第90話 早とちり
「師匠~!! 遅いっすよ~。何してたんすか~!」
カモミールとの良く分からんやり取りを終えてギルドに向かった俺なのだが、思った通り途中顔見知りから昨日の街中疾走についてあれこれ聞かれた為に、更に集合時間に遅れちまった。
そんな俺の事を心配になったのか、チコリーがギルドの外に立って俺の事を待っていたようだ。
俺を見付けるなり頬を膨らませて大声を上げている。
良く見ると横にはメアリも居る様だ。
……嬢ちゃんの姿は見えねぇな。
ま、まぁなんか気まずいし、それにギルドの職員だから忙しいしな。
外で待ってるなんて事する訳ねぇよ、うん。
って、嬢ちゃんが俺の事を外で待っていなかったからって、なに残念がって自分に言い訳してるんだ俺?
いい年したおっさんが、自分の娘くらい年下の女の子が気紛れでしたお礼のキスにドキドキしているなんて情けなさ過ぎるぜ~。
「すまねぇな。街の奴等に挨拶してたら遅くなっちまったぜ」
「小父様? 街の人に挨拶って……まさか?」
俺の言葉に何かを察したメアリが、俺を問い質すように身を乗り出してきた。
あまりの勢いに横のチコリーが驚いている。
ったく、メアリの奴は相変わらず勘が鋭いぜ。
とは言え、俺はこの街に帰ってくる気満々だし、今生の別れでも無ぇんだ。
安心させてやるか。
「心配するなって、ちょっと留守にするだけだ。すぐに戻ってくるから安心して待ってろ」
「本当ですの? 嘘付くと承知しないですの。もし帰って来なかったら、小父様を追ってどこまでも探しに行くですの!」
「お、落ち着けって! その目怖いから! メアリとの約束も有るし、必ず帰って来るから」
どこまでも追って来るってストーカーかよ!
少し瞳孔開き気味の血走った目からすると冗談て訳でも無いんだろうし、実際メアリなら本当に何処に隠れたとしても見付けられちまいそうな予感がするぜ。
「約束なんてどうでも良いんですの。わ、私は、小父様がずっと側に居てくれていたら……それだけで……私は幸せですの」
「え? それってどう言う意味……なんだ?」
メアリが急に頬を染め目を潤ませながら切なげな表情で俺を見詰めてくる。
想像してなかったメアリの態度にどう反応していいのか、ただ戸惑い辛うじてその意味を聞き返す事しか出来ない。
「抜け駆けずるいっす! うちだって師匠さえ居ればいいっすからね!」
俺の問い掛けを遮るように、今度はチコリー同じ様な事を言ってきた。
普段なら『お前は俺の製薬知識目当てだろ!』と突っ込みを入れられたのだろうが、今の俺は昨日の嬢ちゃんの件で、少し気持ちが上擦ってしまい余裕が無ぇみてぇだ。
カモミールの店への誘いに乗ってしまって家宝を託されるって言う、とんでもない借りを作っちまうなんて失態をしちまった。
「おまえら……何を言って……?」
チコリーが俺の事を好きだって事は、まぁ黒い思惑の有る無しは別として分かっちゃいる。
そこまでは鈍感じゃねぇ。
しかし、そんなチコリーがメアリの言葉に抜け駆けって言うって事は、メアリーも俺の事が……?
いやいやいや、待て待て待て!
それは無いだろう、チコリーの早とちりだ。
なんたってメアリには好きな奴が居るんだし、そうそう! なんたって嬢ちゃんと同じ奴が好きな……んだ……?
俺の脳裏に昨日の顔が真っ赤で恥ずかしそうな顔をした嬢ちゃんの姿が浮かぶ。
チコリーは俺の事が好きで、メアリの言葉に抜け駆けと言った。
と言う事は、メアリも俺の事が好きだっただと?
もしそうならば、メアリと同じ奴を好きと言う嬢ちゃんも俺の事が好きだってのか?
だったら、昨日のキスは……。
俺は思わず自分の唇に手を当てた。
あのキスには、
メアリとチコリーは二人して目を潤ませて俺を見て来る。
「小父様、私……」「師匠、うち……」
二人はハモるかのように声を揃えて……。
バンッ!!
「あっ教官!! やっと来たんですか! 皆教官の壮行会の為に首を長くして待ってますよ! 早く早く!」
俺が嬢ちゃん達の想いに応えようと言葉を探して何かを言おうとした途端、二人の背後に有るギルドの扉が勢い良く開かれ、カイの奴が大声で飛び出してきた。
突然の事に俺達は驚いてカイに目を向ける。
完全に虚をつかれた為、色々な感情が各々の心の中に散らばってしまったのか、俺達は異様な雰囲気を醸し出している様だ。
「な、なんですか? 皆して……。俺の顔になんか付いてますか?」
……。
こいつの場の空気破壊能力は筋金入りだな。
「チッ」
「チッ」
メアリとチコリーはカイが台無しにした自分達の告白? を邪魔された所為で、酷く荒んだ顔しながら舌打ちをしてギルドの中に入っていってしまった。
いや、カイのお陰で冷静になれたけど、告白って……そんな訳無ぇよな。
こんなおっさんを好きになるなんて有る訳無ぇよ。
あぁ~チコリーは理由が有るか、それでメアリもそうだと勘違いしたんだな。
うんうん、そりゃ神の使徒だってんで憧れの小父様程度には好かれているだろうが、それが即恋愛とは限らねぇよな。
嬢ちゃんにしても、こんな女日照りのおっさんにとっちゃキスが最大限のご褒美と思ったんだろ。
はははははは! なんだそうか~。
いや、おじさん色恋なんざ、とんとご無沙汰だからちょっと舞い上がっちまったぜ。
俺も早とちりして大恥かく所だったぜ。
「教官~! 俺なんか悪い事しました~?」
状況が分からないまま二人の怒気に当てられて涙目になっているカイが俺に事情を聞いてくる。
「いや、お前は悪くないさ。助かったぜ」
俺はカイの肩をぽんぽんと叩きながらギルドの扉をくぐった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「皆待っててくれたってのに遅れて済まんな」
先に入っていったメアリとチコリーのふくれっ面に首を傾げていた皆だが、俺が入って来た事で何か事情を察して頷いている。
う~ん、これは何か俺が要らん事を言って二人を怒らせたと思っていやがる様だな。
メアリとチコリーも何故か顔を真っ赤にして俺から目を逸らせているし、そう思われても仕方無ぇ。
さっきのやり取りはあいつらも恥ずかしかったんだろうな。
ここであれこれ否定してもドツボにはまりそうなんで黙っておくか。
しかし、ギルドの中にも嬢ちゃんの姿が見えねぇな。
もしかして、避けられてる?
「先生~。酷いじゃねぇか! 俺が留守にしている間に皆に特訓なんてよ!」
俺が嬢ちゃんを探してキョロキョロしていると、グレンが自分が仲間外れにされたとばかりに突っかかってきた。
カイがやられた後、残ってゴブリン共の殲滅を頑張ってくれていたって話だよな。
う~ん、こりゃ悪い事したか。
「すまんすまん、昨日は大変だったな。事態は急を要していたし、ギルド連中の実力の底上げの必要が有ったんだよ。俺が昨日言った事は伝わってるんだろ?」
「あぁ、それはさっき皆から聞いたぜ。俺達も噴火以降の魔物共の動きは気付いていたぜ。しかし、先日の女神様の言葉は本当みたいだな。伝説の魔族出現以降異常事態の連続で、俺達みたいなBランク以上のパーティーは休む暇も無いぜ」
実家に帰省していたダイスは兎も角、ダイスの他のパーティーメンバーは先日の大規模な魔物の襲撃で指揮を執ったという貴重な経験を買われて、国からの要請で王都の軍部にて魔物侵攻時の傾向と対策のレクチャーを行っていたらしいのだが、本来すぐに街に戻ってくる話だったが、その原因が魔族に由る物と判明した現在は、魔族対策本部にそのまま残る事になったとダイスが言っていた。
本来ダイスも街に帰省後すぐに王都に向かう筈だったのだが、先輩に捕まってそのまま放牧場まで連れて行かれる事態になっちまったようだ。
だから王都でダイス達と待ち合せする話にもなっているんだが、そんなこんなでこのギルドのトップメンバーパーティーを失っちまっているので、その下の層であるグレン達Bランク冒険者に多くの負担がのしかかって来てるんだから本当にご苦労様だぜ。
パッと見で、他にも幾つかのパーティーが居ねぇしな。
今頃何処かで頑張ってるんだろう。
「そんな事よりも、一番の異常事態はあんただ、先生っ!!」
「俺!? なんだよ藪から棒に? 俺が強いの黙ってたって事か?」
「強いのはなんとなく分かっていた。だが、なんで『ケンオウ』の息子ってのを黙ってたんだよ! 俺も二人には憧れてたんだよ! 『剣王カイルス』直伝の剣を教えてくれよ!」
あ~なるほどね。
グレンの後ろでは、昨日たまたま居なかったギルドメンバー達が同じ様な目をしてコクコクと頷いている。
「分かったよ。乗合馬車の時間までまだ数時間有る。それまでお前らを全力で鍛えてやるぜ。覚悟しておけよ!」
昨日から色々有りすぎて俺も頭をすっきりさせてぇしな。
みっちり鍛えてやるとするか。
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