第111話 絶対に許さねぇ
「な、なんで……?」
そんな……、俺の身体は覚醒前からそんな訳の分からない物で出来てたって言うのか?
なら、なんで言わなかったんだ?
「なんで黙ってた! お前は一度もそんな事言わなかっただろ!」
「……それはあんたが何者であろうと、周囲の人間より人間らしかった。とても優しくて、とても勇敢で……。だからそんな事、私にはどうでも良かった事なのよ」
「なっ、なら。ならなんでっ!」
なんで俺を化け物を見る目で……。
「あんたの身体が『神の土』で出来ていると言う事は、十二年前にこの大陸に渡って来た後、聖地で洗礼を受けた時に知ったわ。当時はまだ変な身体の人としか思わなかったの」
レイチェルの表情が崩れ顔が歪む。
それが怒りなのか悲しみなのか読み取れない。
「……とても怖かった。あたしを助ける為とは言え、躊躇無く人間を斬った。沢山殺した。やっぱりあなたは人間じゃないのかって。人間とは違う化け物なのかって……」
レイチェルは嗚咽混じりでそう言った。
喋り方も当時の口調に近くなっている。
俺はそれに何も答えることが出来なかった。
「それが……、例えそれが既に人間じゃない相手だったとしても……」
「人間じゃない相手って……。お前それも分かっていたのか?」
赤い目となった女媧モドキは二度と元へは戻らない。
あの時の村人は既に赤い目をしていたんだ。
どんな魔法を使おうと手遅れだった。
「……そりゃ分かるわよ。『診察』を掛けたらあんたと同じ、いえ同じって事は無いわね。身体が別の何かに置き換わっていた。あんたとは違うおぞましいナニかに」
「な、な……。そこまで分かっていた……のか?」
「えぇ分かっていた。でも当時のあたしは『神の落とし子』だとか、魔族だとかそんなの知らなかったっ! 人間以外のナニかが、人間なんて無視してナニか同士で戦っている。そう思うと怖くてしょうがなかったの! あたし達の世界が、あたし達の知らない内に別の存在によって壊されていくんじゃないかって事が! あたしは怖くて……、そしてあんたを……」
俺はレイチェルの告白に何も言葉が見付からない。
なにも返す事が出来ない。
俺の身体がこうなったのは大消失が起こってからと思っていた。
なんだよ……、最初っからなんじゃねぇか。
それを知っておきながらレイチェルは気にせず俺の側に居てくれてたってのか……。
化け物を見る様な目?
違う!
『様な』じゃなくて、本当に化け物だったとはな。
「……ごめんなさい」
レイチェルは気を取り直したのか、すっと姿勢を戻し俺に謝った。
俺はまだ、言葉を紡げない。
レイチェルもそれっきり何も喋らなくなってしまった。
割れた瓶からしたたり落ちる酒の滴のポタポタと言う音だけが聞えて来る。
「はぁ~、さてと。言いたい事は言ったわね。そうそう、さっきも言ったけど、あんたとコウメが仲良くなって本当に良かったよ」
突然レイチェルは沈黙を破り少し伸びをすると、元の口調に戻りのんきな事を言って来た。
ただ、言葉の意味が良く分からない。
コウメと仲が良いと何が良かったんだ?
俺が首を傾げているとレイチェルはカウンターから出て来た。
そして、俺を見詰めたかと思うと、少し深呼吸をして俺に頭を下げる。
「ショウタ、お願いが有るの。……どうかコウメの事をよろしく頼みます。父親代わりでも良い。何なら嫁に娶って貰っても良いわよ。あんたの事が大好きみたいだからね。大切な娘だけどあんたなら許す。……じゃあ、あたしは行くから」
それだけ言うと、顔を上げそのまま入り口に向かって歩き出した。
コウメを頼むってどう言う事だよ。
それより、何処に行くんだ?
もしかして、教会に行くってのか? ……いや、違う。
最後にちらっと見せたあの顔は……。
「おい! ちょっと待て! お前死ぬつもりなのかっ!?」
俺がそう叫ぶとピタリと足を止めこちらを振り向いた。
顔は笑っているが目が泣いている。
そんな顔をしていた。
「えぇ……そうよ」
その表情のままレイチェルは答える。
声は少し優し気だ。
何かを悟りきったそんな声だった。
「なんで! なんでだよ!」
「最初はね。あんたの手に掛かって死ぬつもりだった。ダイスがあんたの今まで味わった苦しみと悲しみを話してくれたからね」
「なっ、あいつ喋ったのか? けど、命が無いって……」
「それは嘘。あの子はあたしをただの刺客だと思ってたのね。だから全部話した。そしてあたしがあんたの憎き女ってのを知ったダイスは、あたしに言ったんだよ。あんたにあたしを殺させる様な真似はしないで欲しいと、『もう先生には手を汚して欲しくない。あの人に人殺しをさせないで下さい』ってね。しかも、かつての知り合いで、そして自分の事を慕っている人の母親なんて殺した日には『先生の心が壊れてしまいます』って泣かれたのさ」
ダイスがそんな事を言ったのか。
あいつ、最初からそうするつもりだったってのか。
余計な事をしやがって。
「このままあんたに会わずに別の街に移るか、それでもダメなら『自分が貴女を殺します』って凄まれたよ」
「ダイス……。あいつやっと彼女と一緒になれたってのに。なんて事言いやがるんだ」
「だからね。あんたに事情を話して自ら命を絶つって言ったら、それも止められてね。いや事情を話すって事じゃないよ。自ら命を絶つって方さ。あの子は勝手だよね~。自分で殺すと言いながら止めて来るんだもん。しょうがないから魔法で眠らせたのさ。明日には普通に目が覚めて起きて来るよ安心しな」
「そうなのか、それは良かった……、じゃないっ! なんでお前が死ぬって話になるんだよ!!」
さっきまで俺が殺そうとしていたってのに勝手な言葉だ。
そして、その俺の言葉に辛そうに顔を顰めるレイチェル。
俺はその顔に息が止まりそうになった。
「本当はね、コウメとダイスが眠っている内にあんたに会わずに王都を抜け出して、どこか森の中で一人死ぬつもりだったのよ。そうしたらあんたに迷惑は掛からない。あたしの正体に気付いているって思わなかったからね」
「そ、そんな。ならなんでこんな事を」
俺の問い掛けにレイチェルは少し笑顔になって目を瞑る。
けど、それは俺にはとても悲しい顔に見えた。
「死ぬ前にどうしてもショウタと話したかった。憎んでるのは分かってる。罵られたって構わない。けど、けど、どうしてもね。あんたの声が聞きたかった。……ごめんなさい。話している内にまるで昔に戻った様な気になってしまったの、それであなたを怒らせてしまった。勝手な事ばかりして……本当にごめんなさい」
それだけ言うとレイチェルは俯いて黙ってしまった。
クソッ! だからあんなに楽しそうに話してたってのか?
クソッ! クソッ! 末期の酒のつもりだったって言うのか!
「だからって、何で死ぬんだよ!」
俺はこの沈黙に耐えれなくなって叫ぶ。
すると、レイチェルは目を開き、思い詰めた顔で唇をキュッと噛んでいる。
「あたしはあんたを二度裏切った」
レイチェルは身体の奥からやっと絞り出したかの様な小さい声でそう言った。
「二度裏切った?」
「えぇ、一度目はあの村での事。あんたの事を化け物として罵り絶望に突き落とした。そしてもう一つは。……あの人、ショーンと結婚した事よ」
「あっ……。うぅ……」
俺の胸が締め付けられる
あえてその事には触れずにいた。
いや、憎むべき相手が誰と付き合って、誰と結婚しようと関係無いと思おうと目を背けていた。
「八年間、あっちの大陸であんたを探し回っていたけど見付からない。ある日、この大陸にあんたの風貌に似た英雄が居るって話を聞いてね。そしてこの大陸に渡って来たって訳なのよ」
「探してた理由って、復讐って事じゃ無かったのか?」
レイチェルは首を振った。
もしかして、俺を探していた理由って……もう一度一緒になろうとしていたのか?
それに、八年前って言うとまだ俺はこの大陸に渡る前じゃないか。
勝手に勘違いしてここに来たってのか。
そして、俺が見付からないから代わりにそいつと?
色々と複雑な感情が湧き上がりどう答えたらいいか言葉に詰まる。
「最初ショーンに会った時はね、誰だあんた! ってぶっ飛ばしてやったんだよ。それから暫くは会う事も無かった。その後聖地に呼ばれてね。そこで洗礼を受け『神の落とし子』の存在を知り、あんたの正体を知った。それからはより一層あんたの事を探そうと必死だった。……でも十年前のある日……」
十年前? 何が有ったんだ……? あっ!
「大消失……か?」
「やっぱり、あれはあんたの仕業だったんだね」
レイチェルは言葉と反して後悔の目に染まってそう呟いた。
「どう言う事だよ。やっぱりって?」
「本人に聞くのもなんだけど『神の落とし子』についての話は何処まで知ってる? 目覚めた後の事は?」
「え? いや、俺も最近知ったからよく分からねぇ。目覚めた時に人間が戦争していたら見限って天に還るから争うなって事くらいか」
「ふ~ん。本部従者レベルの事までしか知らないんだ」
従者レベルの事? 他にまだ何か有るのか?
と言うかあいつ幹部の下っ端候補って事か。
「本当は見限った場合、その御身をメギドの火と化し地上を浄化した後、天に還ると伝わっているのよ」
「物騒だな!! 身体が爆弾かよ。そりゃ初代教皇も必死になるわ……って、それは!」
大消失が起こったのって、俺の身体がそのメギドの火って奴になったからなのか?
確かに俺を中心として全てが消えた。
あれを浄化ってのも頷ける。
「えぇ、教会は調査の結果、大消失を小規模だけどメギドの火によるものと断定した。別なる『神の落とし子』が天に還ったと嘆き悲しんでいたわ。私も別の意味で悲しんだ……」
「もしかして……それで俺が死んだと……?」
レイチェルはまた何も言わずに今度はコクリと頷いた。
言葉には出来なかったのだろう。
「自暴自棄になっちゃったのね。もうこの世には居ないあんたの面影を追ってしまった。そして気が付いたらお腹にコウメが居たの」
「……でも。でも、そいつの事を愛したんだろ?」
俺の問いにまたレイチェルは答えない。
それこそ止めろ! 何が自暴自棄だ!
「バカ野郎!! 何言ってるんだっ! コウメが生まれたのが自暴自棄だ? 気が付いたらお腹にいた? コウメがそんなふざけた理由でこの世に生まれて来たって言うのか? ふざけるなよ!!」
俺はレイチェルのあまりの勝手な言い草に叫んだ。
そんな事コウメが可哀想過ぎるだろ!!
あいつはお前の事が本当に大好きなんだ。
俺に母親の事を嬉しそうに話していたんだ。
それが、自暴自棄の果ての産物だ?
そんな事言うんじゃねぇよ!
俺の怒りの言葉にレイチェルは呆然とした顔で俺を見ている。
そして、ふと笑顔になった。
今度は本当に笑顔だ。
「そう……、あんたはそう取ったんだね。ごめん。さっき何も言わなかったのは、これ以上あんたを裏切る言葉を言いたくなかったからさ。本当にごめんなさい。そして、コウメの事で怒ってくれてありがとう」
レイチェルはそう言って頭を下げた。
裏切る言葉を言いたくなかった。
と言う事は、そいつの事を愛していたって取ってもいいのか?
それはそれで複雑だが、裏道でレイチェルの事を見て幸せそうに笑っていたコウメの横顔が浮かび、少し心が軽くなった。
「最初は自暴自棄だったかもしれない。それにあんたの幻想の姿をあの人に被せていた。これは本当の事よ。けど、いつしかあんたの幻想の向こうに居るあの人の事を……」
「あーー止め止め! それ以上はさすがに俺の心にダメージが来る。愛し合っていた、そしてコウメもその二人から祝福されて生まれて来た。……それだけ分かればそれでいい」
昔の彼女から結婚した旦那とのノロケ話を聞いて、はいそうですかって割り切れる程、人間出来てねぇよ。
今だってコウメの事が無きゃ、訳の分らない事を叫びながら裸で街中を疾走したい気分だっての。
「……ありがとう。けど、だから……私は」
レイチェルはそう言ってまた酒場の出口に向かって歩き出そうとした。
まだ死ぬつもりだって言うのか?
「おいっ! 待てって! お前勝手に死のうとするんじゃねぇよ」
俺が止めようと手を伸ばすと、レイチェルは振り返り俺の手を払った。
そして、目に涙をいっぱい溜めて俺の事を睨んでくる。
「止めないでよ! あたしはこれ以上あんたを裏切ったままで生きていたくないの! 『神の落とし子』様を裏切って『準聖女』なんて女神様への冒涜! そんなの……耐えられない。これは償いなのよ……」
レイチェルは顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
ぐっ、そうか。
こいつは『準聖女』に選ばれる程、敬虔な神の信者だったな。
俺に対してだけじゃなく、神に対しての裏切り行為と思っているのか。
だが、そんな事は関係無ぇ。
お前が信じてる神なんて、人間をオモチャに嘲笑っているバカ野郎共だ。
「俺が許すっての。他の奴の事なんて気にするなよ! それが例え神だったとしてもな。『神の使徒』の俺が許すって言うんだ。神だろうと文句は言わせねぇよ!」
「ヒック……、でも、そんな事許されない。あなただって本当は……」
クソッ、俺が二十年間逃亡して捻くれちまったみてぇに、レイチェルも相当こじらせちまっている様だな。
恐らく神だ何だは言い訳なんだろう。
罪悪感で自己否定の塊みてぇになっているぜ。
死ぬ事が当然の罰だとでも思っているみてぇだ。
どうしたものかな、罰を他の物に転嫁出来たらいいんだが?
「あっ! 分かったぞ!」
一つの案が頭に浮かび、俺は声を上げた。
突然の俺の言葉にレイチェルは泣き止み顔を上げる。
「お前! 償いとか言って、実はあの世で旦那に会おうと思ってるだろ?」
「へ? え? いや、そんな、ちが……」
レイチェルは先程までの俺の様に、上手く言葉が紡げずにいた。
ふんっ! これでお相子だな。
さっきのお返しにまだまだ行くぜ。
「そうは問屋が卸さねぇよ! 勝手に死んであの世でラブラブしようなんて事はさせねぇぜ!」
「だ、だから違う……」
「いーや、それに死ぬなんてのは逃げだ、逃げ! そんな物は償いとは言えねぇんだよ! そんな楽な罰は俺が絶対に許さねぇ! 勝ち逃げなんてさせてやるもんかってんだ!」
「う、うぁ……ち、違う……」
俺の怒涛の言葉に、ちゃんと言い返せないレイチェルは狼狽えて言葉にならない言葉を零すのみ。
「『神の落とし子』であり『神の使徒』の俺が、女神に変わって真の罰を言い渡すぜ」
「ば、罰? それは?」
「これからも、死んだ父親の分までコウメを可愛がってやれ!」
「え、え……?」
俺の言葉に信じられないと言う顔をするレイチェル。
本当に予想外の事だったようだ。
「それにお前な? 大好きな父親が死んで、更に母親まで死んでみろ。コウメがどれだけ悲しむか分かるだろ。大切な娘ならもっと考えてやれ! そもそも人を悲しませる神なんてのは糞喰らえなんだよ!」
「う……はい」
レイチェルは小さくなって素直に返事した。
やはり娘の事が可愛いのだろう。
本当に人を悲しませる神なんて糞喰らえだぜ、ったくよ。
まぁ、まだこれだけじゃ弱いな、いつ罪悪感がぶり返すか分からねぇ。
もう一押し行くか、丁度王子も困っていたしな。
「それともう一つ、先日の女神降臨騒動有っただろ。あれで聖女候補から外された娘の後見人が近々俺の街に来るってんだが、あれ、お前がやってくれ。女神から直々にその子を護ってやるようにって言われているんだ。良い罪滅ぼしになるってこった。なによりお前が付いてくれるなら、ちょっかい掛けて来る奴が来たとしても安心だしよ」
「う……うん、分かった。けど、本当にそれが償いになるってのかい? あんたはそれで許してくれるのかい?」
「ははっ、もういいじゃねぇかそんな事はよ。それより来いよ」
俺はそう言って、レイチェルの手を取りカウンターまで連れて行く。
「え? え? な、なにしようってのさ?」
「ん? そりゃ決まってるだろ? 酒場に来たらやる事は一つだ。今夜は飲み明かそうぜ!」
この言葉にレイチェルはまた顔をくしゃくしゃにして泣き掛けたが、すぐに頭を振って涙を拭い笑顔を見せた。
それは懐かしい笑顔。
「……分かったわよ。けど、そう言う事ならジュースなんかじゃ許さないからね。酒にも付き合って貰うから覚悟しておきなよ」
「うっ……あぁ、いいぜ! 受けて立とうじゃねぇか!」
こうして俺達は昔の様に笑い合い懐かしい話に花を咲かせる。
そして、酒盛りの夜は更けていった……。
まぁ、色々と割り切れちゃいねぇが、このまま死なれちゃ俺の魔力の暴走で破壊しちまったこの酒場の弁償を俺がしないといけねぇからな。
そんな金なんて持ってねぇよ。
『準聖女』様の財力……逃しはしねぇぜ。
あぁ、分かっているさ。
これも都合の良い言い訳だ。
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