第119話 信頼

「さぁ! どうするショウタ! 逃げないとさすがのお前でも死んじまうぞ」


 先輩が勝ち誇ったように声を上げた。

 他の二人も神の使徒たる俺が、この難局をどうやって切り抜けるのだろうかと興味津々と言った顔をしてやがるぜ。

 確かにこんな極大呪文を三発も浴びちゃ俺でもやばいだろうな。

 迫りくる炎と嵐と大地の魔法を見ながらそう呟く。


「せ、先生! 何してるんですか!」


 いまだ動かない俺に悲痛な叫び声で警告してくるダイス。

 この叫びを皮切りに他の三人も焦りだした。

 しかし、発動した呪文を止める術はないし、結界魔法のスペシャリストである爺さんでさえ、奥義呪文を唱えた直ぐじゃ俺に対して防御魔法を唱える事は無理だろう。

 俺がこのまま何もしなくちゃ一巻の終わりだろうな。

 なにせ三つの魔法の衝撃によって、この闘技場に掛けられた結界が悲鳴を上げている程だ。

 これを喰らうとドラゴンでさえ消し炭じゃねぇか?

 正直女媧ですら倒せるだろうと思うぜ。

 まっ、それにしたって『城食いの魔蛇』には届かねぇだろうがな。


「先生!! 早く逃げて下さい!」


 ダイスが動かない俺を助けようと、荒れ狂う魔力の激流の中へ走り出した。

 ははは、あいつは相変わらずだぜ。

 今更走り出しても間に合わねぇっての。

 それどころか魔力に弾かれて近付けないしな。


 俺は走ってくるダイスに止まる様にジェスチャーをして、サムズアップをした。

 それを見たダイスは信じられないと言った顔で立ち止まった。


 もう何したって間に合わねぇよ。

 連続ブーストで時を置き去りにするのも間に合わねぇ。

 俺は寸前まで迫った魔力の奔流を受け入れる。

 恐怖? ははっ有る訳ねぇさ。

 女媧の時と違って、今俺の後ろには守る者なんてねぇしな。

 だから絶望なんてしないぜ。

 なにしろ……。


「……数多の精霊達よ……」



 ドッゴーーンッ!! バリバリバリッ! グシャーーーン!!


 彼の言葉が皆の耳に届く前にその瞬間それぞれの呪文達は目標に到達し、激しい爆発音が闘技場全体に轟いた。

 極大な魔力の衝突により結界で閉ざされた闘技場内を魔力が竜巻を生み吹き荒れる。

 それは大型魔導器による消音と耐衝撃の結界が闘技場全体に掛かってはいるが、それさえも突き抜け王都全体に響いたのではないかと錯覚する程の爆発であった。


 呪文を唱えた三人と一人の剣士は、元ギルド長である勇者お付きの老魔術師が張った結界内で、それが収まるのを一日千秋とも言える気持ちで待っていた。

 魔法の爆心地から大切な人の痕跡を探す為。

 無事でいて欲しいと願う。

 四人は激しく後悔していた。

 あの人ならどんな事をしても切り抜けるだろうと信じていたからだ。

 だから卑怯な手を使っても何とかして乗り越え自分達を驚かすんじゃないだろうかと。

 しかし、結果はどうだ。

 彼は自分達が放った奥義をそのまま受けてしまった。

 魔法で足を絡め取とり倒れた際に何処か怪我を負って動けなくなったのだろうか?

 その足を絡めとる魔法を使った老魔術師は罪悪感で胸が張り裂け、今にも倒れそうな程動揺している。

 彼に四対一を提案した筋肉達磨の如き大男も、自分の知的好奇心を優先するあまり彼が断わるのを無理強いで認めさせた元王子も、そして彼の生徒であるとある王家の末っ子も、同じように顔を真っ青にして言葉を発する事も忘れ、ただ結界の外で吹き荒れる魔力の渦を眺める事しか出来なかった。


 観客席から闘技場内を見ている者達が居た。

 その者達は一人を除いて爆発に飲まれた者の正体を知っていた。

 観客は五人。

 それ以外の人間は人払いの王命により誰も居ない。


 一人はその王命を発令したこの国の王。

 この者が今回の模擬戦を手配した張本人である。

 建国伝説に登場する『神の使徒』の力を自分の目で見たいが為の事だった。


 一人は『準聖女』と呼ばれている女性。

 銀の仮面を付けてフードを深く被っている。

 彼女は彼が十二年の長い月日を逃亡によってただ消費する事になった原因。

 しかし、先日運命の再会を果たし、その禍根は消え去る事となった。


 一人は『聖女』候補であった少女。

 滅んだ王国の王女である彼女。

 彼女は彼の正体を王家の血による魔法感知能力によって初めて出会った時から見破っていた。

 彼との出会いは魔物襲撃の報に人々が恐れおののき、絶望の淵に落ちようとしていたあの日。

 彼女自身、己の無力さに絶望しそうになり神に助けを祈ったその時、突如彼が教会に現れる。

 彼女の目に映る彼の姿は神の使徒そのものに感じられた。

 そして、その想い通りに彼の力によって救われた事で、以降彼に身も心の全てを捧げる決意をしたのだ。


 一人は『勇者』である少女。

 彼女も彼の事が大好きである。

 当初は彼の事を憎み勝負を仕掛けた事もあったが、彼に敗北した事によって憎しみの根源が嫌悪ではなく、大好きだった父の面影を彼の中に見た所為だと気付いた彼女は、それ以降彼を先生と呼び慕うようになった。

 今では、父の面影を越えて彼の事を愛している。

 本当は彼女もこの模擬戦に参加したいと言ったのだが、さすがに皆から戦力過多だと却下された。


 最後は彼の正体を知らぬ女性。

 この王国の第三王女である。

 末っ子として甘やかされた彼女は、世間の一般には見目麗しい容姿と共に『踊らずの姫君』と言う二つ名で称賛されていたものの、王宮内ではわがまま姫の悪名を欲しいままにしていた。

 しかし聖女誕生前夜祭の舞踏会で彼と出会い、彼とダンスを踊った事でトラウマが解消され、その性格は劇的な変化を遂げる事となる。

 それ以降の彼女はとても穏やかで心優しい女性になったと皆は言う。

 今まで迷惑を掛けられていた兵士達は、王女を変えてくれた彼に対して畏敬の念を抱く者も現れだしているようだ。


 当初彼女は、彼の正体を知らなかった事から、この模擬戦の観客枠には入っていなかったのだが、内緒にしていたのにも関わらず、いつの間にか観客席に座っていた為、やむなく認める事となった。

 少しばかり彼女の事が迷惑と思っていた彼の中では、自分の戦いを見たら怖がって近寄らなくなるのではと言う期待が含まれていたが、その思惑は見当違いであった様である。


 彼女の目は今の惨劇を見ても濁る事無く闘技場の彼が居た場所を見詰めていた。

 彼の正体を知らなかった彼女だが、現在彼女の心の中に彼が死んだなんて事は一欠けらも浮かんで来ていない。

 何故ならば彼女の目には彼との未来が見えていたからだ。

 それは彼女と同じ王女である『聖女候補』の少女の様に王家の血の力によるものはなく、彼女の直感がそうさせていた。

 その直感が彼がこんな所で死ぬ筈がないとと言っている。

 だから、安心して彼がこれから行うであろう活躍を待っていた。


 これは何も、彼女に限った事ではない。

 『準聖女』も『聖女』候補も『勇者』も皆、同じ様に彼を信頼している。

 だから誰一人取り乱す者など居なかった。


「姫よ、えらく落ち着いておるの。てっきり取り乱すものと思っていたぞ」


 国王が静かに闘技場を見詰めている王女にそう語りかけた。

 女性達と違い国王だけは、その目に宿る『天眼』の力によって魔力渦巻く闘技場の全貌を見通している為、現在彼にので焦る事もない。

 王女は父である国王の方に顔を向けるとにっこりと微笑む。


「当り前ですわ、お父様。先生があの程度で死ぬ筈が有りません」


「ほっほっほっ。あれをあの程度と申すか。しかし、お主は彼の力を知らぬ筈なのではなかったか? 『聖女』候補であるメアリと違い、儂の家系は女子には力が発動せぬしの」


「まぁ、メアリさんも王家の人でしたのね。あぁ、そう言えば学長の娘さんでしたか。フフフッ、けどそんな事関係有りませんわ。先生の正体なんてどうでもいいのです。私は先生が先生だからお慕い申しているのですわ。だから……」


「だから……とな?」


「えぇ、だから。せんせーーいっ! 早くお姿を現しになって下さーーーいっ!!」


 彼女は立ち上がり彼が居た場所に向けて声を上げた。



「王女は何を言って……?」


 闘技場の結界の中に居る剣士は、観客席からのんきな声で彼を呼ぶ王女の声に半ば呆れた声を零す。

 魔導器による大結界に守られている観客席と違い、結界魔法のエキスパートが構築した結界とは言え、急ごしらえの物の為、吹き荒れる魔力を肌で実感している。

 この魔力の中、普通の人間など生きられる訳がない。

 勿論彼が普通の人間でない事は知っているが、それにしても五体無事でいられるとは思えない。

 それ程までに同じ結界の中に居る三人の魔術師の魔法は凄まじいのだ。

 剣士は魔力の中心に居るであろう彼が、生きていてくれと神に祈った。



「おう! 姫さん! 分かったよ!」

 

「なっ!」


 突然いまだ渦巻く魔力の中心からよく知っている声が聞こえて来た。

 どこかやる気の無い雰囲気が漂う男性の声。

 結界内の剣士、それに魔術師の三人は驚きの声を上げる。

 魔術師達は自らの魔法に絶対的自信を持っていた。

 そして、その魔法が彼に炸裂した手応えを感じたから、自らの愚かな行いに悔いて絶望したのだ。

 それなのに、今聞こえて来た彼の声はなんだ。

 いまだ姿は見えないが、まるで何事もなかったような暢気に答えるその声からすると、どうやら生きているどころかピンピンしているようではないか。

 彼が生きていた喜びより、自分の魔法が効かなかったと言う自信が崩れ去る苛立ちの方が先に立った。


「な、あいつ、俺達の魔法を食らっておきながら、なんで無事なんだ?」


「むぅ、こ、これは! 吹き荒れる魔力によって分からなかったが、あの中心地に渦巻いている魔力は我らの物ではないぞ!」


「この魔力は、まるで『勇者』……?」


「さすがは先生だ!!」


 一人剣士だけは、自分の師匠である彼が無事な事を喜んでいた。


 そして、彼らが驚愕の目で見ている魔力の中心地。

 その中では一人の男が立っていた。


 ふぅ、姫さんは泣いて騒ぐかと思っていたら、中々どうして落ち着いたもんじゃねぇか。

 俺の事を信頼してるってのか?

 まぁ、少しは見直したぜ。

 んじゃま、そろそろ行きますかね。

 隠蔽魔法を解いてっと。


「よし、行くぜ!! はぁーーー!!」


 俺は隠蔽魔法を解くと共に身体を取り巻く精霊達に急速に魔力を送る。

 その魔力に呼応して精霊達の力が増大して行く。

 そして一気に爆発させた。


 バシューーーーーー!!


 爆発と共に渦巻いた魔力と共に巻き上がっていた砂煙は姿を消した。

 そしてその中央に光り輝く俺が居る。

 身体からは稲光が周囲に迸り、それが辺りの地面を焼いた。

 う~んこれって完全にスーパー○イヤ人だよな。

 金髪じゃないけど。


「な、な、なんだその姿!!」


「あ、あれは精霊なのか?」


「やはり『勇者』様の魔法。これが火山を引き裂いた魔力と言う訳じゃな」


「先生かっこいい!!」


 ちっ、先輩達め。

 好き勝手やってくれたじゃないか。

 今度は俺のターンだぜ。



「きゃーーーー!! 先生!! 素敵ですわ!! さすが未来の私の旦那様」


「こらーー、先生は僕の旦那様だぞ!! 姫様と言えあげないのだ!!」


「まぁ、『勇者』様ったら、そんな野暮な事は言いっこなしです」


「どう言う事なのだ?」


「それは私から説明しますの。『勇者』様、お耳を拝借、あのですね、ごにょごにょ」


「や、やめろメアリ!! 変な事を広めるんじゃねっての!!」


 ちっ! どうやら遅かったようだ。

 コウメの奴、メアリの耳打ちに満面の笑みで頷きやがった。

 くそっ、三人共笑顔で手を振りやがって、仲良くなってんじゃねぇっての。

 喧嘩してくれてたら、俺には一人を選ぶ事が出来ねぇって理由で逃げられるってのによ。


「まぁいい、取りあえずは先輩達だな。さーって好き勝手してくれたお礼に、ちっとばかしきつめのお仕置き……、いやいや、特訓をしてやろうかな」


 俺はさらに魔力を高めて周囲を稲光で焼く。

 ふふふっ、模擬戦が始まる前にコウメにコツを聞いていたのが役に立ったぜ。

 精霊を纏うこの魔法を使えるようになったしな。

 これが無かったらさすがの俺でもやばかったからよ。


「「「「ひーーーー!!」」」」


 結界内の四人が俺の言葉と魔力に情けない声を上げて震えていた。

 まぁ、この魔法は卑怯過ぎるし解いてやるか。


「精霊達よ。ありがとうよ。還って良いぜ」


 俺の言葉と共に精霊達は自らの元の姿に返還していった。


「な、どう言う事だショウタ」


 精霊達を解放した事に驚いているな。


「あぁ、もう必要無いしよ。還ってもらったぜ。先輩達相手にはちっと強すぎる力だしな。剣で十分だぜ」


「なんだと~! んじゃもう一度喰らってみるか?」


 う~ん挑発するつもりじゃなかったんだが、なんか三人共怒ってるな。

 ダイスの奴は剣での勝負って事に喜んでいる様だ。


「んじゃ仕切り直ししようかね。行くぞ!!」


 俺は掛け声を上げて、四人に向けて駆け出した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「つ、強すぎる……。もう魔力が空っけつだぜ……」ガクッ


「むぅ、『勇者』の魔法を使わずとも相手にならんとは……」ガクッ


「素手で溶岩弾の魔法を弾くなんて本当に化け物じゃわい……」ガクッ


「はぁはぁはぁ。さすが先生です。参りました……」ガクッ



 激しい戦いの後、四人は力尽きて闘技場の地面に倒れて伏した。

 魔力切れ、疲労から気絶してしまったようだ。


「少しばかりやり過ぎちまったかな? まぁ俺も良い運動になったぜ」


 俺は右手で左肩を叩きながら寝そべっている先輩達を見てそう呟いた。

 観客では姫さんやコウメ、それにメアリがやかましく声援を送ってる。

 レイチェルは仮面被ってるから分からねぇや。

 まっ、大きく手を振ってるし喜んでるんだろうぜ。

 俺は左手を上げて皆の声援に応えた。

 さて、国王は今ので満足したかね。

 そりゃ伝説の『神の使徒』の力を見たいってのは分かるが、とんでもねぇマッチングを許可しやがってよ。

 困った奴だぜ。



「先生!! 次は僕と戦って欲しいのだ!!」


 さて、この後予定されている豪華な昼食会で美味い物を食うかと思っていた所に、突然コウメがそんな事を言って闘技場の中に入って来やがった。


「ちょ、ちょっと待て、コウメ。俺今試合終わったばかりで疲れてるっての!」


「皆ばっかりずるいのだ~! 僕も先生と戦いたいのだ~!! てっーーい!!」 スガンッ!


 了解してねぇのにコウメの奴飛び掛かって来やがった!

 さすが勇者だ! 剣を振り下ろした地面がダイス以上に抉れてやがるぜ!

 って、感心してる場合じゃねぇ!!


「や、やめろっての、コウメ。お、おいレイチェル、コウメにやめる様に言ってくれ。そ、それか国王! 国王権限って奴で止めて下さい!」


 俺がレイチェルと国王に、コウメを止める様に頼むが、どうもダメそうだ。

 国王の奴、『勇者対神の使徒』の戦いってのに興味津々って顔して笑ってやがる。

 レイチェルも止める気は全く無い様で椅子に深く座り直しやがった。


「いっくぞーーー!! てやーーー!!」


 相変わらずコウメは素早い動きで俺に攻撃してくる。

 ふぅ、付き合ってやるか。

 しっかし、こりゃ明日は筋肉痛かね。


 俺はそんな溜息をつきながら剣を構えた。

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