第五章 変革

第71話 小さな決意


《そう言えば、…ザッ……ザザッ……だよ~。ん? どうしたんだい?》


 僕がこの世界に来て三ヶ月、神様のチュートリアルに促されるまま旅を続けている。

 まだ時々『大陸渡り』に殺されたテルス母さんとカイルス父さん。

 それに、幼馴染のクレア、友達だったベールとその妹ムリス。

 それだけじゃない、近所に住んでた怒ると怖い雷じじいや、僕に弓の扱いを教えてくれた女狩人のネイトさん、他にも村の皆の事を思い出して悲しくなる事は有ったけど、全て神様が見せた幻だからと必死に自分の心に言い聞かせ、冒険を楽しむ事だけに意識を向けていたんだ。


 色々と不満は有ったけど、神様は五月蝿いぐらいに色々と喋りかけてくれる。

 ……実は、なんとなくこの声を聞いていると安心するんだよね。

 いつもふざけているんだけど、どこか僕の事を大切に思ってくれているって感じるんだ。


 勘違いかもしれないし、僕が活躍する冒険譚を見たいだけなのかもしれない。

 けど、この神様は俺の元の世界の創造神な訳だし、それで安心するって言う事かもしれないな。


 そんな僕の心の拠り所でもある神様との会話なんだけど、最近たまにノイズが入って、さっきみたいな感じになるのはなんでだろう?


「何か最近聞き取り難い時が有るんだけど何でなの?」


《えぇ? 本当かい? こっちはキチンと聞こえてるんだけどな~。一応調べておくよ~。で、話の続きなんだけど~》



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「神様~? 聞こえてる~?」


 それから、一ヶ月くらい経っただろうか、雑音は酷くなるばかり、神様は調査してくれているんだけど、僕には『心配しないで』との言葉を残して、暫く声を掛けて来ないと言う日が断続的に続いている。

 たまに独り言と言うか他の神様への業務連絡みたいなのが聞こえてくるんだけど、『魂の負荷が』とか、『各担当の神はバックアップよろしく』とか良く分からない言葉だらけで何か大変そうだった。

 異常事態が起こっているのだけは分かっていたけど、ただの業務連絡だと思うようにしていたんだ。

 だって何度聞いたって神様は僕に『安心して、なんでもないから』としか言わなかったから……。



《ザザッ…ロキが……な…い?……ザザッ。クーデリ……ザザッ》


 やっと聞こえ…た…? あぁ~、また混線しているな。

 最近こんな事ばかりだ。

 けど、なんか今回は特に必死な感じかも。

 『ロキ』って言葉が聞こえたけど、確か『ロキ』って魔物達を作った神様だったかな?

 『クーデリ』って言うのは、この世界の為に神様達が作った『クーデリア』の事だと思う多分。


 この世界って神様達皆で作ったと言ってたけど、完全分担制であまり他の部署の事は感知していないらしい。

 神様は《その所為で権能がバラけちゃって、何か決めようとすると他の神との合議が必要で面倒臭いんだよね~》とか言っていたっけ。

だからこの世界の神として、神達全ての権能を少しづつ分けて作った総合制御装置としての神『クーデリア』が必要だったみたい。


 そう言えば、『ロキ』にしてもそうだけど神様は『ガイア』って名前を名乗っているんだったっけ。

 そして、その名前の通り、この世界の大地創造の主任と言っていた。

 空は『ウラノス』って神様が主体で作ったみたいだけど、神様が言うには、別に僕の世界の神話に出てくる神様本人達じゃないみたい。

 なんか、神話の中で気に入った神の名前を勝手に名乗っているらしい。

 勿論別の世界の神様の名前を名乗っているのも居るみたいだけど、皆自分の名前にちなんだ箇所を受け持ったんだって。

 神様が言うには、どうやら参考にした神話の出来事を直に体験したかったかららしい。

 そもそも自分達は自分の世界の創造主なんだから今更じゃないの? と思わないでも無いけど、神様曰く《それとこれは別腹だよ~》とか訳の分らない事を言っていた。


《ザザッ…あぁ、ごめんごめん。ちょっと野暮用でね。ところでなんだい?》


「あぁ繋がった。それなんだけど……。いや、それよりも『ロキ』って神様がどうしたの?」


《えぇっ! なんでそれを?》


 あれ? 気付いてなかったの?

 と言う事は勝手に繋がっていたのかな。

 本当に調子が悪そうだ。


「いやさっき聞こえてきて……」


《ええ! そこまで悪化して……? い、いや、何でもないよ! 大丈夫だって。そんな事より君は冒険を楽しんでいれば良いさ》


「またそればっかり! 心配してるんだからね」


《はぁ~、そんなに不安にさせてたか~。ん~『私の可愛い正太ちゃん。心配掛けてごめんね?』ザザッ…》


「あっ! 神様! また母さんの口癖使った!!」


 都合の悪い事を聞くとこれだ。

 そんな時、いつも神様はこんな意地悪をして来る。

 声は違うけどイントネーションなんてそっくりだからドキッとするんだよね。

 これだけは悲しくなるから本当に止めて欲しいよ。


《ザザッ……ハハハハ。ごめん、ごめん。ん~、もしも、もしもだよ? 私が急に居なくなったらどうする? ……ザザッ》


「えぇ~!! そんなのやだよ! この世界に一人取り残されるなんて。それにずっと付いていてくれるんじゃなかったの?」


《いや、まぁ私はあくまでチュートリアル初心者救済措置だからさ。ゲームでもそうだろ? 初心者卒業したらチュートリアルはおしまいだよ。早く旅の仲間を見つけた方が良いと思うよ》


 ゲームではそうかも知れないけど、これはゲームじゃないじゃない!

 旅の仲間なんて要らない! 神様さえ居れば!

 もしかして、僕の相手するのが嫌になったの?

 元々神様達の勝手で僕を連れて来たのに、相手するのが面倒臭くなったから放置なんて酷いじゃないか!!


「そんなの嫌だよ! 神様と離れるのなんて!!」


《ザザ……。じ、冗談! 冗談さ~。私だって『可愛い正太ちゃん』から離れるのは嫌さ~》


「あっ! また言った! それに言って良い冗談と悪い冗談があるんだからね!」


《フヒヒヒ。ごめんごめん。君が頑張っている限り私はずっと側に居るから安心したまえ~》


「本当だね? 絶対だよ!」


《ザザッ……、とは言えね、君一人ではこの先不安なのは確かだよ~。一刻も早く仲間となる冒険者を見つけてパーティーを組むと良いよ。そしたら寂しくない……ザザッ》


「う~ん、まぁ確かに冒険者ってパーティー組む物って感じするよね」


《でしょでしょ~? う~ん……。ハッ! 南に出会いの気配有りだよ~。ほら出発進行しよっ! ザザザッ……》


「よーし! じゃあ、冒険仲間探しにしゅっぱーつ!!」


 と言っても、僕には神様が居れば十分なんだけどね。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ショウタ! どうしたの、皆待ってんだから早く早く! あんたがこのパーティーの要なんだからね」


「そうだよリーダー。リーダー居ないと俺達ダメなんだし早く来てくれよ~」


「僕の魔法が有れば大丈夫ですがね」


「あんたはそう言ってこの前もショウタに助けられたじゃないのっ!!」


「ひぃぃぃ~ごめんなさい」


「ははは、皆ごめんごめん。ちょっと考え事をね。すぐに行くよ」



 最近、パーティーと言う物を組む様になったんだ。

 神様が僕を置いて去って行ったあの日から一ヶ月が過ぎた頃、神様の言った通り出会いが有った。

 その人は森の中でゴブリンに襲われそうになっていた治癒師のレイチェル。

 彼女とは気が合うみたいで、街まで送り届けた後ギルドでお礼の打上げを行った時に意気投合してそのまま一緒に旅する事になったんだ。

 出会った時、その長く綺麗な銀髪とそれに負けない可愛い笑顔に運命を感じた一目惚れしたのはここだけの秘密だ。

 心の中ではクレアに罪悪感を覚えたけど、記憶の中だけの存在なんだしそんな想いは心の奥に仕舞ったよ。


 その後も、仲間が増えて行った。

 騎士を夢見る臆病者剣士のハリー。

 ちょっと自信家だけどドジな見習い魔法使いのドナテロ。

 一応僕は『転生者』で、そこそこ強いだけでちょっと頼りないけど『神のギフト』って言うのも持っていたし、父さんから習った剣技や母さんからのチート気味の知識のお陰で、同いランクの冒険者の間では強さが頭一つ以上抜きん出ていた事も有って、僕がパーティーのリーダーっって事になった。

 僕達四人はアメリア王都にある冒険者ギルドの新米パーティーとして毎日を楽しく仲良く冒険していたんだ。


 ……この頃が一番冒険者、いや人生で充実していた時だったと思う。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おいおい、リーダーさんよ~。さっきの戦いはなんなんだ?」


 最近戦闘の度にハリーが僕の事をダメ出ししてくる。

 あれから三年の月日が経って、僕らのパーティーはBランクになっていた。

 このままだとAランクだって夢じゃないと言われている程、周囲から注目を浴びていたんだ。

 それくらいみんな強くなってた。

 

 僕を除いて……。


 僕の後ろで脅えていたハリーは、最初はゴブリンとも一対一じゃ勝てないくらいだったのに、今じゃオーガとだって互角に渡り合える程成長した。

 ドナテロも、肝心なところで呪文を噛んで魔法を失敗していたのが嘘の様に、その自信家だった態度が様になる程の魔法使いとなって、将来は宮廷魔術師の道も夢じゃないと言われている。


 恋人のレイチェルなんか、今じゃ様々な治癒魔法を駆使する凄腕治癒師として、オフの日も精力的に治療所や孤児院を巡り慈善活動をしていた。

 その力と献身振りに巷では聖女様候補なんて呼ばれ出してもいたりするくらい彼女は凄い。

 僕が『聖女様なんて凄いね』と言ったら、『あのねぇ、あたしはもう聖女様なんかにはなれないっての』と溜息つきながら呆れた顔して言われた。

 意味が分からない僕は『何で?』って聞いたら、顔を真っ赤にしながら『あんたと……その、アレしたから……、ど、どうでも良いでしょ! あたしは自分でこの道を選んだのよ!』と怒りながらどっかに行ってしまったけど、アレってなんなんだろう?

 

 それぞれ、皆目に見えて成長して周りから賞賛の声を浴びている。

 けど、僕はどれだけ剣の修行をしようとも。どれだけ怪物どもを倒そうとも、旅だったあの日のまま全く成長しなかった。

 そりゃ、あの時点では確かに同ランクの冒険者の中では一番強かったと思う。

 それに、今だって同年代の冒険者の中ではそこそこの強さだろう。


 けど、僕のパーティーの皆は元々潜在能力が高かったのか、それに加えて僕が母さんや父さんから教わった技術や知識を直接教えてあげていたのも有ったのだろうけど、メキメキと成長して今やこのギルドの若手ナンバー1パーティーと呼ばるまでになったんだ。

 けど、ランクが上がる度に危険な依頼を受けるようになって……。

 そして、いつからか僕が皆の足手纏いになる様になっていった……。


「そうだよ、この栄光ある『西風の導き』のリーダーとして恥ずかしくないのですか?」


 ドナテロの指摘に言葉も無い。

 今回はトロールが相手だったんだけど、相手の激しい攻撃で僕が態勢を崩しちゃった所為で、皆を危険な目に遭わせちゃったんだ。


「あんた達! 最近態度悪いよ! ショウタのお陰で強くなったの忘れたの?」


 こんな時、いつもレイチェルは僕を庇ってくれた。

 彼女はいつまでも僕のそばに居てくれる、そう勝手に思い込んでいたんだ。

 居なくなった両親やクレア、そして神様の代わりに……。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あんた達! 本気でそんな事考えてるの?」


「シーッ! 声が大きいって! あいつ起きちゃうだろ」


「仕方無いですよ。僕達には夢が有りますからね。ハリーは騎士に、僕は宮廷魔術師。あなただって有名になって教会本部に入り、ゆくゆくは孤児院を開きたいって言っていたじゃないですか」


「それはそうだけど……」


 ある夜、何故か目が覚めて泊まっていた部屋にハリーとドナテロが居ない事に気付いた僕は、部屋を出て二人を探していた。

 すると、併設している酒場の方から何やら話し声が聞こえて来たので様子を見に行くと、そこには二人だけじゃなくレイチェルも含めた三人で何やら話をしている所に出くわしたんだ。

 僕は三人のただならぬ様子から慌てて隠れた。


 『本気』って何だろう?

 『あいつ』って僕の事だよな?

 なんで起きたらダメなんだ?

 それに三人の夢がどうしたって言うんだよ。


 いや、薄々最近の二人の態度から事情を察してはいたんだ。

 けど、それを頭の中ででも言葉にするのは怖かった。

 皆の口から聞くのが恐ろしかった。

 この人達も僕を置いてどこかに行ってしまうのか。

 その事を頭に浮かべるだけで、……心が痛かったんだ。


「だろ? 今度行われる魔物襲撃事件の調査で俺達パーティーも駆り出される事になってるけど、そこで大きな手柄を上げてやるんだ。実は俺って隣国のAランクパーティーに誘いを受けていてね。その手柄を手土産に持って行こうと思ってるのさ。ドナテロもそうだ。お前もどうだ? お前ほどの凄腕治癒師なら喜んで入れてくれると思うぜ」


 ドナテロも自身に満ちた笑顔で頷いていた。

 やっぱり、そんな事を計画していたのか。

 最近二人でどこかに行って誰かと会っているのを知っていたけど、そんな事になっていたなんて……。


「私は遠慮しておくわ。抜けたきゃあんた達だけで抜けなさい。折角この国の王族とお知り合いになれたのに他の国に行く気なんてさらさら無いし」


 ほっ、レイチェルは断ってくれた。

 これで私も行くと言われていたら、どうにかなってしまいそうだったよ。

 でも理由が僕じゃなく、王様と知り合いになった事って言うのが引っかかるけど。

 嘘でも、僕の為と言って欲しかった……。


「違うって、他の国でも顔を知れ渡っていた方が後々良いんだぜ。大陸で有名になればなる程、色々な騎士団からは引く手数多って訳さ。それにレイチェルの夢こそ国なんてのは関係無いじゃないか。王族に会いたけりゃAランクの冒険者なっちまえば、どの国の王族とだって知り合いになるチャンスは幾らでも有るだろ?」



「だからって、ショウタを放っておけないでしょ」


 レイチェルが呆れた様子で銀髪を片手で掻き上げ、ため息をつきながらハリーに返す。

 その言葉にハリーは顔を真っ赤にさせている。

 どうやらレイチェルの言葉はハリーの琴線に触れた様だ。


「ショウタショウタって、あんな奴の事なんて忘れろよ! 昔はどうだったかは覚えちゃいねぇが、今じゃ俺達の方が強いし人気だって上だ。そうだ! そうだよ、この際あいつと別れて俺と付き合わないか?」


 なっ! 僕はこの言葉に頭が沸騰しそうになった。

 昔からハリーはレイチェルに気が有る風には思っていたけど、付き合っている僕の手前、こんな事を言った事なんてなかった……と思う。

 裏で僕を仲間外れにしてこんな会議しているなんて知らなかったから。


「バーカ! 冗談は顔だけにしてよね。本当にしつこいっての。そんなくだらない話ならあたしは一抜け。夜更かしは美容の敵だしもう寝させて貰うわ」


「まっ、待てよ。あいつのそばに居てもこの先ジリ貧だぞ? 目を覚ませよ。一緒に行こうぜ? な? 輝かしい未来が待ってるって」


「余計なお世話よ。あたしの事はあたし自身が決める主義なの。おやすみなさい」


 ヤバい、レイチェルが立ち上がってこっち来る。

 僕は慌てて自分の部屋に戻りベッドに潜った。

 心臓はバクバクして破裂しそうだ。

 暫くしてハリーとドナテロも部屋に戻って来た。

 小さい声だけどしきりに文句を言っている。

 その矛先は間違いなく僕だ。

 二人がそこまで僕の事を憎んでいたなんて……。

 それもこれも、全部僕が不甲斐無いせいなんだ。

 僕の所為で、あんなに仲良しだったこのパーティーがバラバラになってしまっている。

 今度行われる魔物調査で僕も手柄を立てたら、また皆と仲良くなれるんだろうか。


 僕はまた皆に認めて貰う為に絶対活躍してやると言う小さな決意を胸に眠りについた。


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ………。



「ハッ! ……ゆ、夢か……。チッ、嫌な夢を見たぜ」


 なんだってこんな夢を見たんだ?

 二十四年振りに故郷の風景を見たからか?


 クソッ! 腹が立つ!


 あいつらにじゃねぇ! あんな不甲斐無かった自分に無性に腹が立つ!

 なんで、あいつらにヘコヘコしてまで一緒に居ないといけなかったんだ?

 あいつらなんかと別れて、一人になって身の丈に合った依頼で気楽に冒険してたら良かったじゃねぇか!


 あの時、皆に認めて貰おうと、そして……レイチェルに見捨てられない様にと、そんなくだらねぇ事を思わなかったら、あんな目に遭わずに済んだんじゃねぇか!


 そして……そんな俺の空回りの所為で、結局皆に捨てられ俺は一人になったんだ……。


 ……いや、過去の事だ。

 あいつらが今何をしているか知らんが、ハリーの話じゃ隣国のギルドにドナテロと移籍しただろうし、もしかしたらレイチェルも付いて行ったかもしれねぇな。

 あの日、俺を罵ったレイチェルの肩をハリーが抱いて、そしてレイチェルもそんなハリーの胸に縋り付いて泣いていた。

 その光景を見た瞬間俺の心は壊れてしまったのかもしれねぇ。


 あのまま二人が付き合っていたとしてもおかしくねぇだろ。 

 そんな事、今の俺には関係無い事だ。


 ふぅ……、あの時の事を思い出したら、逆に冷静になって来た。

 ところでここは何処だ?


 辺りを見回すが見覚えの無い部屋の中だ。

 なんでこんな所で俺は寝てたんだっけ?


 ……あ~、思い出した。


 ここはバースの放牧場の宿舎だな。

 何とか、火山の噴火から逃れる事が出来た俺達は、約束通りジャイアントエイプの森を抜けた所で落ち合い、そのまま宿舎まで戻って来たんだったな。

 そう言えば、結局俺の荷物は回収出来なかったぜ。


 バンッ!!


「先生ーーー! いつまで寝てるのだーーーー!」



 恐らく火砕流に飲み込まれてお釈迦になった、荷物の中の使い慣れた道具達の事を惜しんでいると、突然扉が勢いよく開いてコウメが飛び込んで来た。


「うおっ! びっくりした! いきなり扉開けるなよ!」


「あっ! 起きてたのだ! 先生! 朝ごはんの時間だぞ! 皆待っているのだ」


 『皆が待っている』……。

 その言葉に心臓がトクンと跳ねた。


「そうか。分かった今行く。先に行って待っててくれ」


「分かったのだ! 僕お腹ペコペコだから早く来てほしいのだ。じゃあねぇ~!」


「あぁ~着替えたらすぐ行く」


 コウメはいつでも元気だな。

 ……『皆が待っている』か。

 久し振りに聞いたぜ。

 そうだな、今は俺を待ってくれている人達が居る。

 今度こそは、そんな皆を失望させねぇように頑張るとしますかね。


 俺は心の中であの時と同じ……けど、違う。

 そんな小さな決意を胸に、着替えをする為ベッドから起き上がった。

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