第六章 邂逅

第92話 王都イシュトダルム

「見えたぜ王都。今まで何回か素通りした事は有るが入った事が無ぇんだよな」


 俺の街『城郭都市シュトルンベルク』からまるで夜逃げするかの様な逃亡劇を演じて早二日、この国の中央部やや西寄りの場所に位置する王都が丘陵地から見下ろす景色にその姿を現した。

 俺が第二の故郷……、いや元の世界を入れると第三か。

 まぁ、一応終生の地と決めたこの国『イシューテル王国』に来てからの八年間、俺は一度も周辺内外から見目麗しい白銀の都と持て囃されているこの『王都イシュトダルム』には立ち寄った事が無い。

 指名手配が解除されているなんてのはついこの前まで知らなかったからな。

 別にこの国だけじゃないが、大抵王都ってのは警備が厳重なもんで、通門証を持たない一見な訪問者に対しての検問が有りやがるからな。

 『アメリア王国』から俺の手配書が出回っている事を恐れて、逃亡以降王都と呼ばれる街には立ち寄った事が無かったんだ。

 王都以外にも交易の要所となる大都市にも警戒はしてはいたが、それら全て今となっては取り越し苦労だったってのは笑える……いや笑えねぇか。

 なんせ罪は罪だし、仕方無ぇで笑う事なんて出来ねぇよ


 通常シュトルンベルクから王都へは乗合馬車に揺られての移動の場合、街道は南を迂回する形になる為、三日以上は優に掛かる距離である。

 俺はメアリからの追撃を恐れ、その道を通らずに王都への直線距離を走って来たって訳だ。

 姉御が任せろと言っていたので大丈夫とは思うが、相手はあのメアリだからな。

 用心に越した事はない。

 

「さて、初の王都に乗り込むとしますかね」


 イシュトダルムの噂は街に引き籠っていた俺でも色々と聞き及んでいた。

 城壁からその街並み、そして城に至るまですべてが純白の大理石で作られているという話だ。

 離れたこの位置からでも城壁や城の尖塔は太陽の光を受け輝いており、その様はまさに白銀の都の異名に負けておらず、その姿は神々しささえ感じるぜ。

 ともあれ、噂の街並みをこの目で拝むべく心を弾ませながら王都に向けて歩を進めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……で、何で俺がこんな所に居るんだ?」


 あの後、王都の門に着いた俺は、この際通門証を申請しようかと受付窓口の列に並んでいたんだが、いざ俺の番となって名前を言った所、何故か急に係の職員が事務所の奥の方に駆けて行きやがったんだ。

 そんなもん、嫌な予感しかし無ぇ。

 もしかして手配書が生きていたのかと、このまま逃げようかと思ったが、ギルドの会員証を身分証代わりに提出しちまった手前、逃げたら指名手配確実だ。

 折角安住の地を手に入れたってのに、また逃亡生活に戻るのは勘弁して欲しいし、何より金を引き出してくるってギルドの皆と約束したんだからそう言う訳にもいくまい。


 それに、何も捕まると決まった訳じゃねぇ。

 俺も最近有名人だ。

 俺が来たってんで、嬉しくて舞い上がって奥に他の職員を呼びに行ったって事も考えられるよな。

 『ファンなんですぅ』とかよ……。


 って事は一切無く、暫くすると奥から衛兵達が大量に姿を現し、俺は弁明の機会も無く捕まっちまったんだ。

 抵抗しても最悪の結果にしかならねぇ。

 衛兵に怪我なんてさせちまったら、どう言い訳しようと犯罪者だ。

 捕まった理由は分からねぇが、下手に反抗しても仕方無ねぇ。


 それに実はそれ程焦っていねぇしな。

 なんせシュトルンベルクのソォータで捕まったんだ。

 俺のアメリア王国での指名手配書はキタハマ=ショウタだから捕まったとしたら別件だろう。

 何と言っても俺にはこの国の王様って言う後ろ盾が有る訳だし、理由に関しては分からねぇが、大人しくしていたらすぐに解放される筈だ。

 そう言う訳で俺は、大人しく手枷をされた状態で衛兵詰め所の独房の中に入れられちまっていた。


「おーーい、国王に取り次いでくれよ。それが無理なら近衛騎士団でも良いぜ。シュトルンベルクのソォータって言やぁ通じるからよ」


「大人しくしていろ! その国王通じて近衛騎士団からお前への捕縛指令が出ていたのだ! 見付け次第捕らえて何が有っても逃さないようにとな」


「えーーーーー?」


 思わぬ衛兵の言葉に俺は情け無い声を上げてしまった。

 俺の声に呆れたのか、衛兵達は小馬鹿にしたように笑いながら詰め所から出て行き、後には独房番一人だけが残っている。


 一体どう言う事なんだ?

 もしかして、国王の召還要請を何度も無視した所為だったりするんだろうか?

 友達って言っていたから多少待ってくれると思ったのに……。

 そうは言っても相手は一国の王だもんなぁ、さすがに舐め過ぎたか……。

 だが、あの人の良さそうな国王がこんな手を使ってくるとはな。

 俺が反抗して暴れたらっての考えなかったんだろうか?

 その気になったらこんな王都なんて、一夜で廃墟と化せる力を俺が持っているってのは承知している筈なんだが……。


 ……いや、そんな事絶対にしないけどな。

 国王も俺がそんな事しないってのを信じてるんだろう。

 まぁ、良いや。

 取りあえず、手枷だけでも外して欲しいな。

 このままじゃ王子のように手枷の真似が上手くなっちまうからよ。


「なぁなぁ、俺の名前聞いた事有るだろ? 怪しいもんじゃ無ぇからせめて手枷だけでも外してくれねぇか?」


「名前~? え~と、身分証に載っているのは……ソォータ? 知らんな? 俺はただ隊長からの通達でお前を捕らえろと言われただけだ」


 俺のギルド会員証を見て衛兵が首を捻っている。

 さっき名前を言ったんだが、どうも右から左にスルーしやがったなこいつ!

 だが、その様子からどうやらこの衛兵は全く俺の事を知らない様だ。

 しかし、噂ぐらい流れててもおかしくねぇんじゃねのか?

 先輩達が聖女誕生や女神降臨に次ぐ国家の大ニュースって言ってたんだが……。


「本当に知らねぇのか? 聞いた事有るだろ、シュトルンベルクの教導役に『踊らずの姫君』の初ダンスパートナーの事」


「ん? 何を言っている。その方はシータ殿と言う名前だぞ。お前もシュトルンベルクのギルド会員なのだろう。名前が似ているからって同じギルドの仲間の名を騙るなど恥ずかしいと思わないのか?」


 ぐわーー! そう言えば姫さんにいちゃもん付けられてる時に、俺の事をそう呼んでた奴が居たな。

 そいつの所為であの場に居た奴全員、俺の名前を間違って覚えやがったのか!

 クソッ! こんな所だけ中世の悪い所が出やがったな!

 間違った名前のまま噂だけが広まりやがって!


「違うっての。シータじゃなくてソォータ! ほら、そのギルドの会員証に教導役マーク付いてるだろ! 噂が間違ってるっての」


「う~む確かに付いてるが……。教導役が二人居るのか?」


「ちーーがーーうーーー! 俺だけだっての」


「うるさいぞ! どちらにせよ、今近衛騎士団へ使いの者が報告に行っている。すぐに近衛騎士様がやって来るから大人しくしておけ」


 うぅ、斬って捨てられたぜ。

 なんだってんだ? 下手すりゃ国賓として迎えられてもおかしくねぇってのに。

 いきなり捕らえられて独房送りなんてよ。

 いや、国賓なんて対応されたら、それはそれで平穏のんびり暮らすって俺の夢に支障が出るんで勘弁して欲しいんだが、この対応はこの対応で平穏から程遠いよな。



 ガヤガヤガヤ。


 ん? 外が騒がしいな。

 近衛騎士がやって来たのか?


『ここにソォータ殿が? う~ん、ソォータ殿が来たら確保して欲しいと頼んでいたが……。ここって独房じゃないのか?』


『はぁ、そうですが……? 何が有っても逃すなと言う通達だったではないですか』


『バ、バカ者! そう言う意味ではない!』


『ひぃ!』


 扉の外から何やら話し声が聞こえる。

 んん? なんか色々と気になる内容がちらほらと聞こえるが、それにこの声って……?


 バンッ!


「ソォータ殿!! ご無事ですか!!」


 勢いよく扉が開き中に入ってきた人物。


「命令出したのお前かよ!! 馬鹿野郎!!」


 俺はその顔を見て大声でツッコんだ。

 良く知っているし、少し苦手な人物であまり会いたくねぇ奴だぜ。

 俺の惨状と俺のツッコミに半泣きになっている女騎士。

 そう、姫さんのお付きである護衛のねえちゃんこと、ジュリアだった。


「お、お前! ジュリア様になんて無礼な事を!」


 衛兵が近衛騎士を怒鳴りつけた俺の態度に腹を立て、手に持った槍を構えて俺を威嚇して来る。

 いや、まぁ確かに一般人が近衛騎士に『お前』とか『馬鹿野郎』とかは無礼かもしれんが、お前ももう少し空気を読め。


「や、止めなさい。それにその人に向けて無礼とか言うのも止めて。恥ずかし過ぎる……」


 過去俺に対して二度も無礼と言ってしまった失態を思い出してか、ジュリアは顔を真っ赤にしてモジモジしだした。

 その態度に衛兵は驚いて手に持っていた落とす。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……じゃあ、俺を『捕まえろ』って言ったのは、お前の指示だったって訳か?」


「はい……、い、いえ! 『捕まえろ』じゃなく確保しておくようにって……、こんなつもりじゃ……」


 取りあえず独房から解放された俺は詰所の応接室に通され、出されたお茶を飲みながらジュリアに事情聴取を行っていた。

 壁際には衛兵達がしゅんとした顔で並んでいる。

 ジュリアも自身の命令の手違いで俺を独房送りにした事を反省してか、身体を小さく縮こまらせて説明と言うか言い訳をしていた。


「なんで確保するのか説明したのか?」


「え? あっ……。いや、そ、それは貴方の存在は大っぴらに言って良い物じゃ無いと国王から伺っておりまして……」


 今『あ……』って言ったな。

 しかも確実に『言うの忘れてた』みたいな顔で。


「……なんで絶対逃すななんて言いやがったんだ?」


「だって、ソォータ殿はすぐに逃げようとするじゃないですか」


「お前からだけだよ!! 誰彼と逃げる訳じゃねぇって」


「そ、そんな酷い……」


 げっ、泣き出しちまった。

 周囲の奴等も俺とジュリアのやり取りに激しく動揺している。

 『近衛騎士と対等に喋っているなんて……』

 『存在を言うなと国王からのお達し? 一体誰なんだ?』

 『それよりも、今の会話って……痴話喧嘩?』


「って、そこちげーよ! 痴話喧嘩じゃねぇって! 俺達はそんな仲じゃねぇ」


「え?」


「ジュリア! このタイミングで『え?』とか言うな!」


 なんで『そんな仲じゃねぇ』って言葉にガッカリした顔してやがるんだよ!

 くそ~、ぐたぐただぜ。

 なんだってんだよ。


「あ~、取りあえずまぁ、今回の事は悲しい行き違いで、ジュリアは言葉足らずだった。そして衛兵達は職務に忠実だった。今回の事はここだけの話って事にしておいてやるぜ」


 半泣きになっているジュリアの所為で、なんかマジで痴話喧嘩の様相を呈して来ちまいやがったぜ。

 この場に居るのが猛烈に恥ずかしくなった俺は無理矢理話を終わらすべくそう言い切った。


「おぉ~ソォータ殿。我らの不祥事で皆の前で連行すると言う恥をかかせてしまったと言うのに不問だとは。あんて心の広いお人なのだ」


 衛兵の隊長が俺の言葉に感動してそう言って来た。

 国王と言う言葉が出て来た事と、近衛騎士であるジュリアの態度で、俺がただ者ではないと言う事を察した様だ。

 調子良いと言えばそれまでだが、晩餐会の時の格好ならいざ知らず、今の俺は身なりも普通なただの旅人にしか見えねぇおっさんなんだから責められねぇよな。

 しかし、また何を言っても俺の好感度が上がっちまう背筋がムズムズする空間が生まれそうなんで去らせてもらおうか。


「気にするなって、突然連絡無しで来た俺も悪かったんだ。ただこう言うのはもうごめんだから、通門証を発行してくれねぇか?」


「分かりました! すぐに用意いたします!」


 そう言って衛兵の一人が事務所の方に走って行ったかと思うと、十分もしねぇ内に俺の通行証を持ってきた。

 超特急の横入りだな。

 聞いた話じゃ王都の通門証なんざ、お役所仕事でだらだらと待たされるとか言うのに、やろうと思えばこんなに早く発行出来るのかよ。

 少し黒い疑念が湧いたが、まぁ元の世界でも似た話を聞いた事が有るし、世の中こんな物なんだろうな。

 待たなくてラッキーと前向きに思っておこうか。


「ありがとうよ。あとさっきも言ったがこの事はここだけの話でお願いするぜ。なんせ捕まったなんて話が広まっちまうと知り合いに笑われちまうしな」


 最後にもう一度嫌味にならねぇように『俺も周囲に知られたくない』と言う体で口止めを依頼した。

 実際にこんな事が知れ渡ると先輩や王子に笑われちまうし、それ以上に激怒する奴も居るしな。

 ……姫さんとかよ。

 俺のお陰で丸くなったらしいが、勘違いで俺を捕らえたなんて知られると、衛兵達にどんな罰を言い出すかと思うと気の毒でならねぇ。

 さっき、独房の番していた奴が周囲に俺が噂の教導役とか姫さんの最初のダンスの相手とか説明していたし、衛兵達もその事に気付いているのだろう。

 その所為でみるみる顔が青くなっていく様は何とも言えなかったぜ。

 俺の言葉に先程以上に衛兵達は感謝の意を唱えて最敬礼をしてきた。


「おい、ジュリアそろそろ行くぞ」


 凄く居たたまれなくなって、まだしょぼんとしているジュリアに声を掛けた。


「あっ、はい。……本当にごめんなさい」


 俺に促され立ちあがったが、また謝って来やがった。


「だから気にすんなって。終わったら笑い話だ。それに俺なんかより謝る奴等が居るんじゃねぇのか?」


 俺が衛兵達を見ながらそう言うと、ジュリアは慌てて衛兵達に身体を向けて深く頭を下げる。


「すまない皆。私がちゃんと伝えていなかった所為で……」


「ジュリア様、顔を上げて下さい。勘違いした私共が悪いのです」

「そうですよ。ジュリア様は悪くないです」


「お前達……」


 衛兵達が口々にジュリアの事をフォローしている。

 まぁ、通常近衛騎士が衛兵に頭を下げるなんて事は無いからかもしれねぇが、少なくとも衛兵達の態度からジュリアの事を嫌っている様な態度は見受けられない。

 それだけ慕われているって事だろう。

 こいつは少々真面目過ぎて暴走するのが玉に瑕だが、そんなまっすぐで一生懸命って所が良い所でも有るんだろう。


「よし、これで仕舞だ。ほらジュリア行こうぜ」


「はい。……それでは皆の者、仕事を頑張ってくれ」


 俺がジュリアに声を掛けながら、応接室の扉に向けて歩き出した後をジュリアは付いて来て最後に衛兵達にそう声を掛けた。


「任せて下さいジュリア様」

「怪しい奴は王都に一歩も入れさせませんよ」

「お二人ともお幸せに~」


 衛兵達がジュリアの言葉を受けてそう返事をして来た……、て、おい!


「だから違うっつーの!」


「え?」


 ジュリア……頼むからそのタイミングでそんな反応は止めてくれよ。

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