第87話 お礼
「……よし、ここまでにするか。お前ら! 今日学んだ事は忘れるなよ!」
俺の号令で皆が一斉にその場にへたり込む。
だが、その目はまだ死んでおらずやる気だけは燻っているようだ。
しかし、身体は限界なのだろう、起き上がる事はどうやら出来ないようだった。
地下だから良く分からねぇが、恐らくもう夕刻はとっくに回っている筈だ。
腹も減って来たし、そろそろ良いだろ。
俺もこんな時間まで特訓する気は無かったが、皆のやる気に当てられて、つい力が入っちまったぜ。
それと言うのも、俺の『ケンオウの息子』発言がトリガーになったようで、伝説的な冒険者の息子にして、その両親から直接英才教育を施された俺が指導する事に、間接的にでも自分達が憧れていた人物を肌で感じられると思ったのだろう。
目に見えてやる気が違っていた。
「ありがとうございました!!」
皆が一斉にそう言ってきた。
立ち上がる事は出来ないでいるが、そのままの体勢から何とか頭を下げている。
「教官~。『ケンオウ』の息子って事をなんで黙ってたんですか?」
まだ立ち上がる事が出来ないカイが、尤もな質問をしてきた。
これに関しては黙っていたと言うか実際今まで知らなかったんだよな。
一応村の人達からは昔は強い冒険者だったってのを聞いた事はあったが、本人達からは詳しく教えて貰った記憶は無ぇ。
どうせ神の情報統制の所為だと思うが、こっちとしては記憶の中だけの出来事と思っている訳だし、あの頃は進んで記憶の検証なんてする余裕も無かったんだ。
そう、俺は神に見放されてから今までずっと記憶……だけじゃない現実からも逃げようとしていたしな。
「あ~、それはだな。昔喋ったらえらい目に遭ってな。それから絶対に喋らないって決めてたんだよ。強さの事もそうだ、お前達だから教えたんだ。だから、他の奴には絶対黙っていてくれよ?」
ついでだから、隠していた実力の事も含めて嘘を付いた。
筋としてはかなり自然だし、これなら皆も納得するだろ。
まっ、ちょっと格好付けちまったがな。
「きょ、教官~!!」
「先生~!!」
「師範!! 分かりました!」
「マスター! どこまでも付いてきます」
「師匠~!! 素敵っす! うちを貰って欲しいっす」
皆が俺の言葉に感動したのか、重い身体を引き摺って俺の下まで駆けて抱き付いて来た。
なんか、青春ドラマとかで有りそうな光景だぜ。
まぁ、悪い気分はしないんだが、皆自分達が普段使っている俺の尊称で呼んでいるのがややこしい。
う~ん、好きに呼べとは言ったがもう少し統一性は無い物か?
「取りあえずマスターは止めてくれ。ギルドマスターや酒場のマスターと被るしよ。それとチコリー。どさくさに紛れて何言ってやがんだ」
ったく、油断も隙も無ぇぜ。
それに何故か、最近チコリーがノリでプロポーズしてくる度に嬢ちゃんとメアリから激しい殺気を感じるんだよな。
よくわからん。
「お前達、俺が言った事を忘れるなよ。くれぐれも敵を侮るな。それこそゴブリンでもな」
「え~、これだけ教官に鍛えられたんですから、ゴブリンなんて……」
カイの奴、今日ゴブリンに殺された事をもう忘れやがったのか?
こいつはいくら鍛えても不安だぜ……。
「原因は分からんが、噴火を機に魔物達が明らかに変化している。今まで通りの見た目に惑わされるなよ。今まで実力を隠していたんだと思え。それこそ俺みたいにな」
皆が俺の言葉に深く頷いた。
『俺みたい』と言うのが効いた様だ。
明らかにモンスター共の行動が変わった事は皆認識しているんだ。
しかも、明らかに厄介な方向にな。
魔物が実力を隠していたって言葉を、実際に実力を隠していた俺が言ったんだ。
説得力は有るだろうさ。
ただ、原因が分からないと言うのは半分本当で半分嘘だな。
勿論神達の仕業なのは確かだろうが、その意図に関しては良く分からん。
俺への人質とか考えたんだが、魂の増量は下手したらこの世界が崩壊する可能性だって有るんだ。
さすがにリスクが高過ぎるだろう。
それこそ、この世界に飽きたってんのなら、それも納得出来るんだがな。
……無いと思いたいぜ、そんな事はよ。
「おぉ、ここに居たか。ショ……ソォータよ。なっ……! お、おぉおぉ、その様子は。そうか」
その時、階段の方から王子の声が聞こえて来た。
突然の事に皆の目が階段に集中する。
「お父様!」
「ん? 王……ヴァレンさんじゃねぇか。どうしたっ……って、あぁ、こんな時間だしメアリの事が心配になったんだな。すまねぇな。ギルドの連中の特訓に付き合せちまった」
「いや、いいのだ。メアリも自ら望んで手伝っておるのだろう。そんな事より、今私はとても嬉しいのだよ」
王子がその言葉の通りとても嬉しそうな顔をして俺を見詰めている。
その目には薄っすら涙さえ浮かんでいた。
「な、なんだよ。こんな皆して泥だらけになってる格好を見て嬉しいだって?」
俺の言葉に王子は目を閉じゆっくりと頷いた。
「あぁ、またこうしてお前の周りに仲間が集まり、互いに笑い合っている姿を見る事が出来たのだから」
「な、何言ってるんだ。恥ずかしいじゃねぇか」
「お前が姿を消してから今日まで、ずっとこの様な日が来る事を待ち望んでいたのだよ。いつかまたお前が皆と心から笑い合える日が来る事をな。これは私だけじゃない。ガーランド、それにメイガスの悲願でも有ったのだ」
「メイガスが……。ありがとうよヴァレンさん」
「ハハハハ。私は何もしておらぬよ。全てはお前の力で掴み取った『今』なのだ」
俺が掴み取った『今』か……。
そうか……、そうだな。
あの時、仲間なんざもう要らねぇと心に決めたが、いつの間にか掛け替えの無い仲間がこんなに出来ちまっていた。
そんな仲間と、心から笑い合う……悪くねぇぜ。
「みんなーーーー!! 準備出来たわよーーー!!」
俺が胸の奥から湧き上がって来る熱い想いに身体を震わせていると、嬢ちゃんの大きな声が聞こえて来た。
「何事だ嬢ちゃん? 準備って?」
「ふっふっふっ! 皆いっぱい特訓してお腹ペコペコでしょ? それにある意味新生ギルド誕生の記念日みたいな物じゃない? だから上の食堂にパーティーの用意をしてまーす!! お父さんが居ないのが残念だけどね~」
「「「やったーーーー!!」」」
皆の歓声が訓練場中に響き渡った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
………。
「私の可愛い正太ちゃん。仲間と言うモノは大切にしないとダメよ?」
いつもの母さんによる授業を受けていると、不意にそんな事を言ってきた。
「仲間って、友達のベールの事? 別に喧嘩なんかしてないよ?」
「ううん、違うわ。友達も大事だけどそうじゃない。どんなに苦しくてもどんなに辛くても、どんな困難な冒険が待ち構えて居ようとも、一緒に笑って乗り切れる。そんな仲間の事よ」
冒険? どう言う事なんだろう?
僕はお母さんの後を継いで薬師なるつもりなんだけど。
「僕はどこにも行くつもりなんかないよ?」
「あら? 小さい頃はお父さんの様な剣士になって旅をするんだって言っていたじゃない?」
う~ん、小さい頃はそう思っていたし、今でも父さんより強くなりたいってのは思っているけど、今の僕には夢が有るんだよね。
「僕はね、ずっと母さんと一緒に薬を作って、いつか母さんと二人で店を持つのが僕の夢なんだよ」
「そ、そんな事を思ってくれていたの? 正太ちゃん! お母さん嬉しい!」
ガバッ!
「う、うぷっ! お、お母さん苦しいよ。おっぱ、胸に顔が埋まって息が出来無い……」
「あぁ、ごめんなさい正太ちゃん。でもお母さん嬉しくって」
本当に母さんはいっつもこうなんだよな。
いつまでも僕を子供扱いして。
もうすぐ僕も成人だってのに、困った母さんだよね。
「はぁ、正太ちゃん。本当に……本当にその言葉は嬉しいわ。お母さん嬉しくて涙出ちゃう。……けどね。あなたはいつかお母さんから、いいえ、この村からも旅立って世界を駆け巡る運命にあるの」
運命? たまにおかしい事言うんだよね。
野営の方法とか魔物の習性とか、他にも僕が社交界デビューした時の為って、テーブルマナーやダンスの特訓までするんだもん。
そんなの必要無いよ。
だって、僕はいつまでもこの村で母さんや父さん、それにクレアと……。
「安心してよ。僕は皆と一緒にこの村で暮らすんだ」
「正太ちゃん……。お母さんもずっと、ずっとこのまま一緒に居たいわ。そう……全てを捨ててでも……」
その言葉は最後まで発する事無く止まり、その後母さんの顔が悲痛な表情に大きく歪んだ。
「母さん……?」
ピシィィッーーー!
母さんに、その言葉の意味を聞こうとした途端、何かにひびが入ったような大きな音が響いた。
「えっ? 何の音? 何か外から聞こえて来たけど?」
慌てて母さんの方を見ると、天を仰ぎ見て激しい怒気を孕んでる目で何かを睨んでいた。
どうしたんだろう? ここまで怒った母さんを見るのは初めてだ。
ベールから鬼ババァって呼ばれてるけど、ここまで憎しみを浮かべた目を見た事が無い。
小さく『分かってるわよ』……そんな言葉が聞こえた気がした。
「母さん?」
「え? あぁごめんなさい。な、何でもないのよ? いえ、この前村の大工さんに屋根を修理したでしょう?」
「え? あ、あぁ、ラクチェさんの事?」
「えぇ、そうよ。今の音は、アレね。施行ミスって奴よ。ちょっと文句言ってくるわ」
そう言って母さんはプリプリと怒りながら外に出て行ってしまった。
今の音は本当に屋根だったのかな?
もっと違う、なんかこう、この世界全体の何かが割れたって言う感じの……?
「あはははは、何言ってんだろ? 世界が割れる音? 意味分からないよ」
そうそう、そんな訳無いよ。
やっぱり屋根が壊れた音だったのかな?
「しかし仲間と共に冒険かぁ……。ちょっとワクワクするかも……」
一緒に旅をして、辛く困難な道程も笑って乗り越える、そんな仲間……。
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
「……ん? あれ? ここはどこだ?」
何かまた昔の夢を見ちまったぜ……。
えぇと、ここは……?
「あぁソォータさん起きたんですね」
この声は嬢ちゃん?
慌てて顔を向けると、嬢ちゃんがいそいそと後片付けをしているのが見えた。
周りを見渡すと、どうやらここはギルドに併設されている酒場であるようだ。
えぇとなんで俺ソファーに横になってんだ?
「もう、ソォータさんって本当にお酒に弱いんですから、気をつけないとダメですよ」
あぁ、そうか……。
あの後パーティーではしゃぎすぎて酔い潰れちまったのか。
嬢ちゃんの他には酒場のマスターとウェイトレスだけしか残っていねぇみたいだな。
あとの奴等はもう帰ったって事か。
嬢ちゃんが酒場のマスターから水を貰ってこちらに走ってくる。
「はい、お水です」
「ありがとうよ、嬢ちゃん」
ゴクッゴクッゴクッ。
「プハァーー! ふぅ生き返ったぜ」
もう一度礼を言おうと嬢ちゃんの方を見ると、何故か上ちゃんは俺に何か言いたそうにモジモジしていた。
「どうしたんだ嬢ちゃん?」
「え? あの、今日の事……」
今日の事? ……あぁ、俺が実力を隠してたって話か?
まぁギルドに対して虚偽申請をしてたんだから受付嬢としては心穏やかじゃねぇよな。
それに再三俺に真面目にしろって小言を言ってきたってのに俺が無視していたから怒ってるかもしれねぇ。
「すまねぇ、嬢ちゃん。黙っててよ。これには訳が……」
「知っていました」
「え? 今なんて?」
今嬢ちゃんは『知っていた』と言ったのか?
何を知っていたんだ?
「ソォータさんが強い事も……魔法を使える事も」
「えぇっ! いつからだ?」
「私が六才の時に……ソォータさんに助けて貰った時から……」
「お、覚えていたのか? あの時泣いてたし、あの後も何も言わねぇから覚えてないのかと……」
覚えている素振りなってなかったじゃねぇか。
いつも働け働けって、注意するだけだっただろ?
「それは、お父さんとヴァレンさんが昔話しているのを聞いたの。『あいつは傷付き疲れている。だからその傷が癒えるまで見守ってやろう』って、だから……」
「だから、俺がやる気になる様にって、いつも俺を鼓舞していたって事か?」
嬢ちゃんはコクリと頷いた。
そうか、あれは俺に対する小言じゃなかったのか。
いつの日か俺に立ち上がって欲しいって言う祈りを込めた願いだったのか。
「そうか、すまねぇな。ちょっと寄り道してしまったぜ。もう大丈夫だ。皆も居るしよ。だが、魔法については黙っててくれ。あれはちょっと普通じゃ無ぇんだ」
「うん、分かってる」
分かってる? なんか気になる言い回しだな?
まぁ、黙っててくれるってんだからいいか。
「あ、あの時の事、ずっとお礼をしたかったの……」
「ん? あぁ、そんなの気にしなくて……え?」
チュッ
俺が少しおどけた大袈裟なジェスチャーで目を瞑り、今更礼なんて必要ないと言おうとした瞬間、唇に柔らかい物が当たった。
今のは何? 何が唇に当たった?
慌てて目を開けると嬢ちゃんの顔が目の前に有った。
その顔が真っ赤だった。
「なっ、じょ、嬢ちゃん?」
「ひゃっ!」
俺がそう言うと驚いて跳ねた様に離れた。
「あ、あの、その、こ、これ、お、お礼です。お、お、お、おおやすみなさーーーい!!」
嬢ちゃんはそう言うと走ってギルドから出て行ったが、俺は突然事に身体が硬直して、嬢ちゃん追う事どころか声を掛ける事さえ出来ず見送る事しか出来なかった。
チラリと酒場のマスターやウェイトレスに目をやると、あからさまに目を逸らす。
どやら見なかった事にしてくれるみたいだ。
ありがたい気もするが、どちらかと言うと、今の事について何か突っ込んで欲しかったと思うのはわがままなんだろうか?
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