第91話 王都へ

「打ち込みが甘いぞ!! ほら! 脇が隙だらけだ!」


 バシッ!


 がむしゃらに打ちかかって来た冒険者の剣を弾き、隙が出来た脇に木剣を打ち込む。

 新人研修と違って寸止めはしねぇ。

 なに治癒師が居るんだ、手加減はするがそれなりに痛い目に遭わねぇと体が覚えないからな。

 バッシバッシと打ち込ませてもらっている。

 のんびりと一人一人相手する時間が無いので、今日はバトルロイヤルの形式を取り好きな時に打ち込んで来て良いように言ってある。

 連携の練習にもなるしな。

 と言っても、今相手しているのは昨日居なかった奴等だけだ。

 昨日特訓してやった奴等は全員練習場の隅に設置してある観覧席に座っている。


 特訓が始まるや否やは真っ先に飛び掛かって来たグレンは、それなりに健闘したが先程から床に這いつくばっていた。

 奴のメイン武器は斧と言う事も有り慣れない剣で頑張ったとは思うが、まだまだダイスの域には遠いかな。

 いや、ダイスはたまに特訓に付き合っていたんだから、俺のコーチング能力ってのが本当ならそれのお陰かもしれねぇし、グレンの奴もこうやって特訓してやればもっと強くなれるだろう。


「つえ~なんてもんじゃねぇ……。『剣王カイルス』直伝の技の数々、伊達じゃ無ぇ……よ」ガクッ


 そう言って、グレンは気絶してしまった。

 慌てて治癒師が治療に当たる。


「今だっ!」


 ガッ! バシッ!


 俺がグレンの様子に苦笑していると、相手していた冒険者が打ち込んで来た。

 俺はそれを余所見したまま剣を弾き胴を撫で切りにする。


「グワッ! ま、参った。ソォータ先生、なんで余所見した隙を狙ったのに反応出来るんですか?」


「そりゃお前、わざと隙を誘って打ち込ませたからだ。実力が拮抗以上の相手をしている場合、相手に隙が出来たら、今のお前みたいにその隙を突こうと浮足立つだろ? そこをバシッと行くわけだ」


「ず、ずるい!」


 騙し討ち同然のこの戦法に倒れ込んだ冒険者が不満の声を上げた。

 強い俺がそんな小狡い事をするなんて思ってみなかったとでも言いたげだが、それは逆だぜ。


「バーカ。これからの戦いはこんなテクニックも必要になって来るってレクチャーだ。隙を突くのは良い。だが、頭の回る奴は今みたいにわざと隙を作って攻撃を誘うなんて事は平気でしてくるぞ」


「な、なるほど」


 俺の言葉に素直に納得する冒険者。

 周りの者も同じような事を呟いていた。

 中にはそう言う相手と戦った事が有る奴も居るようで、うんうんと実感を込めて頷いている。


「そんな時はどうすればいいんですか?」


「そう言う場合は相手の可動域をイメージしろ。誘い込むとしても隙は隙だ。その隙の体勢から繰り出される攻撃を予想して、そう簡単に反撃されない様な攻撃を心掛けるんだ……」


 バシッ! ガッ!


「グワッ!」 ドサッ。


 俺の講義の最中に背後から打ち込んで来た奴の剣の腹を後ろ手に打ち払い、振り向きざまに相手の背後に回り込んで当身を叩き込む。

 相手はそのまま地面に倒れ込んだ


「そ、そんなぁ、完全に隙を突いたと思ったのに……。今のも誘う戦法なんですか?」


「いや、今のは違う。なかなかいい攻撃だったが、踏み込む時の殺気がダダ漏れだ。もっと感情を殺せ」


「先生強過ぎですよ~」


 周りの奴等が情けない声を上げた。

 まぁ、あまり叩きのめして自信を喪失させるのも良くないか。

 そろそろ良い時間だしこの辺で止めておくか。


「よし! 今日はここまでだ。お前ら今のを参考に各自自主トレをするように! あと事故の元になるから絶対に治癒師同伴でやるんだぞ!」


「はい! ありがとうございました!!」


 見学していた奴等も含めて全員俺の言葉に一斉に返事をした。

 気絶していたグレン達も、治癒師のお陰で意識を取り戻している様だ。

 んじゃ、一つサービスをしてやるかね。


「最後に俺みたいな奴と遭遇した時の対処法を教えてやる」


 ゴクリッ。

 俺の対処法って言葉に皆が生唾を飲み込む音が聞えた。

 どんな必勝法が飛び出してくるのかとワクワクした目で俺を見ている。


「対処法はただ一つ。逃げろ。何がなんでもな」


「えぇ~、そんな~」


 俺の『逃げろ』と言う言葉に皆がガッカリと言った声を上げた。

 何かとんでもない技でも教えて貰えると思ったのか?

 残念だったな、そんな都合の良い物はねぇんだ。


「勝てない相手に特攻しても犬死だ。生きてさえいればそれが経験となり強くなれるもんさ。あぁ、一つ言っておく。逃げろと言っても仲間を見捨てろって意味じゃねぇぞ。全員で逃げて生き残れ。生きて帰って来さえすれば俺がまた鍛えてやるよ」


「は、はい!」


 全員が目から鱗を零したかの顔をして元気よく返事をした。

 なかなか皆良い面構えになったじゃねぇか。

 それでこそ、俺の仲間達だぜ。


「これで俺が留守しててもこの街は大丈夫だな」


 俺は頼もしいギルドの奴等を眺めながらそう小さくつぶやいた。

 出発までもう少し時間は有るな、……今の内トイレにでも行っておくか。

 乗合馬車だし、途中でトイレに行きたくなったら大変だぜ。


「んじゃ、暫く自主練しとけ。その間俺はトイレに行ってくる」


 皆の了解の声を背に俺は練習場の階段に足を向けた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あっ……」


 俺がトイレに向かおうと一階に上がったら、ギルドのカウンターに座っていた嬢ちゃんと目が合った。

 さっきまで姿が見えなかったが、休んでいたって訳じゃ無かったんだな。

 嬢ちゃんは俺の顔見た途端顔を真っ赤にして焦っている。

 昨日思わずキスしちまったのを後悔しているんだろうな。

 ほっぺなら兎も角、口だもんな~。

 あれがファーストキスだったかは知らねぇが、そりゃ後悔もするだろうよ。


「よう嬢ちゃん。お、おはよう」


「ソォータさん……。お、おはようございま……す」


 まるで初々しいカップルみてぇなたどたどしい挨拶を交わす俺達。

 なんかすげぇ恥ずかしいぞ?

 いい年してみっともねぇ。

 嬢ちゃんもそんな思わせぶりな態度止めてくれよ。

 対応に困るぜ。


 『プッ』

 『フフッ』


 遠くの方からそんな二人の態度に噴き出す声が聞えて来た。

 キッと睨むと、その笑いの声は酒場のマスターとウェイトレスで、スッと顔を背けて知らん振りを決め込みやがった。

 そう言えば二人には昨日の事見られていたんだよな。

 他の職員はそんな俺達の行動に首を傾げているが、何人かは含み笑いをしてやがる。

 何を想像しているか知らんが、全て誤解だ。


「じょ、嬢ちゃん。せ、先輩に何か伝言はねぇか? 王都で会ったら伝えとくぜ」


 俺は変な空気を誤魔化す為に嬢ちゃんに話しかけた。

 嬢ちゃんもそれに乗ったのか顔は真っ赤ながらも言伝を考える素振りをし出す。


「う、う~ん。そうですね~。王都での仕事が一段落したら一旦帰ってくる事。一応居ない間お母さんがギルドマスター代理してくれてるけど、お父さんでしか出来ない仕事がいっぱい溜まってるんだからって伝えてください」


「あぁ、分かった。伝えとくよ。あぁ姉御に挨拶してなかったな。代理って事は上に居るのかい?」


「ううん。お母さん午前中の主婦は忙しいって言って午後からしか来ないわよ。今日はソォータさんの出立の日だからって早めに来るって言ってからか、もうすぐかな?」


 あ~、午前中が忙しいってのは嘘だな。

 姉御は酷い低血圧だから寝起きの悪さは折り紙付きだ。

 先輩も下手に起こして殺されかけたとか言っていたし、ただ単に起きるのが辛いから重役出勤してるんだろ。

 早めと言いながらもうすぐ昼だし。


「そ、それと……、ソォータさんにこれ……」


 俺が姉御の現役時代に聞いていた寝起きの悪さ伝説をしみじみと思い出していると嬢ちゃんが何か小さい紙袋を差し出してきた。

 折角普段通り空気に戻ったかと思ったら、またモジモジと顔を赤らめている。

 その態度に戸惑いながらも、差し出された袋を受け取った。


「なんでぇ、この袋は?」


「あの……それ私が作った……お守りなの」


 お守り? 嬢ちゃんが作った?

 お守りを作ったってそんなに恥ずかしい事なのか?

 良く分かんねぇな。

 俺は首を傾げながら袋の中を覗き込んだ。

 その中には革紐で編んだミサンガみたいな物が入っていた。

 

 これがお守り?

 ミサンガっぽいが、やっぱり元の世界同様に切れたら願いが叶う系奴なんだろうか?

 まぁ、何にせよ一生懸命作ってくれたんだから礼を言っとくか。


「ありがとうよ。大事にするぜ」


「あっ、あの、それ左腕に巻く物なんです。ま、巻いてあげますね」


 嬢ちゃんが更に恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言って来た。


「? あぁ、良いぜ。一人じゃ巻けないしな。嬢ちゃんがくれたもんだし嬢ちゃんに巻いて貰おうか」


 そう言ってミサンガモドキのお守りを手渡して左手を差し出した。

 心なしか周囲の見守る目に熱が籠っている気もするが、一体何なんだ?

 

 ギュッギュッ。


 そうこうしている内に嬢ちゃんが俺の上着の袖をまくり上げて、お守りを左腕の上腕筋くらいの位置に巻いてくれた。

 手首かと思ったら結構上に巻くもんなんだな。

 まるでムエタイ選手が腕に付ける奴みてぇだ。


「おぉぉぉぉ~」

「ヒューヒュー!」


 腕に巻かれたお守りを眺めていたら周囲から冷やかしの様な声が上がった。

 慌てて周りを見ると何故か全員笑顔だ。


「な、何なんだよ。お前ら」


「あら? ソォータさん知らないのかい? そのお守りはね……」


「あーーー! あーーーー! そ、それは無事に帰って来られますようにって言うおまじないが込められている物なの! はい隠して隠して」


 少し年配の職員がこのお守りの意味を俺に説明しようとした途端、嬢ちゃんが間に入って来て大声でそう叫び俺の上着の裾を下ろしてきた。


「うわっ、びっくりした。どうしたんだよ嬢ちゃん。急に大声出して」


 嬢ちゃんが周りの皆に黙っている様にと人差し指を唇に当てて『シーシー』言っている。

 なんだよ皆のこの雰囲気? なんか特別な意味でも有るのか?

 それに隠せって、なんか見られたらマズい物なのかよ。


「なんでもないの! お、お守りあげたんだからちゃんと無事に帰ってきてくださいね」


「お、おう。分かったぜ……?」


 良く分からんが、まぁ周囲の態度から呪われたもんじゃないのは分かるから良いか。

 嬢ちゃんの想いは込められているみてぇだしな。

 百人力だぜ。




「小父様? 先程の声援はなんでしたの?」


 どうやら先程の冷やかしの声を聞きつけたメアリが訓練場から上がってきたようだ。

 不思議そうな顔でこちらを見詰めている。

 まぁ、トイレに行くって言ったのにカウンターの所で突っ立ってるんだから不思議に思うよな。


「あら?」


 不思議そうにしていたメアリが何かに気付いたのか、少し眉をひそめて周囲の職員達を見渡した。

 そして、嬢ちゃんに目線を移すとなにやら怪しいオーラを身体から放ち始める。


「あらあらあら? なんだか穏やかじゃない空気を感じますの」


 何に怒っているのか分からねぇが、ゆっくりと歩きながらこちらに近付いて来る。

 怖ぇぇ。

 穏やかじゃない空気を出しているのはどっちだっての!

 顔はほんのり笑っている様に見えるのがマジで怖い!


「ど、どうしたんだよ。メアリ?」


「そうそう、何もないわよメアリ。ね? 皆?」


 嬢ちゃんの言葉に周囲の皆はメアリの迫力に押されながらもうんうんと頷いている。

 それでもメアリから噴出している聖女候補とは思えない程の暗黒闘気としか形容出来ない様なオーラは止まらない。

 

「朝からアンリの様子がおかしいと思ってたのよ。小父様を外で待とうと誘った時も頬を赤らめて断ったり……。何が有ったの?」


 この語尾の『の』は違う『の』だ。

 これマジ切れ中のメアリじゃねぇか!

 何が有ったのって……、何も。

 いや有ったよ! キスしたよ! しかも先輩の娘である嬢ちゃんと!

 何故か分からんけど、今のメアリにバレたら殺される予感がするぜ。

 何とか誤魔化さなければ……。


 ガチャッ。


「待たせたね~。おっショウタ……ゲフンゲフン。ソォータ。どうやら間に合ったようだね。って、なんだいこの空気?」


 突然ギルドの扉が開き、重役出勤の姉御が入って来た。

 全員そちらに目を向ける。

 この異様な雰囲気に気付いた姉御は周囲を見渡している。


「ほうほう、どうやら修羅場ってるみたいだね。ははは、ソォータここはあたしに任せな」


 何やら事情を察した姉御がそう言って右手の親指を立ててクイックイッっとギルドの外を指差した。

 どうやらこのまま王都に行けと言う事らしい。

 なんだか良く分からんが、俺もそれが正解だと直感した。

 俺はその言葉に甘えさせて貰おうと、弾かれた様にカウンターの上に置かれていた自分の荷物を手に取り姉御の後ろに有るギルドの扉までダッシュする。


「あっ! 小父様! 逃げるなんて卑怯です!!」


 俺の動きに気付いたメアリが追って来るが、さすがに俺のスピードにはついて来れない。


「ソォータ。あんたも罪作りだねぇ。まぁ、帰って来るまでにはちゃんとなだめておくから安心て行ってきな」


「何か分からんが頼むぜ、姉御! じゃあ、皆! 王都まで行ってくるぜ」


「ソォータさん頑張って!」


「こら~小父様! 待て~!」


「あっ! 師匠! なんでもう出発してるんすか~」


 チコリーまで騒ぎを聞きつけて出て来やがったようだ。

 ギルドから飛び出た俺は、三者三様の三人娘の声を背に街の入り口まで走る。

 乗合馬車の出発時間はまだ先だし、大人しく待ってたら追い付かれちまう。

 こりゃ王都へは徒歩で行くしかねぇか。


 トホホ……。


 いや、ダジャレじゃねぇよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る