この町はある意味この世界での俺の故郷みてぇなもんだ。
それに二度も気を失った俺を助けてくれた婆さんの町でもあるしな。
「おい、婆さん。逃げる必要はねぇぞ」
「な、何を言ってるんだい? ヒドラはもうそこまで来ているんだよ?」
俺の言葉に婆さんは驚いた顔をしている。
まぁ当たり前だろうな。
今この場に留まるってのは普通なら自殺志願者みてぇなものだ。
しかし、普通なんかじゃねぇんだよ。
「婆さん安心しろ。あんな雑魚俺達がサクッと退治して来てやるよ」
「そ、そんな無理だって。あんた達死んじまうよ。あの方だって勝てるかどうか……」
「ハハッ、そいつがどんな馬の骨か知らねぇが、なんたって俺達は無敵の勇者様とその師匠なんだからな。大船に乗った気でここで待っとけって」
「えぇ! あんた勇者なのかい? 立派にな……いや、驚いたよ」
婆さんは俺の方を見て勇者とか言い出しやがった。
それに立派ってなんだ? 若干ディスられた気がするぜ。
俺も最近知ったから大きな事は言えねぇが、勇者の条件を知らねぇのか?
「違う違うって、勇者になれるのは子供だけだっての。コウメが勇者だ。そして俺が師匠だよ。戦闘技術のな。ここら辺コウメから聞いてなかったのか?」
「無暗矢鱈に言うなって言われてたから言わなかったのだ」
コウメの顔を見ると元気いっぱいそう答えた。
こいつ思ったよりも口が堅いよな。
クァチル・ウタウスん時も俺が倒したってのを黙ってくれてたしよ。
「そうか、うん偉いぞ。コウメ」
俺はそう言って少し高い位置にあるコウメの頭を撫でてやった。
そして、俺はコウメとのやり取りを半ば呆然とした顔で見ている婆さんに顔を向けて笑い掛ける。
俺は全身に力を入れて身体の回復具合を確認した。
うん、七割はいけるな……って言うか、今の状態で以前の俺を越えてる感触が有るぜ。
二十四年掛かって初めて知った厄介な成長方法だが、第二覚醒の効果は絶大だ。
ロキは油断するなって言っていたが、これなら『城食い』の野郎にでも勝てそうな気がする。
とは言え、今は目の前のヒドラを倒さねぇとな。
「だから婆さん心配するなって。すぐに戻ってくるからよ。いくぞコウメ」
「分かったのだ!」
俺はコウメに声を掛けると、婆さんを背に窓から飛び出した。
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